表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
240/375

閑話 人形遣いと双子姫 ~愛別離苦~


 人形たちが見守る中、ランプの明かりに照らされたマリオーンは、震えながらそれを手に取った。

 エスタトゥーアの差し出したものは、魔蟻の宝珠。合成と注釈がついているが、素材ランクは☆☆☆と従魔の宝珠と同じものである。大きさも、双子姫の従魔の宝珠とほぼ同等。しかし、その秘めたる力については数値化されていないため、エスタトゥーアにはマリオーンが納得するかどうか判断がつかなかった。前髪がかぶさり、髭が伸びているために人形師マリオーンの表情は窺い知れない。ただ、彼女はマリオーンのことばを待った。


「――これほどのものが」


 髭の間から漏れた呟きには、感嘆の響きがあった。エスタトゥーアは安堵したが、それを表情に出すようなことはしなかった。穏やかな笑みを見せつつ、彼を促す。


「従魔の宝珠ではありませんが、ひけはとらない逸品であると自負しております。

 ガラシアがお待ちですよ。さあ、どうぞ」

「ああ、試してみよう。……来ないのか?」

「感動の再会をお邪魔できませんし」


 マリオーンがこちらの顔触れを見回す。他意がないことを理解してもらえたのか、彼は踵を返した。奥の工房に姿を消す。しっかりとそれを見送り、そして。


『え、エスタさん?』


 邪魔しないと言いながら、エスタトゥーアは開きっぱなしになっている工房の出入り口近くへ歩み寄り、そっと物陰に立った。その意外な動きに、ユーナは思わず問いかける。エスタトゥーアはユーナに向けて人差し指を口元にあて、それから苦笑した。


『杞憂であればよいのですが』


 従魔の宝珠と同ランクの宝珠を渡してクエストクリアであれば、先ほどの瞬間にメッセージが流れたはずだ。しかし、それはなかった。エスタトゥーアはこの先の展開を思い、溜息を吐く。その視線の先に二体の布人形が映り、彼女の心を癒した。

 エスタトゥーアと同じように、不死伯爵(アークエルド)もまた反対側に身を隠す。爪の音すら立たないように、地狼はそこへ近寄った。



 合成の宝珠が完成した、とエスタトゥーアが階下へ姿を見せた時、クランメンバーはマールテイトを手伝うユーナと、その従魔たちしかいなかった。特にシャンレンには一度、合成の宝珠の出来栄えを見てもらいたかったのだが、ログインすらしていないのでは仕方がない。

 エスタトゥーアはさっそく、マリオーンを訪ねることにしたのだが……そこで声を上げたのは、ユーナだった。「エスタさん一人じゃダメですよ!」と、目に涙をためて訴えて来られてはどうしようもない。たまねぎの特性を持つらしいが味はたまねぎではない野菜のせいだが、とりあえず、事情は察してもらえたようで、マールテイトはユーナをあっさり厨房から追い出した。不死伯爵(カードル伯)からはさりげなく翌日以降にすることを促されたのだが、瞼の裏の自動人形オートマートスには勝てなかった。ようやくこの世に生み出せると思えば、一刻も早く、と気が急く。

 それはガラシアを求める、マリオーンの気持ちと相違なかった。

 しかし。


「――違う……っ」


 否定の叫びと共に、鈍い音と女性の悲鳴が聞こえた。

 マリオーンの背中越しに、女性が床へ転落するのが見えた。ガラシアである。その真上に、振りかざされたものは彫刻刀だった。


起動スルヴェ!」


 術句ヴェルブムの呼び声に、双子の人形が飛び出していく。エスタトゥーアの意思に応え、ガラシアの前に二人は立ち塞がった。マリオーンの腕が止まる。エスタトゥーアは彼女へ駆け寄り、ずっしりとした身体の重みを感じながら起き上がらせた。その感触に、息を呑む。身体が、柔らかい。

 やや物憂げな濃紺の瞳は、どこか友を思い出す色合いで目を惹くものだった。その視線がエスタトゥーアから、己の製作者へと移る。


「……マリオーン」


 震える声音が、ガラシアの心を伝えてくる。彼女の予測を上回る……心あることばが、人形遣い(エスタトゥーア)を揺さぶった。このガラシアは、マリオーンを知っているのだ。


『人形遣い、下がれ』


 不死伯爵(アークエルド)の鋭い声が、耳朶を打つ。動くことはできても、楽の音がなければルーキスとオルトゥスは戦えない。ガラシアを腕に抱えたままでは不可能だ。だが、エスタトゥーアはその場から動けなかった。ルーキスとオルトゥスもまた、動けない。


「違う、違う……ガラシア、じゃない……」


 ふるふるとかぶりを振りながら、彼は声を枯らせたように否定を繰り返す。そのことばに、ガラシアの表情が傷ついたように曇る。

 そして、エスタトゥーアは、人形師マリオーンの名が赤く染まっていくのを見た。唸りを上げ、地狼が跳ぶ。背後から覆いかぶさるように圧し掛かられ、マリオーンはそのまま床に倒された。その身体に弾かれ、双子の布人形もまた部屋の隅へと飛んでいく。

 ユーナが、エスタトゥーアの傍へと駆け寄ろうと室内へ足を向ける。しかし、その腕を不死伯爵(アークエルド)が掴んだ。


『アーク?』

『人形遣いよ、ガラシアから(・・・・・・)離れるんだ!』

「マリオーン!」


 ガラシアが、マリオーンを呼ぶ。

 その瞬間、彼女の名もまた、赤に染まった。抱きかかえていたエスタトゥーアの腕から抜け出て、立ち上がる。天鵞絨のドレスの裾が、エスタトゥーアの視界を遮った。


「やめて、離して!」


 無謀にも、地狼へとガラシアは手を伸ばす。エスタトゥーアは彼女が地狼にすがる姿を想像した。だが、実際には、ユーナを乗せて走ることができるほどの体躯を持つ地狼を、ガラシアはいともたやすく引きはがしたのである。しかも、その身体は宙を飛んだ。工房の壁へと激突し、棚にあった箱ごと地狼は床に落ちる。


「アルタクス!?」


 ユーナの悲鳴が上がった。

 直後、痛みに震えながら、地狼は身を起こす。グラスアイや人形の髪の毛などがあちこちに散らばった。その体を震わせると、薄く埃が舞う。


「マリオーン、マリオーン……」


 人形師の名を繰り返しながら、自動人形(ガラシア)はその身体を抱き起こす。

 しかし、マリオーンはその手を振り払った。握りしめていた彫刻刀の刃が当たり、ガラシアの肩から腕へと、天鵞絨のドレスが裂けた。関節部分がはっきりと露出する。白く、刃の痕跡までが見える。


「ワシの名をその声で呼ぶんじゃない、偽物が!」


 吐き捨てるように発された侮蔑のことばに、悲しげに歪んでいたガラシアの表情が変わる。怒りのままに人形師を睨みつつ、自身の肩へと手を伸ばし、触れる。


「偽物? 確かにこの身体はあなたが作ったものだから、そうかもしれないけど……あなたが私を起こしたんじゃない! 勝手なこと言わないでよ!」

「ワシのガラシアはな、いつも笑顔でにこにこしとったんだ!」

「思い出を美化しすぎ! 私がにこにこしてたのは、あなたがご飯食べてる時くらいでしょうが! その時しか、私の前に、いなかったんだから……」


 怒鳴り合うふたりのうち、ガラシアの声が弱まる。

 マリオーンは、更に声を張り上げた。


「違う! ガラシアはな、ワシの人形が好きで好きで……出来上がった人形を、いちばんにいつも見せていたんだ。あの笑顔が見たくて、ワシは……っ」


 かぶりを振るマリオーンの身体がよろける。その手が、支えを求めて作業机の上に乗る。握っていた彫刻刀が、机の上に散らばった彫刻刀に当たり、床に落ちていく。軽い金属音が響いた。


「マリオーン、動かないで……」


 ガラシアの手が伸びる。床に落ちずに、マリオーンの前掛けに引っかかった彫刻刀を握った。


「触るな!」


 だが、拒絶反応を起こしたマリオーンが、その手をまた振り払った。彫刻刀の刃が、今度はマリオーンの服を裂く。肘の部分に、白い傷が入っていた。

 エスタトゥーアは目を瞠る。血が出ない白い傷は、ガラシアのそれとまったく同じものだった。


「いつもいつも偽物ばかり……いつになったら、ガラシアは目覚めるんだ……ああ、やはり、本物でないから……従魔の宝珠でないから、なのか」


 机の上で頭を抱えるマリオーンの後ろで、ガラシアはその腕を見つめる。自身が傷つけた腕を、怒りの抜け落ちた顔で、悲しげに。


「だから、もう……いいのに……」


 ガラシアの手が、ゆっくりと上がる。彫刻刀を両手で逆手に握る彼女を、エスタトゥーアが止めた。


「ガラシア、待って下さいっ」


 濃紺のまなざしは、一瞬だけ、白髪の人形遣いを見た。硝子玉であるはずの色合いが、悲壮な覚悟で濡れているように煌いた。その手が、彼女の胸元へと動く。


「――!」


 ガラシアの胸を彫刻刀が貫くよりも早く、ルーキスとオルトゥスが天鵞絨のドレスの胸元へとへばりついた。小さな布の頭がふるふると揺れる。その瞳が、初めて和らいだ。

 が。

 太い(のみ)が、彼女の額へと突き立った。

 その頭が、無惨に割れる。


「失敗作め」


 更に、マリオーンは金槌を振るった。鑿の刃先は頭から胸にまで落ち、そこにあった双子の布人形ごとガラシアを叩き壊す。ガラシアだったモノは床に頽れた。胸に、布人形をくっつけたまま。

 エスタトゥーアもまた、力を失い、床に膝をつく。


「従魔の宝珠さえあれば」


 金槌を握ったまま、マリオーンは憎々しげに言う。


「ワシの、ガラシアに逢えたんだ」


 白髪の人形遣いから、求めるものを奪おうと人形師が身体を向ける。だが、それを銀糸の外套が遮った。

 刀身だけではなく、柄まで黒い剣を引き抜き、双眸を赤く彩った彼は断言した。


「――そのような者、どこにもおらぬ」


 そして、魔剣ローレアニムスを振るう。

 金槌を持つ腕を狙った斬撃は……壊れた自動人形ガラシアの身体によって、防がれた。天鵞絨で覆われた腕が、彫刻刀ごと落ちる。ガラシアは、頭から胸まで砕かれてもなお、動き続けていた。割れた顔の、残った濃紺のグラスアイが不死伯爵(アークエルド)を捉える。

 もう片腕が伸ばされた。

 不死伯爵(アークエルド)の手を剣ごと掴み、ひねるように千切った。衝撃に彼の表情が歪む。失われたその場所から、黒い靄が沸く。


「邪魔だ!」


 金槌が、ガラシアの背を打つ。砕けた破片が床に散った。それでも、ガラシアは不死伯爵アークエルドの腕を離さない。その場を――動かない。再度、マリオーンは壊れた自動人形(がらくた)の背を打った。


融合召喚ウィンクルム!」


 誓句が紫光の召喚陣を生み出し、二つの影を一つに融け合わせる。

 地狼としては動きにくい室内だが、主の力を得た狼耳の少女アルタクスは漆黒の爪を伸ばし、軽々と宙を舞った。人形師マリオーンの背後に迫る。

 突き入れられた腕。

 だが、そのツメは深々とガラシアの身体を貫いていた。場所を入れ替わるように、人形師マリオーンの身体が、床に倒れる。引き抜こうにも抜けない、と気づいた少女アルタクスの身体に、黒剣が迫る。ステッキが、黒剣を握る腕を打ち払った。爪を収め、少女アルタクスはその場から下がる。

 そして、そのまま不死伯爵(アークエルド)はステッキで床を打った。


縛命陣ゼーレ・グライフェン


 黒い靄が冥術陣を象り、マリオーンとガラシア、双方の動きを封じた。黒剣が、不死伯爵(アークエルド)の手に戻る。

 次いでエスタトゥーアの指先が弦を爪弾き、泣くような旋律が流れ出す。ガラシアの胸元に埋もれていたふたりが、起き上がった。あちこちにほころびを作りながらも、ルーキスとオルトゥスはマリオーンとガラシアの中心とした円の軌跡を描き始める。

 そして、人形遣いの唇が力あることばを放つ。


「――銀糸断リネア・シュナイデン


 双子の人形ピエールカのあいだで、魔銀糸が具現化する。一対の男女の人形ピエールカは、その銀閃により裁断され、男は斜めに、女は上下バラバラになり、それでも互いの身体を絡めるように地に落ちていく。男の身体は多少人の部分が残っていたのか、胴からは血を流していた。

 だが、消えない。


 バラバラになった人形の身体は、未だに動き続けていた。

 細い指先を持つ腕が、床を這う。無骨な男の手はもはやピクリとも動かなかった。その手に重なるように、指先が触れる。


 視界の端に何かを感じ、少女アルタクスは、無造作に爪を伸ばし、それを打ち払った。貫いたものは女の腕……握っていた彫刻刀の直線上には、エスタトゥーアがいた。眉をしかめ、少女はその腕を握り潰す。彫刻刀と腕の破片が、散る。


 部品パーツですらも意思を持つのであれば、何一つ残すわけにはいかない。

 不死伯爵(アークエルド)は術を解除せず、冥術陣を踏みしめて歩く。残った腕が、黒剣を振り上げる。

 男と女は、今度こそ互いの心を一本の剣で繋いだ。




 光へと変わった二人が砕け、天井へ上がる。それは一つの柱となり、エスタトゥーアへと降り注いだ。


 ――Congratulations on quest clear, you defeated the boss.

   The MVP is given honor.

   Bless to all.


 表示された幻界文字ウェンズ・ラーイ

 だが、エスタトゥーアは冥術陣が消えると同時に、楽器を床に置いて駆け出していた。

 粉々になった人形の破片を掻き分けるように、大切なふたりを探す。やがて、柔らかな感触がエスタトゥーアの手に戻った。しかし、丈夫に作っていても布製の人形である。露出したボディから、ひび割れたコアが見えるほどの衝撃が加わっていた。耐久度が失われ、修繕不可の文字が重なる。あちこちから綿が出てしまうほどぼろぼろの愛娘たちを抱き、彼女は目を閉じた。

 愛別の一滴が、命の残骸の上に流れ落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ