鏡
――五月二日から始まった「皇海ゲームショウ」では、国内外から七百を超える企業・団体が出展し、過去最多となっている。最新のゲームが集まる本ゲームショウでは、特に、VRをARで体験できるゾーンが目を惹く。
βテストから話題沸騰の「幻界」は今回驚きの初出展であり、専用の闘技場ステージだけではなく、そこに至るブース前から「幻界」へと変えてしまった。本来、虹彩認証と声紋認証の両方でログインできる本作だが、マールトの門番が立つ正門前に設置されたカメラが個別認証を自動的に行い、幻界内で着用している装備を纏った現実の旅行者の姿を、通路のスクリーンに映し出すという。あくまで、映し出されるのは鏡のような自分だが、服装のみが幻界仕様になるというものだ。このカメラによる個別認証ができなかった場合や、幻界にアカウントのない来場者には、ランダムで幻界内で取得できるアルカロット産の装備を着用した姿が映し出される。現実の自分が、まるで「命の神の祝福を受けし者」になったような気分で闘技場に進む……。
さすがにマンションのエントランスで長話はできないと、近くのコーヒーショップへとふたりは場所を移した。ややアーケード街から離れていることもあり、店内は広く、特にソファ席の一角がそこそこに離れて設置されている。セルフサービスのチェーン店なので、注文はお任せをという拓海に席取りのほうを頼まれた皓星はそこを陣取った。ぎりぎり昼食時という時間帯だったこともあり、空いていて助かった。
入り口にあるカウンター側から見つけやすいように、皓星は奥のほうのソファへと腰を下ろし、幻界の記事を一読し……深々と溜息をついた。そして視線を上げると、拓海がちょうどアイスコーヒーのカップを二つ、持ってきたところだった。
「ヤバいんじゃないか?」
「ですよね」
アルカロット産だけではなく、エスタトゥーア謹製の生産品を着用しているため、一角獣の面々はかなり特徴的な装備をしている。一目で誰だとわかってしまうだろう。特に仮面の魔術師。
拓海は皓星の向かい側へと腰を落とし、テーブルにカップを並べた。財布を出そうとした皓星に、かぶりを振る。
「お昼、ごちそうになりましたから。お気になさらず」
そのひとことに、礼を言ってコーヒーを受け取る。既にストローが突き刺さっていたので、そのまま一口飲み、喉を潤した。苦さがより一層強く感じられる。
「とりあえず、今夜ログアウトする時、身バレしないような装備を着るか、もしくはサングラスでも掛けて行くか、でしょうか。闘技場での戦闘イベントに参加したいなら、ある程度の装備を身に着けておく必要がありますけど」
「闘技場か……まあ、オレはバレてもいいんだけど、結名とか、先輩だよなあ」
黒装備など、その辺にいくらでもいるので大して目立たないシリウスである。まさかエスタトゥーア謹製の特徴を把握している者もいないだろう。むしろ、炎の短槍や白銀の法杖のほうがよほど目立つ。あの二つがあれば、その周囲にいる者が誰なのかまで想像がつくだろう。
拓海は表情を険しくし、頷く。
「あと、姐さんが何枚か、余分にチケット持っていきましたから……その方々が幻界関係者なら、注意しておいたほうがいいですよね」
「ああ。エスタトゥーアに二枚渡して、残りはペルソナとセルヴァって言ってたけど?」
さらっと情報開示する皓星のことばに、拓海は思わず声を上げた。
「――え? って、あのひとたち、皇海市にいるんですか!?」
「あ、やべ……。まあ、ここかどうかは知らないけど、来るってさ」
知らなかったって顔しろよ?と念押しする皓星は、あっさりと事情を説明する。すべては結名のためだ。各種皓星の相談役になっている柊子は、結名本人には話していないが、もちろん土屋の一件も把握している。そのため、何かあった時のために弾避けを、というのと、喜ばせてあげたいじゃない?という確信犯めいた考えの下、誰を招いたのかを皓星には伝えていたのだ。もちろん、昨夜の話である。それまでそのような余裕は皆無だったのだから、殆ど直前での大暴露だ。ちなみに、エスタトゥーアたちにはその旨を知らせていないそうなので、明日の衝撃は如何ばかりかと楽しみにしている。
「そんな……現実なあのひとたちが、まともとは限らないんじゃ……」
「別に、リアルじゃなくったって人形狂と放火魔と爆弾魔がまともだとは思わないけど、先輩が会わせてもいいって思ったんだから、大丈夫だろ」
判断材料は柊子である。
彼女の感覚が、信用していいと告げるのであれば、皓星に否やはない。
それはβ時代から今に至るまでの付き合い故の、信頼だった。
不安げに呟く拓海を一蹴し、皓星は柊子から注意してもらうように伝えておくと続けた。そして、闘技場のアトラクション詳細を検索すべく、画面をタップする。
「装備しか使えないってことだよなあ。アイテムは一切ダメ、と……」
「セルヴァさんは弓のみってことですよね」
「だなあ」
ゲームショウで爆弾魔を現実にされると困るので、それはそれで問題ない気がする。
だが、実際には手に持っていない武器を使って戦うことなど、できるのだろうか。
皓星の疑問に、闘技場を体験した記事が答えていた。
――闘技場のアトラクションでは、ペンライト型の端末機を一人に一台貸与される。アリーナでは各種装備が立体映像によって旅行者と重なり、実際に立体映像の対戦相手と戦えるのである。正面の巨大スクリーンには、その戦闘が幻界さながら映し出されるのだ。端末機付属の音声マイクにより、術式ももちろん使用可能! 腕に自信がある旅行者はぜひ、挑戦してもらいたい!!
「マジ闘技場……」
そこに載っていた写真には、まさに闘技場のアリーナを思い出させるような戦闘風景があり……まさかの賭け札までが物販として販売されているのだから恐れ入る。対戦直前まで販売、勝利した場合にはシリアルコードを公式サイトに登録すれば、銀一枚として道具袋に直接送付してくれるようだ。一人五枚までしか購入できないという制限はあるが、公式RMTではないか。
テーブルの上に投げ出した画面を見て、拓海は表情を綻ばせた。
「あ、この賭け札、ほしいですよね。その場で焼き印っぽく3Dプリンターで実際の対戦内容を印刷してくれるそうですよ!」
「自分の札、買えるのか? これ」
試合終了後でも賭け札は購入可能だそうだが、その場合は幻界内で換金できない。考えたものである。
「――なあ」
「はい?」
「これ、結名とか先輩にさ『危ないからやめとけ』って言って……アトラクション参加、我慢させられると思うか?」
拓海は口を噤んだ。
そして、そっと視線を逸らす。
皓星はフーッと息を吐いた。
「仮装でもさせるか……?」
交易商と剣士は本人たちの希望を想定しながら蔑ろにしつつ、真面目に考え込んでいた。




