白と黒
布。
食堂で得た戦利品の中で、最も大きいテーブルクロスを絨毯の上に投げる。ふわりと広がったそれの上に、聖水の水袋の中身をかけ、濡らす。
「シャンレンさん!」
濡れたテーブルクロスを、パン、と洗濯物を広げるように持ち、ユーナは力任せに黒い靄へと投げた。意図を悟ったシャンレンは再度間合いを詰め、戦斧を振り上げる。テーブルクロスに浸み込んだ聖水の力で実体化していく不死伯爵は、戦斧に付与された聖なる力全てを叩きつけられた。背後から布を、右肩から戦斧を受け、深い傷が走る。不死伯爵の名前が赤に染まった。
そのまま砕け散るかと思われたが、不死伯爵は黒い靄へと変質していく。テーブルクロスは絨毯の上へと落ち、シャンレンに付与されていた聖なる力も失われた。ユーナが最後に残された聖水の水袋を構えた時、靄は天井へと浮かび上がっていき、星明かりの加護を喰らい尽くす。
ユーナに付与された聖なる光と、アシュアの足元に輝く神術陣のみが、薄く闇を照らしていた。
じゃらっ!とユーナの周りに術石が撒かれる。ユーナの傍にシャンレンが駆け寄り、斧を構えた。
「留まれ聖域の加護!」
少し離れたところから響いた聖句に応え、二人の足元に神術陣が広がる。ほぼ同時に、アシュアの足元にあったはずの神術陣が光を失う。
「姐さん!?」
目が闇に慣れないまま、シャンレンがアシュアを呼ぶ。
「……星明かりの加護……っ」
か細い祈りに灯された星明かりは宙に上がることなく、闇の中のアシュアと不死伯爵を浮かび上がらせた。ユーナと同じように、不死伯爵に抱かれたアシュアの姿を。
アシュアのHPと引き換えに、不死伯爵の名がじわりと赤から濃いオレンジへと回復していく。
「斧突斬!」
躊躇いなく発されたシャンレンの斧技は、突き出された不死伯爵の腕を奪った。そして、シャンレンの顔が悔恨に歪む。腕は落ちることなくそのまま黒い靄へと変化し、彼の腕から身体へとまとわりついていく。更に不死伯爵の名前の色が濃いオレンジから色を薄める一方、シャンレンのHPが緑から黄色に移り変わろうとしていく。
「くぅっ……」
「やめてよもうっ!」
涙声のユーナの叫びは、聖水の飛沫と共にシャンレンへ降りかかる。黒い靄は素早く彼から離れ、不死伯爵へと戻った。再び腕を再生させている。利き腕を痛めつけられ、シャンレンもまたユーナの傍へと戻ると、斧を取り落とし……座り込んで斧を左手に持ち替えた。
「すみません、ちょっと無謀でしたね」
「大丈夫ですか?」
「早く姐さんをどうにかしないと」
絨毯の上で握りしめられた右の拳が、白くなる。
シャンレンの声に応えるように、不死伯爵に抱きしめられているアシュアの法杖と反対側の手が、光を灯した。だが、動きを封じるように不死伯爵は彼女の腕を取り、その痛みにアシュアは身をくねらせる。その拍子に、彼女の白い頸筋が露わとなり……不死伯爵は唇を寄せた。薄く開かれた唇から、牙が伸びる。
瞬間。
バシィッッ!
シャンレンの右手首が閃き、聖なる術石を指弾にして不死伯爵の口元へと撃った。
顎の下が完全に砕け散り、同時にアシュアを封じていた腕が力を失う。
「聖なる光を帯びしもの!」
呼吸が楽になり、アシュアから紡がれた聖句が再びシャンレンの斧に力を宿す。
駆けたシャンレンは戦斧を両手で握りしめ、全力で振り下ろし――今度こそ、不死伯爵をしばしの眠りに就かせたのだった。
三人ともステータスバーの減少が著しく、痛みと疲れでその場から動けない。
それでも、互いの無事を視線を交差させて確認し、安堵と共に笑みを浮かべた。
淡い星明かりに照らされて、砕け散った彼の跡に、三つのカードルの印章が遺されているのが見える。彼は、確かに応えてくれたのだと、ユーナは胸が熱くなった。
その時。
「げっ、三つってマジかよ!?」
場を打ち破るような声と、星明かりをかき消すような、複数のランタンの光。
扉から近づくその眩しさに目を細めながら、ユーナはかの商人戦士PTの姿を見出していた。
「さぁっすが、青の神官様だよな! まさかーって思ったけど、やるじゃん」
「いやあ、ほんと青の神官様々だぜ。丸儲けじゃね?」
「幾らになるんだろうなあ。山分けだぜ、忘れるなよ」
PTから口々に放たれることばに、ようやく理解する。
横取りする気なのだ、と。
アシュアの指先が宙を舞う。しかし、その手は駆け寄った重戦士の足に踏まれ、絨毯に縫いつけられた。反対側の足が、アシュアの法杖を遠くへと蹴り飛ばす。体重がかかったせいで、彼女は小さく悲鳴を上げた。シャンレンが斧を構えようとした時、重剣士の矛槍の先を目の前につきつけられてしまう。
そこで気付く。
重戦士のIDが、黄色に点灯している。
警告が発されたのだ。
「おいおい、売り物だぜ。丁寧に扱えよ」
己の優位に機嫌よく商人戦士は注意する。
アシュアは商人戦士を見上げた。その青い眼差しが彼を貫く。
「ふざけんじゃないわよ。欲しいなら自分で戦いなさい」
「お口が上手だな、神官さまぁ!」
商人戦士は剣の柄を振りかざし、アシュアの頭を打った。絨毯の上に、力なく倒れ込む。直後、商人戦士のPT全員のIDが黄色に変わった。
「赤になっても、青色クエストすりゃあいいんだし? カードルの印章にどれだけの価値があると思ってんだよ」
にやりと嗤って、彼は言い放った。




