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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
345/375

戦う前に

 

「ほら、貸せよ」

「ん、ありがと」


 森狼のぬいぐるみとストラップ入り紙バッグは、速やかに皓星の手へと預けられた。重さはそれほどでもないのだが、かさばるので助かる。その本人は当初から掛けているボディバッグのみで、紙バッグは持っていない。あまりの意外さに、結名は驚いた。


「……何も買わなかったの?」

「ここからなら全アイテム通販できるんだって。クレジット払いの自宅配送にしといた」


 その指先が示すのは、物販に貼られたポスターだった。QRコードとGPSによる認証により、ゲームショウのみのサービスだという。クレジットカードを所有していない高校生には不可能な手段だ。


「大人ってズルい」

「まだ成人してないけどな」

「え、そうなんだ?」


 頬を膨らませる結名に皓星が突っ込んでいると、驚いたように颯一郎セルヴァが口を挟んだ。当然の如く皓星は頷く。


「夏生まれだから、まだ十八。一応、未成年者」

「ああ、だからシリウスなのか」


 納得している真尋ペルソナに、結名ユーナもまた驚く。


「よくそれでわかりますね」

「アーシュが冬生まれなのと同じ理屈だからな」


 言われてみるとそうかもしれないが、古代エジプトの暦など、あまり知るひとはいない気がする。


「何で教えてくれなかったんですか、シリウス!」

「気付いてるかと……」


 両手にがっつりぬいぐるみ全種類を買い込んだ日和エスタトゥーアは、桃色のまなざしと唇を尖らせていた。荷物持ちとして芽衣ソルシエールもまさかの活躍ぶりである。あとで車のトランクに載せようという話で決着がついた。少し拓海シャンレンもホッとしているようだ。


「シャンレンさん、何買ったんですか?」

「実は、マグネット集めが趣味でして。冷蔵庫に貼りつけようかと。あとは、母へのお土産ですね」


 親子二代に渡る趣味で、既に冷蔵庫の裏面以外貼りまくっていることはさすがに言わない。

 ちらっと見えている魔蟻の足スナックから、結名ユーナは慌てて目を背けた。

 既に柊子アシュアたちは先へ進んでいる。皓星に促され、年少組もまた足を早めた。






 闘技場控室と書かれた入り口の前には、また衛兵コンパニオンが立っていた。端末でリストバンドを読み取ると、「闘技場ドゥジオン内では一切の撮影や録音、録画を禁止しています。携帯電話やカメラ、ICレコーダーなどの電子機器のご利用はご遠慮下さい」と念押しされ、中へと通される。そこでは、参加者らしき人たちが手にタブレットを持ち、待機しているようだった。幻界のロゴの入ったタブレットで、思わずその背に目を凝らす。

 次いで結名ユーナは、少し遅かっただろうかと時刻を確認しようとして、携帯電話の使用は禁止だったとバッグの口から手を離した。周囲を見ると、デジタルな幻界文字ウェンズ・ラーイの時計があった。集合時間まで、まだニ十分以上ある。五分前集合を要求される学校生活から照らし合わせても、問題ないはずだ。

 控室内の、いわば待合室のような形らしく、そこにはまた受付があった。

 リストバンドの照合を受けると、一人に一台タブレットが手渡される。そこには何と、職業ごとの戦闘に関する注意事項が表示されていた。結名ユーナの場合には、従魔使い(テイマー)とはっきり書かれている。しかし、ゆっくりその場で読む暇は与えられなかった。


「皆さまはそのまま、控室Aにお進み下さい。そちらで詳しい説明を行います」


 やや焦っている様子の受付嬢のことばに、全員がタブレットを持ったまま移動する。歩きタブレットになりそうで怖い。結名はタブレットを胸に抱くように持った。


「ようこそ、闘技場ドゥジオンへ!」


 元気溌剌としたあいさつが、控室へ入った途端響いた。

 闘技場の控室と言えば、以前案内してくれた相手は衛兵隊長である。任務であると顔に書いてあるような男性だったので、少しも愛想などなかった。その落差に驚いてしまう。


「それでは、皆さまにドゥジオン・エレイムについて説明をさせていただきますね!

 すぐに準備いたしますので、まずはこちらのお席に、ご自由にお座り下さい!」


 スクリーンが設置された前には、あの(・・)控室と同じ机と椅子があった。十人が一度に座れるように配置されており、違和感を覚える。一PT十人ならば、整理券番号九と十の参加者はどこだろうか。

 気になりながらも、結名ユーナは席に座り、まずは注意事項に目を通そうとした。タブレットを机上に置き、指を滑らせる。

 でかでかと幻界文字ウェンズ・ラーイで書かれた自身のキャラクター名と、今日の日付と整理券番号が眩しい。さすがに幻界ヴェルト・ラーイでなくとも、自分の名前と数字くらいは読める。その下には従魔使い(テイマー)の文字と、テイマーズギルドの紋章があった。更に、地狼アルタクス不死伯爵アークエルド不死鳥幼生アデライールの姿が小さい画像で映し出されている。この画面、欲しい。

 画像の下には、案内文が入っていた。


 ――従魔召喚シムレース・プロスクリスィを取得していない方のために、予め闘技場ドゥジオンにはあなたの従魔シムレースが待機します。最大三体まで可能。選択して下さい。


 三体しかいないので、既に選択済みになっている。

 うれしさに顔がにやけ、結名ユーナは頬に手を添えてぐいっと引っ張った。

 決定をタップし、次項を読む。


「ちょ、ちょっと!」


 となりに座った芽衣ソルシエールが、いきなり結名ユーナの袖を引いた。頬を紅潮させた彼女の向こうどなりは紅蓮の魔術師……真尋ペルソナである。となりに座れてうれしかったのかな?と首を傾げると、彼女は机の下で指を指した。その方向へと視線を向ける。

 そこには、見覚えのある男の子が、衛兵コンパニオンのとなりに立っていた。

 薄い茶髪に、拓海とはまた違う、カッコイイというよりもどこか女性的な綺麗さを感じる容貌。すらっとした体つきにぴったりとした目立つ赤と黒と白の……人のことは言えないが胸元が開きすぎな、普通ではない服。そこでコスプレかなとぼんやり眺めていると、芽衣ソルシエールが耳打ちした。


名次なつぎ……奏多かなたっ!」


 その固有名詞と待機列で見たポスター、さらにすぐそこにある実物が、重なる。

 結名は大きくその目を見開いた。そして、芽衣ソルシエールの手を握り返し、彼女と名次奏多を交互に見る。動作不良を起こした結名ユーナ芽衣ソルシエールに、彼はにっこりと微笑んで手を振った。芽衣ソルシエールは即座に手を振り返す。さすが雷の魔女(ライトニング)、と結名が感心していると、その向こうに座る真尋ペルソナの顔が微妙に憮然としているように見えた。……気のせいだろうか……。興奮している芽衣ソルシエールはまったく気づいていないようだ。


「ねえ……」


 小さく日和エスタトゥーアを肘で小突き、柊子アシュアが注意を引く。表情を強張らせた親友は、そのまま柊子アシュアへと顔を向けた。その強張り具合が気にかかったのだろう。柊子は「大丈夫?」と心配げに尋ねていた。コンサートを見に行こうと言うほどなのだから、好きすぎて……緊張しているのかもしれない。日和エスタトゥーアは深々と深呼吸をしているようだった。


「うぉっほんっ!」


 わざとらしい咳払いが響く。すっかり視界から除外していたが、恰幅の良い衛兵隊長姿の中年男性が、衛兵の反対側に立っていた。父と似たようなスタッフ証を首から下げているところが、コンパニオンとは異なる。そのとなりには恥ずかしげな女性衛兵がふたり立っていた。片方は手に携帯電話を持ち、もう片方はメモ帳とペンを持っていた。正直、コンパニオンには見えない。


「マズいな」


 芽衣ソルシエールから手を離し、振り向く。自身の反対側には、皓星シリウスが座っている。眼鏡の奥、その眉間に皺を寄せていた。


「――改めて、ドゥジオン・エレイムへようこそ! クラン『一角獣アインホルン』の諸君!」


 そのことばに顔色を変え、遂に皓星が席を立つべく腰を上げ……る前に。


「ちょっと待ってくれないかしら?」


 完全に目を据わらせた柊子アシュアが、タブレットを片手に声を上げた。

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