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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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そして、門が開く


「ユーナ」


 呼びかけに振り向くと、白炎のすぐ外に弓手セルヴァが立っていた。自ら口にしたように、彼はユーナに付き合って炎の中にまで追いかけてくれたのだ。

 苦痛に表情を歪めている。先ほど自身も体感した熱気だ。

 削られていくHPと疲労度スタミナゲージに、ユーナは息を呑んだ。

 だが、その声に反応して不死鳥幼生アデライールもまた白幻イリディセンシアの範囲を調整する。すぐに彼を脅かす熱波が消え、眉間の皺が緩んだ。そしてセルヴァもまた、白炎の柱に入る。見た目は白炎ブランカだが、白幻イリディセンシアの柱である。

 転送門の石組に座り込んだままのアデライールを見て、穏やかにセルヴァは微笑んだ。


「よかった。アデライールも無事だね」

「うむ。……勝手をして、すまぬ」

「ああいうときは、とりあえず一角獣の酒場(バール・アインホルン)に戻ればいいんだよ。そしたら、ここまで飛ばなくても転送門ポータルで連れてきたのに」

「むぅ……まだあの場所を覚えておらぬ故、戻ることは考えなんだ。我が主が居ればわかるのじゃがのぅ」


 地狼アルタクスと異なり、匂いで追うこともできない不死鳥幼生アデライールである。確かに、王都イウリオスは広大で、しかも入り組んでいる。索敵も追跡もなく、PTもクランもなく、地図(マップ)だけを見てもわからないのは道理だ。何よりも、そこにユーナがいることが、彼女にとって最大の目印になるのだろう。

 セルヴァの手が、宙を舞う。


「とりあえず、追跡トレースできるようにしておいたから、迷子になったら動かないこと。迎えに行くからね」


 人差し指を振りながら語る彼の様子が、どこかお父さんめいていて、ユーナは笑う。すると、碧眼がこちらを向いて、少し細くなる。


「無茶をするのは主に似たんだと思うけど?」

「……すみません。隠蔽セグレート、ありがとうございました」


 ユーナが素直に謝ると、途端に表情が戻った。口元に浮かんだ笑みが、彼が怒っているわけではないと伝えてくる。


「逃げられるとは思わなかったから、油断した。じゃあ、そろそろ心配で暴れ出しそうなシリウスとカードル伯も呼ぶ?」

「そうか、アークエルドはおるのか」


 立ち上がったアデライールは服の埃を払い、その会話に破顔した。ユーナは頷く。


「うん、昨日の夜に来てくれたの」

『ユーナちゃーん! だいじょうぶー!!?』


 クラン経由、PTチャット。

 アシュアの声が、耳元で響く。ユーナはあまりの大きさに、思わず背後を見た。そこには、瓦礫の幻を纏った転送門がある。当然、彼女はいない。PTチャットに切り替えて、ユーナは呼びかけた。


『あ、アシュアさん?』

『お、生きてたか』

『おばばさまならば、我が主殿がわからぬはずはない』


 シリウスとアークエルドの声が続く。そういえば、PTリーダー権限はシリウスが持っているのだ。アデライールを入れてもらわなければ。

 そう思った時、青の神官(アシュア)が叫んだ。


『今行くからね! そこにいてね!』

『え』


 制止する間もなく、転送門が光を帯び始める。

 マズイ。


「アデラ、アシュアさんがこっちに来ちゃう! 白幻イリディセンシア、解除して!」

「何じゃと!?」


 驚愕の中、アデライールは正しく主の命に応えた。そして、セルヴァもまた、アデライールへと隠蔽セグレートを掛ける。不死鳥幼生アデライールの姿を、人前に晒すわけにはいかない。


 天を灼く白炎の柱が陽炎のように揺らいで消え、全き形の転送門が姿を見せる。

 それと引き換えに、転送門に光の扉が現れ、開いていく――。




「えっ!?」


 青の神官、降臨。

 転送門広場に集った者は、そこに神の祝福を見た。


 その他にどのようにも形容のしがたい状況に、転送門広場が沸く。神官らは命の聖印を刻み、祈りを捧げ、旅行者プレイヤーらは登場だけで炎の柱を消した青の神官の姿に興奮し、雄叫びを上げた。

 おびただしい歓声を浴び、アシュアは状況がわからず、キョトキョトと周囲を見回す。


 ごく普通の、転送門だ。

 ごく普通に、転送してきた。

 なのに、どうしてっ!?


 マルドギールの暴走により、炎の精霊力が抑えつけていた転送門の封印は、ユーナが引き抜いたことにより解かれていた。各所でもアンファングの転送門を開くべく奮闘していたのだが、タイミングが何分、悪かったのである。

 それを、こっそりと隠蔽セグレートで他人事のように眺めていたユーナだったが、さすがに居たたまれなくなってきた。


「ど、どうしましょう!?」

「いや、まあ、もうどうしようもないよね?」

「ほっほっほ、これもまた演出よの」


 ひそひそとオープンチャットで会話をするのだが、感動だか興奮だかで喚いている旅行者プレイヤーの声に負けじと自然に大きくなる。それを聞きとがめ、アシュアは見えない空間に向かって睨みつけた。


「何なのこれ!? おばあちゃん説明して!」

「うむうむ。目立つのは本意ではあるまいて」


 そして、青の神官(アシュア)の姿もまた、陽炎に融けた。

 一瞬だけ姿を見せたその姿は先ほどの栗色の髪の少女とは異なり、素性が一目で判ったため、公式サイトの掲示板などを騒がせることになる……。


「ちゃんと止めてくれたら来なかったのにー」

「行くって言って即来たよね、きみ」

「そうだけど」


 ぷーっと頬を膨らませるアシュアに、セルヴァは笑いながら指摘した。肯定しながらも、アシュアはアデライールのように唇を尖らせている。

 とりあえず、マルドギールによって開いた穴は放置である。次々と転送門が旅行者プレイヤーを排出するようになった今、すぐに騒動も収まるだろう。

 ユーナたちは転送門の台座から降り、シリウスたちが待つほうへ戻ろうとした。


 しかし。

 アデライールが、動かない。


 疲れて動けないのだろうか、とユーナは振り返り、即、違うと断じた。不死鳥幼生アデライールは険しい表情で金のまなざしをある一点へと向けている。その視線の行方を追う、と。

 炎を体現した男が、そこにいた。


 転送門から複数の旅行者プレイヤーが出てくるのを確認し、神官たちは包囲網を解いていく。

 その最前列でこちらをじっと見つめていた彼は、ゆっくりと歩き始めた。


 今もなお、ユーナたちはセルヴァの隠蔽セグレートの中だ。

 そして、アシュアもアデライールの白幻イリディセンシアをまとっている。


 だが、彼は迷わずに、アデライールのほうへと向かっていく。


「……え、イグニス、さん?」


 ここは始まりの町、アンファングである。アンファングのテイマーズギルド所属の従業員であるイグニスがいることは、まったくおかしいことではない。しかし、彼が纏っている空気の緊迫感が、ユーナに異常を伝えていた。それはまるで、以前訓練場で技を見せてもらった時のような。


 呼びかけに、イグニスの足が止まる。そして、声の主であるユーナをちらりと見、その胸元に未だに握られたままのマルドギールへと視線を落とし、僅かに笑んだ。


「久しいな、ユーナ。だが、そなたよりも久しい者がいたのでな。しばしそこで待つがいい。

 ――生まれ変わったか、不死鳥フェニーチェよ」


 不死鳥幼生アデライールに向き直り、彼はあっさりとその正体を口にする。途端、呆れたように幼女は肩を竦めた。


「この火蜥蜴は、相変わらず余計な口数が多いのぅ」

「誰が火蜥蜴だ!」

イグニスじゃと? 我らが炎霊フォティアをそのまま映す、素晴らしい名ではないか。そなたにはもったいないのぅ」

「ただの年寄りには、淑女すぎる名ではないか? アデライールよ」


 いきなり完全なる口喧嘩が始まり――ユーナはポカーンと口を開いた。

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