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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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覚悟を決めろ


 ギルド通りの最南端にいるユーナたちよりも、ほぼ中央に位置するギルド案内所のアシュアたちのほうが、不死鳥幼生アデライールには近い。アシュアはすぐに出ると応えた。

 まさかとは思うが、もしも今もなお幻魔香ヴィッド・アラマートを身に纏っていたなら、その影響をアデライールが受けるかもしれない。くれぐれも近づかないようにと注意を飛ばす。


『アデラは傍に行かないでね』

『ふむぅ。まあ、効かんとは思うがの。我が主の忠告じゃ。受け容れよう』


 やや嬉しそうに、アデライールは返事をした。

 その視界の中で、紫の髪の少年は北へと歩いていく。隠蔽セグレートによって周囲に融け込み、誰も彼を顧みることはない。

 ギルド案内所のほうへ近づいていく。アデライールは彼を追い越し、青の神官(アシュア)のもとへ舞い降りた。見慣れた幼女が振り返り、背後を指さす。まだ、一区画ほど間があるが……確かに、モラードだ。


『逃げ道を塞ぐね』

『回り込むか』

『こちらは正面で対応します』


 舞姫メーア剣士シリウスが、ギルド通りの両端へと向かう。人込みに紛れ、モラードをやり過ごし……退路を塞いだ。

 真剣な表情で、彼は周囲に目を配りながら歩いているようだった。その視線が……自身へと向く。


 ――逃がさない。


 青の神官(アシュア)は厳しい表情のまま一歩前に出た。

 だが、モラードは何故か……笑んだ(・・・)。武器を構えることもなく、ただその場に立ち止まる。


「……へえ、命の神っているんだな」

「あら、知らなかったの? でも懺悔なら後にしてほしいわね。従魔使い(テイマー)モラード」


 この状況を愉しんでいるのか。

 彼の一挙一動を見逃すまいと、アシュアは目を細めた。

 すると、彼は苦笑を洩らした。


「懺悔なんてする気はねえよ」

「聞く気もありません。アルタクスはどこですか?」


 交易商シャンレンが単刀直入に尋ねた。

 しかし、モラードは答えない。視線を巡らせ、隣に立つ紅蓮の魔術師や背後に回った舞姫、剣士をそれぞれ把握していた。完全に包囲がバレている。それでも、少し離れた屋根の上にいる不死鳥幼生アデライールは見えていないようだ。白幻イリディセンシアの性能故だろう。


「おい、あの女はどこだ?」

「……女?」


 とっさに、その質問の意味がわからなかった。

 問い返すアシュアへと、彼は怒鳴る。


「紫の目の、同業者だよ!」


 その声を聞いたメンバーすべてが、目を剥いた。

 逃げ場がないと悟ったわけではなく、彼はただ紫の瞳の従魔使い(ユーナ)を探していたのだ。


「ユーナに何の用だ」

地狼アルド・ヴォルフの件で話があるだけだ。あれの名を呼ぶなら、あの女がどうなったのかも知ってるんだろ? まだ王都にいないのか?」

「誰のせいだと……っ」

「シリウス、ダメだって! モラードはまだグリーンだよ!?」


 紅蓮の魔術師の問いかけに、早口でモラードはまくしたてた。彼の背後にいたシリウスを、メーアがほぼ体当たりで押しとどめる。


「敵に回ったら、即、燃やしてやる」

「アンタも落ち着きなさい。

 ……ユーナちゃんなら、王都に戻ってるわ。話があるってことは、返してくれるのかしら?」


 すぐ隣で、紅蓮の魔術師は術杖を撫でた。薄く光を帯びる様子に、アシュアはその術衣の袖を引く。術式刻印を今使われては困る。

 相手は、話をする気があるのだ。


「返す? ……そうだな。アレでもいいなら、返せるなら突き返してやりたいよ」


 そのことばの内容の不吉さに、青の神官(アシュア)は怖気立った。

 同じように察した交易商が質問を重ねる。


「御託は結構。早く案内して下さい」

「お前らには関係ないだろ。早くあの女呼べっての」

「あなたの名を、テイマーズギルドで出しました」


 投げやりに返すモラードが、ようやく表情を変えた。名を出されて困る内容に、思い当たる節があるようだ。


「……で?」


 それでもなお、モラードは鼻白む。

 その様子に、交易商シャンレンはこの従魔使い(テイマー)への認識を改めた。

 この男にとって……テイマーズギルドの存在よりもなお、今の状況を優先されるべきだと考えたのなら。


「んなこたあ、アレを連れ帰った時点で覚悟してんだよ。お前ら、まさかそのテイマーズギルドにアレ連れてくつもりじゃねえだろうな?」


 苛立ちの中に怒りが混ざる。その理由に想像がつき、シャンレンはかぶりを振った。

 こちらの立ち位置を明確にしなければ、彼には伝わらない。


「アルタクスは大切な仲間です。例えどうなっていようとも、それは変わらない。何があっても助けたいと思っています。ですから、案内して下さい」


 まっすぐなシャンレンのことばに……モラードから怒りの表情が消える。困惑を露わにし、こちらを見定める素振りを見せた。


『ユーナちゃん、こっちに来られるかしら?』

『ごめん、ルーファン見つけた!』


 PTチャット越しのアシュアの問いかけは、セルヴァによって遮られた。

 地図マップが開く。青の神官(アシュア)はそこに、かなりの速さで移動するユーナの光点を見つけた。セルヴァとカードル伯も一緒だ。

 絶句する一角獣アインホルンの面々を見、モラードは顔を顰める。


「なんだ? ……何があった?」

「ユーナさんは、今ルーファンを追っているようです。もうあなたに案内される必要はなくなったようですね」

「追ってるだと!? ふざけるなよ、あいつら……!」


 モラードが身を翻し、駆け出す。

 その後ろを、舞姫が追い……次いで、剣士が続く。

 一斉にPTMの光点アイコンが動き出す。

 自身もまた人込みをすり抜けるように走りながら、アシュアは祈った。

 モラードがユーナを求めた理由が、自身の想像に反しているように、と。





「もぉぉぉおっ! ついてこないでぇえぇぇっ!」


 緑の髪を振り乱し、裏路地をひたすらルーファンは駆け抜けていく。ユーナは息を切らしつつも、その背を追い続けていた。モラードがいたという話は聞こえていたが、彼女を見かけてしまった以上、こちらを優先すべきだと判断したのだ。絶対に見失うもんか、という気迫で、未だにデス・ペナルティを負っていることを忘れたかのようにユーナは走る。ルーファンと違い、ユーナは叫ぶ余力などなかった。

 その後ろを、不死伯爵(アークエルド)弓手セルヴァが少し遅れて追う。昼日中の不死伯爵(アークエルド)のステータスは、今のユーナよりも更に低い。弓手セルヴァもまた、MPの消費が激しかった上に先ほどまたスキルを使用したので、ついにMPバーが橙へと色を変えてしまっていた。どちらもいつも通りの動きはできない。

 未だに半分ちょっとしか回復していなかったユーナのステータスバーも、疲労度スタミナゲージがどんどん削れていく。


「ユーナ!」

「主殿!」


 ふたりの呼びかけに、ユーナは振り返らなかった。少しでも見失ってしまえば、アルタクスへたどり着けない。止まる気がないと悟り、不死伯爵(アークエルド)は身体を闇に融かした。そして、彼女の影へと戻る。少なくともこれで、引き離されることはない。逆に影がなければ、彼女の許へ戻ることもできない。闇に行きながらも光を求める羽目になった不死伯爵(ノーライフ・カウント)は、彼女と巡り合わせてくれた神に祈った。同胞の無事を、己の主との再会を。




 ユーナは大きく息を吐いた。

 そこかしこが奇妙な匂いを発している。工場が多いのか、煙突も多く、延々と何かの金属音が垂れ流しになっていた。こんなところもあるのかと感心するほどの……裏路地の一角である。汚らしい木箱が無造作に転がり、道をふさぐように掘っ立て小屋が建っていたために、そこは日の射さぬ袋小路になっていた。


 つまり、もうルーファンは逃げられない。


 往生際悪く、木箱を積み上げて屋根に登ろうとしている彼女へ向かって、ユーナは大声を張り上げた。


「アルタクスを……っ、返して!」

「知らないしぃっ!」

「背負って、どこ連れてったの!?」

「知らないってばぁっ!」


 喚くルーファンの目の前に、一本の矢が射られた。

 それは彼女に当たることはなく、掘っ立て小屋の外壁に突き立ったが、否定のことばを止める役目を立派に果たす。

 息を切らせながら、遠方から弓を構えたセルヴァはそれでも叫んだ。


「ここなら! 黄色イエローになっても衛兵にすぐには見つからない! 捕まる前に吐かせるからな……っ!」


 完全に脅迫である。今の一矢は当てなかったがために敵対行為と認識されなかったのか、何とかセルヴァのIDは青のままだった。

 ひぃっとルーファンの表情が強張る中、ユーナはその射線に身を投げ出し、かぶりを横に振った。いくらなんでも彼を犯罪者(イエロー・プレイヤー)にはできない。


「いえ、あの、セルヴァさんダメですよそれ!」

「そ、そうよぉ! アタシ、絶対言わないしぃっ」


 そのことばに、ユーナは振り向く。


「やっぱり知ってるんじゃない!」

「もぅっ」


 木箱の上でそっぽを向き、ルーファンは胸の前で腕を組んだ。ふよん、という揺れが余計にユーナを苛立たせる。


地狼アルド・ヴォルフはねぇ、とってもおとなしくしてるんだからぁ! アンタはもうお呼びじゃないのよぉ……邪魔しないでよぉ……」


 だが、どんどん弱くなっていくその声音に、ユーナは違和感しか覚えなかった。


 ――そうだ。

 彼女は、まだ、アルタクスを……別の名前では、呼んでいない。


 ユーナは、今は何もない胸元へと手をやり、空虚なそこを握り締めた。


「――アルタクスは、わたしの従魔シムレースなの……あなたのじゃない!」

「うるさぁい!」

「うるさいのはてめえだ、ルーファン!」


 鞭がしなる音が、彼女の叫びを裂く。

 少年の声にユーナが振り返る、と同時に、風が過ぎていった。


「ひぃぁっ!」


 モラードの鞭がルーファンを捕える。手足を縛り上げられ、木箱の上から地面にまで、彼女はそのまま転がり落ちた。ピュィ♪と突っ伏したルーファンの髪から、翡翠の小鳥が姿を見せる。

 しかし、モラードは構わずに力を込めた。ルーファンの身体が宙へ浮き、彼の腕まで飛んでいく。俵を担ぐように、モラードはルーファンを担ぎ上げた。そして、彼女の頭にいた小鳥を掴み、ルーファンの口へ突っ込む。


「こっちだ、急げ」


 モラードは確かにユーナを見て、そう言った。

 呆気に取られたユーナの耳に、アシュアの声が届く。


『ユーナちゃん、モラードは……あなたを、アルタクスのところへ連れていくつもりなの』


 息切れしまくった声音に、ユーナの表情が変わる。

 急ぎ足で進むモラードを追うと、弓を降ろしたセルヴァが隣に続いた。


『信用できるのかな?』

『最初から、彼はユーナさんを探していましたから』


 弓手の呟きに、シャンレンが応えた。彼らの光点の位置も近い。今、モラードが急ぐ先なので、すぐに合流できるだろう。

 一角獣アインホルンを置き去りにするほどの速度で、モラードは駆けつけたのだと悟る。


 モラードが足を止めたのは……街壁に近い、宿の前だった。薄汚れた外観で、安宿だと一目で判る。今はまだ時間帯的にも人の出入りがなかった。屋根には不死鳥幼生アデライールが留まっている。そして、通りの向こうのほうに、アシュアたちの姿がようやく見え始める。


「――ぞろぞろ連れていくのはやめとけよ、って言っても聞かねえよな」


 モラードは、深く息を吐く。

 その黄玉のまなざしをユーナに向けて、ことばを続けた。


「ま、覚悟を決めろよ」


 意味を問うよりも早く、彼は宿の中へ入っていく。ルーファンを担いだままだが、その動きは早い。昼食時にも関わらず、食堂には殆ど人がいなかった。こちらを見た灰色の髪の女将に、モラードが何かを投げて黙らせている。それでもなお、歩みは止まらない。

 階段を上がり、最初の扉を……彼は、蹴破った。

 室内の窓は閉ざされていた。淡い外の光が、扉を失った入り口から部屋の内側に微かに射し込む。同時に、あの甘ったるい匂いが外へまで漏れた。


「……待たせたな、アルタクス」


 モラードの声に、ユーナはその脇をすり抜けて走る。

 蹲るような闇の中に――彼は、いた。

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