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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
242/375

閑話 人形遣いと双子姫 ~戦う術~

神速でご要望をいただいたので、番外編ではなくてこのまま少し続けます。

そのあとで、時間軸が戻ります^^


 風の魔術師でもあるセルウスに頼み、防音結界を敷いてもらう。

 更に、紅蓮の魔術師の協力で温めた炉の中の炎の温度を高め、必要な数字を出した。炎属性の術石を複数用い、その温度を継続させる。

 本来はどちらも専用の魔術具を作り、設置してから鍛冶に入るものだ。

 だが、自動人形オートマートスの素材がない今だからこそ、時間が取れる。魔銀糸でしか攻撃手段のなかった布人形の娘たちとは異なり、自動人形オートマートスの身体を持つことになる双子姫。自分の身を自分で守るためにも、ふさわしい武器が必要である。ガラシアで見た膂力を思えば、ある程度の重さがあるものでも十分使いこなせるだろう。


「――もう少し、上げようか?」

「いえ、十分です。ありがとうございます」


 白髪を紐で結い上げ、術衣ではなく、キャミソールドレスの上に水の術石を組み込んだ前掛けをつけ、両腕には分厚い籠手のような手袋グローブをはめる。額には、目を保護するためのゴーグルまで備えている。鍛冶の製作は失敗すればダメージが入るので、気をつけなければならない。

 鍛冶工房に立ち入るのも、エスタトゥーアの鍛冶師としての仕事に触れるのも、ふたりにとっては初めてのことだった。頼まれごとを終えたセルウスは、小さいながらも設備の整った鍛冶工房を、汗を流しながら物珍しげに眺め回している。


幻界ヴェルト・ラーイに脱水症状があるかどうか、試すのか?」

「いや、さすがにそれはちょっと……」

「こちらはもう大丈夫ですから」

「は、はい、わかりました。じゃあ、戻ります」


 魔術師として一目も二目も置いている相手と、クランマスターから暗に促され、セルウスは人が好さそうな顔に苦笑を滲ませたまま頭を下げた。巨大な盾を背負っていない今では、ごく普通の青年に見える。否、傍にフィニア・フィニスがいなければ、無害に感じる。ひとり断熱結界フィアンマ・ギベートを張っているため、涼しい顔をしたまま紅蓮の魔術師はセルウスの背を見送った。エスタトゥーアは自分で頼んでおきながら不思議な組み合わせに口元を緩め、工房の机へと視線を巡らせる。

 そこには、かつてアシュアから譲られた一本の大鎌があった。

 そして、自身が得意とした武器であるなら、彼女たちに教え込むこともそれほど難しくないだろう。もちろん、このままでは大きすぎる。二体の自動人形オートマートスの特性を最大に発揮できるよう、工夫を凝らすつもりだ。


「アーシュが入手した(落とした)んだったな」

「ええ、譲ってもらいました。シャンレンさんでなら扱えましたが、今のわたくしには難しいですね」

「人形にはもったいないんじゃないか?」

娘たち(・・・)にはちょうどいいかと」


 棘のある物言いにも、エスタトゥーアは穏やかに返した。ただ、そのまなざしが細くなり、針のように仮面に刺さる。彼女の瞳よりも更に深い朱殷が、仮面越しに向けられた。


「そうか」


 その声の響きに、エスタトゥーアは驚きを以て彼を見る。双子姫を知らない者にとっては、新しくただ人形が作られるだけのことだろう。なのに、微笑ましいと言わんばかりのどことなくうれしそうな声音は、聞き覚えのあるもので……どうしてずっと気付かなかったのかと思うほどだった。βからの付き合いなのだから、そこそこ共に戦った時間も長かったはずなのに、灯台下暗しにも程がある。ゴールデンウィーク中の平日なので、職場は今日も市民の皆さまであふれていて大混雑だったので、休憩も交替で取り、業務に関すること以外話すこともなかった。さすがに空気を読んだのか正規職員は休まなかったのだが、外部スタッフは何人か休暇を取っていたので、その忙しさに拍車をかけていたのである。

 紅蓮の魔術師(古賀)は、気付いていて、何も言わないのだろうか。それとも、ただ、気付いていないだけだろうか。日和(エスタトゥーア)には、わからなかった。


「アーシュから、連絡は?」

「特には」


 アシュアからも、柊子からも話は聞いていない。紅蓮の魔術師自身が触れないのであれば、エスタトゥーアもそのことについて幻界ここで触れる気はなかった。お互い、同じチケットを持っているのだ。近いうちに、現実リアルで会うことになるだろう。


 そうか、と同じことばを残念そうな響きで繰り返し、彼は踵を返す。しかし、扉を押し開けようとした手が止まった。少しだけこちらへと振り向き、仮面の魔術師は念押しをする。


「火力が足りなければ呼んでくれ」

「――ありがとうございます」


 仕事は仕事として、きっちりこなそうとするところは相変わらずのようだ。

 紅蓮の魔術師が扉の向こうへ消え、エスタトゥーアもまた軽く両腕を引いて、気合いを入れる。

 そして、道具袋インベントリから複数のポーションを取り出すと、まとめて服用した。一息に水で飲み下し、大きく息を吐く。肺の空気すらも熱い灼熱の空間で、彼女のもう一つの戦いが始まろうとしていた。






 微かに槌を打つ音が、薄く雲のかかった空に抜けていく。目で追うように、フィニア・フィニスはそれを見上げる。窓から入る日差しが金色の巻き毛に弾かれ、テーブルに不思議な光を落としていた。セルウスは息もできず、その姿に見惚れ……まるで気持ちが通じたかのように、黄金の狩人は大きな空色の瞳にセルウスを映した。

 そして。


「防音結界、手ぇ抜いたな?」

「違います! 長時間保てるように、音が和らぐ結界にしてあるんです! 風の術石と併用しているので、日暮れまでは保ちますよ」

「へー」

「そんなこともできるんだね」


 フィニア・フィニスとセルウスの前に、カローヴァの乳を入れたコップを置く。今、スープは温めているところだ。ちなみに、火は紅蓮の魔術師(その道のプロ)が見ている。フィニア・フィニスがログインしてすぐに空腹を訴えたので、今、ブランチの準備中なのだ。昨夜の残り物を温めるだけなので、とユーナが調理スキルを磨くために、自発的に準備を申し出たのだが、その場に居合わせた紅蓮の魔術師は無言で厨房に入ったあたりで、少々信頼度が足りない気がするのは否めない。

 よって、まずはせめて飲み物をと持ってきたところだった。厨房には入れない地狼は、厨房の扉から食堂のテーブルまでエスコートしてくれるのだが、あいにく両手は使えないので、ユーナが自力で運んでいる。

 ふたりがそれぞれ礼を口にし、コップを傾ける。セルウスは早々と中身を空にしていた。先ほど散々水を飲みまくっていたのだが、まだ喉が渇くらしい。


「スキルポイントは大して振ってなくても、術式はわかるからね」

「今は盾士のスキルばっかり取ってるんだよな、セルは」

「それはもちろん、姫の御為に……」


 ユーナは盆を胸に抱き、パンを取りに厨房へ戻った。紅蓮の魔術師が腕組みをして、竈の前で火を睨んでいる。火の術石で起動する竈は、自宅のコンロに比べると火力が強い。しかし、彼の微調整のおかげで、今はきちんと焦がさないように弱火になっていた。ユーナでは間違いなく焦げるコースである。


「混ぜるものは?」

「あ、はい!」


 ふつふつと表面が煮立ってきたようだ。吊るされたレードルをひとつ手に取り、鍋に突っ込む。すると、横合いから手が伸びた。


「こっちはいいから、他のを」


 レードルを引き受けて、紅蓮の魔術師が促す。コクコクと頷いて、ユーナは皿を並べ、パンを載せていく。


「――ああ、いけるかもな」


 それを横目で見て、紅蓮の魔術師は何事か口の中で呟いた。ユーナに聞こえたのは、なんと、術句ヴェルブムだった。


炎の矢(ケオ・ヴェロス)


 パンの上を、炎の矢が疾る。

 消し炭になる!?と焦ったユーナだったが、やや高めの位置で、しかも何にも当たらずにそれは消えたので、ただほんのりとした温かさだけをパンの表面に残しているようだった。


「よし」


 満足げに頷く紅蓮の魔術師だったが、それを見ていた者は、ユーナだけではなかった。


「こらっ! 厨房で術式マギア・ラティオを放つやつがあるか!」


 裏手の扉に、仁王立ちした料理人がひとり。

 その怒号に、さすがに紅蓮の魔術師も身を震わせていたのを見て、ユーナは少し仲間だと思ったのだった。

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