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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
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しばしの休息を


 一角獣の酒場(バール・アインホルン)の廊下にも、等間隔で魔力灯が設置されている。通行する者の魔力に反応して灯る仕掛けを初めて見た時、紫水晶の瞳は物珍しさに大きく見開かれ、楽しげに煌いていた。宿の元の主マールテイトの宿泊者への心遣いが、こういった些細な部分によく見える。

 今は睡眠中と状態表示が切り替わったままの己が主を腕に抱き、不死伯爵(アークエルド)は次々と灯る淡い光の中、足音を消して進んでいた。目的の部屋までたどりつくと、礼服に身を包んだ骸骨が内側から静かに扉を開く。その虚ろのまなざしは主の主たる少女へと向けられていた。そこにどのような感情があるのかを空虚な洞からは読み取ることができない。すぐさま主の邪魔にならないように身体の向きを変え、彼は無言のまま中へと促した。

 室内は闇に包まれていた。不死伯爵(アークエルド)骸骨執事(アズム)にとっては好ましく、何の障害にもならない環境である。そして、今のユーナにとっても闇は安らぎであった。

 寝台は整えられている。少女を横たえるために上布団は少しだけめくられており、不死伯爵(アークエルド)はその前で立ち止まった。甲斐甲斐しく骸骨執事は少女の外套と靴を脱がしていく。

 その動作の中でも、少女は眠ったままだった。疲労度スタミナゲージが橙のまま、傍に地狼アルタクスのぬくもりがあれば道理というものだ。一角獣の酒場(バール・アインホルン)という場所と、ほんの少しという気軽さが生んだ必然だろう。

 寝台へ少女を寝かせ、羽毛布団を掛ける。その間に、少女の外套は軽くブラシを当てられ、骸骨執事の手によりチェストに仕舞われていた。長靴(ブーツ)は既に、寝台の足元に並んでいる。

 不死伯爵(アークエルド)はそのまま、寝台の窓側にある一人掛けの椅子へと腰を掛けた。長い脚を悠々と組み、肘掛けに頬杖をつき、己の主を眺める。その寛いだ主の前で、骸骨執事は一礼した。カタリ、と小さく骨が音を立てる。


「お任せしても?」

「構わぬ」

「では」


 短いやりとりのあと、骸骨執事はもう一度礼をして部屋を出ていく。夕食の配膳を手伝ったあと、主の動きを把握して先回りし、また夕食の給仕へと戻ったのだろう。

 双子姫もその任を希望し、まだ訓練のさなかである。朝食や昼食では難しいが、夕食では骸骨執事アズムの指導を受けることができる。客の要望をことばもなく汲み取れるかという部分にまで注力しており、骸骨執事(アズム)にとっても新しい侍女らをしつけている気分らしい。かつて王女たる身であり、傅かれるのが当然であったと思えば嘆かわしい状況なのだろうが……母たる人形遣い(エスタトゥーア)の褒め言葉や、料理人マールテイトのご褒美が効いているようで、本人たちに悲壮感は全くない。むしろ、早く本物の客を受け入れたいとまで思っているようだ。寝台で身を起こすことも難儀していたころを思えば、何の苦もなく、伸び伸びと身体を動かせる今は奇跡という他ない。

 たとえ、自動人形(人に非ざる身)であっても。


 不死伯爵(カードル伯)はシャンレンやアシュアから、昨夜クランチャット越しに王城における一件について報告を受けていた。主が戻り、不死鳥幼生(おばばさま)が戻り、地狼アルタクスが戻った今、自然と思考は次なる道へと向かう。自身が主から僅かな間であろうとも離れる原因となった出来事だ。ふたりが聞けば、間違いなくすぐに動きたがると予想がついた。

 不死王ノーライフ・キングフォルティスの幻影。

 その幻影を見たわけではないが、おそらくほぼ間違いない。

 聖属性攻撃の効かない幻という時点で、不死鳥(フェニーチェ)の宝珠の力だとわかるからだ。物言わぬ幻影、しかし繰り返し姿を見せる。それは、フォルティス王のことばなき訴えだろう。

 不死王ノーライフ・キングソレアードは眠りについた。その眠りを見守っているはずのフォルティス王からの訴えである。気にならないはずがない。


 過去の王と、未来の王がそれぞれ同じクランへと異なる依頼を出している。王子の短剣によって、再び王家の霊廟へ入ることができるという話を聞いた時、その数奇な運命に不死伯爵(アークエルド)は天を仰いだ。

 フォルティス王と戦いたくない、と主は口にしていた。その心優しき願いは、不死者(アンデッド)たるフォルティス王の墓室へ立ち入れば……踏みにじられる。不死鳥幼生おばばさまがどのように言おうとも、不死者(アンデッド)として、不死伯爵(ノーライフ・カウント)として、エネロの別荘においてその衝動に抗えなかった彼はそれを近い未来として受け止めていた。既に不死王ソレアードと剣を交えた身だ。たとえ相手がフォルティス王となろうとも、主の剣として戦うことに否はない。それは、アークエルドの矜持でもあった。


 アークエルドは、腰帯から剣を外した。

 魔剣ローレアニムスである。

 音を立てないように気をつけつつ、彼は小机の上に置く。


 不死者アンデッドは、幾度死してもその軛から逃れることはできない。神が用意した滅びへの脚本シナリオに載らない以上、終焉はないのだ。

 既に、彼は運命に抗った。

 従魔使い(テイマー)の少女の手を取り、本来訪れることのなかった未来に身を置いている。おそらく、それは彼女の従魔シムレースすべてがそうだろう。

 地狼アルタクスは幼少のころ、ユーナに命を救われた。彼女の傍に在りたいと願った小さな魔獣は、幾たびも死線をさまよい、それでもなお己の唯一の主の許へと戻ってきた。

 何の役にも立たない、力を失い死を待つのみの『聖なる炎の御使い』は、従魔使い(テイマー)としてではなく、自身の存在を純粋に欲するユーナに心を動かされ、死を望む日々と決別し、再び永劫とも思える時間を過ごすことを選んだ。


 一度、死した主は、『命の神の祝福を受けし者』として蘇った。

 ――いつまで、共に在れるだろうか。


 眠る主を見つめ、アークエルドはその月色のまなざしを細めた。

 同じ世界に生きるという『命の神の祝福を持つ者』たちは、時折長い眠りにつく。今の主の眠りは、その類ではないはずだ。すぐに目覚める。そう知っていても、動きを止めたはずの胸が痛かった。一度生まれた喉の渇きが、消えない。


 アークエルドは立ち上がった。

 寝台の上に膝を載せ、手を伸ばす。

 闇に、真紅が煌いた。

 指先が柔らかな栗色の髪を払う。露わになった首筋へと、彼は唇を落とした。


 ユーナの、グレーダウンしている以外のHP部分は、完全に緑になっていた。それが緩やかに減少していく。

 唇を離すと、それは止まった。減少した部分は、全体の一割にも満たない。未だにHPバーは緑のままだ。このまま朝まで眠り続けるのであれば、それまでに戻ってしまうだろう数字だ。

 時折こうして眠る主から生気吸収エナジードレインをしているのだが、本人は至って気にしていないようで、言及されたことは一度もない。いつもなら地狼アルタクスも傍にいるのだが、彼もまた、不死伯爵(アークエルド)の食事については許容しているようだった。


 この瞬間が、アークエルドにとって最も己が魔物であると自覚する時だった。


 擬装フェルリトゥルによって、戦う力こそ削がれるものの、日中でも他の者と同じように外を出歩ける。主もその仲間たちも、自身が不死伯爵(ノーライフ・カウント)だからと蔑むことはない。むしろ、クランメンバーたちは今もなお『カードル伯』として立ててくれる始末だ。

 己の主が最初に願ったように、「彼女(ユーナ)に囚われずに自由に生きていた」なら、どうなっていただろう。王家の霊廟の周辺で、ソレアード王子を思い、ただ彷徨っていたのではないか。

 今までの軌跡が否定される想定は、ひたすら空しかった。


 ――もうアークがいないとか、考えられないから、自由にしていいとか言ったけど、アズムさんと一緒に、一角獣アインホルンにいてほしくって……


 泣く主の声音はせつなく、そのことばは甘かった。

 絆が断たれ、心が伝わらないからこそ、彼女は精一杯のことばを紡いだ。

 その願いも、その気持ちも知っていた上で傍にいることを選んだのに、それはひとつも伝わっていなかったことがわかった。

 あの時の誓いは、いつか終焉が許されるまで守られるだろう。


 アークエルドは身を離した。

 規則正しい呼吸で眠り続ける主の、柔らかな頬を撫でようと指先を近づけ……その手の動きは止める。ただでさえ冷える夜だ。更にその身体を冷やすことはできない。


 ふいに、扉をひっかく音が聞こえた。

 腰を上げ、不死伯爵(アークエルド)は仲間を招き入れるべく扉へ急ぐ。地狼は開かれた扉から身を滑り込ませた。ユーナの共鳴スキルが使用不可のために、アークエルドも彼のことばがわからない。彼はそのまま、寝台の足元へと横たわる。

 もうひとりの騎士の帰還に、不死伯爵(アークエルド)は剣を持ち、眠り姫の護衛を交替することにした。傍にいると、本当に起こしそうだ。


「アルタクス、頼む」

「グルゥ」


 小さなやり取りだったはずだが、その時、ユーナが寝返りを打った。

 びくりと不死伯爵と地狼は身を震わせ、寝台の上を覗き込むべく背を伸ばす。

 変わらず眠り続ける互いの主を見、ふたりの従魔シムレースは知らず、共に安堵の溜息をついていた。

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