目指す先は同じ
シリウスは安堵した様子を見せ、ウィンドウを開く。見せられたものは、マップだった。エネロ周辺ではない。まったく見覚えがない場所である。
「今夜は恐らく、ユヌヤに向かうと思う。待ち合わせの時間までに装備を整えよう。もうスキルは振ったんだろう?」
「ちょっ、ちょっと待って」
一緒に行くのが大前提の話が展開され、ついていけない。ユヌヤには聞き覚えがある。マイウスの向こうだ。まだ、アシュアたちも行っていないと言っていたから、シリウスの話からも全員で集まり次第先に進むつもりなのだろう。シャンレンに預けた戦利品は、精算が終わり次第渡しに来ると言っていたし、彼はそれが終わったら恐らく例の商人昇格クエストに向かうはずだ。
別荘から出てすぐに、シリウスが用事があるから急ぐと言い出して、疲労度が減るほどの強行軍で歩いた。実際、ユーナも早くログアウトしなければならなかったので異議はない。わたしも行きますと彼女が言い出さなければ、アシュアたちは先に行けとシリウスだけを見送っただろう。彼のレベルであれば、ソロでもエネロ周辺は怖くない。今のユーナでは、レベル的には申し分なくても、スキル皆無なのが致命的だった。ほぼ無言で急いだ道筋の果て、シャンレンが精算を一手に引き受けてくれたので、即ログアウトすることができたのだった。
よって、未だにユーナのアクティブスキルは真っ白である。そんな自分を、どこに連れていくって?
「あのね、まだスキルは振ってないの」
「まだなのか。じゃあ、後方支援系がいいかな……」
あ、勝手に考えてる。
ユーナは頭の芯が冷え、頬が火照るのが分かった。
「わたし、ここのおつかいクエストするつもり」
「……何だって? 別荘クエスト終わったのに?」
スキルラインを表示しながらぶつぶつ呟いていたシリウスが、ようやくユーナに意識を戻す。そして、彼のことばに、ユーナは首を振った。
「まだ終わってないの。報告もしてないし」
「村長の家はすぐそこだぞ」
「そういう意味じゃなくて……わたしは、ただ、運が良かっただけじゃない?」
無謀にも最初の町から惑わす森へ入り、森狼王を倒し、エネロに入れた。別荘クエストに挑み、不死伯爵を倒した。これがたった二度のログインの結果である。レベルは既に十六、次の町の推奨レベルすら超えた。
客観的に見て、パワーレベリングだ。ユーナ一人では、絶対に不可能な手段だった。HP的にも、スキルさえあれば、エネロ周辺でならソロも可能だろう。
スキルさえあれば。
ユーナは、ここまでスキルを振らなかったのだから、徹底的にこだわりたかった。
「ただレベルが上がったってだけで、何にも身についてない。だから、一度、最初の町に戻って、ちゃんとやり直したいの」
「……攻略組になるなら、とっとと先に進むほうが効率的じゃないか」
ユーナの言いたいことが分かっているのだろう。シリウスはそれでもあきらめきれないようだった。
弱弱しい反論に、ちゃんと聞いてくれていることがわかって、ユーナは笑みを浮かべた。
「最前線を目指さないわけじゃない。絶対に追いつくから……ねぇ、先に行っててよ」
シリウスは目元に手をやった。皓星なら、そこには眼鏡がある場所。その仕草は眼鏡を直すためというより、彼自身の気持ちを落ち着かせるためのものだと、結名は知っている。
「まあ、待ってろと言わないところは評価するか。早く来いよ」
「はは、他のMMOでなら、エンドコンテンツをガンガンこなしてたんだよ? ある程度の要領ならわかるんだから、大丈夫だって」
野良でPTを組み、最強と言われたボスをアップデートの度に倒してきた。それこそ、様々な職業やスキルを用いて。
胸を張るユーナに、シリウスは「ここまでだな」と言い放つ。その視線は、ユーナの背後に向いていた。
「あら? もう用事終わったの?」
明るいアシュアの声に、ユーナも振り返る。二人の頭上を見たのか、PTを組んでいる様子に、「ナイショ話?」と首を傾げた。紅の魔術師が、そのあたりのテーブルから空いている椅子を黙って奪ってきている。
「一応な。マップ表示されるから便利だろう? 何だか混んでるからな」
その瞬間にPTは解散された。ペルソナが持ってきた椅子を「ありがとう」とにこやかに奪い取り、アシュアはユーナの隣に座る。更にペルソナが別の空いた椅子を探しに出かけた。ご愁傷様です。
「えっと、わたしも一応終わったんですけど、また一旦落ちます。お風呂とかあるし」
「ふふ、忙しいのね。でもちょうどよかった。ちょっとだけいいかしら?」
ようやく椅子を見つけたペルソナがシリウスの隣に腰を下ろすのを待って、アシュアは彼の杖を指さした。
「あれ見て思い出したんだけど、ぺるぺるって一応細工師のスキルも持ってるの」
「……そこそこレベル高いぞ?」
一応という言葉に反論しているが、アシュアは構わず道具袋から、一本の革紐を取り出した。
「これはね、マイウスのボスドロップの皮の革紐なの。すっごく魔石との馴染みがいいから、使ってもらおうと思って。ほら、例の牙」
森狼王の牙。
オープンチャットだからか言葉を濁しているが、確かにその意図は伝わった。
ユーナは仮面の魔術師を見る。相変わらず全身真っ赤で不気味だ。周囲の視線が集まっている。
「細工師って、ネックレスも作れるんですか?」
「作ったことはないが、できるとは思う。貴重な素材だから、本職の、腕が良い細工師が見つかり次第でもいい気がするが」
「信頼できるかのほうが問題でしょ。それに、攻略全盛の今、どこに本職いるのよ」
アシュアの意見は身もふたもなく、しかし現実問題としてこの上もなく正しかった。持ち逃げされたり、転売されてしまうのは困る。
だから、ユーナは迷わず頼んだ。道具袋から牙を二本取り出し、彼に差し出す。
「お願いします」
「……いいのか?」
嫌がられたのではなく、ただ驚いていただけのようだ。
紅蓮の魔術師、怪しい深紅の仮面をかぶり、立ち向かう敵は全て焼き尽くす灼熱の担い手。
その、意外と弱気なところを見出して、ユーナは、是非、と笑顔で頷いた。




