表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
241/375

閑話 人形遣いと双子姫 ~名~

前話のラスト、少しだけ改稿しています。足りなかった気がしたので、補足です。


 人形師マリオーンのクエストクリアの報酬は、自動人形オートマートスのレシピだった。

 マリオーンとガラシアを倒す時に失伝を覚悟したものが、一本の巻物スクロールとなって在ることに、エスタトゥーアは複雑な心境になる。封蝋を解けば、その中身はいとも簡単に彼女の中へと刻まれた。「人と殆ど見分けがつかない」自動人形オートマートスを作るための手順は多く、素材も合成することで手に入るものが殆どだった。

 向かい側に座る交易商シャンレンは、エスタトゥーアの心境などまったく理解していないと物語る、親切そうな営業スマイルで問いかけた。


「ご入用なものは?」

「――お金がかかりますよ?」

「今更でしょう?」


 質問に質問を返せば、首を傾げてひどいことを言われた。一応、懐具合を気にしてみたのだが、通じない。毒を食らわば皿までの精神だろうか。もちろん、借金を踏み倒す気はないが。ちなみに、お風呂の代金はクランマスターの部屋だからと業者にサービスしてもらったらしい。今後の作品作りに期待がかかっているのがよくわかる。

 シャンレンは骸骨執事アズムの差し出したカップをありがたく受け取り、一口含んだあと、にこやかにことばを続けた。


「ひょっとしたら無理なものもあるかもしれませんが、そこはマイウスの闇市場にでも顔を出して何とかがんばってみますよ。まさか、死体とかは要らないですよね? あ、でもそれはいけるかも……」

「要りません!」


 不安げに物騒な想像をし始めたので、あわててフレンドチャット(メール)のほうで必要なものをレシピからコピー&ペーストし、調合や合成で事足りるものは元の素材へと書き換えた上で送信する。

 交易商シャンレンの手も宙を舞い、若葉色のまなざしで流し読みをながら、更にカップを傾けた。


「多いですね……これは、一人分ですか?」

「二人分です。もともと、双子姫は幼い方だったそうですから」

「ああ、そうですね」


 ちらりと彼の視線が別のテーブルで食事中のフィニア・フィニスに向く。すると、その瞬間にセルウスが察知していた。警戒心も顕わに視線を巡らせ、相手が交易商シャンレンであるとわかると、更に睨みつける。彼は営業スマイルを深め、こちらへと頭の向きを戻した。

 マリオーンとガラシアの例に洩れず、愛とは恐ろしいものである。


「フィニアさんほどではありませんよ。気持ちとしては、メーアの妹のような感覚でしょうか」

「それはよかった」


 フィニア・フィニスと同い年くらいでは、あらゆる意味で厄介なことになりそうだ。

 語らずとも察せられたシャンレンの懸念材料を払拭し、エスタトゥーアはようやく笑みを零した。


「明日中には、揃えられると思います」

「期待しています」


 ひとしきり状況説明と打ち合わせが終わるとシャンレンは断りを入れて席を立ち、シリウスたちが座るテーブルへと移っていった。おそらく、大神殿の状況を確認するのだろう。アシュアは今ログアウト中だが、その身体アバターは未だ、一角獣の酒場(バール・アインホルン)に戻っていない。


 長い、と思う。


 これまで様々なクエストをこなし、攻略板でもチェックしてきたが、個人で十日以上もかかるクエストなど聞いたことがなかった。柊子アシュアとて、下手なゲーマーではない。回復職を好むものの、クエストクリアにかけては理解力といい、状況判断力といい、攻撃力がないだけでトッププレイヤーの名に恥じないものを持っている。

 それが示すものは、彼女の力だけでは足りない、という事実だ。

 エスタトゥーアは短く息を吐いた。アシュアがログインしてきたら、そろそろ本格的に状況を聞かねばならない。他人の厚意を無下にすることはないだろう。

 今はそれ以上、何もできそうになかった。


 シリウスの聖騎士の鎧や、ソルシエールの神官服姿などが披露され、場が沸いている。

 シャンレンと話し合うために食堂の端のテーブルを陣取っていたエスタトゥーアは、ひとりきりになったテーブルの上に、二つの宝珠を並べた。

 ひび割れ、欠けてしまったルーキスとオルトゥスのものである。

 コアとしてはもう使えないものだが、劣化していても、宝珠としての、そして愛娘たちの形見としての価値はある。彼女の迷いが形になって、そこにあった。


「飲まないのか? ……座っても?」


 瓶とグラスを持った不死伯爵(アークエルド)に声をかけられ、エスタトゥーアはぎこちなく頷いた。蒸留酒の瓶とグラスをテーブルに置き、彼は優雅に向かいの席へと座る。ガラシアに引きちぎられた腕も、不死伯爵(ノーライフ・カウント)の力で具現化している服も、今は従魔回復シムレース・コンソラトゥールによって癒されていた。


「……カードル伯からのお誘いを、お断りするわけにはまいりませんね」


 ようやく出たことばはやや硬く、その驚きようにアークエルドも苦笑する。


「それほど驚くことか?」


 すると、骸骨執事アズムが早足でやってきた。まさか、自身の主が酒とは言え給仕をするとは思わなかったようである。「遅くなりまして、失礼いたしました」と言いつつ抜栓し、グラスへと中身を傾け、ふたりの前に置く。

 先日飲んだ時の盃とは異なるグラスといい、ほんの少しの間にいろいろと変わっている気がする。

 一礼して、骸骨執事が下がった。その向こうにユーナがシリウスたちと歓談している姿が見える。まだ彼の主は起きているのに、とエスタトゥーアは尋ねた。


「あなたの主殿のとなりにいなくて、大丈夫ですか?」

「その主殿が気に病んでおられる」


 彼の月色のまなざしがテーブルの上へと落ち、ひび割れた小さな宝珠を捉える。そのことばで、エスタトゥーアもいろいろ納得した。

 唯一の主の気持ちを汲めば、何かをしたくもなる。酒に誘ってくれたのは、彼なりの慰めなのだろう。

 エスタトゥーアはちょうどよい、と酒を口にする前に大事なことを確認した。


「お姫様方のことですが、お名前を伺っていなかったと思いまして」


 軽く持ち上げたグラスを、アークエルドはテーブルに戻した。

 そして、正面からエスタトゥーアを見つめ、厳かに口を開いた。


「――親が子に与える、最初の贈り物と同じように……貴女からいただくことはできまいか?」


 深紅の瞳が、大きく見開かれる。

 同時に、彼は表情を緩めた。


「かつて、私が主殿に頼んだことだ。過去ではなく、あの方と過ごす未来を夢見て跪いた。

 それを姫君らにいようとは思わぬが……」


 迷うようにことばを僅かな間、途切れさせ……それでもアークエルドはことばを続ける。


「陛下が望まれた未来は、姫君らが姫として在ることではない。どのような形でも、闇の中で囚われて過ごすよりは良い。そのために、救いを求めておられた。陛下は私にその任を与えてくださったが……我が主殿だけでなく、このクランのすべての者が既に姫君らを思い、これほどまでに心を砕いてくれている。

 姫君らは生まれてすぐ母を失い、かよわく、寝床から身を起こすのも稀な方々だった。名に込められた願い故にその力を失うことを恐れ、誰もがおふたりを名指しで呼ぶことを避けた。幼いまま死してなお、父王と共に長い年月を闇の中で過ごされた――人形遣いよ。姫君らを娘と呼んでくれるのであれば、その子らと同様に慈しんでもらえまいか」


 それは願いであった。


 エスタトゥーアは視線を落とす。

 テーブルの上の二つの煌き、腰のベルトに慣れた重みはなく。


 ――愛し子たちよ……わたくしは、許されるのでしょうか――


 迷いながらも、彼女はその思いを言わずにはいられなかった。


自動人形オートマートスの素材として、わたくしの魔力を込めた宝珠が必要となります」


 口にしてはいけないことだと、思っていた。

 新たなる命を得る姫君らと、物言わぬ我が子らを重ね合わせる所業。

 双子姫が双子人形と戯れる日を夢見たのは、遠くない過去なのに。


 不死伯爵(アークエルド)は頷いた。


「あなたの心の籠った、大切な宝珠ものだと知っている。姫君らを……ルーキスと、オルトゥスを、頼む」


 失われた名が、蘇る。

 エスタトゥーアは、道具袋インベントリから従魔の宝珠を取り出した。

 半球と、ひび割れた小さな宝珠が二つずつ。

 互いが互いを補うように、それは魔力光セヘル・フォスと人形遣いのまなざしの下で煌いていた。

これにて、閑話でしたが長かった「人形遣いと双子姫」は完結です。

双子姫の目覚めとかそのあたりは、ご要望があれば、いつか番外で(何

でも、次話も閑話です(滝汗

ようやく、今に帰ります。


9/14 7時追記

神速でご要望をいただいたので、完結撤回で(何

もう少しだけ「人形遣いと双子姫」お付き合いくださいませ!

そのあと今に帰りますw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ