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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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時と場合


 死臭の漂う中、一体、また一体と光が弾けていく。

 死体で埋め尽くされていた階下が、徐々に床の色を見せるようになり……やがて、赤に染まっていた地図マップから最後の光点アイコンが消えた。不死伯爵(アークエルド)は軽くローレアニムスを振るい、その黒光りする刀身を鞘に戻す。


「終わっ……たぁ……」


 豪快な音を立てながら、黄金の狩人(フィニア・フィニス)は床へ腰を落とす。吊るされた十字弓アーバレストには矢すら装填されておらず、その疲れ具合を物語っていた。 一人座れば皆座る。弓手セルヴァのものはいざ知らず、通常の索敵範囲に表示される赤い光点(エネミー・アイコン)は未だに遠い。こちらを認識していないために、動いている様子もなかった。三十ほどの生ける死体(ゾンビ)戦利品ドロップは床に散らばっているが、拾うのは後回しである。まずは、休憩だ。砕け散った生ける死体(ゾンビ)の死臭は消える。何かに付着してしまった腐肉などはどうしようもないが、それでもだいぶ息がしやすくなった空間で……殆ど嗅覚が麻痺しているだけかもしれないが……ただ座り込んだり、水筒を傾けたり、丸薬ピルラを使ったりとそれぞれがこの束の間の休息を有効活用し始めた。

 途中、疲労度回復促進薬ポーションを口にしていたはずだが、それでもメンバーの疲労度スタミナゲージはほぼ黄色に染まっている。もっとも色合いが濃いのは、中衛として前衛と後衛の間隙を走り回っていた従魔使い(ユーナ)だった。そもそもデス・ペナルティが解消されておらず、もともとメンバー中、レベル三十を越えた今でもステータス値は低いほうなのである。この結果は道理というものだ。今はアデライールと共に、地狼アルタクスの身体を背もたれにして寛いでいる。

 不死伯爵(アークエルド)もまた、己の主の傍へと腰を下ろした。ユーナの従魔回復シムレース・コンソラトゥールが使えない以上、どこにいても自然回復の速度は変わらない。彼自身にも実は聖属性を含まないものであれば、MP回復薬ポーションや魔力の丸薬ピルラは多少効果に低減が見られるものの、使用することができる。これはエスタトゥーアとの酒盛りのさなかに戯れで確認されたことだったが、相手が生者の場合には魔剣ローレアニムスの力によって永久機関と成り果てる上に、主の従魔回復シムレース・コンソラトゥールの影響に期待するほうが劇的に効果が損なわれる回復薬ポーションよりも癒されるために、今まで活用したことはなかった。

 ユーナはアークエルドの外套を見て、顔を顰めた。不死伯爵(ノーライフ・カウント)故のステータスの高さとその戦闘能力に救われながら、あちこちにひどい傷跡を残す彼に何一つできない。そう思った瞬間に、否定し得る方法を思いついた。疲労度スタミナゲージは酷いものだが、HPは未だに緑のままだ。これなら。

 アルタクスから背を離し、膝立ちのまま彼に近づく。魔力光セヘル・フォスに浮き上がる顔貌は青白く、しかしユーナに向けられた赤のまなざしに鋭さはない。


「少しでも休まれたほうが」


 膝を立てて座るアークエルドの隣にまでにじり寄ると、ユーナはそのまま座った。そして、首を傾けて髪を片側にまとめる。


「はい、どうぞ」


 首筋を露出させた彼女の行動に――その場のメンバーすべてが絶句した。

 ユーナはその沈黙の帳に気付かず、ことばを一人続ける。


従魔回復シムレース・コンソラトゥールはダメでも、これならアークも回復するんじゃない? いつもの量ならHP回復薬ポーションですぐ癒せるから、だいじょうぶだよ」


 ほら、と頭を傾けたまま身を寄せる。

 当の本人に、悪意はない。

 だが、アークエルドはこれほどまでに追い詰められたことは過去を振り返っても指折り数えるほどしかないと、流れるはずもない背筋の滝汗を感じている気分になっていた。彼の内心では主の厚意をありがたく受けるという選択肢の前に、クラン内における人的評価の揺らぎによる深く広い川が横たわり、どのようにして対岸へ渡るかという難題に襲われていた。

 クランメンバーによる様々な類の視線に晒されながら、彼が瞬時に選び取った方法は……さすがに公開(いつもの)処刑(エナジードレイン)ではなかった。その長身が闇に融け、黒の靄へと変わり、ユーナにまとわりつく。困惑している間に、HPが急激に奪われる。貧血のような喪失感に彼女は息を詰まらせ、その身体が傾いだ。すぐさま具現化した銀の外套を纏った腕には、もはや傷一つない。できるだけ熱を奪わぬようにと、アークエルドは白の外套の外から彼女を支えた。


「――すまない。やはり、黒い靄(これ)だと調整が効かぬ」


 ほんの少しと思ったはずだが、不死伯爵の身体の痛みが生気を求める。二割に近い値が失われ、グレーダウンしていても緑だったユーナのHPバーは、今や薄い黄色になりつつあった。支えに身を委ね、ユーナはようやく息を吐いた。


「あ、ううん……回復したみたいで、よかった」


 彼自身が受けたダメージすべてを賄うことはできないが、それでも見た目の傷も汚れもなく元通りになったアークエルドの姿に、ユーナは微笑んだ。


「グルゥ」

「さすがにあれはのぅ……まあ、許してやるがいい」


 地狼の身体をぽんぽんと幼女が撫でる。何だか不機嫌だなとユーナはアルタクスを見た。地狼は己の主に「不満」と伝えるべく、歯茎をむき出しにしている。鋭く大きい牙がしっかり威嚇状態である。怖いから。


「はい、どうぞ」


 先ほどの自分と同じことばで勧められたのは、HP回復薬ポーションだった。シャンレンは中腰になり、ユーナにそれを差し出す。腕をしっかり伸ばさないと届かない位置に立っているのは、未だに彼が聖属性を帯びている故だ。それを礼を言って受け取り、栓を抜き、ユーナは中身を口内へ傾けた。みるみるうちにHPが癒されていく。


「カードル伯にも渡していただけますか? 今のうちに回復しておいて下さい」

「――了解した」


 ユーナに不死伯爵(カードル伯)のためのMP回復薬ポーションを差し出す。エスタトゥーアから預けられた荷のうち、聖属性の素材を含まないものである。彼は鑑定の片眼鏡モノクルを光らせ、不死伯爵(カードル伯)に負担のないものを間違いなく選んで渡していた。ユーナはそれも受け取って、カードル伯に手渡す。せっかく回復したのに、ここで聖属性に触れてHPが削れては元の木阿弥である。


「それってさ、ユーナじゃないとダメなの?」


 ふと、舞姫メーアが疑問を口にした。やや離れた位置にいるために、とっさに返答すべきか判断がつかず、不死伯爵(アークエルド)従魔使い(ユーナ)は互いに視線を合わせた。


生気吸収エナジードレインなら、私とかでもよさそうだなって……あ、うん、わかってる。今はマズイね。いや、そうじゃなくってね」


 エスタトゥーアのまなざしがどんどん冷えていくのを察知し、メーアは全面的に前言を否定する。前衛故に、舞姫メーアもまた細かい傷だらけになっていた。まともに当たれば致命傷、を、意図的に回避すると致命傷でない攻撃に当たってしまうのである。よって、メーアは疲労度だけでなく、HPもより多く削られる結果になっていた。それでも、神官アシュアの祈りによって緑はキープされている分、戦闘的には楽なものだ。


「今のユーナはデス・ペナルティ中だから、ってことか?」

「そうそれ!」


 シリウスの確認に、メーアは大声で肯定した。一応気遣ったのだ。自分を題材に上げたのはよくなかったかもしれないが、だからと言って他人を例に出すわけにもいかない。

 ユーナは首を傾げた。


「あー、いつもは喉が渇いたって感じらしくて……」

生気吸収エナジードレインは、主と従魔シムレースという関係がなければ、ただの攻撃でしかない。クラン内の他のメンバーにそれを仕掛けた場合、どういう扱いになるかはわからぬが……やはり今試すのは危険だと判断せざるを得ない」


 実情をそのまま語ろうとするユーナのことばを遮り、アークエルドは淡々と説明した。自身の黒い靄の一件は黙殺である。


不死伯爵(カードル伯)って吸血鬼だったのかー。って、あれ、ボク危ない感じ?」

「ひ、姫の生き血は差し上げませんからね!?」


 ユーナはびくつく黄金の狩人(フィニア・フィニス)と、焦る風の盾士(セルウス)を眺め、次いでアークエルドへと視線を向けた。


「いや、血は吸わぬが……主殿以外の生気(もの)など要らぬ故、心配せずともよい」


 きっぱりと断言する不死伯爵(アークエルド)の眉間に、微かに皺が寄っているのを見つけ、妙におかしくなってユーナは吹き出したのだった。

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