表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
258/375

従魔使いとして


 王都の南門を飛び出し、街壁を少し西側に回ったところで、ようやく地狼は止まった。

 その背に顔を伏せ、しがみついていたのだが、そのあいだにも周囲からのざわめきがずっと聞こえていた。よく門番に呼び止められなかったものだ。ユーナは強く握りすぎていたために硬くなってしまった指先を、ゆっくりと開こうとした。すると、地狼は――草地の上に、ユーナを投げ出した。


「っ!」


 柔らかな草地だが、それでも体に衝撃は走る。

 受け身も取れずに、ユーナは息をひきつらせた。

 その時、苛立ちだけで染まっていた地狼の中に、隠しきれない悲しみが生まれ、ユーナに伝わる。それは明らかに、痛みだった。ユーナを引き離したことによって、自分自身がまた傷ついている。


 理不尽さを感じていた。何でって怒鳴ろうと思った。

 そんな気持ちが霧散する。


 だが、それを止めたのも、彼だった。


【怒れよ】


 吐き捨てたことばは、更に重なった。


【主に向かって何するんだって、怒れよ。勝手なことをするな、従えって言えばいいんだよ! 何でユーナは許すんだよ!?】

「怒らなくちゃいけないの?」


 自分の声音は、低かった。思ったよりも冷静でいられたようだ。

 相手がキレている時は、自分もヒートアップしてはいけない。黒に染まったまなざしを受け止めながら、ユーナは地狼の気持ちを量ろうとした。


 すべては、アデライールへのことばが原因だ。


 それだけははっきりとわかる。

 言いかけたことばも、地狼の行動も、きっかけは彼女だった。

 しかし、怒るようなことを言った覚えがまるでなかった。


【頭ごなしに命令されたら、おれたちだって従える。なのに……っ】


 何故。

 どうして、アルタクス(・・・・・)が悲しんでるの――?


 こんなことをされて、こんなことを言われて、つらいのは自分のほうではないか。


「何それ……意味わかんないんだけど!?」


 従魔シムレースだから、従わせなければならないということなのだろうか。

 それは……今まで培ってきたふたりの時間を全否定されたのと同じではないか。

 ユーナは思わず声を荒げた。


「許すって何のこと? アルタクスはわたしに命令されたかったの? 何で従わせなくちゃいけないの!?」

【おれたちが従魔シムレースだからだよ!】


 地狼が吠えた。

 空気がびりびりと震えるほどの咆哮は、ユーナをも震え上がらせた。


 何をあたりまえなことを。

 どこか泣きそうにも響くその声音に、ユーナはただ肯定を叫ぶことしかできなかった。


「そんなこと知ってるよ!?」

【わかってない! ユーナは知ってるだけだ。少しも解ろうとしてないじゃないか!】


 従魔シムレースを、理解する。

 その努力を怠ったつもりはなかった。


 従魔シムレースになったばかりの森狼幼生のころのアルタクスの振る舞いに困惑しながらも、アニマリートたちの教えを受けて歩み寄ることができた。

 森狼に成長したアルタクスと、従騎スキルを得て共に戦い……従魔召喚シムレース・プロスクリスィだけではなく、融合召喚ウィンクルムまで得られた。自分の身体が思い通りに動かないもどかしさが、共鳴を得ることで多少なりとも解消され、文字通り心を通わせることができるようになった。

 地狼となった彼は、その力のすべてを以て自身の希望に応えてきてくれた。ことばにならない願いを読み取り、共に戦ってくれた。

 現実時間リアルタイムなら半月と経っていないのに、幻界で過ごした季節は春夏秋と移り変わり、今冬に近づいている。

 ここまで過ごした時間の中で、共に在ることを喜んでくれていると、ずっとそう思ってきたのに……。


【ずっと……ずっと、一緒にいたのに】


 その声は、自分のものだと聞き間違えそうなほどに、せつなく脳裏に響いた。


【ユーナは、おれと戦うことよりも、おれがただ傍にいることを喜んでる。何もしなくても、それでいいって】


 最初、触ろうとすれば逃げていたのに、今はふとした折にその尻尾が身体を撫でてくる。躊躇うことなく背に乗せて、駆けることが楽しいと言わんばかりに意思確認など殆どされたことがない。

 手を伸ばせば首筋を抱きしめられるようになったのはいつからだろう。もう嫌がられないとわかってから、その心地よさを堪能するようになった。大きなぬいぐるみよりも、あたたかくて気持ち良いのだ。

 大きくなってからは、アルタクスを枕に眠るのは好きだった。寝具のように腹に身を横たえて、その毛並みに頬を寄せて、肌触りの心地よさに水精(ヴァルナ―)へ心から感謝しながら眠った。

 傍を離れる気がないと、いつもいつも伝えてくる地狼に、くすぐったく思いながらもうれしかった。


「どこがダメなの!? 一緒にいてうれしいって、そんなにダメなの!!?」

【そうやってさ、従魔シムレースを否定するなよ……っ】


 アルタクスの気持ちがごちゃごちゃになっているのが、よくわかる。

 苛立ちが、喜びが、怒りが、悲しみが。

 まっすぐに向けられる好意の中に、全部、混ざっていた。


従魔(おれたち)はな、力を求められてこそ、主の役に立ってるって……主のために在るんだってわかるんだ。従魔(シムレース)であることを誇りに思えるんだよ。何もしなくていいとか、力がなくってもかまわないとか、一緒にいるだけでいいって、そんなの従魔シムレース失格で、単なる役立たずだろうがっ! どうでもいい、おまえなんか使えないって言われてるのと同じなんだよ!】


 考えたこともなかった。

 叩きつけられたことばに、ユーナの思考が停止する。

 頭に浮かぶことばは、一面の否定しかなかった。

 瞼が熱くなる。胸が痛い。急に体温が下がっていくようだった。鼻先が冷たく、指先までが凍えて。

 ユーナは頭を横に振った。ゆっくりと、繰り返し。


「違う……違うよ……?」

【知ってる。そんなつもりはないんだよな】


 弱い否定は、一瞬で肯定された。


【どんな形でいいんだ。おれも、アークエルドも、アデライールも、それでもユーナと一緒にいたいことに変わりはないよ。どんな従魔(シムレース)でも最初は弱いから、戦い続けて強くなれば、ユーナはいつか従魔シムレースとしてのおれたちを認めてくれると信じてた。実際、アデライールが来るまでは、認めてくれてるんだって思いたかったんだ。

 でも、違ってた。

 おれがユーナの従魔になりたがった時と、何も変わらない。ユーナの傍にいたいって思うのはおれだけで、他のふたりにはもっとひどいよ。アークエルドには好きにしていいって言って放逐しようとするし、アデライールに対しては――おまえなんか喚ばない、その力なんて要らない、ただずっとそこにいろってさ……何なんだよ、それ……何も変わってないだろ! ばあちゃんだったころに大神殿で閉じ込められてた生活と、どう違うんだよ!? 死ぬことやめて、ユーナの従魔になった不死鳥幼生(アデライール)の過去だけじゃなくて、これから気が遠くなるくらい長い未来まで否定してさ。

 おれたちっていったい何なんだよ!?】


 視界がにじむのは、何のためかさっぱりわからなかった。

 俯いて、両手で顔を覆う。光が遮られる。何も見えない。何も見たくない。

 口から嗚咽が漏れた。泣きたくない。泣いてるのは自分じゃないし、泣いていいのも自分じゃない。口を閉じただけなのに、誤って唇を噛む。ピリッと痛んで、血の味がした。情けなさ過ぎて、本当に、もう……消えてしまいたかった。


 違うの。

 違うよ。

 違うんだってば。


 繰り返す否定が、どれも空しくて。


【もっとおれたちを……おれたちの力を欲しがれよ、ユーナ……】


 とても、とても大事にしていたつもりだった。

 本当につもりでしかなかった。

 互いに、信頼を築き上げてきたと思っていたのに。

 今までの時間が全部砕けて、バラバラになったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ