整理券発行
コンパニオン、と言うにはキャリア臭がきつい三名は、皓星たちの姿を見つけて居住まいを正した。その営業スマイルにより、彼女たちが戦闘態勢に入ったことがわかる。やはり早朝から客のいない受付を守るという状態では気が緩んでいたのだろう。さすがプロ、拓海の営業スマイルも穏やかさと柔軟さと得体の知れなさが感じられるものだが、こちらはどんな無茶無謀を訴えられたとしてもすべてを処理しきるという自信にあふれている。
招待券専用受付、とでかでかと看板が立っている横で、そのうちのひとりが笑顔で尋ねた。
「おはようございます。招待券をお持ちのお客様でいらっしゃいますか?」
思わず笑顔を返しつつピラッとチケットを見せる颯一郎に、受付嬢はテーブルの上の赤いベルベットのマットを示す。
「恐れ入りますが、こちらにご呈示願います」
「あーっと、すみません。実はまだ連れが更衣室で……」
まとめて受付処理をしてほしいのだが、整理券のことが気になる旨を皓星が説明する。すると、再度受付嬢はテーブルの上のマットへと淡いピンクの指先を向けた。
「整理券配布につきましては招待券の確認後にお話することになっておりまして……受付手続き等、後程説明いたしますので、先に確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
とてつもない念押しである。
招待券自体、偽物ではないのかと疑われていると悟った皓星は、素直にチケットをマットの上に置いた。その傍にあったPCのスピーカーがピローン!と景気の良い音を流す。どうやら、マット自体が何かの承認機器となっているようだ。
受付嬢の笑みが揃って深まった。どうやら、真偽が確定したようだ。
彼女は一歩後退した。三人が横並びとなり、一斉に頭を下げる。
「たいへん失礼いたしました」
『いらっしゃいませ。ようこそ、皇海ゲームショウへ!』
実はコンパニオンだったのだろうか。
そう思うほど、揃いに揃った声音と共に、背後の皇海ゲームショウのポスターへと三人は手を向け、指し示したのである。
「では、受付についてですが」
そして、受付嬢は自身の腕に巻かれているリストバンドを示した。「皇海ゲームショウ」とロゴが西暦ごと記載されており、バーコードとQRコードが付随している。
「本開催より、皇海ゲームショウご参加の皆様に対して、入場手続き時リストバンドの装着をお願いしております。こちらにはIDを始め、各自の情報通信端末で確認できるようにとQRコードを印刷しますので、退場までは取り外さないようにお願いいたします。
なお、一般のお客様で各種催し物の整理券発行をご希望の方には整理券配布受付にてIDに整理券の情報を入力しております。当該整理券の内容を忘れてしまわれる方やQRコードを利用できない方のために紙媒体による整理券も併せて配布しておりますが、紙媒体ではなくIDによる管理となっておりますので、他者への譲渡は不可能です。
また、お客様のお連れ様はコスプレ受付をなさったとのことですが、その情報も入場手続きの際、IDに入力させていただきますので、登録証自体を失くされたとしてもリストバンドがございましたら問題なくコスプレ更衣室やクロークでの手続きは可能です。ご安心下さい。なお、すべての情報は当日のみ有効となっておりますので、ご了承下さい」
にこやかに一通りの説明を行なう受付嬢は、そこでことばを区切った。
そして、受付の机の下から、一枚のボードを取り出す。その内容は――本日配布される予定の、整理券の一覧だった。
「招待券をお持ちのお客様限定ですが、一般の整理券配布受付ではなく、特別に受付時に各種催事整理券の発行を行なっております。いずれのイベントの整理券でもお一つだけですが、一般の方より優先しての参加が可能となります。ぜひ、ご希望の内容をお申し出下さい。
それと、恐れ入りますが、本サービスはシレーナグループからの招待の方のみ対象とさせていただいております。今後も継続して招待券にてご参加の方々にご満足いただきたいと思っておりますので、SNSやマスコミなど広報に対して拡散されませんよう、お願いいたします」
その内容を聞き、柊子は頬を紅潮させて大きく頷いた。もともと、ひとさまからのいただきものである。むしろそういった内容のものを配る形となった皓星や拓海のほうが顔色を変えた。どちらも、父や叔父、そして母へ迷惑をかける形にはするまいと心に決める。
「ここで出来るんですね。それなら楽でいいわ」
柊子のことばに、笑顔で受付嬢は肯定した。
「はい。皆さまはグループでご参加のようですので、お連れ様もお揃いの上、先行入場開始時刻よりも早くおいでいただければ、優先して整理券を発行させていただきます。ご心配でしたら、現時点での各種整理券発行状況をお調べいたしますが?」
「助かります! あの、幻界なんですけど」
身を乗り出して尋ねる柊子へ、受付嬢はタブレットの画面を見せる。その中には、整理券発行状況が映し出されていた……。
一呼吸おき、真尋が頭を上げると。
芽衣は弾かれたように、慌ててかぶりを横に振った。ツインテールが揺れる。
「イヤです、師匠……!」
先ほどまで赤かった頬は、今はすっかり蒼白になっていた。
「あたし、やっぱり師匠って呼びたいんです!」
「はあ?」
彼女の訴えに、真尋はまともに顔を顰めた。
今までの話はいったい何だったんだ。
そう物語る表情に、芽衣は言い募る。
「だって、ペルソナって師匠の本当の名前じゃないし……!」
「……あー……」
その内容に、真尋は納得した。
ソルシエールと知り合ったのは、アンテステリオンで紅蓮の仮面を手に入れる直前だった。故に、ソルシエールもまた、彼の本来のキャラクターネームを知る数少ないひとりである。今となっては呪いのために仮面を外すことはできず、名前も変更され、|紅蓮の魔術師とは「ペルソナ」であるとしか知られていない。
その事実を指摘され、真尋はそのまま視線を逸らした。芽衣のこだわりは、わかる。
それは、紅蓮の魔術師が青の神官を「アーシュ」と、初めて会った時のキャラクターネームで呼ぶのと、同じものだった。
「それにお気持ちはすっごくうれしいんですけどっ、あたしにとってはやっぱり師匠は師匠なので!」
更に、超特大の拒絶が降ってきた。
真尋から、すとんと表情が消える。
芽衣は気恥ずかしさで消え入るように、ことばを続けた。
「あたしだけが師匠って呼べるの、やっぱり特別っぽいし……」
そのことばと重なるように、真尋の携帯電話が着信を告げる。手早く彼は通話を開始するバーをフリックした。
『あ、今へーき?』
「ああ」
『招待券の受付見つけたんだけど、すごいの! 今なら幻界のアトラクション、トップバッターいけるわよ!』
「――え?」
興奮した柊子に、真尋の上ずった声が返される。含み笑いに続いて、柊子は状況はさておき、真尋へと指示を出した。
『とにかく、エスタとユーナちゃんの着替えが済んだら、急いで来てね! 場所はね……』
説明を始める柊子の声に相槌を返しつつ、ふと真尋はとなりの芽衣を見た。脳内で柊子からの説明を繰り返しつつ、頬を膨らませている彼女に尋ねる。
「ソル、皇海国際展示場の地図って出せるか?」
「あ、はい」
自身の携帯電話の画面に、皇海国際展示場の見取り図を表示する。横から指先で軽くスワイプしつつ、真尋は幾度か頷いて通話を終了した。芽衣は拡大された地図を見る。
「ここから、そんなに離れていませんけど……アシュアさんたち、戻らないんですか?」
「受付から離れたくないらしい」
肩を竦める真尋に、招待チケットの受付の居心地はそんなにいいのだろうかと邪推する芽衣だった。




