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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十一章 混迷のクロスオーバー
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あなたたちが、ここにいたら


 戦いは終わった……。

 延々と歌い続けること五時間。初めて歌うものでも大丈夫、友達は「練習ね、練習!」とお互いに受け入れてくれるものだ。男女問わずアイドル系の詩織のレパートリーと、結名の今流行の曲とネット系とゲーム系(一応アニメ映像系は外している)が交互に繰り広げられ、履歴はすごいことになっている。当分カラオケはいいかな、と思うほど、声も枯れかけて、ふたりはにこやかに会計を済ませた。少し早めに出たのがよかったようで、同じ時間帯にフリータイムを終える人も多く、まだまだ会計の列は途切れそうになかった。


「あー、楽しかった! また来ようね、結名ちゃん!」

「うん、思いっきりいろんなの歌えてよかったー!」


 詩織が会員なので、フリータイム料金が十%オフなのもうれしかった。フリードリンクがついているので、散々利用しまくり、おなかは相当ちゃぷちゃぷしている。それもご愛敬である。

 賑やかなロビーを後にし、出入り口の自動ドアをくぐる。と、そこには皓星が待っていた。そういえば、携帯電話を確認していなかったと今頃結名は気付く。その結名の袖を、詩織がぎゅっと握った。


「え、やだ、結名ちゃん、従兄さん来るならそう言ってよー!」

「た、ただのお迎えだから、いいかなって……」

「もー!」


 耐久カラオケで少し乱れた髪をささっと手櫛で梳き直す。その手早さに、結名は目を瞠った。これぞ女子力、詩織ちゃんカワイイと感動すらしていると、結名の腕を取り、皓星のもとへ引きずるように連れて行く。


「こんばんはー!」

「こんばんは。……渡辺さん?」

「あ、名前覚えててくれたんですね、うれしー!」

「制服じゃないとイメージ違うなあ」


 はしゃぐ詩織の声が、ワントーン高い。皓星は彼女を眺めつつ、なるほど、と何か頷いている。何がなるほどなんだろう。

 それには触れず、うれしそうに結名の腕をぎゅーっと抱きしめる詩織に、結名は帰り道を尋ねた。地下鉄で帰るらしいが、方向は真逆である。とりあえず駅までは一緒に、と連れ立って歩き始めた。


「結名、携帯また見てなかっただろ?」

「うん、ごめん」

「うわ、声ガラガラ……」


 顔をしかめる皓星に、照れ笑いで返す。ふたりだけで五時間耐久である。声も枯れる。すると、詩織が結名の腕を抱きしめたまま、皓星に尋ねた。


「皓星さんもお暇でしたら、今度ぜひご一緒に!」

「いや、オレはちょっと……」


 五時間カラオケするくらいなら幻界ヴェルト・ラーイに行きたい、と顔に書いて、ことばを濁す皓星を見て、結名は吹き出した。

 思ったよりもまだ夕闇の帳は降りていない。しかし、日中からぐっと冷え込み、やや肌寒さを感じさせる風が吹いていた。アーケードに入ると遮られるので少しマシになったが、長袖のシャツを着ていてよかったと思ったほどである。

 地下鉄の構内に入ると、詩織とはお別れである。またね、と名残惜しそうに手を振る彼女を見送り、反対側のホームへと向かう。


「結構待った?」

「時間聞いてたからな」


 地下鉄を待つあいだに、皓星が携帯電話をいじる。合流して帰っている旨の報告らしい。帰ればすぐ夕食にありつけそうだ。結名は嬉しそうに、指折り段取りを口にした。


「帰ったら、ご飯食べてー、お風呂入ってー、幻界ヴェルト・ラーイ行かなくちゃ」

「行くのはいいけど、今夜は早めに切り上げないと。明日は早めに出るから」

「招待チケットなのに?」

幻界ヴェルト・ラーイのブースで体験したかったら、整理券が別に要るんだよ」


 十時開場だが、招待チケットは九時半に入場が可能になる。整理券の配布も九時半から行われるそうだが、同じ招待チケットがどれほど配布されているかわからない。となれば、予め並んでおくに限るのである。

 「体験」と聞き、結名の表情が輝く。


「VR? ゲームショウでもできるの?」

「同じなら、家でやったほうがいいだろ。そうじゃなくて、会場で幻界ヴェルト・ラーイにいるみたいに遊べるっていう話だけど、どうかなあ」


 かなり半信半疑的に口にする皓星に、結名は首を傾げた。ゲームショウで幻界ヴェルト・ラーイにいるみたいに、というのがピンと来ない。

 地下鉄がホームに入ってくる。

 停車するまでに吹き抜ける、熱のこもった風を受けながら、結名は思い出していた。


 ――幻界ヴェルト・ラーイにいるなら。


 視線の高さと、ほぼ同じくらいに地狼アルタクスの頭があって、すぐに首筋に腕を回せる。毎日清めているので、漆黒の毛並みの触り心地はとても良い。手触りが気に入ったのか、不死鳥幼生アデライールはやけに地狼の背に乗りたがるようになった。ユーナがその背を撫でていると、地狼の尾が仕返しとばかりにふわりと身体を撫でるのだ。不死伯爵アークエルド地狼アルタクス不死鳥幼生アデライールのやりとりを聞きながら、肩を震わせて笑っていて……。


「結名?」


 地下鉄のドアが開く。

 まぼろしが消え、結名は慌てて足を踏み出した。休日の帰宅時間だからだろうか、車内はやや混み合っている。反対側のドア近くが空いていたので、そちらに身を寄せた。皓星は座席前のポールを掴み、結名の隣に立つ。


「どんなふうなのかなあ……楽しみだね」


 嬉しそうに、結名はうっとりと呟く。「そうだな」と皓星は短く返した。

 地下鉄のドアが閉まり、動き出す。結名は今頃気付いた。駅の構内に、巨大なパネルがあったのだ。幻界ヴェルト・ラーイが描かれた皇海ゲームショウの看板には……闘技場ドゥジオンで戦う旅行者プレイヤーたちと、ユーナがいつか戦った魔鳥(ルフ)が見えた、ような気がした。

 ほんの一瞬で、それらは遠く離れていってしまう。


「結名はさ。行くならやっぱり、そういう試遊(アトラクション)、したいよな?」


 地下鉄の轟音にかき消されないように、皓星は結名の耳元に頭を寄せて尋ねた。何を言っているのかと結名は怪訝そうに皓星を見て、目を瞠る。心底迷っているという表情があって、動揺した。


「え、何で? そのために行くんじゃないの?」

「オレたち遊んでくるから待ってるとか」

「無理!」


 全力で否定を叩きつけ、結名は不満げに唇を尖らせた。


「何で皓くんたち遊んでるのにわたしだけ待ってなきゃいけないの? ひどくない?」

「お前、自分がどういう目に遭ったか忘れてるだろ」

「もういないんだからだいじょうぶじゃないの?」

「あのなあ……」


 とげとげしく言い返していると、深々と溜息を吐かれた。そして、携帯電話を取り出し、結名に差し出す。皇海ゲームショウの幻界ヴェルト・ラーイについての記事だ。結名は携帯電話を受け取り、画面をスクロールさせて写真や文章を見た。『幻界ヴェルト・ラーイ内で着用している装備を』という部分で、ふと指先が止まる。


「誰なのかが一発でバレる気がしてさ。……結名の場合?」


 エスタトゥーア謹製の白の装備には、紫の刺繍が施されている。マルドギールも赤の宝玉が飾られているため、ユーナをよく見知っている者なら気付く可能性はある。何よりも。


「これって、従魔シムレースも映るのかなぁ……」


 地狼アルタクスたちがいたなら。

 それは先ほど見た、夢の形でもあった。


 逆にそれを聞いて、皓星は結名の手から携帯電話を奪い取った。すぐさまフリックして、何か検索し始める。次々とウィンドウを開いたり、スクロールをしたりしている。次の駅に着き、地下鉄は緩やかに停車した。反対側のドアが開くため、結名たちはそのまま動かずに済む。再びドアが閉まり、地下鉄は動き始めた。結名たちが下りる駅の案内が流れたころ、ようやく皓星は口を開く。


「特に、今日行った連中も、そんなコメントはしてないな」

「……そっかぁ……」


 残念だなと思いながら、結名は呟いた。

 ある意味当然なのだ。従魔シムレースは装備ではないのだから、映るはずがない。自分の装備だけが映るのなら、ユーナにとって最も印象深い彼らがいないのなら……特に、意識されないのではなかろうかと、結名は安易に考えた。従魔(シムレース)の存在のほうが、従魔使い(ユーナ)よりもよほど目立っていたはずだ。

 それは安堵すべきことだったが、少し寂しいことでもあった。


「んー、短槍マルドギールとか、装備がどれくらい精密に映されるか、だよなあ……。いっそ、装備変えておくのもありだとは思うんだけど、ユーナって他の使えないよな?」

「うん、予備のもないし……」

「だよなあ」


 結名は自分の携帯電話で検索を掛けた。皇海ゲームショウ……幻界ヴェルト・ラーイ……すると、そこには神官服を着たコンパニオンの画像が映し出された。


「皓くん、コレ!」

「ん?」

「いつもの恰好じゃなかったら、わたしってわかんないんじゃない? それなら、コスプレしちゃうのとかよくない?」


 皓星の表情が引きつる。そして、視線を少し泳がせて、彼は口を開いた。


「いや、その、さすがにそういう仮装(コスプレ)までは考えてなかったんだけど……髪型ちょっといじるとか、普段、着ないような服装させるとか、そんなレベルの……」

「柊子さんみたいに?」

「あー、そっか。先輩はあれが仮装だよな。あれならオレたち以外にはわからないだろうから、先輩はいいか」

「今から何かコスプレできないかなあ……」

「結名、マジで言ってんの?」

「だって、わたしってバレなきゃいいんでしょ?」


 ゲームショウなのだから、ゲームに関係するものなら大丈夫なはずだ。

 結名は「コスプレ」で検索を掛け……その表情が強張る。肌色の多い、殆ど水着のような服装の女性陣がずらずらと画面に表示された。もちろん、どのひともとても豊満な胸元を強調されている。


「――無理」


 わずか数十秒で、結名は断念した。横からその画面を見て、皓星は首を傾げた。


「いや、今から準備するのが難しいってだけで、無理ってことはないだろうけどさー」

「無理、こんな格好できないよぉ……」

「いやいや、そんなにすぐあきらめるなって」


 同じわずか数十秒で、皓星は妙に大乗り気である。何故かどこかへ流れ星(メッセージ)を打ち始めた。


「どうにかなるかもしれないだろ? 聞いてみるからさ」


 誰に? 何を?

 結名の疑問は放置したまま、皓星は誰かと流れ星(メッセージ)のやり取りを交わしている。

 結名は再び自身の携帯電話の画面に視線を落とした。とても、綺麗な女性ばかりが並んでいる。この姿のまま出歩くだけで勇者だと思った。ふと、これだけ写真があるということは、撮影しているひとたちもたくさんいるのではないか?とようやく思い至り……結名の表情が蒼白になる。


「き、訊かなくていいから、ね、もうやめたから、お願い! 撮られたら困るし!」

「撮影? ああ、大丈夫だよ。ほら、撮影エリアじゃないとできないから。そっち行かなきゃいいだろ」


 そういう問題だろうか。機嫌よく答える皓星のことばに安堵しきれない結名は、まなざしを揺らした。

 あらゆる意味で、明日、と思うだけで、今夜は眠れなくなりそうだった。

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