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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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借金返済は待ってくれ


「おじさま、ルーキスはきちんとお片付けができました!」

「おじさま、オルトゥスもきちんとお片付けができました!」


 両手を高らかと広げ、双子姫は誇らしげに伝えた。

 母たるエスタトゥーアや一角獣アインホルンの面々は、その様子に表情を緩ませる。何故か今夜はマールテイトも夕食時まで残っており、珍しく一緒にテーブルを囲っていた。ふむ、と彼は厳めしい顔つきで立ち上がり、厨房へと覗きに行く。すれ違うように、骸骨執事アズムが酒肴やお茶の準備を手に出てきた。その白い頭蓋骨へ視線を感じたのか、彼はカタカタとしゃれこうべを鳴らす。


「わたくしはいっさい、手を出しておりません。少々差し出口をいたしましたことは、平にご容赦を」

「いや、かまわん。口で言ったところでそう簡単にはわからんからな」


 マールテイトの言に一礼し、彼はテーブルへと足を向ける。両手を胸にしっかりと組んで心配げにマールテイトの様子を見つめている双子姫の前で、また彼はしゃれこうべを鳴らした。その音に双子姫の双眸は瞬き、次いで笑みを返す。不死者(アンデッド)を見慣れている彼女たちにとって、白骨(スケルトン)もまた恐怖の対象ではない。まして、相手は双子姫が任された役割について、懇切丁寧に教えてくれる師である。さりげに少女に人気のある骸骨執事(アズム)だった。


「なかなかやるじゃねえか、嬢ちゃんたち!」


 マールテイトが厨房への扉の前で吠える。軽く前に屈み、彼は喜色満面でその両手を広げてみせた。水回りに転がっていた食器や調理器具はぴかぴかに洗い上げられ、きちんと厨房の定位置に戻っている。しかも、作業台の拭き上げや竈の灰の始末も終わっており、彼にとっては満点の評価しか下しようがなかった。

 よって、ご褒美タイムである。

 双子姫は嬉々として、その腕の中へ飛び込んだ。双子姫を片腕ずつでまとめて抱え上げ、マールテイトは軽く二人を振り回す。ぐるぐる回す。ぐるぐるぐるぐる。双子姫は歓声を上げている。


「――ねえ、エスタ」

「はい、そうですね」


 青の神官(アシュア)は親友に問うた。真顔でエスタトゥーアは返事をする。その内容はことばに出なかった。

 自動人形オートマートスには、魔物の戦利品(ドロップ)が素材として使われている。故に、通常の人間とは異なり、その質量は見た目に反し軽く三倍以上はある。自動人形オートマートスの恐るべき膂力の一因はそこにあるわけだが……それを、二人揃って、両腕に抱えている料理人が目の前にいた。


「あれ、オレでも無理だぜ……」

「安心しろ。普通、誰でも無理だ」


 剣士シリウスの呻きに、淡々と紅蓮の魔術師(ペルソナ)が返す。無言で弓手セルヴァが、沈痛な表情を浮かべ、大きく頷いていた。

 抱っこだけではないご褒美まで加算され、双子姫はご機嫌である。

 ややふらつきながらマールテイトは彼女たちを床に下ろし、その大きな手で白銀の髪を撫でた。


「上等だ。また頼む」

「はい、かしこまりました!」

「はい、かしこまりました! だから、また抱っこして下さいませ、おじさま」


 オルトゥスのことばに、豪快な笑い声が返される。


「おまえたちくらい、うちの連中も素直なら扱いやすいんだがなあ」


 さすがに料理人は、ご褒美で抱っこを要求すまい。

 機嫌よく隣の席へと戻ってきたマールテイトへ、麦酒のジョッキを差し出しながら、シャンレンは苦笑した。その座り方に彼の無理が見える。それでもマールテイトは構わずにジョッキを受け取り、中身を呷った。

 そのマールテイトの前へと、シャンレンは金貨を一枚置く。金ならではの重い音に、彼は目を剥いた。そして。


「ぶふぅっ!」

「ちょっ」

「おじさま、だいじょうぶですか!?」

「おじさま、呼吸困難ですか!?」

「ふたりとも、雑巾を持ってきて下さい。ええ、桶に水もお忘れなく」


 吹き出された麦酒は、テーブルの上に酒精の飛沫を振りまく。しかし、間一髪、同じテーブルについていた者たちは自分のジョッキを抱きかかえ、死守していた。慌てて双子姫は骸骨執事の指示に従い、厨房へと早足で向かう。慌てていても走らない。

 シャンレンは道具袋インベントリから白い布を取り出し、テーブルに置いた金貨を拭い、今一度マールテイトに差し出す。マールテイトはジョッキをテーブルに戻して前掛けで顔を拭い、事の原因たる交易商を睨んだ。


「てめえ、何しやがる」

「え、借金返済ですよ?」


 まさかこれほど驚かれるとも、怒るとも思わず、交易商シャンレンは不思議そうに答えた。まさか借金を返済して怒られるとは誰も思わない。返さないならともかく。


「クランメンバーが増えたので、その関係で寄付いただいたんです。あまりにも金額が多いのでお返ししたかったんですが、受け取っていただけなくてですね。それなら、マールテイトに早く返してしまおうと思いまして」


 金の出所は、不死伯爵(カードル伯)である。彼自身が結盟クランへ入ったことによるものだが、結局返金は利かなかった。手元にこれほどの大金を置いておくのも心配なため、それならばと早く借金を返済することに使わせてもらうことになったのだ。

 ギリッとマールテイトの歯が噛み締められる。悔しそうな様子に、エスタトゥーアは首を傾げた。そして、思いついたように口を開く。


「シャンレンさん、明日改めて、商人ギルドの窓口前で受け渡されては如何です? 夜は危ないので」

「ああ、そうですね。すみません、配慮が足りず」

「んなこたあいい」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、マールテイトは頭を両手で掻きむしる。そして、溜息を吐くと、金貨を掴み、前掛けのポケットへと無造作に放り込んだ。そして丸めて、自身の道具袋インベントリへと仕舞う。


「確かに、受け取った。これであと金一枚か……」


 舌打ちしている。

 双子姫はマールテイトの両脇に立ち、テーブルを拭いた。汚れを拭ったあと、水で拭き、更に乾拭きする。その迅速かつ丁寧な働きぶりに、骸骨執事(アズム)が壁のほうを向いて眼尻を拭っていた。さすがに、誰も「涙出るの?」とは訊かない。

 交易商シャンレンはマールテイトの忌々しいと言わんばかりの態度に、思いやりをこめて口を開く。


「マールテイト……あなた、お金の重さにうんざりしているのでは? 私がその負担を少しでも軽くしてさしあげましょうか?」

「さりげにおまえ、その金寄越せ言ってないか?」

「気のせいです」


 マールテイトの切り返しに、満面の営業スマイルでシャンレンは答えた。

 マールテイトは音に聞こえるほどの腕前を持つ、大食堂のオーナー料理人である。元の店を売却せずとも新たなる店を開き、複数の弟子を抱え、自身が不在であっても店は回るように育成している。何故か、元の店である一角獣の酒場(バール・アインホルン)の料理人としても雇われているのだが……否、自身を雇わせているのだが、その真意を尋ねたことはなかった。


「また王家の霊廟の件が出てきましたが、それが終われば、今度こそ一角獣アインホルンのメンバーでレベル上げなり狩りなりできるようになると思います。私もクランマスターも動けるようになれば、何としてでもお金を作って……まずはあなたに借金の返済を」

「いらんと言うとるだろうが!」


 交易商が真摯な表情で迅速な返済計画を言い募れば、本気でキレられた。

 にっこりと、シャンレンは営業スマイルを浮かべる。


「どうしてでしょう?」

「――この狸が……」


 交易商は、マールテイトの呟きに更に笑みを深める。

 料理人はその様子に溜息を吐く。そして、クランマスターたるエスタトゥーアへ向き直った。偉丈夫の料理人である。女性にしてはかなりの長身であるエスタトゥーアだったが、それでも彼女は細い。しかし、決して気圧されることなく、エスタトゥーアは相対した。


「アークエルドが、クランへ入ったと聞いた」


 想像もつかなかった話題の切り口に、エスタトゥーアは深紅の双眸を瞠る。マールテイトは一息で、自身の要望を告げた。


「命の神の祝福を受けし者でなくても良いのなら、俺も入れてくれないか?」

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