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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
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白と黒

 布。


 食堂で得た戦利品ドロップの中で、最も大きいテーブルクロスを絨毯の上に投げる。ふわりと広がったそれの上に、聖水の水袋の中身をかけ、濡らす。


「シャンレンさん!」


 濡れたテーブルクロスを、パン、と洗濯物を広げるように持ち、ユーナは力任せに黒い靄へと投げた。意図を悟ったシャンレンは再度間合いを詰め、戦斧を振り上げる。テーブルクロスに浸み込んだ聖水の力で実体化していく不死伯爵は、戦斧に付与された聖なる力全てを叩きつけられた。背後から布を、右肩から戦斧を受け、深い傷が走る。不死伯爵の名前が赤に染まった。

 そのまま砕け散るかと思われたが、不死伯爵は黒い靄へと変質していく。テーブルクロスは絨毯の上へと落ち、シャンレンに付与されていた聖なる力も失われた。ユーナが最後に残された聖水の水袋を構えた時、靄は天井へと浮かび上がっていき、星明かりの加護を喰らい尽くす。

 ユーナに付与された聖なる光と、アシュアの足元に輝く神術陣のみが、薄く闇を照らしていた。

 じゃらっ!とユーナの周りに術石が撒かれる。ユーナの傍にシャンレンが駆け寄り、斧を構えた。


「留まれ聖域の加護サンクトゥアリウム!」


 少し離れたところから響いた聖句に応え、二人の足元に神術陣が広がる。ほぼ同時に、アシュアの足元にあったはずの神術陣が光を失う。


「姐さん!?」


 目が闇に慣れないまま、シャンレンがアシュアを呼ぶ。


「……星明かりの加護ルークス・ステラエ……っ」


 か細い祈りに灯された星明かりは宙に上がることなく、闇の中のアシュアと不死伯爵を浮かび上がらせた。ユーナと同じように、不死伯爵に抱かれたアシュアの姿を。

 アシュアのHPと引き換えに、不死伯爵の名がじわりと赤から濃いオレンジへと回復していく。


斧突斬アッシュトルム!」


 躊躇いなく発されたシャンレンの斧技は、突き出された不死伯爵の腕を奪った。そして、シャンレンの顔が悔恨に歪む。腕は落ちることなくそのまま黒い靄へと変化し、彼の腕から身体へとまとわりついていく。更に不死伯爵の名前の色が濃いオレンジから色を薄める一方、シャンレンのHPが緑から黄色に移り変わろうとしていく。


「くぅっ……」

「やめてよもうっ!」


 涙声のユーナの叫びは、聖水の飛沫と共にシャンレンへ降りかかる。黒い靄は素早く彼から離れ、不死伯爵へと戻った。再び腕を再生させている。利き腕を痛めつけられ、シャンレンもまたユーナの傍へと戻ると、斧を取り落とし……座り込んで斧を左手に持ち替えた。


「すみません、ちょっと無謀でしたね」

「大丈夫ですか?」

「早く姐さんをどうにかしないと」


 絨毯の上で握りしめられた右の拳が、白くなる。

 シャンレンの声に応えるように、不死伯爵に抱きしめられているアシュアの法杖と反対側の手が、光を灯した。だが、動きを封じるように不死伯爵は彼女の腕を取り、その痛みにアシュアは身をくねらせる。その拍子に、彼女の白い頸筋が露わとなり……不死伯爵は唇を寄せた。薄く開かれた唇から、牙が伸びる。

 瞬間。


 バシィッッ!


 シャンレンの右手首が閃き、聖なる術石を指弾にして不死伯爵の口元へと撃った。

 顎の下が完全に砕け散り、同時にアシュアを封じていた腕が力を失う。


聖なる光を帯びしものウルテノネェレ・ルゥツェンム!」


 呼吸が楽になり、アシュアから紡がれた聖句が再びシャンレンの斧に力を宿す。

 駆けたシャンレンは戦斧を両手で握りしめ、全力で振り下ろし――今度こそ、不死伯爵をしばしの眠りに就かせたのだった。




 三人ともステータスバーの減少が著しく、痛みと疲れでその場から動けない。

 それでも、互いの無事を視線を交差させて確認し、安堵と共に笑みを浮かべた。

 淡い星明かりに照らされて、砕け散った彼の跡に、三つのカードルの印章が遺されているのが見える。彼は、確かに応えてくれたのだと、ユーナは胸が熱くなった。


 その時。


「げっ、三つってマジかよ!?」


 場を打ち破るような声と、星明かりをかき消すような、複数のランタンの光。

 扉から近づくその眩しさに目を細めながら、ユーナはかの商人戦士PTの姿を見出していた。


「さぁっすが、青の神官様だよな! まさかーって思ったけど、やるじゃん」

「いやあ、ほんと青の神官様々だぜ。丸儲けじゃね?」

「幾らになるんだろうなあ。山分けだぜ、忘れるなよ」


 PTから口々に放たれることばに、ようやく理解する。

 横取りする気なのだ、と。


 アシュアの指先が宙を舞う。しかし、その手は駆け寄った重戦士の足に踏まれ、絨毯に縫いつけられた。反対側の足が、アシュアの法杖を遠くへと蹴り飛ばす。体重がかかったせいで、彼女は小さく悲鳴を上げた。シャンレンが斧を構えようとした時、重剣士の矛槍ハルバードの先を目の前につきつけられてしまう。

 そこで気付く。

 重戦士のIDが、黄色に点灯している。

 警告が発されたのだ。


「おいおい、売り物だぜ。丁寧に扱えよ」


 己の優位に機嫌よく商人戦士は注意する。

 アシュアは商人戦士を見上げた。その青い眼差しが彼を貫く。


「ふざけんじゃないわよ。欲しいなら自分で戦いなさい」

「お口が上手だな、神官さまぁ!」


 商人戦士は剣の柄を振りかざし、アシュアの頭を打った。絨毯の上に、力なく倒れ込む。直後、商人戦士のPT全員のIDが黄色に変わった。


「赤になっても、青色ブルークエストすりゃあいいんだし? カードルの印章それにどれだけの価値があると思ってんだよ」 


 にやりと嗤って、彼は言い放った。

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