届かぬ想い
不死鳥幼生は語った。
かつて。
『聖なる炎の御使い』と呼ばれるようになる、前のこと。
従魔の印章を無理に切り離し、王城の護りの要としたことがあった。
結界の礎となった不死鳥の力は、王都ごと王家を守り通し……今もなお、王家を守り続けている。そう信じ、その後どう扱われたのか、彼女自身は知らないまま、時は流れた。
しかし、彼女が自身の宝珠と再会したのは、王家の霊廟であった。
白幻をも看破する能力。
不死王にその力があるのなら、フォルティスだけではなく、ソレアードもまた、最初から『聖なる炎の御使い』の姿を見つけ、異なる形で戦端が開かれていたに違いない。
不死鳥の宝珠がなければ、不死王フォルティスも、双子姫も、『聖なる炎の御使い』の姿に気づくことはなかったのである。
「今のルーキスとオルトゥスを、フォルティス王に会わせてあげたいっていうのは……わかるんだけど、墓荒らしはできないよ」
ユーナはかぶりを横に振った。それがどのような経緯で不死王フォルティスの手に辿りついたにせよ、ただ彼に会うのではなく、副葬品たるものを奪うとなれば……墓室に入らねばならない。不死王フォルティスは、扉を開けば戦いとなると言っていた。それは、恩人ともいうべき相手に弓を引く行為だ。
「墓を荒らすつもりはないぞ。フォルティス王ならば、話せばわかるはずじゃ。もともと我が力なれば、ただ取り戻すだけのこと」
軽く言い切る幼女は、不死鳥の名の如く神々しくさえ見えた。どれほど幼くとも、中身は国の始まりより以前から存在する幻獣である。
しかし、ユーナはもう知っている。幻界のクエストの流れとして、ここで戦闘が行われないはずがないのだ。だからこそ、彼女のことばにはただ顔をしかめた。
「不死鳥の宝珠があれば、従魔召喚だけではなく、融合召喚も可能となる。とすれば、主にとっても悪い話ではあるまい?」
何を言っているのかと、思った。
「そんなこと、聞きたくない」と、怒鳴りたかった。
その衝動をこらえるように、ユーナは唇を噛む。
森狼王の牙が、胸元で揺れた。
――融合召喚はテイマーズギルドでも使えるものが限られる、特別なスキルなの。召喚スキルを有する従魔使いが、心通わせる従魔からすべてを委ねられ、その種族の最上位にあたる契約触媒を使う。ここまでしてようやく得られるスキル……。
遠き日、アニマリートが語った融合召喚は、絆の形だった。
おぼえている。
アニマリートたちの前で、まだ森狼だったアルタクスに尋ねた。
互いに強さを追い求め、共に在ることを望み……力は暴走した。
心を伝える術を得て、ようやく融合召喚を使えるようになったものの、従魔に多大な負担を掛けていることに変わりはない。
アークエルドの時もそうだった。
不死王ソレアードとの戦いの真っ只中。
不死王フォルティスが作り出してくれた短い時間に、不死伯爵とことばを交わした。
ただ、勝ちたかった。
クエストの流れが死を語るからこそ、逆らいたかった。
すべてを望んだ自分に、彼は迷わず応えてくれた。
従魔使いとして、これほど従魔に恵まれている主はいないと思う。
今もまた、不死鳥幼生は、ユーナへと手を差し伸べてくれているのだ。それはとてもうれしくて――腹立たしかった。
強くなりたいだろう?と問われれば、答えなんて決まっている。自分だってゲーマーで、プレイヤーのひとりだ。
でも、ただ強くなるだけでは、もうダメなのだ。
召喚契約は所詮形なのだと、どう言えばわかってもらえるのだろう。融合召喚ができれば、アデライールと心を通わせたことになるわけではない。現に今、ユーナの苛立ちは、アデライールに伝わっていないのだから。
ユーナは席を立った。
微笑む彼女は、自分の動きをその金のまなざしで追っている。そこには期待があって、そう思ってもらえる自分がうれしかった。
一緒にいたいと思ったのは、本当なんだよ。
しわくちゃのおばあちゃんが、不死鳥幼生になっちゃったのには驚いたけど。
ちっちゃな女の子に変わっても、こうやって一緒にいてくれることが……ただそれだけでいいってことが、何でわかってもらえないのかなあ。
ちゃんとテーブルに届くように作られた椅子の上。
愛らしい幼女の手と頬に触れると、金色が喜びに煌いた。あたたかさとうれしさがユーナの中にも満ちて、口元が綻ぶ。
だから、身をかがめて、そのまま抱きしめた。
傷つけてしまうかもしれない。
そう、わかっていても、それでも言わなければと思った。
何も言わなければ、何も伝わらないのだから。解ってほしいなら、解ってもらえるまで、話さないと。
「ねえ、わたしを守るのためなら、不死鳥の宝珠なんて要らないよ?」
びくりと、抱きしめた体が震えた。
やわらかな小さな手が、ユーナを引きはがすように動く。
ユーナは抗わなかった。
離れた体。交わされた金と紫。
幼女の表情が歪んでいる。
今まで見たことのない、傷ついた顔がそこにあった。
だから、ことばを続けた。
「奪い取った触媒で絆なんて結べないし、そんなのそもそも絆なんかじゃないってば」
吐き捨てるような言い方になったのは、力でアークエルドを求めようとしたソレアードのことが脳裏を過ぎったからだ。
何一つ、ひとの心の中であたりまえのことなどありえない。そう思えるとしたら、そこまでの積み重ねと、互いを認め合える今の時間を、未来に続けたい気持ちがあるからだ。そしてそれは、どちらか一方だけが持っていても伝わらない……信頼の結果だった。
「……アデライールがここにいてくれたら、わたしはそれでいいの。
ルーキスとオルトゥスをフォルティス王に会わせるのは大賛成だから、ね、従魔召喚のほうは、他の手を考えよう?」
ユーナなりに、ことばを選んだつもりだった。
だが、彼女はまっすぐに心を向けてくれる地狼と、自身が初心者のころから知っている不死伯爵しか、従魔を知らない。
だからこそ、次のアデライールの反応に、ごく普通の対応しかできなかった。
幼女は、一瞬で表情を切り替えた。
すとんと喜びを取り落とした顔が、まるで仮面をかぶるかのように笑みを象る。
「そうか、わかった。主にとって良いようにしよう」
「――ありがとう、アデラ」
もう一度手を握り、ユーナは感謝を伝えた。わかってもらえたと思った。
うむ、と不死鳥幼生は頷き返し、次いで、交易商に尋ねた。
「王家の霊廟に、再度入るための許可が欲しいのじゃが……何とかなるかのぅ?」
「ファーラス男爵経由、でしたらおそらくステファノス王子にお目通りが叶うでしょう。カードル伯にご足労いただければ、確実かと」
その発言を受け、不死伯爵は頷いた。そして、気遣うようにアデライールを見る。
「……急いだほうがよろしいか?」
「できれば、邪魔はされたくないのぅ」
交易商は、テーブルに置いた短剣を道具袋に片づけ、席を立った。そして傍らに立てかけていた大ぶりの斧を握り、肩に担ぐ。同じように不死伯爵もまた、どこからともなく薄手のマントを出して羽織る。銀糸の外套を覆い隠すようなもので、フードまでついていた。
「え、マールトだよね? それなら……」
「いや、今、主殿はここから離れぬほうが良い。私はアルテア殿と話をしたら戻る故、心配いらぬ」
一緒に行こうとしたユーナを押しとどめるように言い、不死伯爵は月色のまなざしを和らげた。擬装のまま、行く気のようだ。
「私は、ステファノス王子に面会を申し込むところまでは済ませてまいります。何かありましたら、クランチャットで」
「ああ、わかった」
さすが商人、行動が早い。紅蓮の魔術師に断りを入れると不死伯爵を伴い、そのまま一角獣の酒場を出て行った。
隣席が空いたせいか、不死鳥幼生は、椅子から降りる。
「ほほ、少し上の様子を見てくるとしようかの」
楽しげに言い、軽い足音を立てて階段のほうへ向かう。アデライールならいいか、とユーナはそのまま見送った。
【ユーナ】
地狼が、自身を呼ぶ。
その声音が呆れ返っているように聞こえて、ユーナは首を傾げた。伏せていたアルタクスが、頭を上げてこちらを見ている。
『よいのじゃ、アルタクス』
PTチャット越しに応えたのは、今しがた上に姿を消したアデライールである。何の話かさっぱりわからない。不満げに鼻を鳴らし、地狼は再び床に伏せた。
「アルタクス?」
【アデライールがいいなら……いい】
少しも納得していない。共鳴で伝わる心には理不尽さすらも感じるのに、地狼はそれ以上、口を開かなかった。
ユーナは、自分が何か失敗したのだと気づいた。しかし何がまずかったのかは……沈黙の中では、わからないままだった。
あとでアデライールに、もう一度訊いてみよう。
そう思いながら、伏せたままの地狼の背を撫でる。心地よさそうに目を細める地狼が、とても可愛いと思った。
 




