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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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水霊


 それは、あの契約の時に似ていた。ただ、霊術陣はない。

 溢れた光が水しぶきへと変わる。室内へと広がる波濤を受け、後には清涼感が残った。その中心、ユーナの目前に透明な水の人魚が姿を見せる。瞬く間にそれは色彩を得、豊かに波打つ水色の髪と胸元は貝殻で飾られ、細い腕には真珠のブレスレットが煌き、尾びれは虹色を散らしていた。

 楚々とした美貌が、どことなくグラースと重なる。

 憂い顔をユーナへと向け、口元が動く。だが、そこからことばが発されることはなかった。


「水の眷属よ、我が炎に炙られて現れたか」

「貴女まで、炎の影響を受けずともよいものを……」


 イグニスは満足げにニヤリと笑い、グラースは逆にこめかみに手を当ててかぶりを振る。

 その様子に、ふたりには彼女の声が聞き取れているとわかった。

 ユーナはおそらく水霊(ヴァルナー)である人魚を見つめる。また、彼女の口元が動いた。どうにかならないだろうかともどかしい気持ちになるが、やはり――聞こえない。

 スキルを封じられているせいだろうか。

 立ち上がり、人魚と向き合う。たくさん、今まで助けてくれた水霊(ヴァルナー)に、ユーナは手を伸ばした。まさに白魚のような手を、包む。


「ごめんなさい、あの、聞こえなくて」


 そのことばに、人魚の表情が強張る。彼女には、自分の声は届いているようだ。また口元が動く。その手を握り返し、片方の手だけがユーナの頬に伸びた。ひんやりとした手だ。本当に、聞こえないのかと問われているのは、仕草で判った。


「スキルが封じられているからでしょう。ユーナが貴女を拒絶しているわけではありません」

「もちろんです!」


 グラースの指摘に、ユーナは大きく頷いた。

 この機会にと、ユーナは一息にことばを並べる。水の精霊術のスキルスクロールを得ても、スキル自体はまだレベル一のままで成長させていない。それでも、広い範囲の清めの水(レケンス・アーグァ)を扱えたり、純粋な水(ナキ・アーグァ)の水量が求めるよりも多かったり、王家の霊廟で自身を含めて状態異常から回復させてくれたのは……確かに彼女のおかけだった。


「いつも、綺麗にしてもらったり、水もらったり、無茶してるのに応えてくれたり……ありがとうございました。ホント、声聞こえてなくて、ごめんなさい……」


 人魚は美しく微笑んだ。そして、かぶりを横に振る。変わらず口元は動き続けている。

 だが、グラースもイグニスも通訳をしてくれるつもりはないようだ。ただ、彼女の様子を見ている。どちらかというと、厳しいまなざしで。

 人魚はそれに気づいたのか、グラースたちのほうを向き、怒ったように何かを叫んでいるようだった。

 そして、グラースは溜息を吐く。


「わかりました。ですが、貴女の封印を解いたところで、ユーナは今、スキルが使えません。それから、ユーナはあくまで従魔使い(テイマー)です。その点は理解できますね?」


 人魚は一転して破顔する。そして、大きく頷くと、ユーナの手を握り直し、嬉しそうに上下に振った。

 話の流れは何となく、わかるような気がした。

 ユーナはグラースへと視線を向ける。未だに厳しい表情のまま、氷の美女は彼女を見返した。


「封印、解いてもらえるんですか?」

従魔使い(テイマー)としても駆け出しでしかなく、しかもただでさえ、融合召喚ウィンクルムに振り回されていた貴女には、この水霊(ヴァルナー)の存在は重いだけでした。アニマリート様(マスター)は、貴女を従魔使い(テイマー)として育てていくご意向でしたので、水霊(ヴァルナー)の能力の高さを知れば、従魔使い(テイマー)としても精霊使い(エレメンタラー)としても中途半端になりかねないと判断し、封印いたしましたが……三種の従魔を得た今、貴女が精霊使い(エレメンタラー)としての能力を開花させたとしても、問題はないでしょう。むしろ、水の癒しは彼女の言う通り、必要なものですので」


 淡々と事情を語る氷の美女は端的ではなくとも、ユーナの問いかけを肯定していた。

 指輪の中にいる水霊(ヴァルナー)が、こうして顕現してくれただけでもうれしいのに――封印が解かれるということは、またこうして会うことができるようになるのだろうか。

 ずっと、ただひたすら見守り、力を貸してくれていた人魚へと視線を戻せば、彼女はまた何かを言い募っているようだった。


「確かに、幻魔香(ヴィッド・アラマート)の影響が深くなってしまえば、ただの治癒では癒しきれぬ恐れもある。アニマリート、ユーナにも幻魔香(ヴィッド・アラマート)を媒介として預けておくほうがよい。この娘ならば心配はいらぬ」

「――ええ」


 ギルドマスターとして僅かばかり逡巡した後、アニマリートは席を立つ。そして、先ほどの小ビンをユーナへと手渡した。そして、ようやく悟る。

 人魚は、アルタクスのために、顕現してくれたのだ。

 かつて、エリキエムの毒をアルタクスが受けた時、毒自体もしくは毒を含むアイテムがなければ解毒はできなかった。幻魔香ヴィッド・アラマートの影響下からアルタクスを癒すために、必要だと訴えるために。

 小ビンを握り締め、ユーナは人魚を見る。彼女は未だに何かを訴えているようだった。その姿が……薄れていく。ユーナはあわてて道具袋インベントリ幻魔香(ヴィッド・アラマート)の小ビンを放り込み、手を伸ばした。だが、もはや人魚は具現化しておらず、ユーナの手は彼女の手を素通りしてしまう。


「何ですって?」

「アルタクスは……違うと?」


 必死に彼女が訴えていた内容は、グラースとイグニスには正しく受け止められたようだ。透明になってしまった人魚はことばを途切れさせたのか、溜息を洩らす。その吐息すらも、間近にいるはずのユーナには感じられなくなっていた。

 別れを告げるように、切なげな水色のまなざしがユーナを映す。触れることのできない両手が、ユーナの頬を包んだ。ひんやりとした水に浸された感覚だけが、ユーナに与えられている。


 マルドギールと同じだ。

 封印を無理にこじ開けて、姿を現したからこそ……力が弱まっている。

 きっと彼女もまた。


「貴女の気持ちは受け取りました。安心して休みなさい」


 グラースの声に、ようやく人魚は笑みを形作る。

 そして、アニマリートに、氷の美女のまなざしが向く。主の頷きを得て、グラースはユーナに歩み寄り、手を差し出した。


「……ユーナ、手を」


 促され、水霊の指輪のあるほうの手を、彼女のそれと重ねる。まるで捧げ持つかのように、人魚は自身の手をふたりの手に添えた。

 水の霊術陣が指輪を中心に、複数、広がる。まるで霊術陣が監獄のように重なったそれを見て、術者であるグラース以外の誰もが息を呑んだ。それが一気に、砕け散る。

 魔力灯に照らされ、キラキラと舞う水の粒子は、天気雨のように服を濡らし――すぐに乾いていく。

 術者グラースの手が離れた。ユーナは残った人魚の手と、自分の手が重なるようにそのまま動きを止める。透明な水の形さえ取れなくなりつつある人魚は、その行動に表情を緩めて見つめていた。

 その触れ合いは、すぐに終焉を迎えた。


 水の人魚は姿を消し、別れの挨拶に指輪へと一雫の祝福を落とす。

 濡れたように煌く水霊の指輪を、ユーナはもう片方の手で握り締めた。

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