大地を見下ろして
傍にいて、と言ったのはあなただったのに。
翼を広げ、風を受け、ただひたすら高みを目指す。眼下に王都イウリオスを一望できるほどの高度まで上がると、南へ向かった。あと少しで王都を出る、という時に――それは起こった。
PTが、消えた。
衝撃に、羽ばたくのをやめ、滑空していく。
それでも、一角獣と話さねばと……意識を切り替えようとしても、できなかった。一角獣の名も、その面々の名も何もかも、映らない。視えるはずのものが、視えない。
何故。
浮かんだ疑問はそればかりで、その答えはきっと南門の外にあると信じ、翼を動かした。
人の顔が視認できるほどに、地上に近づく。殆ど無意識に、白幻を発動させた。一角獣の者以外には、まだ姿を明らかにしていない。見られるわけにはいかない、というのは自身が不死鳥であることもだが、もうひとつ。生まれ変わったばかりで、レベル一のままだからだった。幼生のままでは、白炎も満足に扱うことができない。
そう――戦えないのだ。
白炎の制御が、できない。出現させることはできるのだが、今ならば己をも傷つけてしまいかねない。自身に対する火の粉を払うように、攻撃してきた相手を防衛本能が問答無用に焼き尽くしてしまう点は、生まれ変わる直前の自分と同様だ。実際に誰かを燃やして試したわけではないが、転生を果たす前と後で、不自由度が変わらないのである。
この件については、早めに主へ相談すべきだと、アデライールも考えていた。
しかし、東門での戦いを終え、互いの健闘を称えながら一角獣の酒場に帰還する時も、そのあとの宴でも、主の周りには常に人がいた。
ふたりきりになれば、話をしよう。
不死鳥幼生について、そして、アデライールの気持ちについても、まだ少しも話ができていなかった。
しかし、アデライールが思うような機会はなく……成長よりも早く力を取り戻すことも拒否され、主が姿を消した今となっては何もかも後悔の中にあった。
地狼が返事をしない、できない状況を考えながら、アデライールは飛ぶ。南門周辺を時計回りに巡ると、「それ」の叫びを聴いた。
炎を扱う者というくくりであるなら、同じ眷属同士である。封印のさなかもこれほどの思念を飛ばせるのだから、火霊の一員としても力が強い者だと思う。残念ながら、適性がないために主には一切伝わっていないが。
アデライールは、その声のもとへと急いだ。本来、主と共にあるべきモノだ。詳しい事情などはその火霊の訴えている「主を求める心」だけではわからない。それでも、彼女がいた場所に残されているはずだと直感していた。
見れば、戦闘の痕跡が刻まれていた。半球を描くような凹凸がそこかしこで大地を穿ち、土の色をさらけ出している。その中で、不可思議に草地に円が描かれている場所があり、アデライールは人化して降り立った。草地の中に、銀色の短槍と、血痕があった。
不死鳥幼生は決して鼻の利く種族ではない。それでも、この場に色濃く残る主の気配に、彼女の血の匂いだと察せざるをえなかった。だが、地狼の姿も、血痕もここにはない。彼が扱う地精の術痕のみが、彼もまたここにいたという事実をアデライールに知らせていたが、それ以上はわからない。生死すらも、今のアデライールには判断がつかなかった。
触れた短槍が、赤い宝玉を煌かせる。主をひたすら求める声だ。
自分と同じ、心だ。
アデライールは、それを胸に抱いた。
主の手にあったものというだけでも、愛おしく思える。
哀しみが、炎の属性によって互いに伝わっていく。
それはことばという形ではなく、心のまま、感情のままに伝播した。
ただ深まるだけの哀しみが触れ合う。また失くしてしまったという空虚感。何もできなかった無力感。だが、もう戻らないという絶望だけは、アデライール自ら否定した。
「必ず、必ずまた見える。そう信じようぞ……マルドギールよ」
金色の瞳から、せつなさがひとしずく落ちる。その一滴が、宝玉を濡らした。何かが砕けた音が響き、アデライールは泣き顔のまま笑んだ。
「――そうか、それならば我が主のお役に立てるじゃろう……共に行くとしようかの。
あの者たちも、主のもとへ向かうはずじゃ」
それは確信だった。
名を受けた、ただそれだけしかない不死鳥幼生とは異なり、地狼や不死伯爵には従魔召喚もある。目覚めた主が、喚ばないはずがない。そう思うと、自分と主の間の絆がどれほどか細いものなのかを思い知らされて、アデライールの気持ちは沈んだ。
すると。
『おばあちゃん……ありがとうございました』
脳裏に、彼女の声が蘇る。
繰り返し、繰り返し。
出逢ってからの短い間に、彼女が自分へと与えてくれたことばのひとつひとつが、今もなお主にとって自身が必要な存在なのだと告げる。
『一緒に行こうよ……こんな、とこでお別れなんて、イヤだよ……っ』
『……アデライールがここにいてくれたら、わたしはそれでいいの』
『――ありがとう、アデラ』
主の頬に触れた指先は、彼女の手と重なった。
抱きしめてくれた腕の強さとあたたかさは、主のまっすぐな気持ちを伝えてくれた。
どれもが、決して従魔として正しい在り方ではない。戦いの中にない従魔など、何の価値もない。テイマーズギルドの始まりから従魔として在った過去の己が、そう記憶の中から嘲笑う。
だが、そんな正しさにこそ、何の価値があろうか。
人化を解き、陽炎が立つ。揺らいだ姿は融け、不死鳥幼生の本性が姿を見せた。その両足の爪でマルドギールを器用に握り、彼女は飛び立つ。
従魔使いとしては未熟すぎるが、アデライールの心を掴んで離さない、ただひとりの主を求めて、朱金の鳥は羽ばたいた。
――遥か、南へ。




