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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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閑話 あなたが私に与えるものならば、どのようなものでも喜びとなるだろう

遡って、アークエルドの視点となります。


 交易商の動きは早かった。時間を少しも無駄にせず、ファーラス男爵アルテア殿との謁見後、即座に青の神官を連れて王城へ出向くと言い出したのである。そもそも、アルテア殿がこちらの話を聞き次第すぐに手配を掛けたせい……否、おかげではあるのだが、その対応力は正直、恐れ入る。

 今、王城へカードル伯()が出向くわけにはいかない。不死伯爵(ノーライフ・カウント)という身の上と、併せて、二十年前の事情もある。王都を混乱に陥れるのは本意ではない。以前は主殿の影に潜み、行動を共にしていたが、今回は主殿も不在である。そのことと……交易商は私自身の心情を汲んでくれたようだ。


『ユーナさんはアンファングの大神殿から、施療院へ移されるはずです。あなたひとりで大神殿へ入るのは危険すぎますが、施療院は建物が異なりますので合流できるでしょう。ユーナさんの居場所は、セルヴァさんならわかります』


 日は傾きつつあった。

 剣士たち(彼ら)の報告によれば、地狼アルタクスを探し求め、王都の南側を捜索していた折に、我が主殿のことばが届いたらしく、比較的早い時点で戦場は見つかっていた。それでも、肝心の地狼の姿はどこにもなく、また戦利品ドロップなども見当たらなかったそうだ。

 もうひとりの従魔シムレース不死鳥幼生おばばさまもまた行方知れずとなっていた。一足先にアルタクスの捜索へ出たはずの彼女だ。だが、ただひとりであの衝撃を受けたことで、混乱が生じたのだろう。

 我が主殿の死により、彼女に基づく繋がりの全てが断たれたのだ。

 狂化や暴走という可能性すら、そこには生じる。それは等しく自身にも存在する可能性だった。

 ただ、私は知っていた。

 彼女が『命の神の祝福を受けし者』であると。故に、必ず再びまみえることができると。


 衝動の全てを、その事実で抑え込んでいたつもりだった。だからこそ、交易商は早く主のもとへと促してくれたのだろう。少しでも早く、不安要素を排除できるように。

 ――私が、夜を迎え、暴走せぬように。


『アシュアは王城、セルヴァはアンファングか。じゃあ、残りは念のため、このまま閉門までうろうろしてアルタクス探してみるってことで。あ、シリウスとぺるぺるも付き合うよね?』

『ぺ……』


 舞姫の愛らしい声音の提案に、魔術師が口ごもる。


『こっちのほうが念のためだし、ついでに何か魔物見つけたら狩って、双子姫(ふたり)のレベル上げにしちゃおう。それなら、ユーナもあんまり気にせずに済むんじゃないかな? ユーナとアルタクスをどうにかできるレベルのモンスターがまだ生き延びてても、この面子ならやれるしね』

『そうですね。わたくしはこのまま、一角獣の酒場(バール・アインホルン)に待機していましょう。アデライールが戻ればいいのですが……』


 その提案は受け入れられた。だが、クランマスターの期待は、おそらく裏切られるだろう。不死鳥幼生おばばさまもまた、自身と同じように、感じられなくなってしまった主の姿を探し求めているはずだ。


 単独で転送門をくぐり、アンファングへ向かう。

 光の門の向こうには、かつて王族も滞在したという大神殿が、眼前に聳え立っていた。





 正直、多少の賄賂を握らせれば、すぐに連絡がつくと思っていた。しかし、施療院で対応してきた神官は、そのすべてを拒絶した。完全に門前払いである。「会う、会わない」以前の問題で、「滞在している、していない」すらも教える気がなかった。生気をすべて吸い取って神の御許に送ってくれようかと思ったほどである。神術を発動させる前に旅立たせる自信はあった。


「まあ、仕方ないよね」


 意外とあっさり引き、その場を離れてから肩を竦めた弓手は、『命の神の祝福を受けし者』について語った。曰く、彼らにも規律があり、その規律の中では個人的な情報を伝えることは固く禁止されているそうだ。


「カードル伯だって、昔倒した連中のこととかおぼえてないんじゃない? 顔はともかく、名前とかさ」


 かつてエネロの別荘で、多くの勇士を葬った。その折の記憶は残っているのだが……言われてみると、確かに名前は一切出てこない。倒したことや、倒されたことも覚えているが、具体的な手順なども思い出せなかった。一角獣アインホルンや最初に主殿と戦った時のことは思い出せるのは、近しい間柄だからか。

 従魔使い(テイマー)となった主殿とまみえた折、とてつもない酩酊感に襲われた。あの時も神の悪戯を感じたものだが……これも同様だろう。

 今、これほど主殿を求める感情も、そのひとつかもしれない。


 弓手はそのまま隠蔽スキルを用い、自身と彼の姿を消した。施療院の門を出ず、そのまま裏へと回る。防備のためか、建物の一階部分を覆うように外壁が並び、その内側には灌木が続いていた。夕暮れ時も過ぎ、門前と異なり、このあたりは闇に包まれている。それでも弓手は迷わない足取りで先に進んだ。夜目が効くようだ。


「……この向こうだね」


 ひとつの窓の前で、彼は足を止めた。

 閉門の鐘が鳴り響く中、その窓を正面に弓手は腰を下ろす。


「座れば? 長くなるよ」


 まさか、と思った。

 自身は構わない。どれだけ時間が過ぎようとも、闇の中であれば自在に動ける。まして、あの先の見えない闇に比べれば、この向こうに彼女がいるというだけでどれだけ心に光が射すだろうか。


「カードル伯だけ置いていけないよ。警備に見つかったらどうするの」


 しかし、にこやかに彼はそう告げて、共に窓が開くのを待とうと促した。

 夜は始まったばかりだった。


 閉門まで地狼を探し続けてくれた剣士もまた合流し、施療院の裏庭で奇怪な交流が生まれていた。話は主殿のことばかりだ。彼らと、主殿との出逢いに始まり、数々の戦いの日々がふたりのことばによって紡がれていく。

 要するに、無謀という意味合いしか出て来ない気がするのだが、それすらも楽しい時間だった。いつか、アルタクスやおばばさまにも話して聞かせねばなるまい。


 ――再び、まみえたら。


 その条件がまた脳裏をもたげる。

 月が昇り、その柔らかな光が地上を照らす。

 話が佳境に入り、ユヌヤにおける弓手と魔術師の暴走の下りで……その窓は、開いた。


『よーやく起きたか』

『ユーナちゃん?』

『あ、これアレできるね』


 外気に震える肩。

 周囲を見回す主殿に、自分たちの姿は見えていなかった。

 弓手を見ると、彼は小さく笑ったように見えた。


「ジュリエット、待ってたよ」


 気落ちした様子の主殿の手が、止まった。






「流石に、一人で待つのは堪える。……できれば付き合ってもらえないか、シリウス」


 主殿の身を案じる剣士の姿は、傍目には苛立ちに満ちていた。未だ、彼女のステータスは完全に回復していない。彼らの言うデス・ペナルティとは、呪いのようなものらしい。命に数々の制限が加えられ、術も技も使えない。本来ならば長き眠りに入ることで回復を促すほどのものなのだ。しかし、主殿はそれを選ばなかった。この世界で目覚め、己の従魔シムレースのために不自由な身体に鞭打ち、駆けていく。再び泉下へ向かうことになるやもしれぬと、気付きながら。


 そんな主殿を、どうすれば止められようか。自身の制止は、笑顔で発された命令によって防がれた。

 ……貴女が待てと命じるなら、この身が朽ち果てようともこの場で待とう。


 しかし、そんなしがらみなどを一切受けない、友であり仲間であり……特に、彼にとっては……拷問にも等しい置き去りとなったのかもしれない。

 剣士の心の行方を知りながら、我が主殿の心に沿うべく、ことばを紡ぐ。

 名を呼べば、彼は漆黒のまなざしをこちらに向け……幾度目かもわからぬ溜息を洩らした。


「物分かり良すぎないか、カードル伯」

「我が主殿の御為なれば、何なりとこの身を役立ててみせよう。そなたと変わらぬよ」


 彼女のことを想い、行動するのであれば。

 それが忠誠であれ、何であれ、結果は変わらない。


 自身のことばは、彼の中でどのように響いたのかはわからない。

 だが、確かに響いた。

 剣士は苛立ちを霧散させ、無造作に髪を搔き乱した。


「それ、さ」

「戦士の心に秘めしことばを、何故なにゆえ他者が口にできようか。もっとも、我が主殿はまったくお気づきでないようだが」


 色恋沙汰に疎いわけではない。

 まして、彼は殿下の……不死王ノーライフ・キングソレアードの幻術ヴィーデを打ち破るほどの想いを抱いているのだ。あの場にいた者であれば明白と言いたいところだったが、あいにく、一角獣アインホルンの面々は色恋沙汰に疎い者しか揃っていない。――否、初心な乙女のような心を持つ者ばかりが男女共に勢揃いしており、泥沼の色恋沙汰にはしない、と言ったところか。

 こちらの意図を理解したようで、安堵した剣士は……何故か、逆に嬉しそうに微笑んだ。


「気付かないほうがしあわせなことだってあるだろ、世の中には」

「時は有限なれば、睦言を囁く前に朝になりかねぬ」

「――カードル伯ってさ、まさか……」


 失言だった。

 追撃を避けるべく、視線を逸らす。そこに……まっすぐ白炎の柱へ駆けていく、主殿の姿が見えた。


「な……っ」


 弓手から離れたのか。

 何故。

 そう思う間に、彼女の姿が消えていく。


「――ああなんだよな、いっつも」

「その心中、察して余りあるな……」


 自身よりも主殿と長い付き合いの剣士に、この時ばかりは心底同情した。


 おばばさまは、必ず主殿に気付く。

 彼女を守り、受け入れる。


 そう知っていても、待つだけの身は切なく。

 疾く戻られよと、祈るばかりだった。

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