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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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閑話 人形遣いと双子姫 ~眩しすぎる光~


「――回復役、もっといたほうがいいかなあ……」


 その日の夕食は、やはり人が少なかった。ゴールデンウィークとはいえ、平日にあたる。仕事か用事かわからないが、少なくともこの場に揃っているメンバーはお休みだということだろう。そして、フレンドリストではログイン表示になっている青の神官(アシュア)だったが、やはりまだ一角獣の酒場(バール・アインホルン)には戻ってきていなかった。

 ソルシエールはスープを掬う手を止め、ぽつりと呟いた。

 ユーナは首を傾げた。今日の戦闘は推奨レベルが低いところにいた関係で、エスタトゥーアの回復薬ポーションをさほど使うこともなく、回復役なしでも事足りた。魔蟻フォルミーカ退治も、異常なまでの高火力を前に、殺虫剤を撒いたかのように魔蟻フォルミーカは殲滅されていったので、ダメージらしいダメージも受けなかった。多少ボス戦で気をつけたのだが、基本、不死伯爵(アークエルド)が前衛で更にダメージも引き受けてくれたので、ローレアニムスのおかげもあり、こちらに被害はなかったのである。

 この経緯を考えてみると、改めてソルシエールが回復役の必要性を口にする理由は、王都周辺の戦闘を念頭においているためだろうか、と考えられた。未だに王家の霊廟くらいしか散策していないので、ユーナとしては何とも評しがたかった。


「それって、神官職を志すってこと? 攻撃も回復もできる感じ?」


 シリウスが目を輝かせて問う。その勢いに、若干気圧され気味にソルシエールは頷いた。


「う、うん、そういうことかも」

「いいかもなあ。オレもちょっと、聖騎士とか目指してみようかな」

「えええ!?」


 軽い口調でとんでもないことを剣士は言い出した。

 驚愕の声を上げるユーナに、楽しそうに笑って答える。


「アークエルドの剣見てたら、いいのほしくなるんだよなあ。聖剣とか、大神殿なら一本や二本隠してるかもしれないだろ」


 なるほど、と話に出たアークエルドは巫女と剣士を見て口元を緩める。

 人が動くには多くの理由がいる。本心を隠すほどではなく、少し、照れているだけだ。


「いい考えだと思う」

「……アークまで、そんな……」


 スキルポイントは振り直せない。

 大神殿は、ギルドと同じように神官職希望や聖騎士希望を受け入れるだろう。その先には、その職に合ったスキルを磨いたり、依頼を提示されたりすることになる。剣士として、前衛職としてスキルを振ってきたシリウスが派生職として聖騎士を選ぶことはそれほど問題ではないのかもしれない。イメージとして、ユーナには、白銀の鎧を纏って馬を駆る彼の姿が想像できないだけだ。

 むしろ、問題というのであれば。


「ソル、この前もMP譲渡のスキル取ってたし」

「そうだけど、ユーナ言ってたじゃない? すぐじゃないけど、継続はスキルマスタリーなりって」


 ユーナはスキルマスタリーなしでひたすらマルドギールを扱い続けた結果、回数はさっぱりわからないが、スキルマスタリーのレベル一を、必要スキルポイントゼロで手に入れることができた。この情報はクラン内だけではなく、公式サイトのプレイヤーの掲示板のほうでも公開している。地道な努力が実を結ぶという事実は、時間が限られているプレイヤーにはあまり魅力がなく、逆に幻界ヴェルト・ラーイ中毒になっているような廃人には喜んで受け入れられていたようだ。


「だから、やり方だけ教わってこようかなって」

「アシュアさんに訊けばいいんじゃないの?」

「何言ってんの。ユーナが具合悪いって伝えただけで、転送門ポータル使っちゃうくらいフットワーク軽いひとなのに……帰ってくるこもとできないくらい、今、たいへんなんだよ? まあ、あっちで会えたら、ちょっと教えてもらえるかもだけど」

「じゃあ、明日行くか」


 ぽんぽんと決まっていく話に、ユーナは不死伯爵(アークエルド)を見た。ちょっとだけ行ってみるのならいいかなあ?的な軽い感覚である。もともと、一角獣の酒場(バール・アインホルン)の改装中、メンバー不在の時にはアークエルドが待機することに了承してもらっていたが、ログイン中に留守番を頼んだのは今日が初めてだった。最近は地狼アルタクスほどべったりではないにしろ、影に潜んで一緒にいるか、となりに座っているのが日常になりつつあり、ユーナなりに「お留守番」させたことを心配していたのだ。

 あっさりと許してくれるだろうと思っていたユーナの予想を、本人以外にとっては当然な形で裏切られた。アークエルドは紫水晶の瞳を見つめ、その意を察したものの受け入れはせず、静かにかぶりを振る。


「主殿が聖職に就かれたなら……泉下に向かうより他ないな」

「な、ならないよ? わたしはそういうの、向いてないからっ!」


 速攻で迷いを振り払うユーナを見て、カタカタカタカタとしゃれこうべが鳴る。泉下に、などと言いながら、もはや心残りを増やしすぎて簡単には旅立てまい。己の主が口にしたことが本心ではないと百も承知で、骸骨執事アズムは話に乗った。


「どこまでも、ご一緒いたしましょう」

「やだもう、逝かないでってばーっ!!!」


 香草茶を注ぎ、ポットをテーブルに置く。そして真剣な声音で言い放つ骸骨執事アズムに、ユーナは泣き声交じりでその袖にすがりついた。カタカタ鳴るしゃれこうべの音とそのやりとりをユーナの足元で伏せて聞きながら、地狼はフン、と鼻を鳴らすのだった。





 地方公務員、しかも市役所勤めともなると、定時退庁すれば帰宅時間は相当早くなる。終業のチャイムが鳴り響く中、「お先に失礼します!」と鞄を掴み、タイムカードを通して、速攻飛び出した。全身で「急ぐので!」と叫んでいたためか、誰も制止を掛けなかった。むしろ同じ勢いの同僚がいた気がする。

 帰宅後、入浴と夕食を根性で済ませ、すぐさまベッドに入った。我ながら神速である。

 そうしてログインすると、まだ二の鐘が鳴ったばかりという時間帯だった。しかし、一角獣の酒場(バール・アインホルン)にはユーナと従魔シムレース以外の人影はなく……厨房で昨夜の残りという名の朝食の準備をして、食堂に腰を落ち着けることにした。向かい側にユーナとカードル伯(アークエルド)が座り、その足元に地狼アルタクスが座るところまでがワンセットである。微笑ましい光景だ。

 未だにアシュアが戻らないことや、シリウスとソルシエールが大神殿に職業訓練へ向かったことなど、宝珠を受け取るにあたって一連の経緯を聞き、エスタトゥーアは肩を揺らした。早く帰ってきて正解だったようだ。奇しくもお留守番になってしまったユーナは、ぷぅっと頬を膨らませた。


「笑いごとじゃないですよぉ」

「ふふ、失礼いたしました。従魔シムレースを連れて神官職になった方は聞いたことがありませんので、実現すれば、さぞかし掲示板を揺るがす出来事になったでしょうね。

 いえ、カードル伯やアズムさんに泉下へ旅立ってほしいわけではありませんよ。むしろ、一角獣の酒場(バール・アインホルン)を存続させるためにも、NPC(あなたがた)の存在は貴重ですから、ずっとずっと成仏しないでいただけるほうがありがたいですね」


 行きたかったのに置いていかれた感のあふれたコメントだったので、エスタトゥーアはそのように感想を述べた。掛け値なしの本音だが、カードル伯は何故か視線を逸らす。逃げないでいただきたい。

 だが、ユーナにとっては残念とは少し違うようで、首を傾げてことばを選びつつ、彼女はエスタトゥーアに説明する。


「いえ、その……わたしは神官職になりたかったとかじゃなくって。だって、ほら、向いてないと思うんですよね。誰かが怪我するかもって見てて、タイミング合わせて祈って聖域発動とか難しすぎますよ。敵の攻撃に対して、法杖振るうくらいしかできないし……」


 要するに、ほんの少し大神殿へ覗きに行きたかったのだろう。それはもちろん、青の神官たるアシュアの様子を見に、である。

 昨夜もログアウト直前に連絡をしておいたが、いまいち歯切れがよくなかった。こちらからのフレンドチャットにはきちんと応答したアシュアだったが、それまでは連絡をしてこなかったのもいつもと違う。要するに、彼女が今取り組んでいるクエストがうまくいっていないということがよくわかる反応だった。

 今、ユーナの語ったように、彼女自身はエスタトゥーアよりも、対不死者(アンデッド)と限定しなければ、よほど攻撃手段を持たない。彼女自身の特別クエストは、そんなアシュアでもたったひとりで向き合える代物なのだろうか……。


「そうですね……アシュアは、誰よりも癒したり、守ったりすることが好きなひとですから」


 他者(他のプレイヤー)がいない以上、クエストと向き合うというよりも、自分と向き合う時間になっていそうだ。あながち間違っていなさげだと、ふとエスタトゥーアの笑みが深くなる。

 エスタトゥーアはテーブルに広げられた宝珠の一つを手に取り、素材鑑定を行なった。十を超える希少な戦利品(レア・ドロップ)がこれほどごろごろしている光景を見る日がくるとは思わなかった。どれも質が良いものだ。そして、彼女の赤眼には合成可能な素材として表示されている。

 何があったとしても、火力は多いほうがいい。そして、双子姫を目覚めさせることができれば、それはきっと不死伯爵(カードル伯)にとっても慰めとなるだろう。


「こんなにたくさん集めて下さって、ありがとうございます。すぐに、合成シンテジスしますね」


 逸る気を抑えつつ、エスタトゥーアは穏やかに微笑んだ。

 

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