言えなかったことばはどこへ行けばいいの
「乗せましたね」
「みんな付き合い、いいわよねー」
白の媒介の作成を行うため、道具の準備を開始する双子姫を眺めながら、自身もまた素材を作業机に並べつつ、エスタトゥーアは口を開いた。魔石を聖属性の術石へと属性付加を行うべく、アシュアも別の丸テーブルにつき、まずは薬瓶の中にある井戸水を用い、聖水生成を行なっている。
互いが手を止めることなく、準備は続く。
「――おばあちゃん、結局ユーナちゃんに話せてないんじゃないかしらって思ったの」
ユーナと地狼が飛び出していく直前、幼女もまた伝えきれない気持ちを抱えていた。主のためにすべてを捧げる従魔が、主から離れて気持ちを落ち着けようとするさまは、幼女の見た目だけではなく、彼女の内面でもある聖なる炎の御使いを思い出せば切なさが募った。
まだ従魔となっていない時でさえ、聖なる炎の御使いはユーナの力となるべく動いていた。老年どころか棺桶に頭以外突っ込んだ状態で、なお様々な働きかけを行なっていたのである。積み重ねた苦難の日々から転生によって解き放たれ、今、自由に羽ばたく翼を持つ彼女が……思うことばを口に出せない状況というのはどれほどの苦痛だろうか。
「従魔と従魔使いの問題では?」
「それはわかるけど、とにかく前に進んでさえいたら……答えは出るでしょう? ログアウトしてるあいだに、半月とかへーきで経っちゃうんだもの。また先延ばしにするのはかわいそうじゃない。勢いって大事よね」
ぶつかり合えばいい、と単純にアシュアは思う。
地狼がユーナを連れ出したように、不死鳥幼生もまたユーナと語り合えば、きっとその心がわかる。共鳴スキルによる繋がりを断たれ、それでもなおユーナを求めた不死鳥幼生は、抱えた年月の重みと主の幼さの狭間で揺れていた。
不死鳥幼生が己の過去を求めるのなら、そのさまをユーナが見て、どうするべきかは考えるだろう。あくまで戦いを忌避するか、それとも。
青のまなざしが、手元の薬瓶から離れる。それは白銀の豊かな髪を持つ少女へと向いた。
「……ルーキスとオルトゥスは、もし……」
「その質問はナシですよ、アシュア」
アシュアが躊躇うほどの問いかけなど、この流れであれば一つしかない。エスタトゥーアは訊くなと釘を刺した。
「ん、ごめん」
「気持ちはわかりますが、それは『お父さんとお母さんどちらが好きですか?』というのと同じですよ。選べるわけがありません。……ルーキス、オルトゥス、悩んではいけませんよ。あなたたちがフォルティス王が大好きなのも、この母が大好きなのも、よく知っておりますからね」
手に壺やら羊皮紙やらを持ったまま、双子姫がそれぞれ首を傾げるのを見て、母は制止する。そのことばに、双子姫はそれぞれ破顔した。
「はい、とーさまも、かーさまも大好きです!」
「はい、ととさまも、かぁさまも大好きです!」
元気いっぱいに肯定する双子姫の姿に、青の神官もまた表情を緩める。
「フォルティス王、どんなふうに喜んでくれるかしら」
「ええ。だからこそ、わたくしもその時が……」
エスタトゥーアのことばが途切れる。その口元には弱弱しく笑みが浮かんだ。彼女の白い繊手がイレックスの小箱を取り上げる。静かに深紅のまなざしが細められた。アシュアは手を止めてことばを待つ。
だが、続きはなかった。
小箱を置き、エスタトゥーアは立ち上がる。
「白の媒介に依存するのは危険ですが、今はまだこれしかわたくしたちの切り札はありません。できる限り、作成してしまいましょう。合間に丸薬も多少は作れると思いますが、あなたはMP回復薬でこまめに回復しておいて下さいね」
そして、道具袋からポーションを取り出して丸テーブルに並べ、アシュアの生成した聖水を引き換えに持っていく。
「私よりもエスタでしょ。移動中は馬車なら休憩できるけど、ほどほどにね」
「ふふ、わたくしはもう飲んでおりますよ」
「早!」
「促進のほうですけどね」
限られた時間の中、迷いなくエスタトゥーアの調合は進む。一度教えた内容を、双子姫は決して忘れない。彼女たちに刻み込まれた記憶が、エスタトゥーアの求める道具や素材を次々と用意していく。
ふわりと舞う黒のスカートを見て、エスタトゥーアは大事なことを思い出した。
「お出かけの前にはお着替えをしますからね」
「はい、かーさま!」
「はい、かぁさま!」
母のことばに膝を軽く折って応える。骸骨執事のおかげで、いろいろと接客方面の礼儀作法は身についている双子姫だった。不死伯爵は敢えて、王族としての教育を施さないでいると言っていた。それは、彼女たちに戻れない道筋を改めて示すことになってしまうと……そのつらさを知っている不死伯爵だからこその選択だろう。エスタトゥーアはその意思を尊重するつもりだ。
ただ、フォルティス王にお目見えするのであれば、それにふさわしい服装を作っておけばよかったと……小さく後悔しながら、エスタトゥーアは壺の中身をかきまぜたのだった。
紅蓮の魔術師と黒衣の剣士をPTに入れ、ユーナはアンファングへ向かうべく転送門を使った。旅立ちの祝福を受けつつ潜り抜けた光の扉の先には、短槍が穿った穴が未だに開きっぱなしとなっていた。
『――この程度で済んでよかったな』
仮面の奥で朱殷の瞳を楽しげに揺らしながら、彼は素直な感想を述べた。
『はぁ……見た目の瓦礫はアデラの白幻のおかげでしたから、実際にはこの程度、ではあるんですけど、目立ちません?』
ユーナもまたその穴を見下ろしながら、肩を落とす。地狼が穴の中を嗅ぎ、不意に前脚で地面を叩いた。緑色の霊術陣が瞬時に浮かぶ。
と。
『だ、ダメだよ! 街中での術式禁止ー!』
見た目は森狼のころと大差ない地狼だが、さすがに地霊術は目立つ。
ユーナの制止を聞き入れ、素直に地狼は霊術陣を消した。
『そのうち誰かが修理するだろ。ま、気にするなって』
気軽に言い放つ剣士は、口調とは裏腹に冷静な意見を続ける。
『それにしても、街破壊とかって犯罪者扱いにならなくてよかったよなあ。白幻で火傷とかさ、シャレにならないし』
『デス・ペナ中のブルークエストはたいへんだろうな。まあ、スキルを使わない系統ならいける……か?』
そういえば、とユーナは思い出した。
爆弾魔と放火魔のふたりは、青色クエストをこなしたことがあったはずだ。
『ブルークエストってどういうのだったんですか?』
『ひたすら柵を作ったな……それから門番』
細工師としての腕も持つ紅蓮の魔術師である。故に、壊れたユヌヤの周囲の柵の修繕を任されたらしい。肉体労働は不向きすぎるが、セルヴァが材木を押さえてペルソナが結うというタッグはそこそこに作業が捗ったそうだ。その後、ユヌヤを守る過程での偶発的な事故という点が考慮されたらしく、門番の代わりという役目を課せられていた。セルヴァとふたりで呑気に見張り……ではなく、門からは出ずに射程範囲内の魔物をとことん殲滅したそうだ。戦利品はすべて任務中につきと理由をくっつけ、ユヌヤに寄付したという。たいへん彼ら向きのクエストである。ちなみに、戦利品はソルシエールが回収してくれたらしい。
『そのソルシエール、今夜は見てないよな。ゴールデンウィークだし、旅行とか?』
『何で俺に訊くんだ』
『知ってそうだから』
『知らん』
憮然とした口調に愛想はない。
ユーナはソルシエールの気持ちに思いを馳せた。師匠を思う心から、何故か自身のデス・ペナルティを知られたらという想像に飛んでいく。やはり、またすごく怒られる気がした。
『他は揃ってるだろ? 仲間外れもあれだし、来ないかなあと……まあ、リアル都合なら仕方ないか』
『だから知らんと……』
『あ、じゃあ、一応メール打っとこうかな!』
いささか紅蓮の魔術師の声音が物騒になってきたので、ユーナは慌てて割り込んだ。彼女のリアルなほうのアドレスは知らないが、幻界のソルシエール宛てで十分だろう。ログインすればすぐに読んでくれるはずだ。
コミュニケーション・ウィンドウを開き、手早く入力する。やはり、これがないと不自由すぎる。ステータス表示に居並ぶ名前を見て、ユーナはやはり気温の低さよりも胸の内のあたたかさを感じるのだった。




