表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
253/375

あちらとこちらで


「エースータァ?」

「あら、わたくしとしたことが……ホホホホホ」


 青の神官(アシュア)の低い声音に、人形遣い(エスタトゥーア)は誤魔化すように口元に手をやり、白々しく笑ってみせた。交易商は正しく視線を逸らしている。と、ふと同じように、紅蓮の魔術師の仮面もが明後日に旅立っていると気づいた。


「かしこまりました、かぁさま!」

「かしこまりました、かーさま!」


 教わったばかりのお辞儀をまたもや披露しつつ、ルーキスとオルトゥスは微笑む。エスタトゥーアは「まぁぁぁっ!」と感極まったように声を上げた。


「とっても良い子たちですね、わたくしはうれしいですよ」


 良いお返事をしている娘たちを抱きしめると、エスタトゥーアはそそくさとユーナのほうへと歩み寄り……その耳元に、そっと囁いた。


「こちらへ」


 打って変わった真面目な指示――クランマスター(エスタトゥーア)のご指名である。

 ユーナはカクカクと頭を上下に動かし、相当びくつきながら階上へ向かうエスタトゥーアの背を追う。要するに、逆戻りである。当然の顔をしてついていこうとする従魔シムレースたちへ、エスタトゥーアは笑顔で振り向いた。


「取って喰べたりいたしませんよ。同じ屋根の下、わたくしとユーナさんで間違いなど起ころうはずもございませんし」

「アンタ、それ本気で言ってんの……?」


 深々と溜息をつくアシュアには、エスタトゥーアが余計な心配と混乱を避けるために従魔シムレースを置いていけと言っているのがわかるが、先ほどのやり取りのあとである。不安そうにしているユーナを見て、地狼も不死鳥幼生も納得しているようには見えない。渋々ながら腰を上げ、不死伯爵(カードル伯)へと視線を向けた。唯一、ユーナに付き従おうとしなかった彼だけは、素直に納得して頷く。


「私は構わぬが……」


 双子姫に対して、これほどまで愛情を注いで注いで注ぎ続けている人形遣い(エスタトゥーア)である。自身の主に対して「可愛い人形」と言っている以上、悪くするはずもない。青の神官(アシュア)が断りを入れてくるほどなのだから、余計に邪魔をする気は起こらなかった。

 ただ、他のふたりは違う。


【イヤだ】

「着せ替えでもするのなら、是非もないがのぅ。これでも女子おなごの端くれ故、同席したいものじゃが」


 完全に意固地になっている。エスタトゥーアは肩を竦め、「似たようなものですね」と呟いた。アシュアの手が、宙を舞う。そして、フレンドチャット(メール)着信の音が鳴り、ユーナの視界に手紙が広がった。


 ――サイズ、本気で測るんだけど、そのふたりいてもへーき?


 アシュアの文面(メール)に、ユーナは目を瞬かせた。その念押しに、ようやく悟る。

 幻界ヴェルト・ラーイで体防具を作成する際、着用する予定である旅行者プレイヤーのサイズは測らない。実際、ユーナが今着用している衣装も、どういう素材がよいかとは問われたが、身体のサイズは一切測っていないのだ。そもそも、幻界ヴェルト・ラーイの体防具は、最初に着用した者のサイズに変わる仕様になっている。服や鎧にしてみても、中古品であればこそ身体に合わせる必要があるが、新品であれば気にする必要がない。

 本気で(・・・)ということばに困惑し、ユーナはアシュアを見る。彼女は苦笑を漏らした。


「じゃあ、せめて女の子だけってことで。そこまでデリカシーなくはないわよね、アルタクス?」

「扉の前ならいいから、ね?」


 唸り始めた地狼にユーナが縋るように言うと、ようやくその声が止む。


【何かあったら喚んで】

 ――何もないってば……。


 半月離れた直後なので、相当気が立っている模様である。ユーナは宥めるように毛並みを撫でた。ルンルンとご機嫌なのは、幼女アデライールだ。


「ちょうどよい。我が主の冬服を仕立てねばと思っておったのじゃが、この際贅沢は言わぬ」


 かなり思考が跳んでいるようだが、今はまだ誰もそれを否定しなかった。

 エスタトゥーアの部屋へと向かう途中、この騒ぎの元凶がようやく姿を見せた。黒い短衣に黒の脚衣と、相変わらずの黒ずくめの剣士シリウスである。ちょうど、扉から出てきたところだった。


「あ、ユーナお前、携帯見なかっただろ!?」

「もういいって言ったのに、聞かないから……」


 ユーナを見るなりリアルトークを繰り広げながら身をかがめて詰め寄るシリウスに、ユーナは頬を膨らませてまっとうに文句を言い出す。地狼が唸ると同時にアシュアはユーナとシリウスのあいだに入り、シリウスの耳をつまんで引っ張った。


「コラ! アンタもちょっと状況考えて言いなさいよ……っ!」

「っ痛!」


 ちなみに、アシュアが割り込まなければ地狼が噛んでいたタイミングだ。ユーナはそれを察して、背筋が冷たくなった。共鳴がすべてを物語る。地狼アルタクスは本気である。


「ここでそれ以上のおしゃべりは禁物ですよ。さあ、まいりましょう」


 散々爆弾を投げたエスタトゥーアの微笑みを冷ややかに見返す親友に、ホホホと笑い声を上げつつ、先を急ぐクランマスターだった。アシュアは耳をつまんだまま、そこへ小声で言い放つ。


「おとなしく下に行ってなさい、いいわね?」

「――わかった……」


 返事を聞いてから、ようやくアシュアは耳を離した。フン、と地狼と神官が同時に鼻を鳴らす。そして彼女はユーナの肩を抱き、そのままエスタトゥーアのあとを追った。後ろから、幼女アデライールの声音が鈴の音のようにころころと楽しげに響く。


「ほほ、すっかり剣士殿も形無しじゃのぅ」


 そのあとに続いた「若い者は良いのぅ」を聞き、その場にいた者は全力で「今はアデライールが一番若い!」と内心ツッコミを入れていたのは言うまでもない。





 地狼は約束通り、扉の前に陣取った。

 そうして入ったエスタトゥーアの部屋は、ユーナの部屋と同じく木戸が閉ざされていた。魔力灯により部屋に明かりが灯り、ようやく周囲を見回せる。薬草ハーブの爽やかな匂いに満たされ、ユーナは森にいるような気分を味わった。

 が、逆にアシュアには耐えられなかったようだ。情け容赦なく木戸を開き、窓も開けて空気を入れ替える。外の光が微かに射し込み、そこだけが線を引いたように床を白く彩った。


「ちょっと臭いわよ、この部屋!」

「臭……」


 顔をしかめるエスタトゥーアは、とんとんと自身の額を指先で突っついた。


「まったく、あなたと話していると調子が狂います」

「地が出るだけでしょ」

「仲が良いのぅ」


 まあね、とアデライールのことばには微笑んで、アシュアはユーナに向き直る。

 その紺青のまなざしが、ユーナの頭から足先までを舐めるように眺めた。そして、軽く首を傾げる。


「――ちょっと、違うような?」

「な、何がですか?」


 尋ね返すユーナには答えず、アシュアは次いで不死鳥幼生アデライールの前に膝を折った。こうでもしないと、視線が合わないのだ。


「おばあちゃん、これから話すことはナイショよ。いい?」

「無論。我が主の悪いようにはせぬ」


 まるで宣誓をするように右手を上げ、それから命の聖印を刻んでみせる。それを見て、青の神官(アシュア)は大きく頷いた。


「なら、いいわね」

「では、ユーナさん……始めますよ?」


 エスタトゥーアは手近な柱の前に立った。そして、手招きをする。ユーナは柱の前に立たされ、背と踵を柱にくっつけて、顎を引いてしっかり立つように注意を受けた。エスタトゥーアはインク壺と羽ペンで、ユーナの身長をまず写し取り始める。そう……身体測定である。


「あの……」

「ユーナちゃんって、見た目リアルと変えてないって聞いたから」


 にっこりとアシュアが黒い微笑みを見せる。「へ?」とユーナの口元が引きつった。


「でも、何だかちょっと違う気がするのよねー。私もそんなに体格変えてないんだけど……うーん?」

「ユーナさんが成長されたのでは? わたくしたちはもう横にしか大きくなれませんし……それはさておき、少しゆとりをもって作っておきますね」

「うん、おねがい」


 またもや首を傾げながらユーナを見回すアシュアに、無情な現実を告げるエスタトゥーアである。ブーメランになってお互いにぐさぐさ刺さるような内容だ。青の神官(アシュア)もまた、ユーナと同じように引きつっている。それでも、エスタトゥーアの手元は止まらない。次々とメモリを打ち、柱に書き込みをしていくエスタトゥーアに、アシュアが頷いた。


「――何をです?」


 もう答えは分かっている。

 それでも、それでも、聞かずにはいられない。


 仲の良い親友同士、声を合わせ、笑顔でふたりは答えた。


『コスプレ衣装?』


 逃げ場は、もうどこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ