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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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襲撃、テイマーズギルド!?


 王都のテイマーズギルドはギルド通りの最北端にある。アンファングのそれと同じく街壁沿いだ。

 ただ、大きさがまったく違う上に、出入りしている従魔シムレースも多い。ただ歩み寄る間にも、アンファングから王都までの道のりで見掛けたことのある魔獣が、従魔使い(テイマー)に付き従う様子が見て取れた。

 石造りの建物の間口は広く、正面には複数の大型馬車が停められるスペースがあり、今も従魔シムレースらしき馬が箱馬車に繋がれていた。従魔の印章(シグヌム)を刻んだ馬はどれもおとなしく、それぞれ水桶に口を突っ込んだり、飼い葉を食んでいる。一台だけ、みすぼらしい屋根のない馬車があり、異彩を放っていた。まさかの魔蟻フォルミーカまでが荷運びを手伝っているのを見てしまい……剣士シリウスは口元を引きつらせる。


「マジかよ」

「それはまあ、使えるものは何でも使うでしょうね」


 逆に、交易商シャンレンとしてはその光景に納得ができた。NPCを雇えば労働に対して対価(かね)がかかる。しかし、従魔シムレースであれば、その働きに対して費用を支払う必要はない。しかも、使い倒して命が終わる時、ある程度育っていれば従魔の宝珠となるのだ。テイマーズギルドという、従魔使い(テイマー)の宝庫ならではの手法である。


 車宿りのあたりにまで近づくと、魔蟻フォルミーカたちとすれ違った。その時、思わずシャンレンは立ち止まった。


 ――魔蟻フォルミーカが運んでいるものから異臭が漂っている。


 どうやら剣士や魔術師も同様に気付いたようで、顔を顰めていた。

 魔蟻フォルミーカの列が続く先には、例の屋根のない馬車がある。そこから木箱を運んでいるのだが、それは正面の入り口へではなく、脇の路地へと運ばれていた。

 馬車の御者らしき男は疲れた表情をして、その馬車を曳く老いた馬に水と飼い葉をやっている。従魔の印章(シグヌム)が刻まれていないので、従魔シムレースではないとわかった。途端、シャンレンたちの視線が自身に集中しているのに気付き、男は睨みをきかせる。だが、木箱がなくなるのと入れ替えに出てきた飼育係という名の男の登場で、いきなり御者の表情は浅薄な愛想笑いに切り替わった。そして、何がしかを飼育係から受け取ると、ぺこぺこ頭を下げる。飼育係はすぐに身を翻し、路地に消えた。御者の男はまたもやこちらを睨めつけ、次いで飼い葉桶の前に繋いでいた手綱を取り、すぐさま御者台に乗ってテイマーズギルドを離れていった。


「連れて来なくて正解だな」


 仮面の奥に感情を押し込め、紅蓮の魔術師は呟く。その淡々とした口調が、彼の心情を物語っていた。剣士シリウスもまた、無言で頷く。シャンレンも去り行く馬車を見送りながら、小さくかぶりを横に振った。


「これほどとは思いませんでしたけどね」


 表に出ている飼い葉桶に関しては、見た目的にも季節的にも新しく、よく日干しされたものがふんだんに入れられている。水もまた、まるで噴水の如くに魔術具によって流されており、テイマーズギルドの顔としても申し分ない作りになっていた。

 その一方。

 時刻は昼近くである。もはやこれ以上陽が高みへと上がることもない、日暮れの早い季節だ。四の鐘には朝市が閉まるはずなので、その直前に痛んだ生鮮品を二束三文で買い叩き、従魔シムレースの餌として転売していると思われた。

 ユーナが、アルタクスへ食事を差し出す様子と大違いである。


 想像以上に、王都のテイマーズギルドの闇は深い。


 遂にエスタトゥーアの手によって新調された戦斧ウォーアクスだったが、シャンレンはそれを道具袋インベントリへと仕舞う。

 ここからの戦いに、自身が武器を持つことはかえって邪魔になるからだ。

 シャンレンの意図に気付き、紅蓮の魔術師が酷薄な笑みを浮かべる。そして、自身の赤い装飾を施した術杖を撫でる様子に、剣士シリウスは思わず尋ねた。


「殴り込みに行く話だったか? コレ」

「あくまで情報収集です。できるだけ穏便に、かつ、迅速に話を聞かせていただくつもりですよ。――おふたりに、期待しています」


 いつもの営業スマイルを受け、剣士シリウスは深々と溜息をつき――その視線を鋭くし、一気に両手剣を引き抜く。まるで戦場のようにそれを肩に担ぐと、求められている肩書に見合うように、口元に笑みを佩いた。






 その三人が扉をくぐった時、ギルドホールの空気が変わった。

 先陣を切ったのは、黒衣の剣士である。黒い短髪の下では、同じく黒のまなざしが鋭く周囲を見回していた。抜き身の両手剣が魔力灯に照らされ、持ち主に負けぬ切れ味をちらつかせていた。

 そこにあるのは敵意ではなく、警戒だと。

 駆け出さない剣士の姿と、次いで現れた魔術師がそれを証明する。

 赤い仮面をかぶった魔術師は術杖を手に、剣士の隣に並ぶ。剣士と同じように仮面の奥の朱殷がギルドホールを睥睨し、仮面に覆われていない口元のみが笑みを飾った。

 その指先が、愛しい者に触れるように術杖を撫でた。――術式刻印の上を滑るように動くそれに、ヒィッとギルドホールのどこからか悲鳴が上がる。紅蓮の魔術師の舌が術句ヴェルブムを乗せればどうなるのか、それを察する程度には頭が回るようだ。

 その背後から、赤いベストをまとった商人が姿を見せた。


「シリウスさん、ペルソナさん、やりすぎですよ。皆さん、すっかり怯えきってしまわれて……」


 注意をしているようで、その営業スマイルも声音も楽しさしか宿していない。

 多くの従魔もまた、主が委縮している様子を受け、反発ではなく困惑しているようだった。主よりも上の存在は、自身よりも上の存在だからである。それを確認して、シャンレンは表には出さず安堵した。一番厄介なのは、忠誠心溢れる従魔シムレースが自発的に主を守るべく戦いを挑んでくることだ。彼らに戦う気はさらさらなかった。よって、これはあくまで、円滑な話し合いのための手段のひとつなのである。

 決して、脅迫ではない。


 シャンレンはギルドホールを一瞥すると、受付へと足を進めた。その後ろに、剣士と魔術師が続く。ごくごく一般的な流れに、緊迫していたギルドホールは一瞬にしてその糸を緩めた。ざわめきが戻る。

 背後の様子が手に取るようにわかり、交易商は営業スマイルを二割増しにした。そして、交易商として一礼する。


「護衛のふたりがお騒がせしまして……最近物騒なものですから、少し気が立っているのです。

 私は交易商の端くれのシャンレンと申します。主なき従魔(はぐれシムレース)についてお尋ねしたいのですが、できればなるべくお話のわかる方をお願いできませんか?」


 ――早よ責任者出せや。出さんなら……わかっとるやろな?


 丁寧な口調の中身を意訳気味に察した受付の従業員女性は、「少々お待ち下さいぃぃぃっ」と身を翻し、奥の扉へと消えていく。ほんの十秒と待たず、その女性は居住まいを正し、壮年の小太りな男を連れて戻ってきた。その傍らには、美しい斑紋を持つ豹がいる。男の頭上には……テイマーズギルド主監、という幻界文字ウェンズ・ラーイが見えた。両手を開き、歓迎のことばを述べる。


「ようこそ、王都イウリオスのテイマーズギルドへ。主なき従魔(はぐれシムレース)についてお尋ねとのことですが……」

「時間があまりありませんので、単刀直入に申し上げます。

 実は――とある貴族の方が、お気に入りの従魔使い(テイマー)の不幸を嘆いておいでなのです」

「何と!」


 シャンレンはそこで声音を落とし、語った。

 その従魔使い(テイマー)が自身同様、命の神の祝福を受けし者であったがために、最悪の事態は避けられたということ。しかし、彼女が語った事実――特に、同じ従魔使い(テイマー)の不用意な幻魔香ヴィッド・アラマートの使用によって魔物をけしかけられ、自身の従魔シムレースは前後不覚に陥り、はぐれてしまったこと。従魔使いの嘆きは甚だしく、その嘆きに胸を痛めた貴族がテイマーズギルドへ押しかけかねないということ……などである。


「で、ですが、その……どなたに幻魔香ヴィッド・アラマートを譲ったのかは、申し上げられません。規則ですので」


 さすがNPCである。

 震える声音で、それでも旅行者プレイヤーの個人情報の提供についてはしっかりと拒んだ。

 シャンレンは営業スマイルのまま、大きく頷く。幻魔香ヴィッド・アラマートを購入した旅行者プレイヤーの名など、こちらは最初からわかっている。よって、そんなことは訊いていないのである。若葉色のまなざしは、笑みの中でも針のように鋭い。


「もちろん、復讐は後回しです。まずは彼女の従魔シムレースの行方が最優先ですので。主なき従魔(はぐれシムレース)は、何頭かこちらにも身を寄せているのでしょうか? その個体名や種族名などでしたら、教えていただいても差し障りはないはずです」


 NPCの、しかも、従魔シムレースのことだ。これならば個人情報には当たらない。

 だが、不思議とこれにも主監は難色を示した。


「逆に、その従魔シムレースについて教えていただければ、すぐにでもテイマーズギルドに動員をかけ、どこにいようとも必ずや見つけ出しますが?」


 貴族に対する、やけに大げさな自己アピール(パフォーマンス)を訴えられ、交易商は肩を竦めて見せた。


「せっかく事を公にせず、と思っていたのですが、ご協力が得られないのでしたら致し方ありませんね。

 ――従魔使い(テイマー)の規則では、幻魔香ヴィッド・アラマートを自身の従魔以外に使用することを固く禁じていると伺いました。今回の痛ましい事故は王都の南門で起こったことですが、意図的な事件と言う形での御方にも話を通し、改めてこちらのギルドがどのように関わられていたのかを調べていただくといたしましょう」

「こちらが今、本ギルドに滞在しております主なき従魔(はぐれシムレース)の一覧でございます!」


 主監から差し出された一枚の紙――それを凝視する。その内容は、シャンレンの視界にウィンドウという形で表示された。

 シャンレンはそれを手早くスクロールし……かぶりを横に振る。


「いませんね。

 では、モラードという従魔使い(テイマー)はこちらに所属していますか? 彼に話を伺いたいのですが」


 もう犯人が誰なのかも知っているよ、という札を切る。

 ルーファンは旅行者プレイヤーだが、彼は違う。そのため、個人情報の範囲には含まれない。

 意図は通じたようで、主監の顔色は完全に蒼白になった。震えながらも、小太りな男はその問いに答える。


「モラードなら、昨日から姿を見せておりませんが……」

「どちらにお住まいか……もしくは、宿をどちらに取られているか、わかりますか?」


 とても素直な主監の反応に気を良くし、シャンレンは穏やかに尋ねる。

 だが、主監は更に青白くなるばかりだった。


「宿でしたら、ここです。ですが、戻っておりません。本当です!」

「――そうですか。お手間を取らせました。では失礼」


 短く断りを入れ、交易商は受付に背を向ける。向き合った剣士がその肩に触れ、止めた。


「おい」

『今ここで、テイマーズギルド側が嘘をつく利点は見当たりません。むしろモラード程度、人身御供に差し出したほうが都合がいいはずです。――すみません、他を当たりましょう』


 PTチャットで語るシャンレンの声音は、相手の心境がわかる故に硬かった。


『テイマーズギルドが絡んでおらぬというのは吉報じゃよ。もし、あやつらが身動きできぬアルタクスを見れば……従魔の宝珠にしかその目に映らんかったじゃろう』


 苦々しい幼女の声音に、少し救われたような気持ちになる。確かに、絡んでいないほうが良い。

 紅蓮の魔術師もまた、身を翻した。


『――アーシュ、そっちへ合流する』

『了解。こっちは訊く相手多すぎな感じ』

『すぐに向かいます』


 足早にギルドホールを出る。

 三人はもう、振り向かなかった。 

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