閑話 新しい仲間と、戻ってきた聖女
打ち上げられた魔力光の合間を抜け、微かな朱金を散らせながら、主の元へと滑るように舞い降りる。夕闇に沈んだ東門の前で、ユーナは慌てて腰にマルドギールを戻し、両腕を広げて彼女を迎え入れた。
不死鳥幼生の姿が揺らぐ。幼い身体が、重力に従ってユーナの胸へと落ちてきた。
「おかえり、アデラ。ありがとね、お疲れさま」
しっかりと腕を首筋に回し、抱き上げる腕に身を任せ、アデライールは微笑む。
「うむ。地小鬼は去った。こちらも片付いたようじゃな」
そのまなざしが、周囲を見回す。
魔力光に照らされた範囲に魔物の姿はなく、東門の外に散っていた旅行者も戻ったようで、そこかしこで談笑していた。安全を確認次第、聖騎士隊の厚意でわずかな時間だけ東門を開けてもらえるということになっているため、その時を待っているのだ。
ユーナからそのあたりの事情をふむふむと聞いていたアデライールを、そっと背後から脇に手を入れて不死伯爵が抱き上げる。
「おばばさまはこちらへ」
「おお、では頼むとしよう」
いつか、骸骨執事に抱かれていた時のように、不死伯爵にお姫様抱っこされている。アデライールは、ほほ、と笑った。槍のスキルマスタリーのおかげでほんの少し筋力にボーナスが付き始めたユーナだったが、この配慮はありがたかった。体力自然回復促進系のスキルマスタリーがないので、あのままだと疲労度が回復しないのである。赤い瞳の不死伯爵であれば、今の不死鳥幼生を抱いていても、まったく影響はなさそうだった。
「あれ? やっぱりばあさん戻ってるよな……」
いつもの剣士姿ながら、ややあちこちに傷が走っているシリウスがユーナの傍に近寄り、アデライールを見つけて不思議そうに声をかけた。ユーナはアデライールとシリウスを交互に見て、首を傾げる。
「うん、さっき降りてきたじゃない?」
「あー、それが見えなかったからさ。アイコンは近くにあるのに姿は見えずで」
「ほほ、聖騎士に絡まれるのは面倒での。今も白幻を掛けておるのじゃよ。そなたらも、このような幼子をどこで拾ったかと詰問されれば困るであろう?」
自覚はあるようで、幼子はにこやかに答えた。確かに、不死鳥幼生の本来の姿も今の姿も、問答無用に目立つ。周りの視線を意識してみると、他の旅行者たちもまた、彼女を注視するのではなく、地狼や不死伯爵のほうを見ていた。アデライールの幻術は有効に働いているようだ。
『シリウス、わたくしを下ろしていただけませんか?』
『いいけど、もうすぐ東門、開くんじゃないか?』
『かーさま、ルーキスが受け止めますから、だいじょうぶです!』
『かぁさま、オルトゥスも受け止めますから、だいじょうぶです!』
『ちょっと待て今すぐ行くから!』
クランチャットで聞こえるエスタトゥーアの声に、双子姫たちがはしゃいでいる。シリウスは踵を返し、やや北よりの街壁に向かって駆け出した。ユーナは苦笑した。確かに、双子姫の膂力では、抱きとめると同時にエスタトゥーアを潰しかねない。
すぐ傍で地犀の突進を抑えつけた自動人形の動きに合わせ、自動人形はその喉を掻き切ったのを目撃し、戦慄したのはつい先ほどのことだ。
立派な前衛だが、中身は三歳+闇の中で二十年の子どもである。特に力加減が難しいようで、双子姫でなければ連携は取れない。危なくて、タゲ取りを交替することすらできなかったのだ。それでも上手く動けていたのは、エスタトゥーアの魔曲によって支援を受けられていたおかげだろう。当分、目が離せない存在である。
「良い器と……母を得られたようじゃの」
「ええ。できる限り人として扱いたいと、人形遣いは申しておりました」
不死鳥幼生と不死伯爵が交わすことばに、ユーナはふと、自ら作り出したにもかかわらず、自動人形を最後まで人とは認めなかった人形師と、認められなかった故に自己を破壊しようとした自動人形を思い出す。双子姫もまた、いつか、人ではないことに嘆く日が来るのだろうか。
「あれ? 不死鳥幼生ってどこだよ?」
「え、カードル伯、その子どうしたんですか? まさか隠し子!?」
シリウスと同じように、気になったのだろう。東門からやや離れた位置で、眠る現実のメインPTと共闘していたフィニア・フィニスとセルウスが連れ立ってやってきた。盾士の問いかけに、異様にびくりと不死伯爵が身を震わせる。
「お母さん似なんですかね? 将来に期待……アデライール?」
セルウスは幼子を注視し、その頭上の名に、ようやく気付いたようだ。金のまなざしを細め、にんまりとアデライールは笑む。
「ほほ、アークエルドが父か。それはいい」
「え、セルウス、アデラは守備範囲外?」
幼女が好みだと思っていたので、少し危惧していたのだが……セルウスはむしろ恐れおののくように、今は幼子を見ている。だが、ユーナの質問に、盾士は打って変わって彼女を睨みつけ、断言した。
「何言ってるんだよ。僕の守備範囲は姫限定! 第二次性徴が始まる前でありながら、そこはかとなく凛とした女の子らしさが微かに漂う、この得難い運命のタイミングをだな……」
「オマエが言ってることのほうがよくわかんないけど、まあいいや」
ユーナにも、フィニア・フィニスのどのあたりが女の子らしいのかが、さっぱりわからなかった。むしろ男らしいところだらけなのだが、見解の相違である。
どうやら従魔たちにもよくわからない気持ちが伝わったようで、生ぬるいまなざしがセルウスに向けられていた。正しい判断である。
このふたりが戻ってきたということは、眠る現実のクランマスターも引き上げているはずだ。ホルドルディール戦ではしてやられた感があった重戦士ラスティンだが、今回の件でかなり見直しているユーナである。交渉の取っ掛かりはシャンレンが担当したのだが、ラスティンは本当に、今回の働きについて何の対価も要求しなかったと聞いている。シャンレンの物言いがよかったのか、ラスティン自身に思うところがあるのかはわからないが、意外といえば意外である。
東門外側の一角には、今も人だかりができている。
神官はそこで未だに怪我人の治療に励んでおり、となりにはMP回復役としてエセ神官見習いが寄り添っていた。時折、雷の魔女は「はぁ? こんなのほっといてもすぐ治るでしょうが! ちょっと、タダだからって甘えるんなら覚悟はできてるんでしょうね!?」と、まさに雷を落としていた。意図的にアシュアとのコネづくりを考えて並んでいるような輩は追っ払い始めたようだ。その物言いに反論が来る前に、交易商が愛想よくHP回復促進薬を配り始め、場を収めていく。行き場のない気持ちになりながらも、ポーションで回復が事足りるような者はそれ以上その場にとどまらなかった。
役目を取られたように、手持ち無沙汰に仮面の魔術師と弓手も傍にいる。過剰火力すぎるが、立派な護衛である。
「おいおい、我らが聖女さまをこき使わないでくれよ?」
更に、『眠る現実』のラスティンの登場で、蜘蛛の子を散らすようにだらだらと並んでいた面々がばらけていく。最初のほうで治療していた面々以外に重傷者はおらず、「手を貸してくれてありがとう」というつもりで軽い癒しをかけていたアシュアは天を仰いだ。
「誰が聖女さまよ……」
「よかったな、出てこられて」
掛け値なしの本心、という声音で言われ、アシュアはラスティンを見る。真剣な色合いは一瞬で、すぐにそれは笑みを象った。
「一角獣の酒場だって? 早く開店させてもらわないと困るんだよな。傭兵業してくれるんなら、アシュアはもちろん、眠る現実の専属で――」
「ラスティン、レベル三十以上でしょ? 一日当たりレベル×銀、もらうけど大丈夫?」
「レベル×銀!?」
ざっくり計算で銀三十以上、大銀貨にして三枚を越える。
ちなみに、レベルに応じて対象は異なるという仕組みを予定しており、レベル二十以上で小銀貨×、レベル十以上で大銅貨×である。
「同行するメンバーの一番レベルが高い人に合わせるんですって」
「えげつないな、交易商」
「うん、私もそれは否定しないわ」
意図的にレベルが低い者で傭兵を雇いに行っても、支払いは前金で半額、後払いで半額である。不足分は後払いに徴収すればいいと、交易商は一角獣の酒場での傭兵業について、クラン結成の夜に語っていた。
アシュアの返答に、ラスティンは既に、完全に笑みが引きつっている。
そこへ、青の神官は微笑み返す。
「助かったわ。ありがと」
「――そのうち、雇うから」
「ふふ、楽しみにしておくわね」
単純な感謝を向けると、ラスティンは追い打ちをかけられたように肩を落とした。そして、アシュアの楽しそうな声音にぱたぱた手を振りながら、踵を返す。
そこへ、ちょうどHP回復促進薬を配り終えた交易商と出くわした。
「ラスティン、今回は本当に……」
「もう礼は聞いたからいい。それよりも、そっちのクランマスターにあいさつしたいんだが?」
「ああ、そうですね。今あちらに」
シャンレンが向いた先では、娘ふたりに手を握られた人形遣いが、白髪を乱しながらこちらへ走ってきていた。その後ろから剣士と舞姫がのんびりと歩いている。
ラスティンの目の色が変わる。
「ちょっ、お前んとこおかしくないか!? 何でこんなに粒ぞろいなんだ!!?」
「……えーっと、クランマスターの人徳と申しましょうか」
「何でうち、野郎の比率高いんだ……」
廃人クランだからでしょう?とはさすがにシャンレンも言わなかった。
愛想よく営業スマイルを浮かべ、「眠る現実は大人気のクランですから、これからどんどん女性も加入しますよ」と慰めておいた。
しょぼくれる巨体の向こうで、青の神官が背伸びをしている。そこへ、自然と一角獣のメンバーが集まり始める。その様子を見て安堵する自分に、交易商はようやく、取り戻せたという実感を得たのだった。




