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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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こころの距離


 施療院から転送門広場まで移動し、そこでようやく、セルヴァは隠蔽を解除した。ユーナがいつ窓の外を意識してくれるかわからなかったので、宿はまだ取っていない。これから探すことになる。


 ――弓手ギルドか剣士ギルドなら割安かな、まあ、王都に比べりゃどこだって安いよな……。


「ところで」

「ん?」


 位置を確認すべく地図マップを開いていると、改まって弓手セルヴァが切り出してきた。

 剣士シリウスは「近いほうにするか?」と提案するつもりでいた。しかし、セルヴァの話はまったく異なる内容だった。


「マイウスでも気になってたんだけど、シリウスとユーナってさ……ひょっとして」


 ことばが、途切れる。


 夜半だ。始まりの町(アンファング)らしく、この時間帯にはNPCの姿すらも、屋外では見られない。そして今、転送門広場を照らし出す魔力灯は、二つの影を生み出しているだけだった。彼らの他、人影はない。少し離れた、大神殿前には当直らしき神官がふたり、槍を持って立っているのみだ。

 だから、他に会話を訊かれる心配はほぼない。


 それでも、迷った。

 おそらく、お互いに。


 セルヴァとの付き合いは長い。

 β時代にも開幕近くからPTを組み、レベル上げに勤しんだ。同じ始まりの町でありながら、まったく違う土地で、多くの出会いと別れを体験してきた同志である。

 だからこそ、嘘は吐きたくない。どうせ現実リアルで明日になれば、すべてが解る。


 結局、皓星(シリウス)はセルヴァのことばを待つことにした。


「――昔、アンファング(ここ)に戻ってきたことがあったよね? 惑わす森で、ユーナと出会った時に」

「そうだったなあ」


 シリウスは思い出して、苦笑して頷いた。

 あの時は、結名のキャラクターがログインしているかもしれないと、それしか考えていなかった。本当に、盲目的な行動だった。キャラクター名もわからない、本人と連絡もつけられない、それでも会えるとどうして考えたのか……まだ開幕して三日でしかなかったのに。

 セルヴァは、問いかけを重ねた。


「その時探してた知り合いが、ユーナ?」

「……ああ。あの時はわからなかったけどな」


 幻界ヴェルト・ラーイでの出来事なら、素直に話しても問題ない。

 シリウスの答えを聞き、なるほど、とセルヴァは納得した。


「そっか。まあ、知り合いならそういうものかな……ってそんなこともないかな……」


 途中からまたもや首を傾げている。

 その微妙な仕草に、シリウスは尋ねた。


「何が?」

「え、さっきのさ。『ユーナを頼む』って、彼氏か身内じゃないと言わない気がするんだけど?」


 少し上ずった声が、どこか揶揄いを交えたように響く。

 身内、のことばに、シリウスは口を噤んだ。

 それは皓星にとっては結名であっても、シリウスにとってはユーナではない誰かを思い出させることばだ。

 互いの目が、遠く失われたものを浮かび上がらせる。


 夜でよかった。

 近くとも、月明かりよりはやや明るい程度の薄暗さだ。喪失の記憶を胸に押し込み、今、この時触れるべきことではないとシリウスは話を逸らした。


「ユーナは一角獣(うち)のメンバーなんだから、おかしくないだろ」

「むしろ、さっきの流れは『カードル伯の、ユーナ』状態だったけどね」


 他人の『現実の自分(リアル)』には触れない。

 但し、自分から『自分の現実リアル』を語る分には構わない。


 βのころから、暗黙の了解となっているそれに則して、セルヴァは素直に話に乗ってくれた。もともといろいろ達観している人間だ。冷徹にもなれるが、基本的に大人で、こちらの負担にならない形でいつも関わってくれる。

 今回もそれに甘えることにして、シリウスは深々と溜息を吐いてみせた。


「ホントによくもまあ、あのカードル伯をあれだけ手懐けられたもんだよなあ。主って割には、ユーナのほうが世話かけてるけどな……」

「うん、まあ、それはね……。

 融合召喚ウィンクルムもできるって言ってたっけ。見てみたいなあ」

「マジ驚くって。いろいろ凄いからな」


 特に胸、とは流石に言わない。

 あれはもう別物だと、正直思う。ユーナの要素など、女性であることくらいしか思い浮かばない。

 地狼アルタクスといい、不死伯爵(アークエルド)といい、他人の身体を使いこなす腕前は並ではない。本来はユーナ自身が操作しなければならないという話だが、果たしてユーナが主導権を握ったところで、あれだけの戦いができるだろうか。


「うんうん、絶対今度、見せてもらうよ」

「きっと、そのうちばあさんとも融合召喚ウィンクルムするんだぜ」


 不死鳥幼生アデライールは行方知れずだ。

 一角獣の酒場(バール・アインホルン)から出たあと、南門周辺を手分けして探した。結名からの連絡で戦闘の痕跡は見つけたものの、そこには地狼の姿も、不死鳥幼生の姿もなかった。一角獣の酒場(バール・アインホルン)に残っていたエスタトゥーアもまた、彼女は戻っていないという。


 主の死を察知し、仲間を、PTを失い、クランの所属も失い……この夜空の下、どこにいるのか。


 その可能性のひとつに、アンファングの討伐クエストで戦った、森熊ヴェールの暴走を思い出した。ひたすら人を憎み、傷つけ、殺しては森に逃げ込んでいた……従魔シムレースのなれの果て。


 そんな不安は、他ならぬユーナの従魔シムレースたる不死伯爵(アークエルド)の一言が吹き飛ばした。


『アルタクスも、アデライールも、必ず貴女のもとへ戻る』


 生きてさえいれば。

 その可能性を封殺した、信じるこころの結晶のようなことばだった。


「そうだね。アデライールもきっと、ユーナのところに戻るよ。もちろん、アルタクスもね」


 セルヴァもまた、そんな切なる願いに同意を示した。

 そして、はーっと深く、息を吐く。


「寒っ。そろそろ行こうか」

「ああ、剣士ギルドのほうが近いから、そっちで」

「弓手ギルドっていつも街の中心より外れてるんだよなあ。剣士は人口多いから、立地条件いいとこばっかで羨ましいよ」

「罠師ギルドとかが街の中心にあったりしたら、ヤバすぎだろ」

「それはそうだね」


 柊子アシュアと出逢って、結名の傍に拓海シャンレンがいて。

 明日はまた、新しい出逢いが待っている。

 幻界ヴェルト・ラーイで生まれた絆が、現実へ続いていくのがこれほど楽しみになるとは、思ってもみなかった。


 その一方で、今も皓星の胸によぎるのは、結名を傷つけた存在のことだった。

 土屋の一件が、結名の心に深い傷を残さなかったのは、周りの助力や結名の性格的なものもあるかもしれないが、皓星は幻界ヴェルト・ラーイの存在が大きいと考えていた。ハマっているゲームをしていれば、多少の現実逃避など簡単なものだ。土屋もまたそのゲームの中にいたわけだが、PKを試みた挙句、現実で脅迫し暴行を振るい、また幻界(ヴェルト・ラーイ)に戻っても悪しき形で関わろうとしたプレイヤーを、幻界(ヴェルト・ラーイ)運営()は許容しなかった。


 どちらも、同じ幻界ヴェルト・ラーイが生み出した縁だ。

 どんなふうにでも転ぶのだと、皓星も痛いほど理解している。

 

 他愛のない会話を積み重ねて、ここまで来た。

 例え現実で会おうとも、自分にとってこの関係は変わらないだろう。


 このまま、ずっと。


 無駄に美貌を誇る弓手を横目に、シリウスはその覚悟を小さく笑う。

 かつて、βを終えた時の自分は、失くしたものをただひたすら嘆いていた。βテストにしかなかった絆でも、現実の自分をどれだけ慰めたか計り知れない。喪失を知る者は少なく、語れる相手は限られていた。だからこそ今は、変わらぬ自分で在ろうと思える。


 ユーナの傍から離れようとしなかった地狼と、離れてもユーナのことしか考えていない不死伯爵と、アシュアの腕の中で小さな体を震わせていた不死鳥幼生。

 すべて、この世界でしか得られない絆だ。

 始まったばかりの幻界ヴェルト・ラーイの終焉は、遠い。どう足掻くこともできなかった過去とは違う。だからこそシリウスは、彼らを取り戻すための助力を惜しむつもりはなかった。


 空に月が出ている。

 この空の下に、同じ主を戴く者たちは息づいている。そう信じてやりたかった。


 そういえば、まだ勝負がついてなかったと思い至り。

 シリウスは未来の力比べを夢見ながら、友と夜道を急いだのだった。

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