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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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閑話 人形遣いと双子姫 ~失われたもの~


『今、どこ?』


 唐突に飛んできたフレンドチャットは、『あ、やっぱりいい』とすぐ否定された。同時に、PT要請ウィンドウが開く。「はい」へと指先で触れると、PTM表示が現れる。


『よかった。すぐ行くね。そこから動いちゃダメだよ』


 舞姫の安堵の声音を聞きながら、エスタトゥーアもまた地図マップを起動させる。メーアの「よかった」の意味合いがわかった。二区画向こうに、メーアの光点アイコンが点灯している。エスタトゥーアにとっても目的地はその方向だ。二度手間になると思い、先を急ぐ。


『ちょっと、動かないでったら!』

『人形師ギルドはそちらのほうにあるので……』

『あー、なる。わかった。それならいいよ。できるだけ早く合流しよ』


 怒ったように声を上げるメーアに、事情を説明すると納得してもらえた。怒られ損である。

 さすがに、舞台でもない時には、メーアも鈴をつけない。だから、近づくスピードは目印になる薄桃色の髪や衣装、そして地図マップの光点を見なければわからない。自身が進む速さよりも、倍以上のスピードで、その光点は近づく。薄桃色の髪が見えるようになるまで、そう時間はかからなかった。


『そんなに慌てなくても、逃げませんよ』

『違うから!』


 ようやく合流できた人形遣いの呑気な発言を、全力でメーアは否定した。エスタトゥーアほどではないが色白な頬が紅潮し、疲労度スタミナゲージまで少し減少している。


『エスタ、ひとりで動いちゃダメだってば。今の王都がどんな状況か、わかってるよね?』


 腰に両手をやり、長身のエスタトゥーアを見上げて不満を訴える。一挙一動が絵になる。美しい舞姫の真剣な様子に、エスタトゥーアはほんわかと微笑んだ。その指先が、腰に飾られた二体の布人形を撫でる。


『わたくし、ひとりではありませんからだいじょうぶですよ』

『ルーキスとオルトゥスは、エスタがいないと動かないじゃないか!』

『ふふふ……』


 笑って誤魔化すと、深々と舞姫は溜息を吐いた。この少女は、エスタトゥーアが一人で出歩くのを嫌う。それは、出会った当初からずっと変わらない。

 人形遣いとなるべく、スキルの殆どが生産特化されているエスタトゥーアである。武器のスキルマスタリーはひとつもなく、ステータスの補正は器用さにばかり振られている。敢えて言うなら、操術師のスキルだけが、彼女の武器だった。魔曲を奏でたり、歌うことによって人形ピエールカを操るという形でしか発動させていないため、ある程度の間が必要となる。先手を取られてしまえば、エスタトゥーアには無力に倒れる未来しか残されていない。

 その特性を知る故に、双剣士メーアはエスタトゥーアから離れようとしなかった。それは、出逢ったころから変わらない。

 ただ、問題は、エスタトゥーアの長身も目立つのだが、この舞姫は舞姫で自身が花であるという自覚を持つべきだと思う。

 すれ違いざまに触れようとした()の手を、軽く靴のかかとを鳴らすことで避け、メーアは特段その件には触れずに再度エスタトゥーアを見上げた。


『で、どこ行きたいの?』


 物憂げな表情で、それでも尋ねてくれる優しさに、エスタトゥーアは甘えることにした。自身の地図マップを転送し、目的地を示す。一つ頷いて了承し、メーアはエスタトゥーアに並んで、南へと歩き始めた。

 双剣士メーアもまた、自身の所属する剣士ギルドの派生、双剣士ギルドへと顔を出していたらしい。ギルド内を闊歩する輩が皆双剣を佩いていて楽しかったと話してくれた。また、銘の入った双剣が数多く販売されていて、需要と供給ってああいうのを言うんだねと妙なことに感心していた。

 特別依頼については、王都周辺の魔物の生息がわかるような内容が並んでいたという。今までの集落とは異なり、その種類が多様であることや転送門ポータルとは関係のない集落にまで出かけることを要求されるような内容のものまであったらしい。


『たぶん、そんなにほかのギルドとは変わらないと思うよ。特別って名前がついてるだけって気がする』

『なるほど……』


 ギルドの特別依頼は戦利品ドロップの内容にその特性が多く表れる。そのアイテムを使う何らかのクエストが、今後発生する可能性は高い。エスタトゥーアの指摘に、メーアは交易商シャンレンが好きそうな話題だと思いながらふむふむと頷いた。

 南へ南へと向かううち、南門が近くなったせいか、今度はギルド関連施設ではなく宿や食堂が増えてきた。何となく人通りが増えた気がする。

 昼食時に訪ねると迷惑になる。できるだけ必要な情報を得たらすぐにお暇しよう。

 そう打ち合わせたころ、目的の店へとたどり着いた。

 ダロス・ラーデン。

 営業中を示す、人形のモチーフの書かれた看板が軒先に吊るされていた。




 人形師ダロス。

 各生産系ギルドの代表とは、王城に献上品を持ち込むことを許される身分である。人形師ダロスの場合、王都の人形師の頂点に立つ存在と考えるべきだった。その商売の対象は平民だけではなく、貴族や商人までもを相手にした商売をしていた。台の高いところに並べられた人形はどれも値段がなく、低いところの人形には市民でも少しがんばれば買える程度の値段がついている。土産物としての需要も高いようで、それらは回転のよさを物語るほどに真新しかった。

 人形師ギルドについて話を伺いたい、とエスタトゥーアが商売ではないところから話を切り出すと、店頭で売り子をしていた女性は本人ではなく、妻だと名乗った。裏手が工房になっているそうで、もう一人の従業員に店を任せ、案内を買って出てくれた。話が進む様子に、エスタトゥーアは流れを感じた。丁寧に応接室へ案内される。そこには、店頭とはまた違う種類の人形たちが飾られていた。


『この前見たのより、ずっと明るい気がするんだけど』

マリオーンの店の人形(あの子たち)は、過去に置き去りにされていましたから』


 ランプの明かりが絞られていたという類の話ですらない。

 主を待つ人形と、主に忘れ去られた人形の違いである。

 どれも西洋人形であり、人を模してはいるが、ガラシアほど人間そっくりという風情ではない。メーアはちらりとエスタトゥーアを横目で見る。楽しそうに深紅のまなざしが煌いているが、ガラシアを見た時の厳しさは見出せなかった。やはり、あの双子姫の話が、彼女により一層のこだわりを生んでいるのだと悟る。


「おまたせしました。人形師ギルド代表、ダロスです」


 軽いノックと共に応接室の扉が開き、入ってきたのは素朴な中年男性だった。厚地の前掛けをつけているところ以外、マリオーンとの共通項が見当たらないほど温和そうに見える。エスタトゥーアとメーアもまた名乗り、挨拶を交わして席につく。


「あなたがたはもしや……いえ、余計なことでした。人形師ギルドへの所属をご希望でしょうか?」


 ダロスの問いかけの続きは、何となく予想がついた。この数日の間に、王都イウリオスで爆発的にその姿を見るようになった、「命の神の加護を受けし者」だろうかという疑問だろう。別段否定する気もないが、どうやらNPCの間ではそれを言及することは失礼に当たるという考えもあるらしい。

 エスタトゥーアは、ゆっくりとかぶりを横に振った。


「いえ……人形師マリオーンの自動人形オートマートスについて、少しお話を伺いたくて」

『エスタ!?』


 単刀直入、ばっさりと話を踏み込んだエスタトゥーアに、メーアは驚きの声を上げた。交易商シャンレンほどでなくとも、エスタトゥーアもまた温和な割に交渉力はある、と思っていたのだが、まさかこれほど遠慮もなく問いかけるとは。

 人形師ダロスは、予想外の発言を受けたためか、呆気に取られてエスタトゥーアを見返している。ただでさえ白髪赤眼の長身美女である。武器こそ手にはないものの、その艶やかな微笑は迫力が違った。


「あの方に自動人形オートマートスについてお尋ねしたら、従魔の宝珠を要求されたのです。自動人形オートマートスの製作には、従魔の宝珠ほどの魔石が必要なのでしょうか?」

「そんな……あのひとは、やはり、ガラシアを……いや、まさか……」


 信じられない、といった様子で、ダロスはかぶりを振る。

 ぽろぽろと洩らされた呟きから、マリオーンがガラシアを今もなお待ち続けていることを人形師ダロスが知っているということがわかった。そして、従魔の宝珠を求める理由もまた。


「すみません、それは……私のせいです」


 それは、人形師マリオーンが、人形遣いになれなかった物語であった。

 かつてマリオーンには、将来を誓い合った相手がいたという。それがガラシアであり……過去の熱病によって、既に泉下へ旅立った者の名でもあった。

 小さくはあったが、人によく似せて作られた自動人形オートマートスを完成させ、王城に献上した人形師マリオーンは人形師ギルドの名を上げ、彼の店には数多くの注文が寄せられていたという。悪夢は、熱病により起こった。かの自動人形オートマートスクーラが献上されてすぐ、王城に熱病が蔓延したのである。ほぼ同時期にガラシアが熱病によって儚くなったことが、世間の非難をより一層集めた。店は閉鎖され、注文はすべて撤回された。弟子は一人も残らなかった。

 ダロスは当時、マリオーンの門下で人形師となり、独り立ちしたところだった。間一髪、騒動に巻き込まれることがなく、だからこそ次の人形師ギルドの代表に選ばれたと言ってもよかった。


「店の人形は、すべて処分されたと聞いています。ですが、そのあともなお、あのひとは人形を作り続けました」


 ダロスにとっては師となる相手である。まだ新婚だった妻に頼み、時折食事を持って様子を見に行かせたのだ。見に行くたびに、人形が増えていく……そんなある日、妻の訪いを拒否されたのである。異常を察し、ダロスは自ら理由を尋ねにマリオーンを訪ねた。そこで、見つけたのだ。


「ガラシアは、私の姉でした」


 自身の姉と瓜二つの自動人形オートマートス。だが、それは眠ったままで、動かなかった。大きさといい、機能といい、マリオーンが求めるものは人でしかなかった。

 目覚めさせるのだと繰り返す師であり義兄へ。


「だから私は、従魔の宝珠でもない限り、動くはずがないと……」

「ちょっと待ってよ。それってさ、二十年くらい前のこと、だよね? あのひと、それからずっと?」


 謝罪めいた話の流れを断ち、メーアは問いかけた。あの店の人形が処分されて、新しく作られて……ガラシアを新しく生み出そうとして?


 否定が求められていると知りながら、ダロスは頷いた。


「今もあの店にいるのなら」


 エスタトゥーアは、堪えきれずに目を閉じた。

 ――自動人形オートマートスは、一度も目覚めていないのだ。

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