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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第二章 災禍のクロスオーバー
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話し合おうじゃないか

 ああ、自分は眠っていたのだと、浮上してくる意識の中で気づく。

 眩しさに目を閉じたあと、どれだけの時間が過ぎたのかはわからない。幻界ヴェルト・ラーイと同調し、世界に降り立つには、個人差があるという。

 見上げた天井や硬い寝台ベッドにも、しっかり覚えがある。

 掛布をめくりながら身を起こし、ユーナは時間を確認した。夕食後、それほど時間は経っていないようだ。ログアウトしてから、幻界ヴェルト・ラーイ時間にして丸一日が経過しようとしていた。よって、夜である。木製の窓はしっかり閉じられ、室内は真っ暗だったが、不思議と目が慣れていて少しならば様子が知れた。

 道具袋インベントリを身に着け扉を開けると、一気に食堂の喧騒が入り込んできた。こちらもちょうど夕食時だからだろうか。朝とは違う、あまりの人の多さに、ユーナは戸惑った。どうやって従兄を探せばいいのだろう。相手のキャラクター名すら聞いていないことに思い至り、途方に暮れる。

 とりあえず一人でいる男性を探すべく、食堂を見回す。

 すると、視界に突然、ウィンドウが現れた。「シリウスからのパーティー参加要請です。参加しますか? はい いいえ」の二択に、少しだけ迷って「はい」を選ぶ。


「こっちだ」


 耳を打ったことばは、同時に視界へマップを映し出す。そこにはシリウスの現在地が表示され、その場所に行くと、彼は二人掛けのテーブルで麦酒を飲んでいた。


「シリウスさん、こんばんは。あの、実は……」


 事情をとりあえず説明して、すぐ一緒に遊べないことを伝えようとすると、鋭く注意が飛んだ。


「ユーナ、まずはPTチャットに切り替えろ」


 その言い方に、何となく既視感が沸く。むしろ、今までそういう話し方はされていなかったのだが、違和感より先に、ほぼ条件反射で、素直にユーナはPTチャットに切り替え、再度話しかけた。


「あのですね、ちょっとすぐに落ちなくちゃいけなくって……」

「わかってる。あんまり時間がないから幻界こっちにしたんだ」


 ユーナはシリウスを見た。


 黒衣の剣士シリウス。

 黒のツンツンした短髪、黒の瞳でありながら、あまり日本人的イメージがないのはその顔立ちのせいだろう。日本人よりよほど彫りが深く、パーツのバランスがアジア系というより欧米人っぽい。若いとは思うが、それでも年齢がわからないくらいの見慣れなさで。じゅうぶん、精悍というのだろうか、ハリウッド俳優ばりにカッコイイと思う。

 追ってくる敵に対しては殿を務め、立ち向かう的には全員の前に立ち、両手剣を振るう。

 多少の怪我なんてものともせずに、冷静に場を読み、確実に仕留めていく腕は、短い間に幾度も見てきた。


幻界ヴェルト・ラーイのほうが、時間をゆっくり使えるからな。ほら、座れよ」


 向かい側の椅子を顎で示す姿と、その声に、従兄の姿が重なる。


「まっ、なん、いっ……ぇぇぇぇえっ!?」


 ユーナの絶叫が、PTチャットで響き渡る。聞くのはシリウスだけなので、問題はない。うるさい、静かにしろと苦情を言われたが、断固として問題ない。ふぅ、と疲れたように溜息を洩らした彼は立ち上がり、未だに立ったままだったユーナのために椅子を引いてやって促す。幻界ヴェルト・ラーイがVRであることもあって、ユーナは慣れないことを慣れない視野でやるよりも、多少でも現実リアルと共通点を持たせたほうが楽だろうと、身長も体重も(ナイショだがスリーサイズからいろいろと)何から何まで同じにしておいた。だが、シリウスは皓星とは全く違う。その身長も皓星より高く、見上げた時の首の角度に、ユーナは激しい違和感を感じていた。それでも、言葉には出なくて、そのまま椅子に座る。

 シリウスは通りがかった女将に何かを注文し、幾ばくか渡す。女将はにこやかにすぐさまそれを持ってきてくれた。木製のコップが、ユーナの前に置かれる。ジュースだ。


「今はシルエラが旬だからね。さっぱりしてて口当たりもいいからおすすめだよ!」


 快活な女将とシリウスに向けてオープンチャットでありがとうを返し、一口含む。酸味と仄かな甘みが喉を潤し、ユーナの気持ちを落ち着かせてくれる。

 改めてシリウスを見ると、一瞬和らいだ眼差しをむけてくれたものの、すぐさま冷え冷えとした声でこう言い放った。


「さあ、話し合おうじゃないか」


 長身に、食堂の椅子はやや小さくて座り心地は悪そうだなーとか、意図的に関係ないことを考えたくなるほど。

 ユーナはこわごわと問いかけた。もちろん、PTチャットで。


「えーっと、例えば?」

「本来なら、ここで現実リアルなことなんて話したくないからな。具体的には言わないが」


 そして、彼は頭の上を指さした。そこを注視すると、彼の名前とIDが見える。今は当然青で。

 ユーナはようやく、思い至った。


「名前?」

「そう。前も言ったよな? どうしてそんなのにしたんだ? 危ないって分からないのか? もしもがあったらどうするんだ」


 立て続けに疑問形な注意を受け、ユーナの視線が泳ぐ。


「えーっと、一応、約束通り、名前は変えてるよ? ただ、ほら、全然違うのだと呼ばれても反応できないかもって思ったし?」


 理由になっていない理由だと自分でもわかっているせいか、ユーナは疑問形で答えを返した。他のMMOで今まで使ってきた名前も「ユナ」で、作成時も同じように注意されたのを思い出しながら。

 深々と、本当に深々と、シリウスは溜息をつき、ユーナを憐れむような眼差しで見た。実際、いろいろ残念だと哀れまれていたのだが。


「……言わなければわからないだろうが……」


 かつてと同じように呟いて、シリウスは妥協した。そもそも、今更変更できるはずもないし、キャラクターデリートは避けたい。何度もユーナは頷いた。


「うんうん、わかんないって。毎年赤ちゃんのお名前ランキングでベストテン入りする読み方だもん。へーきへーき」


 ぱたぱた手を振る様子に、全く反省の色はない。

 先が思いやられたのか、シリウスは麦酒を一気に飲み干す。一気ダメ、絶対。

 口元を拭って、ジョッキをテーブルに置く。


幻界ヴェルト・ラーイは皇海市に運営会社がある関係で、制作発表会とかで配布されてβテスターが地元に多くいるんだからな。くれぐれも気をつけるんだぞ」

「はーい」


 詩織ちゃんとかゲームに興味ないから大丈夫だと思うけど、と思いつつ、ユーナは生返事をする。

 シリウスの絶対こいつわかってない的視線が痛い。


「――わかった。何かあったら言えよ。これくらいは守れるんだろうな?」

「うん、大丈夫大丈夫。でも、どうしてわたしのこと、わかったの? いつからわかってたの?」


 名前については、実は初期設定時に「同じ名前の人間が〇人いますが、どうしますか?」と念押しされる。キャラクターはID管理なので、別段同じ名前でも構わないのだが、確かに同じ名前の人間同士で組んだりした時はややこしい。そもそも見た瞬間に敬遠して、組むこともなさげだが、一応運営側としても気を遣っているようだった。その時も三十数人いたので、「名前が同じだから」程度で見つけられるとは思えない。ちなみに、本名を使ってはいけないし、使用した場合の責任は取らない旨も、初期設定の注意書きにはあった。ユーナは本名に似てはいるが違うので、本人はセーフだと思っている。

 ユーナの問いに、シリウスはようやく硬い表情を崩した。苦笑ではあったが。


「ついさっきまで、わからなかったよ。幻界ここで待ち合わせない限り、わからないと思ったから、そうしただけ」


 実は、幻界ヴェルト・ラーイも他のMMOと大差なく、女性ユーザーは少ない。更に、女性旅行者プレイヤーが一人でいることも、殆どない。ログイン時の同調に要する時間は個人差があるが、回数をこなせばこなすほど処理が早くなる。クローズドβから開始した皓星は、結名より五分ほど早くログインを完了し、先に食堂にいる旅行者プレイヤーをチェックしてから席に着いた。今このエネロの食堂には、ソロの女性はいなかった。ユーナが現れるまで、新たな客もなかった。単純に出た答えである。

 シリウスの説明を、シルエラのジュースに視線を落としたまま、ユーナは感慨深げに聞いていた。


「そっかー……何だかうれしいな」


 自分のことを気にかけてくれていたと、わかるから。

 もともと、結名はVRには否定的だった。何と言っても怖い。今もその気持ちは消えない。皓星が結名を置いて、幻界ヴェルト・ラーイにはまったりしなければ、見向きもしなかったかもしれない。これまで楽しんできたMMOには、今も友達がいる。文字でのやりとりは気楽で、ちゃんと落ち着いてことばを選ぶことができていた。コマンドを選び、マウスのボタンとキーボードを打って、その速さや正確さが戦闘を円滑に処理していって……それはそれで、楽しかったのだ。でも、幻界ヴェルト・ラーイのβテスターに皓星が当選してから、変わってしまった。呼んでも、今まで遊んでいたMMOゲームに彼は帰ってこなかった。ただひたすら、「幻界ヴェルト・ラーイ」は楽しいから、結名も一緒に遊ぼうしようと言うばかりで……。


 何となく、つまらなくなって。

 皓星あなたが見ている世界ものを、わたしも見たいと思った。

 だから、追いかけた。


 幻界ヴェルト・ラーイに降り立って、仮想現実ヴァーチャル・リアリティの空は現実リアルと同じように綺麗で、水は冷たくて、傷は痛くて、走ると疲れて……運良く出逢えたひとは、やさしかった。

 今なら、皓星が帰ってこなかった理由もわかる。今までのゲームとは違う、その全てに彼は惹かれたのだ。

 きっと、今のわたしも。


「なあ」


 呼びかけに顔を上げる。


「来て、よかっただろう?」


 ユーナは満面の笑みを浮かべて、迷わず大きく頷いた。

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