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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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幾つもの理由


 イグニスの薬草茶を口にするのは、久しぶりのような気がする。

 ユーナはカップを持ち上げ、その香りを楽しんだ。ふと、その器もまた上質のものに変わっていると気づく。テイマーズギルドがそれだけ繁盛していることを示しているようで、うれしくなった。以前、アンファング近くでのヴェール討伐戦での活躍がテイマーズギルドの活気に繋がったという話を聞いているので、ひょっとしたらユヌヤ強襲戦や王都へ向かう際のホルドルディール戦で目立ったことも少しは恩返しになっているのかもしれない。ユーナは口元を綻ばせ、カップを傾ける。

 炎の精霊使い(エレメンタラー)でもあるイグニス故か、まだ中身は冷めておらず、程良い温度が喉の奥へと流れていく。


「ユーナの特別依頼が失敗ってことは、もうテイマーズギルドに立ち入り禁止ってわけじゃなくなるんだよな?」


 シリウスの問いかけに、アニマリートは頷いた。

 だが、赤いまなざしはやや陰を帯びている。


「ええ、今のユーナなら状況に応じて戦いに臨むことも、回避することもできるでしょう。ただ、他のテイマーズギルドに立ち寄るのであれば、不死鳥(フェニーチェ)の幼生や不死伯爵(ノーライフ・カウント)の情報を研究機関(インティーザット)に渡すことになるけど」

「面倒じゃの。まあ、特にテイマーズギルドでなければならぬ用などアンファング(ここ)以外にはありえぬ。放置でよかろう」


 無情にも、不死鳥幼生(アデライール)自身がテイマーズギルドへの立ち寄りを不要と切って捨てる。ユーナ自身もあまり関わりたくはないのだが、王都に住まいながら王都のテイマーズギルドに立ち寄れないというデメリットに即答できなかった。あの場で得られる特別依頼に触れられなくなるのは痛い気がする。


「王都のテイマーズギルドだと、流石に配慮してもらえませんよね……」

「当たり前だ。研究機関インティーザットとの距離が、物理的にも人的にも近いのだぞ。むしろ特別依頼だと言いながら研究機関インティーザットに連れ込まれ、『命の神の祝福を受けし者』だからと幽閉されかねん」


 アニマリートのカップを手に取り、おかわりを注ぎながらイグニスは言い放つ。

 王都のテイマーズギルドをその目で見てきたふたりは、大きく頷いた。


「大神殿ですらやらかしたからな。あのテイマーズギルドならありうる」

「むしろ、ギルドの決まりを破ることになるユーナに、どれくらいのペナルティが課せられるか、のほうが気になるな」


 青の神官(アシュア)の一件を思い返す紅蓮の魔術師のことばに続き、アニマリートからの特別依頼について詳細に知っている剣士シリウスは、先々のことを考えて指摘した。

 テイマーズギルドの所属する従魔使い(テイマー)は、テイマーズギルドがある集落に立ち入るごとに、テイマーズギルドに立ち寄る義務がある。それを回避するための特別依頼だったはずだ。


「ギルドにいちいち立ち寄れなんぞ、昔はそんな決まりはなかったのじゃが」

研究機関インティーザットが情報を集めるために新設した決まりだからな。従魔使い(テイマー)も宿代が安くつくということもあって、テイマーズギルドにはよく立ち寄るので別段手間でもない。どちらにとっても損はないからこそ、より縛りが厳しくなっている面もある」


 唇を尖らせるアデライールに、イグニスがテイマーズギルドと研究機関インティーザットの距離感について語る。紅蓮の魔術師は肩を竦めた。


「立ち入れない理由なら、もうあるだろう?」


 真剣に今後のテイマーズギルドとの関り方を考えていたユーナは、彼の朱殷の目を見る。だが、彼のまなざしはユーナの顔の真下へ向けられていた。胸元に輝く、牙の首飾りである。仮面の下の口元が、笑みを象る。


「ルーファンとモラードは幻魔香ヴィッド・アラマートの不正使用を認め、王都から逃走した。王都のテイマーズギルドが二人を追っているところまで確認した情報だから、間違いはない」


 アニマリートの表情が変わる。

 背後に立つグラースとイグニスもまた、険しい顔で彼を見下ろした。

 ユーナは逆に驚いた。ルーファンとモラードの一件は、もう終わったことだと思っていたのだ。


「ユーナが死に戻ることになった戦闘は、王都の南門付近で発生していた。それと、王都のテイマーズギルドの動きを踏まえても、当然幻魔香(ヴィッド・アラマート)の出所はその王都のテイマーズギルドである可能性が高い。ユーナの従魔シムレースはその影響下で危険に晒されたわけだから、それを回避するためにも王都のテイマーズギルドへは近づけない……ということを、ここで訴えておけばいい。

 このアンファングのギルドマスターならば、無下にはしないだろう?」

「ええ、もちろんよ。その報告は、こちらから改めて王都へ詰問状にして送りましょう。

 ――そう、ユーナはあのふたりを……許したのね」


 アニマリートは魔術師の提案に深く頷いた。次いでそのまなざしがユーナに向き、問うでもないことばが口から漏れた。ユーナはどう答えていいものか、束の間迷った。だが、アニマリートの目があまりにも静かに凪いでいて、その分感情が表に出ていないように感じ、できるだけ心のままに話すことにした。


「正直に言うと……地狼アルタクスが戻ってきた時、あのひとたちもアルタクスのことをすっごく考えてくれてたことがわかって……それで、罰するとかそういうのはどうでもよくなっちゃったんです」


 地狼アルタクスは生きていた。

 ルーファンやモラードなりに彼の命や尊厳を守ろうとしたことや助けようとしたことで、自分の死が不問チャラになるとまでは思わない。それでも、アルタクスを生き永らえさせてくれたのは、確かに彼らの力あってこそだった。その事実のほうが、ユーナにとっては重要だったのだ。


「まったくよくないぞ、我が主よ」

「その通りだ。幾度殺しても飽き足らぬ」

「グルルルルゥ」


 不満と不満と不満が声を揃える。特に不死伯爵(アークエルド)の声音が本気で怖い。改めて、本当に主である自分の意思を優先し、彼らがどれだけ自身を押し殺していたのかがわかった。

 ユーナは、足元で頭を上げて唸る地狼アルタクスに、カップを持たないほうの手を伸ばす。指先を頭から顎へと滑らせると、その声が止んだ。


従魔(この子たち)がちゃんとわたしのところに帰ってきてくれたので、それで今は十分かなって」


 いちばん失くしたくなかったものが、全部あるのだ。

 だからこそ、ユーナに悔いはあれども、死を自分の未熟さ故だったと責任の所在を置き換えることができた。

 そんなユーナの言に、イグニスは呻く。


「改めて聞いても、よく耐えたとしか言えぬな」

「ええ、何と恐ろしい……」

 

 ただでさえ色白のグラースが、更に蒼白になっている。

 ユーナは上目遣いに見上げた。


「自分を守り切れなくて、本当にすみません」

「あなたが謝るべきなのは……いえ、違います。あなたが謝る必要は何もありません。ただ、今一度言いましょう。あなたが大切にすべきなのは、従魔シムレースではありません。従魔シムレースにとって、主がすべてなのです。それを失えば、即座に発狂し暴走しても何らおかしくはない。あなたがたまたま『命の神の祝福を受けし者』であったからこそ、この結果になったのです。いえ、『命の神の祝福』があろうとなかろうと……私であったなら、果たして耐えられるかどうか……」


 彼女のことばの最後は、ほぼ嘆きに等しかった。

 痛切なまでの響きに、ユーナは視線をカップに落とした。微かに揺らぐ水面が、彼女の心を映しているようにも見えた。グラースのことばは、アークエルドのことばにも通じている。自分さえよければいいとは思わないが、彼らにとっての自分の価値と、自分にとっての自分の価値に隔たりがあるようにも感じた。

 地狼の尻尾が足を撫でる。その心地よさに、ユーナは慰められた。


「ユーナ」


 アニマリートの呼びかけに、頭を上げる。


「あなたはあなたらしく、従魔シムレースと向き合ってごらんなさい。従魔シムレースは、いつも主のことしか考えていないってこと、忘れないで。

 王家の霊廟に、その身体で向かうことを決めたのにも、きっと意味があるのでしょう。無理しないでね」


 ユーナは弱弱しく頷いた。

 今回の選択も、アデライールや双子姫を思ってのことだった。少なくとも、ユーナはそのつもりだった。だが……それを、口に出して、伝えただろうか。

 となりに座る、小さな朱金の頭はこちらを見上げている。心配げなまなざしに、ユーナは大丈夫だと微笑みたかった。


「そういうアニマリートも無茶ばかりやらかしてくれるがな」

「ええ、マスターがそのお気持ちでいて下さると改めてわかっただけでも収穫ですね」

「あはははは……」


 双璧たる従魔シムレースに指摘を受け、ギルドマスターはあっさりと笑って誤魔化した。思わず、ユーナの口元にも自然と笑みが浮かぶ。それを見つけて、アデライールもまたうれしそうに微笑むのだった。

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