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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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性別


 不死鳥幼生アデライールとのつながりが、短槍マルドギールに力を与えているようだ。陽炎を揺らめかせる赤に、ユーナは指先でそっと触れる。マルドギール自身の配慮なのか、不死鳥幼生アデライールの技なのか、熱さは感じなかった。


「ありがとう、アデラ。

 マルドギール、ごめんね……全然気づかなくて」


 武器に封じられている炎の眷属。その心に幾度となく触れながらも、何もできずにここまで来てしまった。ユーナのことばに不死鳥幼生(アデライール)は笑みを浮かべ、主の手に自身の手を重ねる。


「マルドギールは少しも怒っておらぬよ。さあ、我が主にご挨拶を」


 赤光が手の隙間から漏れる。そこから浮き上がるほどの力を感じ、アデライールが手を引くのに合わせて、ユーナもまた指先を宝玉から離した。

 小さな、小さな赤の霊術陣が宝玉の上に浮いている。そこに赤い炎の渦が巻き、同じ大きさの人の形を取った。


「――妖精?」


 褐色の肌、アデライールよりもイグニスに似た赤銅の髪、そして不死鳥(フェニーチェ)の朱金の双翼を持ち、耳があるあたりと手首と足首からも同じような羽が生えていた。胸元と腰回りを申し訳程度に覆う程度の露出度の高い、水着並みの服装はユーナの外套と同じく地は白で縁は赤に彩られ、その肌の色を際立たせている。

 手のひらサイズの火霊フォティアは、喜びに翼を震わせてユーナの頬へと飛び上がり、祝福(口づけ)を贈る。彼女が驚愕のまま頬に触れると、ユーナの周りをくるくると回り始めた。その愛らしさに、ユーナはマルドギール本体を強く握り締める。


「え、女の子だったのか……」

「精霊に性別などない。姿を現す時に限って、主の性に引きずられるだけだ」


 ユーナを王都に行かせまいと、転送門を封じるほどの力を発揮した精霊である。驚愕の呻きを上げる剣士シリウスに、イグニスが応えた。アデライールもまたにこやかに頷く。


「この婆にも、最初は小坊主に見えておったの。我が主の好みはどちらかの?」


 その指先が、くるりと円を描く。それは小さな精霊の姿を捕え、霊術陣の形を取った。再び小さな炎が渦を巻き、彼女を包む。炎が消えた時には……男の子の精霊になっていた。色合いや羽、身体にフィットした服装などの特徴は変わらないが、れっきとした男の子だ。


 ――なるほど、それで水霊ヴァルナーはわたしと契約してるから女性に……。


 精霊についてまたひとつ勉強になった。

 ユーナはもうひとりの精霊を思い、視線を指輪に向ける。すると、それを邪魔するように、視界へ炎霊フォティアが飛び込んできた。勝気そうな表情が不満にぷーっと膨らんでいてカワイイ。壮絶にカワイイ。このサイズであればもう男の子でも女の子でもいい……。


 小さな精霊は口をぱくぱくさせていたが、いつかの水霊ヴァルナー同様、ユーナはその声を聞き取ることができなかった。

 はて、と首を傾げた瞬間だった。

 その羽を、むんずとイグニスが摘まむ。

 呆気に取られ、ユーナは彼の顔を見上げる。炎霊フォティアも不満げだったが、こちらはなおのこと不満が爆発しているような……むしろ、今にも殺ってしまいそうなほどの人相だ。


「貴様、調子に乗るなよ……!」

「え」

「我が主は聞かずともよい」


 いえ、聞こえないんですが。

 にこやかではあるものの、微妙に怖さを漂わせ始めたアデライールを見下ろし、ユーナはその事実を告げた。


「えっと、前と一緒でその……聞こえなくて」

「それは好都合じゃの」

「ユーナには聞こえないのか」


 意外そうに口に出したのは、紅蓮の魔術師だった。頷きでユーナが応えると、となりに座る剣士シリウスへ顔を向ける。


「お前も?」

「聞こえるわけないだろ。精霊の声なんてふつう……聞こえないよな?」


 憮然として答える剣士だったが、ふと逆に彼は訊き返した。魔術師は、自分でも不思議そうに首を傾げ、その言を否定する。


「いや?」

「ほほぅ、そのほうには精霊使い(エレメンタラー)としての素質もあるようじゃの」

「う、うらやましい……」


 水霊ヴァルナーと精霊契約をしていても聞こえず、今また新たなる炎霊フォティアの声も聞き取れないユーナにしてみると、彼の持つ適性は喉から手が出るほど欲しい。本当に恨みがましく見てくるユーナに、紅蓮の魔術師は溜息をつく。


「こんな話、聞こえてもな……」

「黙っておれよ。我が主が気に病む故」

「何話してるの!?」


 余計に気になることを言われてしまった。

 だが、紅蓮の魔術師は肩を竦めるだけで、答えなかった。


 イグニスの手の中で、炎霊フォティアは両手両足をばたつかせている。

 見ているあいだにも羽が取れてしまわないだろうかと心配になるが、摘まんでいる本人は自分の目の高さにまで無造作に持ち上げた。


「貴様はアデライールの隷下にある。よって、アデライールが望む限り、アデライールの主であるユーナに力を貸すのは当然だ」

「うむ。多くを望むと身を滅ぼすからの」


 殆どいがみ合いのような仲に思えたイグニスとアデライールが、一致団結して炎霊(こと)にあたっている様子に、アニマリートはくすくすと笑い声を上げた。


炎霊フォティアのおかげで仲良しね」

「あれは敵の敵が味方になっているだけかと」


 同じく精霊使い(エレメンタラー)の端くれとして声が聞こえているグラースは、冷静に意見を述べた。そしてもうひとり、この場には精霊使い(エレメンタラー)がいたのである。


「グルゥ」


 殺気。

 「噛み殺すか」と言わんばかりの唸り声に、ユーナは身を震わせた。慌ててイグニスの前に両手を広げ、地狼へと命じる。


「食べちゃダメ!」

「食えんぞ」

「精霊は食すものではないが」


 重なる否定に、ユーナは更に声を上げる。むしろ悲鳴に近い。


「とにかく、物騒なのはダメ!」

「アデライール、そいつ、寝かせておくほうがよかったんじゃないか?」

「まあ、我が主を想うておることに変わりはあるまい。のぅ、マルドギールよ。せいぜい働くのじゃぞ。使えぬようであれば、その力のみをこの婆が引きずり出してやってもよいのじゃからの」


 紅蓮の魔術師の言を受け、不死鳥幼生(アデライール)炎霊フォティアに念押しした。ぴたりとばたつかせていた四肢の動きを止め、神妙な顔つきで炎霊フォティアは華麗に礼をする。どうやら、了承したようだ。その身体の色が薄まっていることに、ユーナは気付いた。マルドギールの本体を腰に佩き、イグニスのほうへと両手を差し出す。そのてのひらを見下ろし、やっと彼は炎霊フォティアを解放した。

 炎霊フォティアは折れ曲がった翼を一瞬にして美しく広げ、ユーナの手に舞い降りる。だが、今にも死にそう、といった具合に手の中で頽れ、息を荒げていた。その間にも身体は薄れていく。


「多芸じゃの」


 アデライールの呟きに、ユーナはいろいろ察した。

 ただ、指先を伸ばして、優しくその羽に触れる。消えかけているが、やわらかな感触は伝わった。


「これからもよろしくね、マルドギール」


 最も伝えたかった一言を口にすると、荒かった呼吸が即、治まった。まっすぐに見上げてくるまなざしはアデライールと同じく金である。それが、彼女と同じようにふわりと融けたように笑った。

 彼の口元が動く。やはりその声は聞こえなかったが、ユーナはもう一度、その羽を撫でてやった。すると、小さな両腕が指先に縋り、頬を寄せる。そしてそのまま、消えた。


 まだ、ここにいるのだろうか。

 ユーナは今は何も見えない手のひらを、そっと包むように握る。

 何となく、そこにあたたかさが残っているような、そんな気がした。

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