閑話 人形遣いと双子姫 ~戻らない友~
ジャガイモの形をしていたのに、にんじんの味がする。
メーレという名の根菜のソテーはほの甘く、ユーナはマールテイトの手元を思い出していた。バターらしき塊を落としていたので、きっとステーキの付け合わせでよく見るグラッセだろう。にんじんの味でありながら触感はどことなくジャガイモのようにほろほろとしていて、あれだけ豪快に炒めていたのに崩れていないのが不思議である。
地狼も気に入ったのか、テーブルにある料理をすべて少しずつ載せたにもかかわらず、皿の中のメーレをまず完食していた。肉を先に食べるならともかく、めずらしい。
「甘くて美味しいね」
「あ、これ、ユーナさんが手伝ってましたよね」
シャンレンの発言に、地狼へ視線を落としたまま、ユーナの表情が凍り付く。
「へえ、美味いじゃないか」
「メインじゃなくて副菜というところがポイント高いですね」
シリウスとエスタトゥーアにべた褒めされ、真実を明かすのに躊躇いを覚える。
すみません、洗っただけです……っ。
【うん、だからユーナの匂いがする】
鼻先で皿をつっつく地狼は、それとなくおかわりを要求しているようだった。
不死伯爵は微妙に肩を揺らしている。そこ、ウケない。
「おかわりほしいの? でも、全部食べてからね」
【……】
軽く窘めると、地狼はしぶしぶ食事を再開する。そのガツガツ具合がいつもより早い気がして、ユーナは笑み崩れた。
――心配しなくても、みんなそんなにメーレばっかり食べないよ。
その時は、そう思ったのである。
だが。
「あ、ホントだ。これ甘い」
「お気に召しましたか、さあ、もっとどうぞ!」
「私も食べたいから皿ごとはやめてくれないかなあ?」
「あ、僕にも入れてくれる?」
「ごめんごめん。セル、あっちのテーブルで食べてろよ。邪魔」
「ふふ、カードル伯も食が進むようですね」
「師匠もメーレ好きなんですね、あたしと一緒!」
桶一杯分のメーレならぬ、皿一杯のメーレが、あっけなく消えた。
ユーナの足元で食べているアルタクスには、テーブルの上は見えないため、いまだに気づいていない。さ、先に取っとけばよかった!?とユーナは背筋に冷や汗を流す。
【こっちもユーナが作ったの?】
卵液でとじた一品は、トッフェルという大根のようなジャガイモが下に敷かれ、フェッタというチーズを混ぜて焼いたキッシュのような料理である。これもまたトッフェルの皮むきだけはがんばったユーナだった。
「ちょこっとお手伝いしただけ……」
【ふぅん】
混ぜて焼いているので、さすがの地狼も食べてみて初めて気づいたらしい。食べ物の中に匂いが混ざっているのだろうか。散々水仕事をしていたので、手はきれいに洗っているはずだが。
「これ、チキンカツっぽいね」
「タルタルソースまでついてる……さすがマールさん……」
「食べやすい味付けだねー」
マールテイトの料理は、確かに癖のない味付けばかりだった。今まで食べてきた料理は辛かったり、独特のハーブを使っていたり、色が凄かったりしたものもあったが、彼の料理にはそれがない。
有名な料理人だからだろうか。
そう考えていると、足元でカツンと皿が鳴った。完食した地狼は、上目遣いにユーナへおかわりを要求している。
「ごめんね、これしか残ってなくて……」
ユーナは自分の皿から、残ったメーレをアルタクスのそれへと移した。二つしかなかったのだが、どことなく地狼はご機嫌になり、まとめて一口でたいらげていた。
「そう言えば、調理スキルをお持ちだとか。
今度、ユーナ様にも料理を温めるお手伝いをしていただきましょうか」
思わぬひとりが欠けた夕食は、紅蓮の魔術師を普段よりもなお無口にさせ、残るメンバーの気遣いによって誰もが話題を求めるような空気が流れていた。
給仕に徹していた骸骨執事までが、楽しそうに声を掛ける。「お手伝い」ならメインじゃないからいけるかもと期待に胸を膨らませるユーナに、なんとなく、シャンレンは自身の失言を反省することになる未来が視えた。
お皿洗いは任せて!とユーナは自ら志願している。厨房に下げられた食器を、水霊術で洗浄するだけである。手間という手間でもない。睡眠を取る直前なので、MPの消耗も気にならないのがいいところだ。ただひたすら水霊に感謝である。
「ありがとうございます。あとはお任せ下さい」
執事たる者、とかなんとか骸骨執事が文句を言うはずもなく、食後の飲み物の提供を終えると、ユーナの手元にある皿の片づけを引き受けてくれた。お茶が冷めますから、と厨房からユーナを追い出すところまで、しっかりしている。厨房には動物を入れるな、とマールテイトに言われているので、地狼は食堂側の扉の前に陣取り、身を横たえていた。ユーナが厨房から出てくると、自然と起き上がる。
「もう眠いんじゃない?」
【別に】
どことなく眠そうな地狼を気遣いながら、ユーナはテーブルに戻った。その顔触れはかなり減っている。睡眠のあいだに一旦ログアウトをするメンバーは、既に部屋へ戻った。朝までには戻ると言っていたので、現実に食事かお風呂だろう。
「お疲れ様です」
「いえ、水霊にお願いしただけですから」
エスタトゥーアの労いが心苦しいほどである。左手の指輪をそっと撫でて、ユーナは席についた。
用意された香草茶を口に含むと、その名の通り香り高く、満腹の胃を落ち着かせてくれた。程よいあたたかさが心地よい。
「とりあえず、回復薬を調合しなくてはいけませんね」
「まあ、あんまり使うとコストパフォーマンス悪いし、王都近郊、日帰りプランかなあ」
明日以降の戦利品&経験値稼ぎについて、である。神官職たるアシュアが不在なので、それぞれが特別依頼を消化する形で、タイミングが合う者同士で様子見、というところまでは食事中に確認していた。
当然、メーアの提案は受け入れられるものと思っていたが、エスタトゥーアはかぶりを振る。
「できれば、少し宝珠を集めたいのですが」
「希少な戦利品の?」
「はい、例の双子姫の件で。
明日……現実時間で、ですが、わたくしは仕事がありますので、それほど長居できません。アシュアがどれくらい大神殿に詰めるのかもわかりませんので、できるだけ回復薬や丸薬を調合しておこうと思います。その対価となるだけで結構ですので、お願いできますか?」
シリウスの確認に応えるエスタトゥーアの話を聞き、弓手は木製のジョッキから口を離した。ジョッキを置く軽い音がテーブルを打つ。手の甲で口元を拭いつつ、彼は尋ねた。
「えーっと? 鉱石類は平気? 僕も仕事だから、もし要るなら明日取ってくるよ。えーっと、そのあとのログインは現実時間で夜遅くになると思う」
「お願いしてよろしいでしょうか?」
「了解」
少しほろ酔いなのか、いつもよりも甘い声音でセルヴァは応えた。だが、金髪碧眼美青年の笑顔に、エスタトゥーアは同じように愛想よく微笑みを返すだけだった。
昨日はあまり意識しなかったが、こうやって眺めると幻界の旅行者は本当に美形ぞろいである。ユーナがテーブルの面々をカップ越しに視線をうろうろさせていると、美姫が声を上げた。エスタトゥーアが調合で部屋ごもりならばと、セルヴァの手伝いを申し出たのである。
「じゃあ、レアドロ集めは他の面子に声かけて行くよ」
「王都近くのフィールドボス?」
「それだと運任せになるからなあ。数がいるんだよな?」
ユーナの問いかけに、シリウスはエスタトゥーアに確認した。彼女は強く頷いた。
「はい、できるだけ多く。双子姫のこともありますが、白の媒介の在庫もありませんからね。できるだけ作っておきたいので」
「なら、転送門で戻って、フォルミーカの巣潰しがいいな。他のだと、新規参入者の迷惑になりかねないから」
あの沸き具合と経験値は、今もまだレベル上げに最適とのことだ。また蟻か、と思うと気が滅入るが、背に腹は代えられない。高火力で押せば、回復薬でも十分いけるというのも魅力的である。酸には注意しなければならないが……と考えて、ここに巫女がいないことに安堵した。おそらく、彼女は二度と行きたくないだろう。
「ソルは引き受ける」
ぽつりと仮面の魔術師が呟く。彼の手元には他のメンバーとは違い、蒸留酒の入った小さめの素焼きの盃が置かれていた。その割に少しも酔っていない口調である。
「お師匠さまと一緒なら、ソルシエールさんも安心ですね。お任せします」
エスタトゥーアも気にしていたようだ。ふふと笑った彼女に対して、紅蓮の魔術師は無言で酒を呷る。いつの間にか、骸骨執事が食堂に戻っていたようで、空いたそこへとそっと酒の瓶を傾けようとした。が、彼は黙ったままかぶりを振る。すぐに瓶は戻された。それを見て、エスタトゥーアの目が輝く。
「あら、飲まないのですか? もったいない……では、わたくしが」
既に空いていたらしい木製のコップを持ち上げて、エスタトゥーアは骸骨執事に示した。すかさず、並々と注ぐ。……並々と。
さすがザル、と口には出さず、ユーナは目を瞠った。と、その深紅のまなざしが、感心しまくっているユーナのそれと交錯し……少しずれて、不死伯爵へ流れた。軽くコップを掲げ、彼女は艶やかに微笑む。
「さて、大切な打ち合わせも終わりましたし、カードル伯、お付き合いいただいても?」
「マジ飲みするの?」
「ここのお酒、美味しいんですよ。アシュアは不在ですし、となるとわたくしとお酒を飲んでも落ちない方ってカードル伯しかいないでしょう? あ、メーアも飲みます?」
「うー……ちょっとだけなら」
「ふふふ」
じゃあ、オレたちはこれで!と言わんばかりに、不死者を除く男性陣は席を立つ。妙な誘われ方をしたアークエルドは苦笑を漏らし、隣の主を見る。
「主殿はもうお休みに?」
「う……ん、そうしようかな。アルタクスも眠そうだから、お先に失礼しますねー。おやすみなさい」
わざとらしいほどに大欠伸をする地狼へ視線を向け、不死伯爵は頷いた。地狼は鼻を鳴らし、身を起こす。飲み終わった食器類は骸骨執事が引き取ってくれたので、互いに「おやすみ」とあいさつを交わしつつ、大酒飲みを置いてクランメンバーは階段の上へと姿を消した。
不死伯爵の視界に、PT要請ウィンドウが現れる。
蒸留酒を数杯傾けておきながら少しも酔っていない人形遣いと、舞姫との夜である。ここからは多少の覚悟が必要そうだった。




