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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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夜明けを待って


 短いとは言え、身体よりも長い武器を抱えて飛ぶと体力を使う。まして、何も持たない時よりも高くは飛べないし、速度も出ない。陽が沈むまで飛距離を稼いだが、さすがに疲れた。

 舞い降りた狭い岩棚の縁には、辛うじて朱金の身体と短槍を収めることができた。

 白幻(イリディセンシア)を纏ったまま、夜のしじまを炎の眷属と共に乗り越える。冷たさしか感じないはずの金属の物体が今にも燃え上がりそうな熱と共に、ひたすら嘆きを訴えていた。宥めるように身を寄せて、夜の闇が薄くなるのを待つ。気が遠くなるほどの年月を生きてきたはずだが、これほど夜が長く感じられたのは久方ぶりだった。

 つい昨日までは。

 布団に包まって眠る主の傍に身を横たえ、その寝顔がいつ目覚めるのかと楽しみに眺めながら、アークエルドと話をしていた。互いにとって失った、遠い過去の話ではない。彼女との未来を夢見るかのように、それが寸分の疑いもなく叶うと信じてことばを交わす。時折、主を主とも思わないようなアルタクスの意見が混ざり、より己の主について知ることができた気がする。目覚めまでの時間が長い、待ちくたびれたと口では言いながらも、主の傍で仲間たちと過ごした時間は尊いものだった。


 今、この身体には、彼女が授けてくれた名と、彼女が置き去りにした相棒しかない。


 もう、彼女は目覚めただろうか。

 PTが解散され、クランから名が消え、召喚契約コントラクトすらない己のことを僅かでも思い出してくれているだろうか。

 彼女は共鳴すら届かない場所で、この夜をどのように過ごしているのだろうか……。


 胸の中には愛おしさがこみ上げ、その一方で今すぐに名を呼んでほしくて駄々をこねたくなる。己のことながら、アデライールは心境を冷静に見つめることができた。従魔シムレースとして、主との絆が無理やり断たれた状況だ。


 ――狂化の道へ進んでいる。


 それが食い止められているのは、ひとつは過去に同じ経験があるということと、もうひとつはひとえに主が『命の神の祝福を受けし者』だからだ。

 彼女は、必ず、蘇る。

 その揺ぎなき事実と、そして、己よりもよほどマルドギールが嘆いていることも、アデライールを正気付かせていた。

 おそらく、というよりも間違いなく、マルドギールはその瞬間に在った。アルタクスもだ。

 主の死という、最も自分たちにとって避けたい状況の中に置かれ、それを回避することができなかった悔恨が渦巻いている。

 封じられているマルドギールですら、この気の狂いようだ。行方不明となっている地狼はどうしているのかと心配になるが、彼の場合にはすぐ、従魔召喚シムレース・プロスクリスィによって主のもとへ帰ることができるはずだ。


 自分だけは、それができない。

 故に、飛んだ。


 遠い昔には大空を舞い、どこへでもかつての主に付き従って旅をした。人化し、本性を現すことができなくなって幾星霜。多少地形が変わろうとも、集落の位置はそれほど変わらない。


 東の空が白む。

 目指す地は、近い。






 一の鐘が鳴り響く中、ユーナはゆっくりと身を起こした。窓の外は未だに暗い。季節の移り変わりによって、夜明けの時間も遅くなっているようだ。薄い毛布と銀糸の外套が寝台に落ちると、小さく身を震わせた。やはり朝は冷え込む。もう一度銀糸の外套だけを取り、今度は肩から羽織った。かなり大きく重さもあるが、立派に防寒の役目を果たしてくれる。


 ここに地狼アルタクスがいたら。

 ここに不死鳥幼生アデライールがいたら。


 つい昨日、ログイン直後に考えたことを思い出し、ユーナは視線を動かした。

 HPバーの色が緑に変わっている。おかげで、倦怠感はすっかり失せていた。ただ、HPバーすべてが全快しているわけではなく、HPの半分より多少、グレーダウンの個所が減ったというだけのことだった。MPや疲労度スタミナゲージも同様だが、スキル・アイコンは沈黙したままである。最も回復してほしい個所が未だに回復していない。

 残念な気持ちになりながら、それでも体が自由に動くことは心底ありがたかった。

 ユーナは地図マップを開いた。同じ街中にいるため、シリウスとセルヴァの表示が見える。今は剣士ギルドに宿を取っているようだ。朝のうちにふたりは再訪してくるだろう。それまでに、とユーナは旅支度を整えることにした。

 まず道具袋インベントリウィンドウを開き、何をランダムドロップしてしまったのかを確認する。道具袋インベントリ自体が失われなくて、本当によかった。

 マルドギール、森狼王の牙の首飾り、この二つの装備品については既に判っている。あと、所持金が幾ばくか減っていたが、穴が開いた服や、水霊(ヴァルナ―)の指輪、アシュアから譲られた装備品の数々も無事のようだ。その他、戦利品ドロップについてはそもそも何を持っていたのか把握していなかったので、どれほど失ったのかがわからない。開けそびれていたアルカロットの数も多少違う気もするが、それらはあきらめがつきやすかった。薬類(ポーション系)も、種類はともかく数まではおぼえていないので、考えるのをやめた。丸薬ピルラは失くしていなかったので一安心である。

 ずらずらとウィンドウ内をスクロールしていた指先を止め、弾く。道具袋(インベントリ)ウィンドウを閉ざすと、自分の服装を見下ろした。エスタトゥーア謹製装備とはいえ、穴が開いたままの服を着用するわけにもいかない。夜着にしている術衣は守備力が殆どないので、アシュアから譲られた装備に着替える。上は半袖、下は短い脚衣のままでは寒すぎるので、薄い生地の術衣をもう一枚羽織り、重ね着した。秋と考えれば、何とか及第という服装である。ただ、朝の冷え込みはやはりまだ寒いので、銀糸の外套を羽織り直す。

 ユーナは寝台から足を下ろし、長靴を履いた。

 丸腰なのも、と気になり、矛も出してはみたものの、あまりに重さにすぐ片づける。槍スキルがないために、重さが尋常ではないのだ。どうせ使えないのならと、代わりに、短剣アンテニーを佩いた。また包丁用のナイフは、別途用意するしかない。

 その時、扉が軽く叩かれ、そのまま開いた。浮き上がった星明かりが、室内を淡く照らす。


「おはようございます。お加減は如何ですか?」


 神官は昨日と同じように、手に食事を持っていた。

 ユーナが起き上がっているのを確認し、返事を待たずにその口元が緩む。


「だいぶ、良さそうですね」

「おはようございます。はい、おかげさまで。だいぶ楽になりました」


 小机の上に食事を置き、神官はユーナを見、そして……ユーナの影へと視線を向けた。


 ――この部屋にはあなたと私以外、何人なんびとも立ち入ることはできません。


 神官からのことばが、不意に思い出される。

 ユーナは息を呑んだ。

 影に身を潜めている不死伯爵(アークエルド)は、星明かりの加護では姿を見せないはずだ。擬装フェルリトゥルが剥がれるだけではない。彼自身を損なう恐れもある。

 彼女は自身のことばの通りに、立ち入り禁止なのでと彼を排除するかもしれない――。


 だが、神官はユーナの不安をそのままに、青玉のまなざしを戻す。


「旅立たれるのですね」


 確認は、確信に満ちていた。ユーナの身支度を見て、察したのだろう。

 どこか残念そうな響きを持つ声音に、それでもユーナは強く頷く。


「たくさん、心配かけちゃったので。早く行かないと」

「――そうですね。

 ただせめて、お食事だけは召し上がっていかれては? おなかが空いていては、旅路に不都合でしょうから」


 神官のことばに促され、ユーナはありがたく朝食に手をつけた。焼きたてのパンはまだあつあつだ。昨日と同じスープには燻製肉が少し浮いていて、塩気が増して美味しかった。自然と、匙を運ぶ手の動きが早くなる。寝台の端に神官は腰を下ろし、その様子を眺めて待っていてくれた。美味しいです、と口にすると、まなざしが優しくなる。同い年くらいにも見えるのに、その所作はまるで母のように大人びていた。

 対応といい物言いといい、この神官は、かつて会った「幻界ヴェルト・ラーイの行く末を見守る者」と名乗った少女によく似ていた。だが、「セリア」と呼びかけることはできなかった。もし、彼女がセリアと同一ならば、最初から緑の名前の表示が「セリア」になっている。よって別人であると、ユーナも理解していたのである。これほど似ているのは、「セリア」が運営()に関わる者だからだろう。その予想のほうが、彼女自身も納得できた。


「ごちそうさまでした。美味しい朝ごはん、本当にありがとうございました」


 ユーナが空になった食器の盆へと匙を戻して、両手を合わせた時。

 外から、轟音と地鳴りが響いた。

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