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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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また会いましょう


「今度はちゃんと時間がある時に来てね」


 やや頬を膨らませ気味のアニマリートのことばに、ユーナは申し訳なさげに頷いた。結局、前回も今回もあまり時間がないまま、必要な話しかできていない状況だ。ギルドへの貢献度が上がり、せっかくテイマーズギルドへの宿泊も無料になったのだから、一度はのんびりと遊びに来たいものである。

 見送りに出ると目立つから、とグラースに言い聞かされ、しぶしぶアニマリートは執務室で書類仕事と向き合うことにしたようだ。繁盛している分だけ、仕事が増えたように見える。イグニスもまたその場でユーナに息災を祈ることばを告げ、残った。

 またの来訪を必ずと約束し、グラースに促されるまま、ユーナは執務室を出る。


「レシピは役に立ちましたか?」

「実はまだ作れてなくて……でも、作れるようになったらグラースさんにも味見していただきたいです!」

「それは楽しみですね」


 穏やかな会話が廊下を進んでいく中、不死伯爵(アークエルド)は小さく振り返った。その視線は剣士シリウスの後ろに向く。未だ開いたままになっている扉から、紅蓮の魔術師だけが出てこない。

 剣士はかぶりを横に振る。その仕草に真意を問うことなく、不死伯爵(アークエルド)は己の主のあとを追うべく足を速めた。グラースの真後ろをユーナとアデライールが続いているために、さほど間を置かずに済んだ。どれだけアデライールが足早に歩こうとも、足の長さ(コンパス)が違う。背後の様子に気付くことなく、彼女たちは料理談議に花を咲かせているようだった。それを後ろから眺めるように、地狼アルタクスがのんびりと歩く。その後ろに付き従い、それきり彼は振り返らなかった。



 先に進む従魔使い(ユーナ)たちの背を見送り、シリウスはその場で足を止める。さすがに魔術師ペルソナだけを残してはいけないという判断だ。その場に留まるか、戻るかで一瞬だけ悩み、戻ることを選んだ。

 廊下と室内の狭間の扉は、開け放たれたままだ。近づけば、低い声音が聞こえてくる。


「――王都のテイマーズギルドは、それほど……」

「俺は従魔使い(テイマー)ではないが、ユーナとアルタクスを見て、ある程度は従魔(シムレース)の在り方を知っているほうだと思っていた。それがこのアンファングにおける常識で、王都のテイマーズギルドではまた別の常識が存在しているというだけかもしれないが」


 アニマリート(ギルドマスター)の嘆きに対して、紅蓮の魔術師(ペルソナ)のことばは淡々と続く。苛立ちの混じったイグニスの声が重苦しく問う。


「何故、それをユーナに言わない?」

「言えばどうなるかわかってて訊くんだな?」


 即座に返されたペルソナの詰問によって、沈黙が流れた。

 シリウスは室内へと足を踏み入れる。


「デス・ペナルティ中でもおかまいなしで突撃、また神殿帰りっていうシナリオは勘弁してくれよ」

「だからこそ、俺たちはあいつに言わなかった。ユーナだけのクエストとも思えないしな」


 戻ってきた剣士に頷きを返し、魔術師は自身の意見を口にする。


「アンファングと王都イウリオスは遠い。俺が事実を口にしたのかどうか、あんたたちは疑えばいい。俺も――嘘ならどんなに気が楽かと思う」


 付け加えたことばは、彼の誠意だった。

 それだけ言い放つと、紅蓮の魔術師は身を翻した。ギルドマスターに辞意も表わさず、そのまま廊下へと出る。シリウスは無言で後に続いた。

 残されたアンファングのギルドマスターは、椅子へと腰掛けた。乾いた空気によって、その軋む音が耳障りに響く。彼女の、深い溜息を交えながら。






 ギルドホールは変わらず賑わいを見せていた。以前は自分たちで準備したもののほかに、外で購入したものを食堂で食べていたアニマリートたちも、宿としての機能を充実し、大人数に対応するために、今は料理人を雇っているらしい。実際にギルドホールで食事を取るギルドメンバー(テイマー)従魔シムレースの姿を見つけ、ユーナは変わったなあとしみじみ感じる。それでもイグニスはアニマリートのためにお茶を入れ、グラースも一品添えるそうだ。人の世界の中で、従魔シムレースである彼女たちが人と同じように生活をしている。改めてその様子がわかり、ユーナは感慨深くグラースを見た。

 彼女は少し席を離れているあいだの様子を確認すべく、カウンターの従業員に何かを尋ねていた。美しい、細面の女性だ。頭上に従魔の印章(シグヌム)はない。


 ユーナの視線を受け、彼女は口元に笑みを佩く。そして、ユーナの傍へと戻ってすぐに、羽織ったままになっている外套へ手を伸ばす。上ではイグニスがいたために、室内温度が高かった。今はいないため、やや肌寒い。外はなおのこと冷えると予測がついた。

 その細い指先が、獅子レオーノが彫り込まれた留め具(ヴェネート)で、しっかりとユーナの外套の前を留めた。


「この留め具(ヴェネート)……大切にしてあげてくださいね」


 指先が撫でて、離れていく。

 はい、とユーナが素直に返事をしていると、遅れて階上から剣士と魔術師が姿を見せた。

 ユーナはそちらを見て、首を傾げる。いなかったことにすら気づかなかった。


「あれ? どうしたの?」

「ギルドマスターの執務室だぞ? せっかくだから長居したいに決まってるだろ」


 答えているようで実際は答えていないシリウスの説明に、ふうん、とわからないままユーナは生返事をする。確かに、居心地がいいことは否定しない。


「得難い経験だったな」

「ああ」


 ギルドマスターに容易く会えるギルドなど、そうそうないらしい。だが、アニマリートとはアンファング支部に閑古鳥が鳴いているころからの付き合いだ。イグニスとグラースが従魔シムレースであると知った今、彼女ただひとりがこのアンファング支部を運営していたことになる。他に従業員を割り振られるわけでもなく、ただひとりのギルドマスターとして、アニマリートは存在していたのだ。とんでもない扱いだと今ならば思うが、あの時は誰もいなくても彼女たちがいたから楽しかった。その特別感を指摘されたようで、少し気恥ずかしくなる。


『さて、こちらの準備も整いましたよ。みなさん、四の鐘には一角獣の酒場(バール・アインホルン)へ集合願います。五の鐘に合わせて、ギルド案内所に馬車がまいりますからね』


 シャンレンの号令がかかる。クランチャット越しに伝えられた内容に、クランメンバーが口々に応じた。


「いつでも、お待ちしておりますよ。――お気をつけて」


 氷の美女(グラース)はギルドの大扉で、ユーナたちを見送ってくれた。少しギルドから離れた位置で振り返ると、その大扉の上、ギルドの紋章の更に上に、寒いにも関わらず開きっぱなしになっている窓があった。アニマリートの執務室だ。そこには、小さく二つの影が見えた。

 ユーナは思いっきり手を振った。

 小さな人影の一つが、手を振り返してくれた。


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