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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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あなたの求めるすべてでありたい


 ステファノス王子から受けたという特別依頼と王子の短剣の話に、初めて耳を傾ける者は表情を強張らせた。

 以前、青の神官(アシュア)を救うために、その権力によって大神殿に乗り込む許可を得た。その時にお墨付きとして預かったものが王子の短剣であり、そこに王子の意思があることを示している。今後、それを結盟クランとして一角獣(アインホルン)が持つことの意味を、シャンレンはこう語った。


「王子の子飼いになるつもりはありません。私は、これを単なる証明書としてのアイテムに過ぎないと考えています。特に王家の霊廟に関しては、今後幻界(ヴェルト・ラーイ)でどのような扱いになっていくのかまだわかりませんし……迷宮ダンジョンのようになっていくのか、依頼時のみ立ち入れる場所(イベント・スペース)として大聖堂と同列となるのかも不明ですから、とりあえず使えるものは使う、程度の気軽さで預かるくらいは問題ないでしょう。

 実際、こちらが対応しきれないような特別依頼が訪れた時には、また出方を考えたいと思います」

「――対応しきれないって、どんなんだよ?」


 一交易商にしては、敬意の欠片もない意見である。もともと日本人であり、しかも異邦人である拓海シャンレンならば当然とも言えるが、その内容については特に否定せず、フィニア・フィニスは気になる部分について言及した。

 交易商は口元に笑みを佩く。久々に黄金の狩人(フィニア・フィニス)の前で見せたそれは、たいへん彼らしい営業スマイルであった。


「政治犯の暗殺とか」


 とても高校一年生の意見ではない。

 どす黒い笑みに、青の聖女(アシュア)は天を仰いだ。その一例を聞き、メンバーの大半が蒼白になっている。

 クランマスター(エスタトゥーア)は短く溜息を吐いた。


「今のところ、現王に対する不満の声も上がっているようではありませんし、彼の王位継承についての不穏な話も聞いておりませんから、そこまで深読みする必要はないと思いますよ。ただ、シャンレンさんの危惧はわかります。

 わたくしはこの結盟クランを汚れ仕事のために立てたつもりはありません。あくまで、相互扶助の精神に基づいた……お遊びです。ですから、最悪、王家に楯突いた反逆者という形になったとしても、旅立てばよいでしょう」

「かーさま?」

「かぁさま?」


 不安げに彼女を呼ぶ双子姫の声音に、エスタトゥーアはふたりへと振り返り、両手を差し出す。母の腕の中へと潜り込む双子姫を抱きしめながら、クランマスターはことばを続けた。


「もちろん、その時はあなたたちも連れて行きますよ。

 わたくしたちは一角獣の酒場(バール・アインホルン)という素晴らしい宿を得ました。ですが、あくまで宿り木なのです。宿り木が腐り、留まることができなければ飛び立てばよい。幻界ヴェルト・ラーイは広く、わたくしたちはまだまだ未熟です。よって、可能性は無限にあります。違いますか?」

「エスタ、それって……」


 アシュアの語尾を濁した物言いに、エスタトゥーアは赤いまなざしを細めて頷く。

 そう、マールテイトは(・・・・・・・)来られない(・・・・・)

 つい昨日、真摯にクラン加入を希望してきた料理人()を思い、シャンレンは目を伏せる。その沈痛な表情に、ユーナは目を瞠った。


「あなたがたがその短剣を持ち帰った以上、この程度の覚悟はしているというだけのおはなしです。まあ、その前に借金完済は必須ですね。わたくしも国を越えてのお尋ね者にはなりたくありませんし、あと、できればずっとここで、のんびりといろいろ作りたいと思っておりますよ。ルーキスとオルトゥスの衣装も増やしてあげたいですし」


 最後に付け加えられた掛け値なしの本音に、場が和む。


『たとえ』


 それは、PTチャットでの発言だった。

 復活したコミュニケーション・ウィンドウのおかげで、ユーナは従魔たちとでPTを組み直している。となりに座る不死伯爵(アークエルド)の呟きに、ユーナは紫水晶のまなざしを向けた。凪いだ色合いを湛えた月色が、それを受け止める。


『――どこへ旅立つことになろうとも、ご一緒しよう』

『無論。我らは我が主の従魔シムレース、主以外に宿り木を持つことはない。のぅ、アルタクス』

「グルゥ」


 ああ、先に言わせてしまった、とユーナは気付いた。

 双子姫が不安を抱くように、彼らもまたそれを当然と思いながらも、きっと求めているのだ。


『うん……ずっと、一緒にいてね。みんながいたら、わたしきっと、もっと強くなれるから』


 主のことばを。


 本来は従魔使い(テイマー)として、強く彼らを率いていかねばならないのだろう。だが、今ユーナに言えることはこの程度だった。そんな彼女の内心の自嘲を見透かすように、幼女アデライールはこの上もなくうれしそうに微笑む。


『逆じゃよ、我が主よ。我ら従魔シムレースは主さえおれば、いくらでも強くなれるのじゃ。主の剣であり、盾であり、鎧であり……我が主が求める全てでありたいと欲する、主の力そのもの、それが従魔シムレース故のぅ』


 テイマーズギルドよりも歴史ある従魔シムレースのひとりである、不死鳥(フェニーチェ)。その生き字引の言に、ユーナはことばを失う。


 ――誇ってやれよ。ユーナの従魔シムレースだろう?


 従魔使い(テイマー)であるユーナよりも早く、従魔シムレースの本質に触れることばを昔、聞いた。あの時、自分はどう答えただろう。

 何も言えずに、ユーナはただ、頷いた。


「あーもぅ、せっかく改装したばっかりなのに出ていくことばっか話すのやめようよー。しかもまだ一角獣の酒場(バール・アインホルン)、開店もしてないじゃん! 私の歌も踊りもお客様に大人気になる予定なんだから、全力で死守しようよ、ねっ」


 舞姫メーアの声音に、メンバーは破顔した。


「じゃあ、さしあたって――王家の霊廟に行きたいひとー!」


 はーい、とアシュアが手を挙げると、小さな笑い声があちこちから上がり、次々と挙手が続く。はい!とユーナも勢いよく手を挙げた。


「そのままそのままー! すぐに行きたいっていうひとー!!」

『すぐー!?』


 さらに立ち上がって、アシュアは声を張り上げる。さすがに「すぐ」という単語には驚愕が続いた。


「だって、王家の霊廟だしー、そのあと三日以上缶詰めよ? 薬飲んで貴賓棟で寝てたら治るんだから、寝てるあいだ(ログアウト中)にそれが終わるように、調整しとけば楽じゃないの」


 この上もなく時間効率の理由だった。

 王家の霊廟に訪れたことのないメンバーは、今回で熱病にかかる恐れがある。また、前回罹らなかった者も今回罹らないとは限らない。よって、隔離される時間が必ず設定されるはずだ。

 アシュアの意見に、シャンレンは苦笑した。


「せめて、熱病の薬を人数分は準備しないといけませんね。メディーナさんに頼んでまいりますので、どれだけ急いでも午後出発ですよ」

「じゃあ、お昼ごはん食べたらってことで!」

「では、準備のためにも解散しましょう。帰りに商人ギルドで余分な金銭は預けますので、念のためという方はお預かりしますよ。距離がありますから、馬車も手配してまいります」


 サブマスター(シャンレン)の声音に、即、弓手(セルヴァ)が立ち上がり、出ていく。おそらくは爆弾調達だろう。そのあとを慌てて黄金の狩人(フィニア・フィニス)風の盾士(セルウス)が追う。

 エスタトゥーアもシャンレンに何かを預け、アシュアを促し、双子姫を連れて階上の自室へと向かったようだ。次いで交易商シャンレンも外へ飛び出していく。のんびりと紫色のコーヒー味の飲み物を傾けているのは、剣士シリウス仮面の魔術師(ペルソナ)くらいである。

 ユーナもまた、幼女アデライールに促された。


「さて、こちらもまいろうぞ」

「……どこ行くの?」

「転送門にてアンファングへ。我が主はスキルが使えぬまま王家の霊廟に赴くことになる故、少しでも戦力を上げねばな」


 あの火蜥蜴に頭を下げるのは業腹じゃが、致し方ない。

 ぶつぶつと続ける彼女に、紅蓮の魔術師が反応した。


「アンファングのテイマーズギルドか……」

「王都のと一緒にするなよ。アンファングのはまともだったからな」


 シリウスのことばに、ユーナは首を傾げた。自分はまだ王都のテイマーズギルドへは近づいていない。何かあったのだろうか、と尋ねようとした時、先に紅蓮の魔術師が口を開いた。


「気になるな。行くか」

「え」

「昼に戻ればいい。長くはかからないんだろう? アデライール」

「うむ」


 そして、ユーナは約束を果たしに。

 昨日ぶりとなるアンファングへと旅立った。

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