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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
260/375

ロスト


『主殿!?』

『主よ、どこにおる!?』


 その悲鳴にも似た呼びかけは、クランチャットに響いた。

 従魔シムレースたちの声音に抱いた疑問が、コミュニケーション・ウィンドウを開く。フレンドリストのユーナは、グレーダウンしていた。ログアウト、もしくは通信不可状態である。クランのほうでも同様だ。一方で、アルタクスの表示はクランに残っていた。こちらは連絡可能である。


『――ログアウト?』


 真っ先に思いついたのは、またもや強制切断(ログアウト)の可能性だ。

 結名の部屋に、叔父さんか叔母さんが突撃したのかもしれない。


『アルタクス、主殿は眠りに入られただけか?』


 焦りのまま、不死伯爵(カードル伯)が問う。だが、魔獣系の従魔シムレースの声は、主であるユーナか、仲間である彼らにしか聞こえない。


『アルタクス!? 返事をせぬか!』


 不死鳥幼生アデライールの重ねられた呼び声に、その答えがないとわかった。

 異常事態イレギュラーな何かが起こった。ユーナがログアウトしただけではなく、地狼アルタクスが応えられないような、何かが。

 それは明らかに、危機的状況を示す。


 ――止めればよかった。

 後悔先立たずという慣用句が頭を流れる中、溜息を洩らす。


「あいつら、どこに行ったんだ?」

「いや、王都の外だよ。宿なんて……」


 弓手セルヴァは、ユーナの行方を知っていた。例の追跡ストーキングスキルだろう。確かに、あれだけの勢いで飛び出していけば、行く先も気になるのはわかる。

 ログアウトという単語に反応し、かぶりを横に振ったところで、弓手セルヴァは自分のことばの意味に気づいたようだ。顔色が変わる。


 王都の外。


 明らかに、フレンドチャットではリアルタイムに会話ができない場所であり、PTチャットも使えない別フィールドだ。だが、クランチャットは違う。闘技場ドゥジオンなどの対外的に連絡を取られては困るような特殊な事情がなければ、対話はできるはずだ。王都の外というだけで、そんな特殊な事情は考えられない。


 少し休ませる、と言って、アシュアは不死鳥幼生アデライールを抱いて階上へ戻っていた。クランマスターも双子姫も舞姫も連れ立っていき、この食堂には男しかいない。


 食堂で交錯した複数の視線のすべてが、最悪の事態を予測していた。

 即座にコミュニケーション・ウィンドウから、メールを打つ。ユーナにではない。外の結名の携帯アドレスにあてて、だ。すぐに返信は来ないとわかっている。最悪の予測とは別の、現実リアルな理由で今忙しいのであれば、むしろ問題ない。現実と幻界のタイムラグが、こういう時ばかりは苛立たしかった。


「どっちだ?」

「南。行こう」


 椅子から立ち上がれば、同じように弓手セルヴァ魔術師ペルソナも動いた。敢えてオープンチャットで話す理由は、アデライールのためだった。もし、ユーナがデスペナルティを受けたのなら、王都の外に行くべきではない。そこにはもう、ユーナはいないことになる。今はエスタトゥーアの部屋にいるはずの彼女を思い、視線を階段に向ける。それに合わせたかのように、上のほうから騒めきが聞こえた。


『おばあちゃん、ダメよ!』

『おばばさま、お待ち下さい!』

『おばばさま、行ってはダメです!』


 アシュアの声を皮切りに、クランチャットでアデライールを呼び止め始める。まずい、と慌てて食堂の扉を開く。

 と。

 そこに、朱金の鳥が羽ばたいていた。


「キゥ」

『どこへ行く? 剣士殿』


 金の瞳が、主の情報を求めて睥睨する。幼生ながらも、その心は長い年月を生きた不死鳥(フェニーチェ)そのものだ。偽りを述べれば焼き尽くすと言わんばかりのまなざしが刺すように向けられている。否、すぐにでも答えなければ、という意味もそこには込められているだろう。

 それでもなお、答えに迷った。あれだけ傷ついていた幼女アデライールの姿が、目の前の不死鳥幼生と重なったからだ。

 だが、躊躇うことなく、弓手セルヴァは前に出て、事実を伝えた。


『アデライール、ユーナは南門の外に出たはずだ。PTは生きてる? きみなら先に行けるよね?』

「キゥ!」

『うむ。任せよ』


 真実を告げると、その姿は即座に風を捉え、遥か高みへと昇っていった。

 瞬く間にその影が離れていく。


「セルヴァ」

「彼女のほうが早い。それでも……間に合わないかもしれないけどね」


 紅蓮の魔術師(ペルソナ)の声には、責める響きがあった。その理由を十分理解した上で、弓手セルヴァは口を開く。階段から、青の神官(アシュア)が姿を見せた。厳しい表情をした彼女も、悟っているようだ。


『ええ。カードル伯は今どこ?』

『マールトだ。私は……このまま、アルテア殿に面会を申し込む』

『カードル伯!?』


 傍にいるだろう交易商シャンレンが驚愕の声を上げる。青の神官(アシュア)は当然のように頷いた。確かに、今までの不死伯爵(カードル伯)を思えば、彼の行動は道理だった。その心中は察して余りあるが。


『ええ、早く片付けたほうがいいわ』

『すまぬの』

『いや……すべては、主殿のために』


 続いたことばが、彼の苦悩を物語る。

 未だ日は高い。マールトから転送門で戻ったところで、彼は戦えない。もし、という最悪の事態が現実になるのなら、ユーナには新しい力が必要となる。

 悲劇の先にも前向きに考えられるのは、自分たちが『命の神の祝福を受けし者』だからこそだった。本来ならば、不死伯爵(カードル伯)も、不死鳥幼生(アデライール)も、今すぐに発狂したところでおかしくはない。主なき従魔シムレースの末路は、アンファングの討伐(ヴェール)でよく知っているのだから。


『手分けするんだよね。私も行く』

『そうですね。わたくしはここに残りましょう。ルーキス、オルトゥス、アシュアとペルソナを連れて行きなさい。時間がありません』

『はい、かーさま!』

『はい、かぁさま!』


 次々と降りてきた女性陣もまた、名乗りを上げる。戦闘力というよりも体力面で足手まといになるエスタトゥーアは残った。その代わりに、娘たちに命じる。「連れて行きなさい(・・・・・・・・)」のことばに、ルーキスはアシュアを、オルトゥスはペルソナをそれぞれ抱き上げた。どこかで見たような、お姫様抱っこだ。


「あらぁ」

「んなっ!?」

「よい子ですから、じっとしていてくださいね」

「じっとしていてくださいね」


 おそらく、融合召喚を果たした少女アルタクスが塔へ飛び込む瞬間を、彼女たちは遥か下方から見つめていたのだろう。学習能力が高い。

 逃れようとした仮面の魔術師があっさりとオルトゥスの腕に抑え込まれ、思わず笑ってしまった時、開きっぱなしにしていたコミュニケーション・ウィンドウに異変が起こった。


 ユーナの従魔たちの名が、クランから消えた。

 完全な喪失(ロスト)である。


 アデライールは一角獣の酒場(バール・アインホルン)から離れ、空の下だ。

 不死伯爵(アークエルド)は、とその傍にいるはずのサブマスターへ声を掛ける。


『シャンレン!?』

『カードル伯はいます! 今、クランへ……要請を出します』

『おばあちゃん、PTも組んでないのに……っ』


 クランからの脱退。

 もともと、ユーナが加盟したからこそ、従魔や眷属も連動し、クランへ加盟していたのだ。それが失われた。

 この事実によってユーナの死が確定し、地狼アルタクス不死鳥幼生アデライールへの連絡手段は今、完全に途絶していた。

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