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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第二章 災禍のクロスオーバー
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趣味のためなら

 伯母の家で、最も雑然としている部屋――皓星の書斎に入ると、いつもながらの残念っぷりに結名は溜息が出た。綺麗好きな伯母にしてみたら、全部捨てたいだろうな、と思うほど。

 自分の部屋の倍はある広さ。まず室内へ入って一番目につくのが、南側のサイドボードである。腰の高さの棚の上には様々なフィギュアやぬいぐるみが並び、サイドボード上に飾られているのは、RPGの元祖であるゲームに出てくる一場面の油絵だ。戦う勇者と火を吹く竜の姿は、結名も心躍ったシーンである。フィギュアやぬいぐるみはすべて、そのRPGに出てくるモンスターたちのものだ。反対側の壁一面の本棚には強化ガラスで作られた扉がついている。一部は大学の教材や研究用資料だが、問題はその他の部分だ。ゲームの攻略本、ゲームの雑誌、ゲームの設定資料集、ゲームのBGMのCD、アニメ化したゲームのBD、漫画化したゲームのシリーズ本、書籍化したゲームの新書……皓星がこれまで興味を持った作品のもの、すべてが陳列されている。ちなみに、結名もよく借りている。入り口入ってすぐ右手壁際から角に至って勉強机という名前のPCコーナーがあり、六画面ディスプレイと皓星自身がパーツを揃えて自作したゲーミングPC、それはキーボードの値段じゃないと思うキーボードと、同じくマウスが鎮座している。テラスに出られる窓側にはソファーセットと向き合うように巨大なテレビとオーディオセットという、ある種夢のような環境だ。足の踏み場に気をつけなければ怪我をする、床一面に散らばったケーブル類やらコントローラー、様々なPCパーツさえなければ。中には箱入りのまま封を切っていないものまである。

 前回訪れた時と微妙に異なるのは、そのガラクタがまた・・増えていることと、ソファセットのうちのカウチソファの上に、VRユニットと毛布があることだろうか。

 ちなみに、皓星の部屋はこの隣にもう一つあり、そちらが寝室となっているのだが、幻界ヴェルト・ラーイが開始してこちら、何となくだが、あのカウチが万年床になっている気がした。


「足元気をつけろよ」

「いい加減片付けようよ!?」

「そのうちな」


 器用に避けて歩きながら、皓星はソファセットのほうへ行く。ローテーブルの上は片付いていて何もないのがいっそ不思議だが、ガラス張りの下の収納には複数のリモコンとマウス、キーボードが詰め込まれていて、いろいろ台無しである。

 結名も皓星の歩いた道筋をたどりながら、何とかカウチソファの並びにある三人掛けに座る。

 絶対、先にレポートについて聞いておかないと、修正案もなしにそのまま提出になりかねない。トートを隣に置いて、まずはレポートの資料と携帯電話を取り出した。


「え、レポートってホント?」


 たいへん失礼な物言いをする皓星に、結名は冷たい眼差しを向ける。


「わたしがどうして嘘つかないといけないの?」

「てっきり書斎ここに来るための口実かと……まあいいや」


 ほら寄越せと言わんばかりに手を差し出してくる。資料だけを先に渡して、携帯電話にはレポートの文書ファイルを表示してから差し出す。資料のコピーをパラパラめくっていた皓星は、一目画面を見て「読みにくい」と文句を言い、PCコーナーからタブレットを取り出して、勝手に携帯電話からレポートを転送し読み始めた。

 教科書の単元である評論文を読み、筆者が語りたい問題提起がどこなのかを把握した上で、その問題に関する自身の意見をまとめるために、まず関連する書籍を探し、引用して論述するように。

 結名に課されていたのは、予習にあたる宿題である。

 皓星はスワイプしながらレポートに目を通していく。そこそこ分量はあるはずなので、かなり速読気味だ。時折フリックしている。


「んー……これ出したの、浜脇先生じゃないか?」

「うん、わかるの?」

「似たよーなのやらされたからな。これさ、あとで説明プレゼンさせられるぞ」

「えー!?」


 皇海学園高等部に入学した生徒に対する洗礼と言わんばかりに、作成する側もチェックする側も手間暇のかかる課題を出す。受け身だけではない授業を五教科七科目でも行なう姿勢は教育者として素晴らしいと言えるのだろうが、全教科が必須である生徒も、ついていくのがたいへんだ。基本、皇海学園は内部進学エスカレーターなので、外部を受験する生徒以外、受験勉強も必要ない。そのためのじっくりカリキュラムである。

 皓星の言う説明プレゼンは、レポートにまとめた己の意見を端的に(厳密に言うと一分程度)でまとめて語るという代物で、結名が書いたA4用紙三枚分など、到底語り切れるはずもなかった。


「言い回しとかおかしいとこは字の色変えといたから、ちゃんと見直せよ。まあ、これはこれでがんばったわけだからさ、量的にはそのまま出してもいいと思う。ただ、話す内容は別にまとめておくほうがいい。確か、いきなりやらされた気がするからなあ」


 先輩、ありがとうございます。

 結名は両手を組み、超重要情報をくれた感謝の眼差しを皓星に向ける。口では言わないけど。

 キラキラした目を演出していたつもりだったが、無言で鼻先に資料一式を突き返された。受け取って、携帯電話ごとトートに仕舞う。向き直ると、皓星はVRユニットを片手に結名を見つめていた。


「で、本題」

「一応コレも本題だったんだけど」

「茶化すな」


 レポート一式の入ったトートを軽く掲げて見せたが、気に入らなかったらしい。VRユニットで軽く頭を叩かれる。それ、精密機械だよ? 壊れても知らないよ?


幻界ヴェルト・ラーイ、始めたんだろ。どこまで進んだ?」

「えーっと、エネロっていう村に着いたとこ」


 と、答えていて、結名は首を傾げた。

 あれ?


「何で知ってるの? 幻界ヴェルト・ラーイ、始めたこと……」


 結名の「皓くんびっくりどっきり超うれしー企画」が無残に散る。

 驚きに目を瞠った結名がさらっと肯定を示すと、皓星はにやりと笑い、自分のVRユニットを置いてカウチから立ち上がる。PCコーナーからゲーミングノートPCと足元に転がっていた箱をいくつか手に取り、ローテーブルまで持ってきた。見知った箱を受け取り、結名は絶句する。それは彼女に父親から贈られた、VRユニットの箱と全く同じものだった。

 そのへんに転がっているケーブルをも用いて、皓星はノートPCを使用可能にすべく様々な接続を開始する。そして、ノートPCの隣に置かれた一枚のカードは、「幻界ヴェルト・ラーイ」のシリアルキーだった。


「うちには優秀なスパイがいるだろ」


 お互いの家の食卓事情にまで内通している、あの伯母ひとですね。

 なるほど、と結名は頷いて、情報源ニュースソースを理解した。それとこの環境構築これとは話が別だが。


「何でこんなの二つもあるの?」


 結名が入学祝に選ぶほど高価なものである。まして、今「幻界ヴェルト・ラーイ」の正式開始オープンに合わせて需要が急増し、VRユニットは品薄……というより、在庫はどこにもない状態が続いているはずだ。次に生産品が出回るまではしばらくかかるだろうと思われた。


「そこはそれ、機械なんていつ壊れるか知れたもんじゃないからな。予備だよ」


 金持ちのぼんぼんめ。

 あっさりと贅沢品を消耗品扱いする皓星に、結名の目がすぅっと細くなる。雲行きが怪しいことを悟り、話しながらも既にインストールされている幻界ヴェルト・ラーイを起動させ、公式サイトを開いて結名に向ける。


「ほら、まずはアドレスチェックしろ。で、寄越せ」


 サインイン画面を見て、結名は正しく理解する。例の、幻界ヴェルト・ラーイ内への連絡用アドレスのことだ。必要なことには間違いないので、結名は素直にサインインした。ゲーミングノートのカメラで己の目を映し出し、生体認証を行う。幻界ヴェルト・ラーイでは、一人一アカウント一キャラクターのみしか使用できない。そのため、厳重にログイン情報は管理されている。幻界ヴェルト・ラーイでの初期登録は予め公式サイトで行われ、その中のひとつがこの生体情報だ。公式サイトにサインインするためには虹彩認証、幻界ヴェルト・ラーイにログインする際には、更に声紋認証も要求される。生体情報は暗号化され、本来の生体情報とは異なる幻界ヴェルト・ラーイ独特のものに変換されて送信されるため、今のところ流出などのトラブルは起こっていない。

 公式サイトのマイページを確認し、確かに個人情報管理のところで外部連絡用の個人アドレスを見つけた。覗き込んでいた皓星は自分の携帯電話を出し、その画面を走査スキャンしてアドレスを読み取る。


「オレのもくっつけて結名の携帯に送っておくから、叔母さんたちには自分でメールしろよ」

「うん、ありがとう」


 手間が一つ減ってありがたい。公式サイトでフレンドからのメールも見られると気づいて、今度からもっと活用しようと心に決める。


「じゃあ、行くか」

「え?」


 問い返す結名の前で、皓星は眼鏡を外した。分厚い黒縁眼鏡がなくなると、見た目の印象ががらりと変わる。童顔だが、結名が従妹の欲目で見てもカッコイイ部類に入ると思われた。ローテーブルに眼鏡を放って、VRユニットを着け、皓星はカウチに転がり、ようやく彼は答えた。


幻界ヴェルト・ラーイに決まってるだろ」

「ここで!?」

「一応、このノート、推奨スペックだぞ」

「そういう問題じゃなくって……」

「結名なら、そっちのソファでも寝られるって。毛布貸すから」


 言うに言えず、結名は顔を赤らめて言葉を濁す。悟ってよゲームオタク。人のこと言えないけど!

 とりあえず、いつから洗ってないのかわからない毛布は断固拒否して、結名はあきらめてVRユニットを着け、ソファに転がる。座り心地がたいへん良いソファは、転がっても気持ちよかった。多少、埃がついていそうで気になるが。


「今オレもエネロにいるから、ちょうどいい。宿の食堂で待ってるからな」

「うん」


 アイポートを下ろし、視界が闇に包まれる。指先で電源を入れると、闇の中に「Start?」と文字が浮かび上がった。


『Start to connect』


 接続開始の音声認証は唱和されたが、個別に認証を受けたのか、問題なく起動を開始する。Startの文字が消え失せ、次いで「幻界ヴェルト・ラーイ」を示すタイトルがひとつだけ、ぽつんと宙に現れる。手を伸ばす・・・・・と、触れる前に砕け、闇がいきなり光に塗り替わっていく。眩しさに目を閉じ、そして、ユーナは目覚めた。


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