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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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閑話 人形遣いと双子姫 ~繋がれた命~


 交易商シャンレンは、見た目には小さめのポーチに見える道具袋インベントリを二つ差し出して、笑顔で「金一枚分くらいですね」と借金の加算を宣言した。どちらの道具袋インベントリにも、大量の素材が詰まっている。エスタトゥーアはとりあえず、娘たちの武器の製作ついでに作った武器を即、手渡した。金一枚の前には焼け石に水だが、ないよりはマシだろう。

 安物の革袋ではなく、小さな道具袋インベントリにした理由に気づき、ふと、エスタトゥーアは交易商シャンレンに尋ねた。


「……あなた、よくお金が続きますね?」

「私の職業、ご存知ですよね?」


 湯水のごとくに出てくるシャンレンの財布が気になったのだが、質問には質問を返されてしまった。頼まれごとばかり受けている気がするシャンレンは、忙しそうに見えて意外と稼いでいるということだろうか。エスタトゥーアは深紅の瞳でじーっと彼を見つめた。シャンレンは営業スマイルで応える。


「あちこち行くついでに、安いものを仕入れて高く捌いているだけですよ。新規参加者ルーキーが増えたので、スライムの核とかはとても安かったですし」


 特に、王都は物価が高いため、転送門を使って遠方に行く時には、その場の安いものを仕入れて王都の素材屋に卸すだけでも儲かるのだ。ただでさえ安いものを更に安く仕入れるためには、大量購入が必要となる。当初は何とか資金を回して利益を出していたシャンレンだったが、その時の種銭は、クランメンバーの代理売却を頼まれた折の精算金だったりする。今もなお預かっている金銭もあるが、今はもうそこには手を付けずとも済む程度に資金を増やしていた。ちなみに、エスタトゥーアが負担する予定だった食堂の改装費用や、まだ完成していないが、表看板の代金もシャンレンがクランへの寄付という形で出資している。


「いかがわしい商売をしていないのでしたらいいのですが」

「シャンレンさんなら、バレないようにやりますよー」

「――私、信用ないんですね……」


 淡々と不信感丸出しの発言をするエスタトゥーアに、香草茶を運んできたユーナがにこやかに指摘する。よほどユーナに言われたことがショックだったようで、シャンレンは苦笑を漏らしながら呟いた。いつもならば悲壮なまでの表情で言う。もちろん演技(わざと)である。

 ユーナは喜んでいない交易商の様子に、目を瞠る。


「え、褒めたんですよ?」

「褒めてませんからね!? それ!」


 むしろ、バレてもいいようにやるの間違いだろうと思いつつ、エスタトゥーアはユーナにお茶の礼を言う。ふたりの前にカップを並べていたユーナの表情が、とても素敵なことを思い出したかのように輝いた。


「あ、これ、アズムさんに教わりながら入れたんです」

「ふふ、ユーナさんもだいぶ厨房に慣れたんですね」

「きちんと香りが出ていますよ。美味しい」


 お湯を沸かしてカップを温め、香草をポットに詰めるところやお湯の注ぎ方まで、事細かにアドバイスした骸骨執事の涙ぐましい努力の成果である。本人は不死伯爵(アークエルド)のために香草茶を運び、不死伯爵(アークエルド)に対して深々と一礼していた。そして、不死者(アンデッド)同士揃って肩を震わせているあたり、奇怪ではあるかもしれないがしあわせな光景だと思う。


「あー、おなかすいたあ」

「おはよ、メーア。もうすぐ晩御飯だよー」

「ん、おはよ。そっかあ、なら我慢しようかな」


 階段上から空腹を訴えながら、一角獣の酒場(バール・アインホルン)の舞姫が降臨する。振り向いたユーナから晩御飯と聞き、唇を尖らせつつ、階段の最後の三段をまとめて飛び降りた。

 メーアにも入れてあげるね!とはしゃぎながら、ユーナが厨房へ去っていく。そのあとを早足で追いかける骸骨執事アズムを見ると、ポットに残ったものをそのまま注ぎかねない危険性を察知したのではと推察した。直後、開かれたままの厨房の扉から「え、あ、もう入れちゃった……っ」という悲鳴が響く。まだ被害は出ていないので、問題ない。


「何? お茶?」

「ユーナさんの力作でして」


 となりに座りながら、メーアはエスタトゥーアのカップを覗き込んだ。自らのそれを掲げるように持ち、シャンレンが微笑む。面白そうに「いいね。楽しみにしとこ」と声を上げた舞姫だったが、すぐにテーブルの上の道具袋(インベントリ)に注目した。


「これは?」


 そういえば。

 エスタトゥーアの背筋に、そっと冷たいものが走った。


 ――メーアに、人形師マリオーンを倒したと、伝えていなかった。


「双子姫のための、素材ですよ」

「……自動人形オートマートスってこと? え、もうクエストクリアしちゃったわけ? 誰と?」


 立て続けに重ねられる質問に、丁寧に交易商シャンレンが答えていく。「へえ」「ふうん」「そうなんだ」と一言一言がどんどん怖い響きを持っていくのだが、サブマスターは特に気付いていないようだった。妙なところが鈍い。

 薄桃色のまなざしが、こちらを向く。猫のように見つめられ、エスタトゥーアは笑顔を返す。


「今夜から、製作に入りますね」

「それはいいんだけど……ルーキスとオルトゥスは?」


 メーアの視線が人形遣いの腰まで下がり、そこにあるべきはずのものがないのを見て、首を傾げる。問われたエスタトゥーアの笑顔は、瞬時に凍りついた。みるみるうちに強張っていくそれを見て、「え」と舞姫は困惑を口にした。

 新しく香草茶を入れ直してきたユーナが、カップをメーアの前に置き、その視線を引く。礼を言おうと彼女を見たメーアは、ユーナが悲しげにかぶりを振った時、ようやく悟った。


「何で? そんな……直らないってこと?」


 その問いかけに答えるものはいなかった。

 ただ、苦いまでの沈黙が流れ、舞姫に肯定を伝える。

 その苦さが苦しさに変わるころ、揺れていた薄桃色の瞳が伏せられた。そして、パァン、と舞姫は拍手かしわでを打つように、両の掌を鳴らす。


「――ごめん、私がごちゃごちゃ言うべきことじゃなかった」


 そのまま謝るメーアに、エスタトゥーアは「いいえ」と答えた。二体の布人形は、メーアと出逢った時からずっと一緒だった。エスタトゥーアが奏で、ルーキスとオルトゥスがくるくると舞うのを見て、メーアは歌唱のスキルマスタリーを取ったと言っても過言ではない。それだけに、自分と同様に思い入れがある存在になっていたのだろう。それがうれしくもあり、寂しくもあった。


「メーア――お茶をいただいたら、少しわたくしの部屋に来てくださいませんか? そんなにお時間はとらせませんので」


 舞姫に否やはなかった。






 すっかりと見違えたエスタトゥーアの私室……というよりは工房に立ち入り、メーアは物珍しそうにあちこちを見て回る。それはどことなく、日中鍛冶工房を見ていたセルウスに似ていて、エスタトゥーアは口元をほころばせた。


 そう、これは悲しみではない。


 ある種の決意と共に、エスタトゥーアは大机の上に、彼女たちの宝珠を並べた。ひび割れたり、小さく欠けてしまった宝珠である。その二つを見て、メーアは小さく息を吐いた。


「あのさ、ちょっと触ってもいい?」

「ええ、どうぞ」


 大事に、大事に。

 指先ではなく、両手でそっと二つを取り上げる。

 強く握るでもなく、手の中を見つめ……それから、メーアは再び同じ場所に戻した。


「ん、ありがと。お別れ、できた」


 やわらかな身体は、もはやない。

 ただ、硬いだけの丸い石に向けられた心は、とてもあたたかいものだった。


 エスタトゥーアはかぶりを振る。


「お別れではありませんよ。この二つは、自動人形オートマートスに組み込みますから」

「――何だって?」


 エスタトゥーアは宝珠の片方を手に取り、薬術壺へと入れる。次いで希少な戦利品(レア・ドロップ)である宝珠をひとつ、自身の道具袋インベントリから薬術壺へ移した。

 薬術棒を軽く振って、彼女はようやく答えた。


合成シンテジスによって、ふたりのコアは新しい素材として生まれ変わります。それを、自動人形(オートマートス)部品パーツとして使います」

「素材って、双子姫のために?」


 怪訝そうな顔をする舞姫に、エスタトゥーアは微笑んでみせた。

 双子姫のためであり、双子姫のためだけではない。


「新しく生まれてくる、ルーキスとオルトゥスのためにです」


 そのことばの意味が、ゆっくりとメーアに伝わるのを、エスタトゥーアは待った。

 舞姫の表情が、その心の葛藤を伝えてくる。ふたりの娘たちを重ね合わせる罪深さと、「また逢える」という甘美な誘惑とがせめぎ合う、利己的な感情はエスタトゥーアだけのもののはずだった。

 だが。


「そっか。なら、また一緒に踊れるね」


 メーアは、エスタトゥーアと同じように微笑んだ。

 ふ、と短い吐息が漏れた。人形遣いの緊張を知り、舞姫は表情を苦笑に変える。


「喜ぼうよ、エスタトゥーア。これからも私たち、ずっと歌って踊れるんだからさ」

「……わたくしは、舞いませんよ?」

「いいよ、ルーキスとオルトゥスがサイドダンサーってことで」


 久々に聞いたフルネームの呼びかけに、目頭が熱くなる。

 両腕を開いて、メーアは言った。


「だからさ、今はちょっとだけ、甘えさせてよ。うれしいんだけど、やっぱりさびしいのも、ホントみたいだから」


 エスタトゥーアは逆だと思った。それはきっと、メーアではなくて。

 腕が伸ばされる。身をかがめると、エスタトゥーアの首筋に、メーアの両腕がそっと絡まった。


「ほんのちょっとだけでいいんだ。そしたら、きっと……また、頑張れるから」


 震える声音が、耳を打つ。

 エスタトゥーアは小柄な舞姫の身体を抱きしめながら、頷いた。

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