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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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戦闘回避


従魔シムレースだけを働かせておいて、自分たちは昼寝か。いい身分だな」


 吐き捨てられたことばに、首を傾げた。

 聖騎士マリスに見える従魔シムレースと言えば、地狼アルタクスしかいない。ユーナは窓の外へと視線を巡らせようとして、気付いた。

 ――HPが少し、削れている。

 慌てて席を立ち、ユーナは聖騎士マリスを押しのけるように馬車の外へと降りた。地狼は扉のすぐ傍に佇み、主を見つめている。土埃で漆黒の毛並みが薄汚れていたが、特に大きな怪我は見当たらない。軽く撫でるように土を払っていくと、地狼は心地よさげにしていた。


「戦ってたの? 起こしてくれたらよかったのに」


 一通り払うと、地狼は頭をなすりつけてきた。顎を撫でると大きく開いて見せる。そこには、魔石がいくつか入っていた。ユーナが手を皿にすると、そこへ吐き出してくる。


戦利品ドロップまで拾ってくれたんだね。ありがと」


 自動戦闘は相変わらずらしい。道具袋インベントリにそれを片づけたものの、ユーナは回復薬(ポーション)を出すことに躊躇った。回復薬ポーション中毒の表示は一晩休んだことで消えているが、未だに完全回復に至らない身体には毒にならないだろうかと心配になったのだ。


「わが手に宿れ癒しの奇跡(クラシオン・リート)


 祈りは聞き届けられ、神術は地狼アルタクスを癒す。即座に薄い黄緑から緑へ回復した地狼のHPバーに安堵しつつ、ユーナは馬車へ振り返った。扉から降りて神術を放ったアシュアは、薄く笑みを浮かべた。どことなくすまし顔にも見える表情のまま、彼女はふたりから視線を聖騎士たちへと向けた。その手には法杖が握られており、アシュアは礼儀正しく命の聖印を刻む。


「聖騎士の皆さまにこれほど歓迎いただき、痛み入ります」


 そのことばに、奇妙に鎧が鳴る音が続いた。ユーナは驚いて聖騎士たちを見て、息を呑んだ。以前見たよりは各段に少なくはあったが、居並ぶ聖騎士たちは白銀に煌く鎧に身を包み、剣と盾を仰々しく構えている。彼らは厳しい表情のまま、ただ中央に立つ小隊長の反応を待っているようだった。


『我が主よ、アルタクスを叱らぬようにな。ここまでの護衛役をひとり担っておった故の』

『護衛って……』

『聖騎士隊がついておらなんだろう? 王都に近いとはいえ、王家の霊廟までの道のりにも多少厄介なものが出るのじゃよ。まあ、軽い露払い程度じゃ。心配はいらぬ』


 窓から小さな顔を出し、幼女アデライールはにこやかに応えた。アシュアに続いて降りるべく、風の盾士(セルウス)が扉から出た。そして、黄金の狩人(フィニア・フィニス)へと手を差し出しつつ、アデライールのことばでふと思い至ったことを口にした。


『あ、やっぱりさっきのって……』

『ん?』

『外でちょっと何か聞こえてた気がしたんですけど、姫の寝顔が可愛くて』


 黄金の狩人(フィニア・フィニス)十字弓アーバレストが本体ごと唸る。鋭い金属音が場に鳴り響いた。手に持った大盾で自身の頭部を庇った風の盾士(セルウス)に、大声で怒鳴る。


『バカかオマエは!』

『姫、それ当たったら死にますからね!?』

『当ててんだよバーカ!』


 顔を真っ赤にしたフィニア・フィニスが、大盾ごとセルウスを蹴り飛ばす。あれでフィニア・フィニスのIDが黄色にならないのが不思議である。おそらく、セルウスにとっては愛の……。


『マジ油断してたな』

『この様子だと、大神殿からのちょっかいもあったんじゃないか?』

『まあ、無事に辿りついたってことは、アルタクスのお手柄だね』


 頭をぐしゃぐしゃと搔き乱しながら、剣士シリウスが降りてくる。憮然とした口調の仮面の魔術師(ペルソナ)に、明るく弓手セルヴァが続けた。


『おやすみしてはいけませんでしたか? かーさま』

『あったかくて、とても気持ち良かったです、かぁさま』

『そうですね。あったかくて揺られていると、眠くなりますからね』

『あ、うん、そーだね……ふわぁぁあ』


 未だに眠そうな舞姫メーアの欠伸が、聖騎士たちの前に立つという緊迫感を拭っていく。ぞろぞろと降りてくる一角獣(アインホルン)の面々を、小隊長エレオスは黙ったまま見守っていた。窓から不死鳥幼生(アデライール)が飛び上がり、ユーナの肩に留まる。そして、最後に馬車から姿を見せたのは、沈痛な面持ちの交易商シャンレンだった。


『――すみません、警戒を続けるつもりだったんですが』

『シャンレンは警戒スキルないんだし、気にすることないよ。むしろ持ってる僕のほうが寝てたんだからお笑いっていうかホントにもう……』


 肩を竦める弓手のことばが終わるより早く、聖騎士マリスが扉を閉め、足早に聖騎士小隊長エレオスの前に向かった。聖騎士の礼を互いに交わし、口上を述べる。


「クラン一角獣(アインホルン)の者がまいりました」

「ご苦労。よくおいで下さった。歓迎しよう」


 そのことばの響きに、本心を感じた。ユーナは小隊長を見つめる。一角獣(こちら)に向けられたまなざしは――思ったよりも、優しかった。丁寧な言葉遣いからも、それが青の神官(アシュア)に向けられたものだとわかる。

 エスタトゥーアが一歩前に出た。そして、聖騎士小隊長に向かって、優雅に一礼する。


一角獣アインホルンクランマスター、エスタトゥーアと申します。ステファノス王子から話を伺い、こちらへ……」


 彼女のことばを遮るように、異様なざわめきが生まれた。

 聖騎士たちは剣を引き抜き、その刃をこちらへ向ける。それは一人の例外もなかった。つまり……目の前にいる小隊長エレオスと、聖騎士マリスもまた剣を引き抜いたのである。


 空気が変わった。


 地狼が真っ先に、ユーナの外套の裾を咥えて引く。下がれという意図を感じ、ユーナは素直に従った。一角獣アインホルンのメンバーもまた武器を構えようとする中、真っ先に矢をつがえたのは弓手セルヴァだ。

 だが、その矢の向く先は聖騎士たちではなく――後方だった。


『あの赤いマントのひとが、フォルティス王?』


 白地に赤の刺繍の神官服が二組、翻った。

 白銀の髪もまた風に煽られたように乱れたが、双子姫たちはそのグラスアイに映る幻影に目を奪われ、身動きひとつしなかった。

 ユーナはかぶりを横に振った。


『あれのどこがフォルティス王なんだよ!?』


 フィニア・フィニスが叫んだ。深紅のマント、金色の飾り帯、ふさふさのひげに対して薄くなった頭髪、こけた頬……その条件だけを見るのなら、否定は上げられなかっただろう。

 だが、その眼窩は骸骨執事アズムのように落ちくぼみ、かつての知性の色はなく、完全なる虚ろになっていた。服装もまた年月と腐敗によって汚れ、綻びによってみすぼらしい状態である。

 前庭の泉の真上に、彼は佇んでいた。

 その虚ろは、何となく、双子姫のほうを向いている気がする。


「あれが、幻影ですか?」

「左様。歴代の王のどなたかだろうが、ご挨拶に伺うことも許されぬ」


 アシュアの問いかけに、小隊長エレオスは応えた。

 ふいに、ユーナの肩が軽くなった。不死鳥幼生アデライールが、空を舞う。ほんの一秒ほどの間で、それは起こった。


 朱金の鳥が、幻影を貫いたのである。


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