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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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気がつけば弟子


 すりよってきたぬくもりを、夢の中で抱きしめた。






 浮き上がった意識の中で、ユーナは状況を把握するのに数秒要した。柔らかな布団と、目の前の小さな頭とが現実リアルに一致せず、「これって夢?」と真面目に考えたのである。視界を動かすことで幻界時刻と現実時間、そしてアイコンが表示され、彼女は現在地を理解することができた。

 闇の中で、その小さなぬくもりの色合いはわからなかった。肩先が触れるほどの距離に、そっと身を離す。するとようやく、そのあどけない寝顔が見えた。熟睡しているようで、幼女アデライールは穏やかな寝息を立てている。不死鳥幼生を湯たんぽ代わりにできるなんて贅沢だと、内心笑う。昨夜は一人で眠っていて、とても寒かった。ぐっすり眠れたのは、地狼アルタクス幼女アデライールのおかげだろう。あの時求めたものが、今はここにあった。


 ユーナが身じろぎしたせいか、無言で地狼アルタクスが頭を上げた。漆黒のはずの瞳が不思議な煌きを宿し、こちらを見ている。

 どうしようかなあ、と布団の中で呑気にユーナは考えた。

 記憶はエスタトゥーアの部屋で、装備の修繕を待っていたところで途切れている。今、幻界時刻はようやく朝、と言ってもよいくらいの時間になっていた。但し、まだ殆どの住人は深い眠りについている時間帯だ。鎧戸まで閉ざされているので外はわからないが、冬に近い今なら、間違いなくまだ外は暗いはずである。

 もう一寝入り、と考えた時、空腹を思い出した。空腹度を示すステータスバーは赤に達している。確かに、昨日は結局朝食しか食べていなかった。走りまくったせいで疲れて眠ってしまったようだが、睡眠で疲労度が回復すれば今度は空腹度が訴えてくる仕様らしい。ここまで食べなかったことも今までなかったと思い至り、仕方なしに身を起こす。

 幼女アデライールは起きなかった。不死伯爵(アークエルド)は姿が見えない。影に潜り込んでいるのか、どこか別の場所にいるのか、と考えた時、地図マップが開いた。食堂に彼の光点アイコンが見える。傍には骸骨執事アズムもいるようだ。

 それに安堵しつつ、長靴ブーツを履くのではなく、装備する。物音を立てないためだ。ユーナが起きたせいで、地狼アルタクスもまた傍に寄ってくる。もう一度寝ろと言わんばかりに尻尾が足を叩くのだが、一度「おなかがすいた」と目覚めてしまうともうダメなのだ。察してほしい。ユーナは寝台のほうへと押しやろうとする鼻先を撫で、指先を唇の前で立てた。静かにね、という釘刺しは通じたようだ。あきらめたようで、ぱたぱたと触れる尻尾の動きが離れていく。

 厨房に行けば、朝食用に何か残っているはずだ。

 ユーナは部屋を出た。当然という顔をして、地狼も付き従う。扉を閉めてから、一応断りを入れるべく口を開く。


「寝ててもいいんだよ?」

「グルゥ」


 ――何でだろう。「寝言は寝て言え」って聞こえた。え、気のせいだよね?


 地狼からの切り返しに、思わずアイコンを確認する。スキルアイコンはやはり沈黙グレーダウンである。一方、コミュニケーション・ウィンドウは開くようになっていた。フレンドリストやクランメンバーが表示される。どういう順番でデス・ペナルティが解除されていくのかがよくわからないが、それでも自身でPTを作れるというのはありがたい。今はアシュアのPTにずっと従魔たちとお邪魔している状態にしてもらっていたので、申し訳なかったのだ。朝食時にでも組み直そう、と思いつつ、ユーナは階下に向かう。PTチャットは使わない。メンバーの殆どが眠りについている今、下手に起こすわけにはいかない。

 従魔たちの空腹度はすべて緑表示になっていた。ユーナが眠っているあいだにも、いつも通りちゃんと食事を摂ってくれていたのだろう。骸骨執事アズムの配慮のおかげで、ユーナは食事という面では心配せずにいられた。少なくとも、彼がいる夕食時はしっかりと食べさせてくれているようだ。ありがたいことこの上ない。


「主殿、何か……?」


 魔力灯が光る中、やや早足の靴音が階段を僅かに上がり、止まった。見慣れた銀色が姿を見せ、ユーナはその焦った様子に目を瞬かせた。


「え、あ、おなかすいちゃって……」


 正直に口にするのも恥ずかしいのだが、心配を掛けたことは一目瞭然である。ここは自白するより他なかった。途端、アークエルドは表情を緩めた。


「すぐに用意いたします」


 柔らかな骸骨執事(アズム)の声が、低く響いた。アークエルドは一つ頷き、ユーナへと手を差し伸べる。一般的な女子高生である結名(ユーナ)はその意図がわからず、困惑した。


「フン」


 ユーナの後ろについてきていた地狼がその空気を一蹴し、不死伯爵は苦笑を洩らす。そして身を引き、一礼した。


「失礼、どうぞ」


 あー、エスコートとか?と思い至った時には既に遅い。アークエルドは通路を譲り、ユーナを促した。これほど派手な「夜中につまみ食い」というシチュエーションはないだろう。肩身が狭くなりつつ、ユーナは階段を下りた。

 静まり返った食堂には、お茶の用意がなされていた。テーブルに並んだカップは三つで、今はその使用者たちは誰も座っていない。ユーナは視線を厨房へと向けた。香ばしい、いい匂いがするのだ。そこには明かりが灯っており、首を傾げる。骸骨執事アズムであれば明かりは不要である。三人目の存在に、ユーナはそのままテーブルではなく、厨房へと向かった。扉の外で、地狼は座り込む。


「早いな。もう起きたか」

「――おはようございます。マールテイトさん、アズムさん」


 久々に会う料理人と骸骨執事の姿に、ユーナはとりあえずあいさつを口にした。

 骸骨執事アズムは手早く果物を切り、皿に並べていた。その手を止めてこちらを見る。


「おはようございます、ユーナ様。お加減は如何ですか?」

「おかげさまで、かなりいいです」

「それはようございました」


 マールテイトは竈から白パンを取り出しているところだった。まずは手を洗わねばと、寒さを覚悟して井戸へと向かう。こういう時、スキルが使えないのは不自由すぎる。吐く息すら白く、そんな空気の冷たさに身を縮こませながら、ユーナは外の洗い場で手と顔をぱぱっと洗い、白い布で拭う。指先がじんじんと痛い。まだ冬の始まりでこの程度なら、本格的な冬だとどうなるのだろうか。空恐ろしくなりながら、ユーナは室内へ戻った。竈の熱で中は各段に温かい。


「ちょうどいい。熱いから気をつけろよ。スープもすぐ温めてやる」


 小さな籠に焼きたてのパンを二つほど入れ、盆に載せてユーナに渡す。しかし即、アズムがユーナの手から奪っていった。果物の皿も同じ盆の上にある。カタカタとしゃれこうべを鳴らす姿に、ユーナはつい口元を緩めた。


「ありがとうございます」

「ほら、冷めんうちに食えよ」

「は、はい。いただきます」


 追い立てるようなマールテイトの物言いに、ユーナは恐縮しながらもテーブルに向かう。骸骨執事(アズム)は三人席をいつのまにか四人席へと変え、ユーナのために食事を整えていた。


「冷えたカローヴァの乳では不都合だろうな」

「ただいま温めてまいります」

「いえ、あの、お気遣いなくー!」


 自分で、と思っていたのだが、次々と繰り出される配慮に、ユーナはあわてて遠慮した。寒いからと気遣うアークエルドの心遣いはうれしいのだが、まともにアズムが相手をしてしまうのが申し訳なさすぎる。何と言っても時間が時間だ。だが、聞き入れる様子はなく、アズムはすぐに身を翻し厨房へ消える。入れ替わりに、マールテイトが湯気の立つスープの皿とスプーンを持ってきた。


「まあ、食え。話はそれからだ」


 話?と内心首を傾げながらも、急かすように食器を差し出されてしまうと「いただきます」しか言えない。ユーナは両手を合わせて食事を始めた。想像よりも立派すぎる朝食のスタートである。

 野菜がごろごろしているように見えるスープは、口に入れると形も残さずほろりと野菜が崩れた。冷たい空気で痛いほどだった肺すらも、そのあたたかさで内側から温められていく。野菜の甘味とソーセージのしょっぱさが程よくスープを味付けていた。濃くはなく、ただひたすらあたたかい。

 温められたカローヴァの乳もすぐ食事に添えられ、アズムへと礼を言う。カタカタ鳴るしゃれこうべの音は優しい。


「お食事はいつもと同じでよろしいのですか? 食べにくければ遠慮なく仰って下さい」

「あ、大丈夫です。昨日もアンファングでいただいたんですけど、食事が取れないとかはなくて……」

「こうして見ると、前と特に変わらんな」


 そのことばに、マールテイトもまたユーナの死を知っていると気づいた。

 手を洗うために、手袋を外していた。食事と思い、そのままにしている。ユーナはスプーンを置いて、両手を開いて見せた。


「手、ちょっと爛れてたんですけど……こんな感じで、全部まっさらになっちゃうみたいです」


 傷一つない手のひらに、不死伯爵アークエルドが顔を顰めた。爛れているように見えた傷跡は、彼がユーナとの融合召喚ウィンクルムで残したものだったのだが……今はそれが綺麗さっぱりなくなってしまっていることで、よりユーナの死を思い出しているように見えた。

 自分は気にしていないから、と伝えるように、ユーナは声音を明るくした。


「あと、スキルはまだ今も使えないみたいで」

「なるほどな。まあ、無理はするな」

「せっかくマールテイトさんいたのに、もったいないことしました。この白パンとか作るの、一緒にしてみたかったです。わたしもレシピもらってるんですけど、まだ作ったことなかったし」

「ほぉ」


 あ。


 マールテイトの目が細くなる。掛け値なしの本気で「パンを一緒に作りたかった」のだが、ユーナにはまだまださせられないということだろうか。地雷踏んだ!?と内心焦りながら、取り急ぎ誤魔化すべくパンを千切って口に運ぶ。外側は持てる程度には冷めていたが、内側はあつあつだ。一口で食べることはできず、かぶりついた。ふんわりしていて、美味しい。


「――まあ、焦ることはない。時間はたっぷりあるからな。おまえさんが一人前になるまで、調理に関してはしっかりと仕込んでやる。最後の弟子としてな」


 ニッと笑うマールテイトに、ユーナは残りの欠片を口に放り込むこともできず、しばし絶句した。

 そして、ぽろっと口からそのことばが転がり出た。


「え、あ、わたし、弟子、ですか……?」

「まだそう名乗るなよ。恥ずかしいからな、俺が」


 大食堂のオーナーシェフ、マールテイト。その最後の弟子に選ばれたという事実を、ユーナは受け止めきれない。


 そんなふうに名乗ったらわたしが恥かくだけですよね!? ってまだ野菜洗いとかしかできないんですけどいいんでしょうか!? 調理師スキル持ってるけど、マールテイトさんクラスになるのってどれくらい熟練度上げたらいいの!?


 あわあわとしている主に、不死伯爵が微笑みかける。


「試食なら喜んで」

「グルゥ」

「それ絶対『任せた』って言ってるよね!?」


 調味料なしで焼肉を食べさせた黒歴史で自分から首を絞めたユーナは、聞き取れない地狼の唸り声に続く「フン」という鼻で嗤われた状況に頬を膨らませた。


「心配せんでも、最初の実験台には俺がなってやる。殺すなよ?」

「殺しませんからー!」


 いきなり師匠を食あたりで殺してブルークエストをしなければならなくなるとなれば、目も当てられない。

 槍といい、調理といい、押しかけ師匠をありがたいと思いながらも素直に喜べないユーナだった。

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