そして、門が開く
「ユーナ」
呼びかけに振り向くと、白炎のすぐ外に弓手が立っていた。自ら口にしたように、彼はユーナに付き合って炎の中にまで追いかけてくれたのだ。
苦痛に表情を歪めている。先ほど自身も体感した熱気だ。
削られていくHPと疲労度に、ユーナは息を呑んだ。
だが、その声に反応して不死鳥幼生もまた白幻の範囲を調整する。すぐに彼を脅かす熱波が消え、眉間の皺が緩んだ。そしてセルヴァもまた、白炎の柱に入る。見た目は白炎だが、白幻の柱である。
転送門の石組に座り込んだままのアデライールを見て、穏やかにセルヴァは微笑んだ。
「よかった。アデライールも無事だね」
「うむ。……勝手をして、すまぬ」
「ああいうときは、とりあえず一角獣の酒場に戻ればいいんだよ。そしたら、ここまで飛ばなくても転送門で連れてきたのに」
「むぅ……まだあの場所を覚えておらぬ故、戻ることは考えなんだ。我が主が居ればわかるのじゃがのぅ」
地狼と異なり、匂いで追うこともできない不死鳥幼生である。確かに、王都イウリオスは広大で、しかも入り組んでいる。索敵も追跡もなく、PTもクランもなく、地図だけを見てもわからないのは道理だ。何よりも、そこにユーナがいることが、彼女にとって最大の目印になるのだろう。
セルヴァの手が、宙を舞う。
「とりあえず、追跡できるようにしておいたから、迷子になったら動かないこと。迎えに行くからね」
人差し指を振りながら語る彼の様子が、どこかお父さんめいていて、ユーナは笑う。すると、碧眼がこちらを向いて、少し細くなる。
「無茶をするのは主に似たんだと思うけど?」
「……すみません。隠蔽、ありがとうございました」
ユーナが素直に謝ると、途端に表情が戻った。口元に浮かんだ笑みが、彼が怒っているわけではないと伝えてくる。
「逃げられるとは思わなかったから、油断した。じゃあ、そろそろ心配で暴れ出しそうなシリウスとカードル伯も呼ぶ?」
「そうか、アークエルドはおるのか」
立ち上がったアデライールは服の埃を払い、その会話に破顔した。ユーナは頷く。
「うん、昨日の夜に来てくれたの」
『ユーナちゃーん! だいじょうぶー!!?』
クラン経由、PTチャット。
アシュアの声が、耳元で響く。ユーナはあまりの大きさに、思わず背後を見た。そこには、瓦礫の幻を纏った転送門がある。当然、彼女はいない。PTチャットに切り替えて、ユーナは呼びかけた。
『あ、アシュアさん?』
『お、生きてたか』
『おばばさまならば、我が主殿がわからぬはずはない』
シリウスとアークエルドの声が続く。そういえば、PTリーダー権限はシリウスが持っているのだ。アデライールを入れてもらわなければ。
そう思った時、青の神官が叫んだ。
『今行くからね! そこにいてね!』
『え』
制止する間もなく、転送門が光を帯び始める。
マズイ。
「アデラ、アシュアさんがこっちに来ちゃう! 白幻、解除して!」
「何じゃと!?」
驚愕の中、アデライールは正しく主の命に応えた。そして、セルヴァもまた、アデライールへと隠蔽を掛ける。不死鳥幼生の姿を、人前に晒すわけにはいかない。
天を灼く白炎の柱が陽炎のように揺らいで消え、全き形の転送門が姿を見せる。
それと引き換えに、転送門に光の扉が現れ、開いていく――。
「えっ!?」
青の神官、降臨。
転送門広場に集った者は、そこに神の祝福を見た。
その他にどのようにも形容のしがたい状況に、転送門広場が沸く。神官らは命の聖印を刻み、祈りを捧げ、旅行者らは登場だけで炎の柱を消した青の神官の姿に興奮し、雄叫びを上げた。
おびただしい歓声を浴び、アシュアは状況がわからず、キョトキョトと周囲を見回す。
ごく普通の、転送門だ。
ごく普通に、転送してきた。
なのに、どうしてっ!?
マルドギールの暴走により、炎の精霊力が抑えつけていた転送門の封印は、ユーナが引き抜いたことにより解かれていた。各所でもアンファングの転送門を開くべく奮闘していたのだが、タイミングが何分、悪かったのである。
それを、こっそりと隠蔽で他人事のように眺めていたユーナだったが、さすがに居たたまれなくなってきた。
「ど、どうしましょう!?」
「いや、まあ、もうどうしようもないよね?」
「ほっほっほ、これもまた演出よの」
ひそひそとオープンチャットで会話をするのだが、感動だか興奮だかで喚いている旅行者の声に負けじと自然に大きくなる。それを聞きとがめ、アシュアは見えない空間に向かって睨みつけた。
「何なのこれ!? おばあちゃん説明して!」
「うむうむ。目立つのは本意ではあるまいて」
そして、青の神官の姿もまた、陽炎に融けた。
一瞬だけ姿を見せたその姿は先ほどの栗色の髪の少女とは異なり、素性が一目で判ったため、公式サイトの掲示板などを騒がせることになる……。
「ちゃんと止めてくれたら来なかったのにー」
「行くって言って即来たよね、きみ」
「そうだけど」
ぷーっと頬を膨らませるアシュアに、セルヴァは笑いながら指摘した。肯定しながらも、アシュアはアデライールのように唇を尖らせている。
とりあえず、マルドギールによって開いた穴は放置である。次々と転送門が旅行者を排出するようになった今、すぐに騒動も収まるだろう。
ユーナたちは転送門の台座から降り、シリウスたちが待つほうへ戻ろうとした。
しかし。
アデライールが、動かない。
疲れて動けないのだろうか、とユーナは振り返り、即、違うと断じた。不死鳥幼生は険しい表情で金のまなざしをある一点へと向けている。その視線の行方を追う、と。
炎を体現した男が、そこにいた。
転送門から複数の旅行者が出てくるのを確認し、神官たちは包囲網を解いていく。
その最前列でこちらをじっと見つめていた彼は、ゆっくりと歩き始めた。
今もなお、ユーナたちはセルヴァの隠蔽の中だ。
そして、アシュアもアデライールの白幻をまとっている。
だが、彼は迷わずに、アデライールのほうへと向かっていく。
「……え、イグニス、さん?」
ここは始まりの町、アンファングである。アンファングのテイマーズギルド所属の従業員であるイグニスがいることは、まったくおかしいことではない。しかし、彼が纏っている空気の緊迫感が、ユーナに異常を伝えていた。それはまるで、以前訓練場で技を見せてもらった時のような。
呼びかけに、イグニスの足が止まる。そして、声の主であるユーナをちらりと見、その胸元に未だに握られたままのマルドギールへと視線を落とし、僅かに笑んだ。
「久しいな、ユーナ。だが、そなたよりも久しい者がいたのでな。しばしそこで待つがいい。
――生まれ変わったか、不死鳥よ」
不死鳥幼生に向き直り、彼はあっさりとその正体を口にする。途端、呆れたように幼女は肩を竦めた。
「この火蜥蜴は、相変わらず余計な口数が多いのぅ」
「誰が火蜥蜴だ!」
「炎じゃと? 我らが炎霊をそのまま映す、素晴らしい名ではないか。そなたにはもったいないのぅ」
「ただの年寄りには、淑女すぎる名ではないか? アデライールよ」
いきなり完全なる口喧嘩が始まり――ユーナはポカーンと口を開いた。




