閑話 人形遣いと双子姫 ~合成~
従魔の宝珠。
その素材ランクと同等の宝珠であれば、同等の力を持つのではないか。
誰もが持ちうる予測だが、実現するためには様々な要素が必要だった。
まず、合成用の素材として、主にクエストボスやフィールドボスが落とす希少な戦利品のひとつ、宝珠を準備しなければならない。この時点で通常は詰む。MVPなど狙って取れるものではない。その上、現在は生産職が脚光を浴び、しのぎを削って各種装備を製作している。宝珠ひとつあれば、それだけで属性付加や属性耐性などの性能向上に生かすことができるため、宝珠の市場取引価格は相当上がっていた。それが複数必要というだけで、もはや金持ちの道楽レベルにまで話が飛んでいく。
シリウスたちの腕前をもってしても、手に入れられて二つ、三つ程度だろう。そんなエスタトゥーアの見込みは、良い方向に裏切られていた。口には出さずとも、これだけの応援を送ってくれる彼らに、エスタトゥーアは心から感謝していた。丸薬も確かに高価な代物だが、それが十や二十あっても、今の宝珠ひとつの価格には遠く及ばない。殆ど見返りにすらならないのである。それだけ新たなる娘たちの誕生は、メンバーから期待されていることがよくわかった。
「あ、わたし片づけますから、エスタさんがんばってくださいね!」
ユーナのことばに甘え、朝食の後片付けは任せて席を立つ。エスタトゥーアの道具袋はその重さを増すことなく腰にあるが、内部には宝珠が詰まっていた。
食堂の階段の前には、想像通りのこぢんまりとした舞台が作られていた。マイウスの剣士ギルドの舞台ほどではないが、メーアが舞うには十分だろう。狭ければ、きっと食堂すべてを舞台にして観客を楽しませてくれるはずだ。それを横目に、階段上へ足を運ぶ。
エスタトゥーアの私室は、彼女がログアウトしているあいだに工房へと改装工事を終えていた。私室は薬術や裁縫の工房として改装し、鍛冶工房は専用の炉が必要なので、外の空き地の隅に建てた。だが、本来一部屋を改装する予定だったはずが、何故か二部屋分を貫く形になっており、しかもスペースと費用の両面であきらめたはずのお風呂までついていた。ベッドは部屋の片隅にあればいいと言っていたのだが、狭いながらも衝立で仕切られた小部屋に鎮座している。これはあとで交易商に訊かなくてはならない。実は、改装費用のための現金も足りなかったので、結局交易商に借りているのである。金二枚の借金があるので、少々金銭感覚がおかしくなりつつあるエスタトゥーアであった。
木戸は閉めたままにしておく。素材の中には、太陽光で変質してしまうものもあるため、明かりは常に魔力光だ。そして、寸胴鍋よりはやや小さめな薬術壺を、天井から下がった自在鉤に引っ掛ける。囲炉裏にあたる場所には、今は何もない。エスタトゥーアは視線を動かし、机の上に転がした宝珠をじっくり眺めた。彼女の視界には、素材鑑定の結果がいくつも映し出されている。お昼休みにネットで確認した合成のレシピを、噛み締めるようにエスタトゥーアは思い出していた。
合成。
それは、薬品に限定される調合とは異なり、素材や道具を新たに生み出す術式である。
レシピ通りに行うことで、結果が得られる点は調合と相違ない。だが、薬術師ギルドで閲覧できるレシピのうち、調合のレシピよりも、合成のレシピのほうがはるかに少ないのが実情だ。もし失敗すれば、ランダムでどれかの素材が喪失する。
エスタトゥーアは当初、失敗を避けるために正規の手順を踏み、合成を行うつもりだった。何といっても貴重な素材である。無駄にはできない。
しかし、ここに来て、少々冒険心をくすぐられていた。目の前に転がる複数の宝珠は、どれも希少価値の高いものである。レシピ通りに行えば、同種の二つの宝珠を合成すれば、より大きな宝珠になることは明らかになっていた。だが、ランクは上がらない。では、同種の宝珠を複数合成すれば、どうなるだろうか。合成で完成するアイテムはひとつだけであることを考えれば、答えが出る気がした。
薬術師ギルドにはそのレシピはなく、同種の宝珠がごろごろするはずもないのでネットにも成功例は上がっていなかった。魔蟻の巣を潰したことが大きかったのか、地属性の宝珠が最も数的に多い。
エスタトゥーアは決断した。
薬術壺に、地属性の宝珠八つを放り込む。この手順が、調合と合成の大きな差である。予め合成したいアイテムを、壺に入れるのだ。
そして、MP回復促進薬と、疲労度回復促進薬を口にする。最重要ポイントである。エスタトゥーアはMP回復のスキルマスタリーはもちろん、体力のスキルマスタリーも持ち合わせていない。レベルもまだ三十に届いていないのである。よって、器用さ以外の数値は極端に低かった。合成の途中で疲れて動けなくなってしまっては困るので、その対策である。
正直、エスタトゥーアもこれから先どれほど時間がかかるのか、想像がつかなかった。
すべての準備を整え、術句を口にする。
「合成」
合成陣が壺の真下に真円を描き、白光を放った。壺の中身が一瞬で溶け、琥珀色の液体へと変化する。今回は壺が大きいので、先はスパチュラのようになっている柄の長い薬術棒で混ぜていく。宝珠同士の合成で必要な回数の、最低四倍は必要だろう。
地道な作業は得意だ。心を落ち着けて、ひたすらまんべんなく丁寧に混ぜ続ける。調合では完成品の薬剤の名を口にしなければならないが、合成ではその必要はない。延々と混ぜ続ければ、結果は得られる。成功であれ、失敗であれ。
回復促進薬の効果が切れると、じわり、じわりと疲労度が減少し始めた。微々たる数値しか減らないはずの魔力光でさえ、エスタトゥーアのMPバーを削っていくのが見て取れるほどの、長い時間が過ぎていく。
それでも、腕は止めない。
手首だけではなく、腕自体も使って、とにかく混ぜ続ける。
視界の端で、撹拌回数がカウントされているをちらりと確認する。三桁の半ばはもう過ぎている。
ふと、脳裏によぎったのは、やはり双子姫のことだった。
この宝珠を完成させれば、ガラシアは目覚める。それはもう、確信だった。ルーキスとオルトゥスには希少な戦利品のうち、比較的小さな宝珠に術式刻印を入れて使っている。小さな布人形だが、複雑な戦闘もこなせる優秀なふたりだ。それよりも、遥かに――おそらく、質的に従魔の宝珠に劣らぬ宝珠となる。
問題は、目覚めたあとのことだ。自動人形のガラシアは、人間ではない。従魔の宝珠に宿った双子姫ですら、記憶が失われる可能性を指摘されているのだ。記憶媒体となる何かが人間のガラシアから自動人形のガラシアへ引き継がれていなければ、それは同一ではない。それでもマリオーンは、ガラシアをガラシアと認めるのだろうか……。
エスタトゥーアは深紅に彩られた唇を引き結んだ。
今は、ただ、合成を終えなければならない。途中でやめてしまえば、成否判定ではなく、単純にすべての素材が消失してしまう。
迷いを振り払い、薬術棒を握る手に力を籠める。
その時。
薬術壺と合成陣が、発光した。薬術棒を壺から引き抜き、エスタトゥーアは息を呑む。
白い光が途絶え、覗き込んだ薬術壺の底には――大きな、琥珀色の宝珠がひとつ転がっていた。
 




