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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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従魔使いモラード


 光の欠片が降る。

 自身の目の前に落ちたそれを掴むと、ホルドルディールのツメだった。

 が、今はそれどころではない、とモラードは無造作に道具袋インベントリへと放り込み、地狼アルド・ヴォルフへと駆け寄ろうとした。その時、足元で何かが引っかかる。


 首飾りだ。

 あの、紫の瞳の従魔使い(テイマー)の……。


 とりあえず拾い上げ、足を速める。

 地狼アルド・ヴォルフは、頭上に従魔の印章(シグヌム)を刻んでいた。今は力なく目を閉ざし、舌を出したままだ。名は緑になっており、胸が上下しているので生きているとわかる。とっさに使用したHP回復薬ポーションが、地狼に対してどこまで効果を発しているのかはわからなかった。

 その傍に、膝をつく。


 と。


 地狼が目を開いた。

 唸りを上げながらその牙を剥き出しにし――モラードを襲った。反射的に避けようとモラードの腰が地に落ち、頭を庇うべく腕を上げる。軽い衝撃が指先に走る。鞭を振るう間すらそこにはなかった。

 だが、実際には、怪我により地狼は殆ど身動きできなかった。頭だけが突き出され、モラードを屠ることなく空を切った顎は、そのまま重力に従って力を失う。


 否、地狼の目的は、最初からモラードではなかった。


 咀嚼するように、首飾りが地狼に食われていく。

 その革紐も、宝玉も、牙も、すべてを口の中に収め、再び地狼は目を閉じた。


 モラードは混乱していた。

 先ほど、確かに「テイム」は成功していたはずだ。そうでなければ、地狼がルーファンの「テイム」に応えた動きをするはずがない。


「ねぇ、テイムってぇ成功したらぁ、名前つけられるんじゃなかったっけ?」


 ルーファンの声音に、振り向く。

 彼女は未だに、先ほど光の柱が立った場所から動かずにいた。その視線は宙を睨みつけている。


「テイム取得、テイム成功ってウィンドウ出たのにぃ……不具合(バグ)なのぉ?」

幻魔香ヴィッド・アラマートの効果が切れたんだろ。だいたい、そいつはお前の従魔シムレースじゃねえし」


 命と従魔シムレース双方を奪われたとしても……泣き寝入りするような従魔使い(テイマー)ではない。マイウスでもユヌヤでも初代ホルドルディール戦でも、彼女はひとりではなかった。仲間がいるはずだ。数々の戦闘でその実力は知っている。従魔使い(テイマー)だけならばともかく、東門の一件といい、その影響力の大きさは想像がつかない。

 知らぬ存ぜぬを通すなら――置いていくべきだ。


 ルーファンは首を捻りながら、こちらに歩み寄る。尻餅をついたモラードの横を素通りし、彼女は地狼の傍に膝をついた。


「うーん、でもさっきぃ、応えてくれてたよねぇ? きみぃ……って寝てるのぉ?」

「あれだけ地霊術使えば、MPも枯渇して意識も吹き飛ぶ。いいからほっとけ」


 耳を、鼻先を、頭をそれぞれ撫で回し始めるルーファンを横目に、モラードは立ち上がった。死んでいないなら、放っておけば迎えが来るはずだ。これほど王都に近ければ、先ほどのような事故さえなければ雑魚しか出ない。HP回復薬ポーションはクールタイムがあるのでこれ以上地狼へは使えないが、隠蔽でも使ってその迎えを待つことくらいならできるだろう。


 チュィ♪


 翡翠の色の小鳥が、ルーファンの頭上で跳ねる。そして、その豊かな髪から地狼の上へと転がり落ちた。そのまま地狼の毛並みの上を転がり始める。


「ちょっとぉ、寝てるんだから邪魔しないのよぉ?」


 撫で回しているお前が言うな。

 前脚を持ち上げてみたり、肉球を揉んでみたりとやりたい放題である。

 地狼は全く反応を示さない。完全に意識を喪失しているようだ。

 すると、翡翠色の小鳥が地狼の背中に埋まった。チュィチュィ鳴いているが、出てこない。小さいとは言え、拳大である。その異様さにルーファンが小鳥を摘まみ上げ……その埋まっていた部分に触れ、すぐに手を引っ込めた。


「な、何これぇ……うー、ここ、すっごいぼこってなってるんだけどぉ……」


 顔を顰め、こちらを向く。手を伸ばし同じ個所へとゆっくり触れると、確かに異様な陥没箇所があった。背中の真ん中のあたりだ。


 ――背骨だと?


 モラードは眉間に皺を寄せ、地狼の後ろ脚へ手を伸ばした。

 足の裏を、踵からつま先へ向けて触れる。脚を曲げたり、軽く叩いてみる。尻尾を握り、強めに引く。しかし、どれも、何の反応もなかった。

 ――ぴくりとも、動かない。

 尻尾から手を離す。土埃に塗れた尻尾は、重力に従って落ちる。


 表情が抜け落ちたモラードは、顔色までも悪く見えた。ルーファンは不安しか感じない状況に、不満げに声を上げる。


「な、何よぉ」

「殺そう」

「はぁ!?」


 モラードは鞭を出した。この場合、頸骨を一気に締め上げるほうが苦しませずに済むか。そう考え、地を打つ。


「ダメダメダメだってばぁっ! ぜぇぇぇぇっったいダメぇっ!!!」


 血相を変えて地狼を抱きかかえるルーファンの頭の上へと、翡翠の鳥が戻って鳴く。

 双方、揃って反対の意思表明がなされたようだ。

 モラードはかぶりを横に振った。


「そいつはもう戦えない。戦えない従魔シムレースなんて、従魔シムレースじゃない。生き恥を晒すくらいなら死を与えてやれ」

「何で戦えないのよぉっ!? HPまだあるし、息してるしぃっ!」

「下半身が麻痺している。回復薬ポーション丸薬ピルラじゃあもう治らねえよ」


 王都のテイマーズギルドには、多くの従魔シムレースが集まる。その中には、主なき従魔(はぐれシムレース)もいる。依頼によっては、それらを研究機関インティーザットへ送ることもあった。


 故に、モラードは知っている(・・・・・)

 ――戦い敗れた死よりも惨い、哀れなる従魔シムレースの末路を。


「よく見るといい。放っておいても回復していくはずのHPが、徐々に減少してんだろ。内部の損傷が激しいからだ。骨がどこかに突き刺さっているのかもしれねえな。意識がないうちに殺そう。痛みに耐えられなくなれば、誰彼構わず襲う」


 絶句したルーファンは、それでもなお、頭をゆるゆると横に振る。抱えた地狼を引き寄せ、その頬を撫でた。


「――痛みなんてぇ……まだこんなにおとなしいしぃ……」

「ルーファン」

「そうだぁっ! 神官ならきっと回復できるんじゃないかなぁ? 大神殿なら……」

「大神殿が? ハッ! 施療院に行ったところで、貴重な触媒を従魔シムレースになんて使わねえよ。テイマーズギルドもだ。面倒見られないなら引き取ってやる、くらいは言うだろうがな!」

「ならぁ!」


 最も避けたいテイマーズギルドの名を挙げ、吐き捨てる。すると、ルーファンはその碧玉を燃やすようにモラードを睨んだ。


旅行者プレイヤーの神官に頼むからぁっ! もういいよぉ……モラード、あっちいってぇ……っ」


 胸に抱えた頭から、腕をその地狼の背へと回す。そして、彼女は力を込めた。

 自身の背へと、地狼が乗るように動かしていく。


「モラードと一緒でホント楽しかったけどぉ……アタシ、テイム覚えちゃったしぃ……あーもぉっ! 攻撃力強化マハト・シュタルク!」


 今にも背中からずり落ちそうな地狼を一瞬手放し、両手の指先で自らの腕輪に触れ、ルーファンは拳を打ち合わせた。攻撃力増強の術式マギア・ラティオは筋力をも上昇させる。それを利用し、彼女は一気に地狼を背負って立ち上がる。


「契約はぁ、アタシがテイムを覚えてぇ、従魔シムレースを得ることだったはずだよねぇ……だからぁ、オシマイ! ありがとぉっ! バイバイ!」


 その声は、彼女らしくないほど揺れていた。

 だが、彼女らしく、振り返りもせず歩き出す。


「ルーファン! 今ならまだ間に合うんだ。それを捨てて逃げりゃあいい。知らん顔でほっとけば、すぐそいつは死ぬ。ここに死体が残れば、俺たちの仕業とは思わない。ホルドルディールのせいだ!」

「ムゥリィィィィィッ!」


 立ち止まったルーファンは、その場で叫んだ。


「誰も要らないんならぁ、アタシ、もらうんだからぁっ! 一応ほらぁっ、初従魔(シムレース)だしぃっ? 他の、だぁれも、応えてくれなかったんだからぁ……」


 緑色の髪の上で、翡翠の小鳥は鳴く。まるでどつくように飛び跳ねていた。


従魔シムレースだって、アンタたちだって、アタシたちとは違うんだよぉ……死んだらオシマイじゃん……」


 俯きがちになったルーファンの呟きは、かつて、契約の最初に従魔シムレースを求める彼女へ伝えたことばだった。


 ひとの話なんて最初から都合のいい部分しか聞いてないと思っていた。

 従魔シムレースは使い捨てだ、数で攻めろという指摘は結果を生まず、ルーファンはつい先ほどまで一度もテイムを成功させたことがなかった。せめてテイムだけでも身につけば、そう思っていたが、それすらできず……師として無能を晒しているのは自分も同じだ。

 だからこそ、この先の末路が見えて、そうか契約終了だお疲れと別れられなかった。


「そいつが目覚めたら、暴れ出したら、お前止められるのかよ!?」

「まだ幻魔香ヴィッド・アラマートあるしぃ?」

「お前、本気かよ!? 本気で、そいつ……」

「やってみなくちゃあ、わかんないでしょうが! 下手な鉄砲も数打ちゃあたんの!」


 ルーファンは地狼を背負い直す。そして、足を動かし始めた。背中に担いでいても、尾を引きずるほどの巨体だ。

 モラードは……鞭を腰に戻した。

 何も言っても無駄だと、最初からわかっていたはずなのに。いつもこうだ。


 そして、足早に歩き、ルーファンを追い越して立ち塞がる。

 再び彼女は、モラードを睨んだ。


「先に南門近くの宿を取っておく。あとから来い」

「……ふぇ?」


 発言の内容を理解したのか、いつもながらに妙な声を上げる。

 PTはまだ生きている。互いの位置は地図マップで把握できた。

 そうだ。PTに地狼アルド・ヴォルフの名がないことに、もっと早く気付くべきだった……。


「街中で暴れさせられねえよ。その程度は許容しろ」

「アタシが油断したら殺すとかならぁ……アンタも殺すよぉ?」

「俺はやらねえよ。

 もう死んだほうがマシだって、お前が思ったらお前が殺してやりゃあいいさ。それが主が従魔シムレースにしてやれる、最後の手段(こと)だからな」


 碧玉と黄玉が交錯する。

 殺伐としたやり取りは、冷たい笑みへと変わった。






 甘ったるい匂いの充満する空間は、闇に包まれていた。

 匂いを外に出さないためと、地狼に時間を感じさせないために、窓は締め切ったままだ。

 だが、もはやとモラードは闇に慣れた目を凝らして、ふたりを見る。


 『命の神の祝福を受けし者』の神官にもいろいろいるらしい。

 ルーファンが探し求めた神官は、結局、昨日は誰も来なかった。本当なのか嘘なのか、誰も彼もがMP切れであったり、回復神術の中でも高位に属する触媒を有していなかったという。時折戻ってきては地狼の様子を見るのだが、地狼は身動きせず、ただ、降ろされた場所に変わらず伏せたままだ。

 テイムも通じないのだが、幻魔香ヴィッド・アラマートの効果として鎮静が通じているようなので、仕方なしに使い続けている。呻き声ひとつあげないので、ひょっとしたら、鎮痛効果も表れているのかもしれない。……そう期待したかった。

 時折口が動いているので、その時はおそらく意識が戻っているはずなのだが、食事は一切取らない。判るのはHPのみだ。今となっては怪我だけではなく、空腹と疲労もあって、余計にHPは減り続けている。クールタイムを考えながらHP回復薬ポーション丸薬ピルラを使っているが、そろそろ限界だ。橙から濃い黄色の間で揺れるHPに、溜息しか出ない。


 どうしても一度、眠らなければならない。次は一の鐘が鳴ってから動く。

 そう告げ、一旦彼女は眠りについた。戻らなければ窓を開けると言ってあるので、何としてでも戻るだろう。


 我慢比べだなと、正直感じている。

 手の中の小袋を弄びながら、モラードは考えていた。


 地狼は、最後に何が見たいだろうか。


 小汚い宿の一室で。

 奇縁でしかない自分たちに、看取られたいだろうか。


 約束通り、ルーファンが目覚め……神官を探しに出ていくのを見送り。

 地狼の前で、モラードはその小袋の口を開け、逆さに振った。


 きらきらと舞うのは、魔蛾ファレーナの鱗粉。

 小刻みに上下していた胸がゆっくり深くなったのを見届け、彼もまた、宿を出た。






 だからこそ、モラードはその遭遇を邂逅だと感じていた。


「……へえ、命の神っているんだな」


 憎々しげにこちらを見る青のまなざしに、心から笑みが浮かぶ。

 神官ごときに隠蔽セグレートを看破することができるとは思わなかったが、彼の索敵スキルは、青の神官のPTMが自身を囲むように立っていると告げていた。


「あら、知らなかったの? でも懺悔なら後にしてほしいわね。従魔使い(テイマー)モラード」

「懺悔なんてする気はねえよ」

「聞く気もありません。アルタクスはどこですか?」


 ド派手なベストを着た交易商が、温和な笑みを見せながら問う。

 だが、これも違う。

 モラードは視線を巡らせた。紅蓮の魔術師、黒衣の剣士、舞姫……どれも違う。


「おい、あの女はどこだ?」

「……女?」

「紫の目の、同業者だよ!」


 焦りが出た声音に、青の神官の表情が怪訝そうなものから驚愕へと変わった。

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