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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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閑話 人形遣いと双子姫 ~それは喜びであってほしい~


 期待に胸を膨らませて奥へ向かった時とは打って変わって、誰もが沈んだ表情で戻ってきた。

 無数の人形の視線に耐えていたシャンレンは、その顔触れに家主がいないことに気づいた。


「お待たせしました」

「いえ」

「今日のところは帰ろっか。じゃあ、お邪魔しましたー!」


 エスタトゥーアの声かけにかぶりを振る。メーアは気を取り直したように、奥へ向かって挨拶を叫んだ。だが、返事はない。そのまま扉をくぐり、外へ出ていく。エスタトゥーアもそれに続く。浮かない表情であったのは誰も同じだったが、その中でも顔色が一段と悪いのはユーナであった。地狼の毛並みを握りしめるようにして歩いている。


『――何を言われたんですか?』

『交易商、歩きながら話そう』


 尋常ではない様子に問えば、不死伯爵(アークエルド)のほうから店を出るようにと注意を受けた。先にユーナたちを通し、シャンレンはアークエルドと肩を並べ、店を出る。奥に灯されたランプの明かりは、変わらずオレンジ色に煌いていた。




「従魔の宝珠が欲しい」


 かつて、ガラシアもことばを話し、微笑んでいたのだと彼は語った。眠り始めた理由は根本的な魔力の源である魔石から力が失われたためだという。ならばと人形師の伝手で手に入る、ありとあらゆる魔石を手に入れたものの、いずれも目覚めるほどの力は持たなかった。


「おまえさんが、生み出したいっていう……その宝珠を寄越せとは言わん。

 だから、ほかのでもかまわんよ。

 ――簡単なことだろう? 従魔使い(テイマー)も、従魔シムレースも、そこにいるんだからな」




 アークエルドは淡々と、事実のみを語った。その口調に苛立ちすらも感じられないことが、余程彼の感情を伝えてくる。

 シャンレンはユーナの心境を慮り、溜息を吐いた。エスタトゥーアが従魔の宝珠と自動人形オートマートスの作り方を秤にかけたところで、ユーナに無理強いをするとは思えない。そのことは、彼女自身もわかっているはずだが、それでも。

 顔色の悪いユーナと、かつてテイマーズギルドで号泣していたアニマリートの姿とが重なる。決して短くはない時間を共に過ごしてきた従魔アルタクスが、もしもと思うだけでも彼女にはつらいことだろう。



『従魔の宝珠でなくとも、人形ピエールカは動きます』


 店を出てから黙ったまま前を歩いていたエスタトゥーアが、振り向きもせずに口を開いた。その手が腰のベルトに伸び、愛らしい布人形に触れる。


起動スルヴェ


 術句ヴェルブムにより、二体の人形に命の息吹が吹き込まれた。エスタトゥーアのベルトから飛び降り、くるくるとその周りを回り出す。PTM表示にも、ルーキスとオルトゥスの名が自動的に追加された。


『クエストボスの希少な戦利品(レア・ドロップ)である宝珠に、わたくしの術式マギア・ラティオを組み込むことで、このように動かすことができるわけですが……話に聞く限り、ガラシアは自律行動が可能のようですね』

『だから、従魔の宝珠が必要だと?』

『人形師マリオーンはそう断じておりましたが、わたくしの意見は少し異なります。そもそも、従魔の宝珠によってガラシアが動いていたという発言はありませんでしたし』


 剣呑な響きを持たせたアークエルドの問いかけに、エスタトゥーアは歩みを止めることなく娘たちに手を伸ばす。すると、布人形たちは身軽に跳ね上がり、その手に戻った。再び腰のベルトに戻し、その頭をやさしく撫でる。

 王家の姫君たちの新たなる生を待ち望んでいるのは、人形遣いたるエスタトゥーアやその父王だけではない。だが、誰かの命と引き換えるという手段は、従魔の宝珠の本来の持ち主たるフィニア・フィニスはおろか、クランメンバーすべてにとっても受け入れられないことだろう。それは、クランマスターとなるエスタトゥーアにしてみても同じ気持ちだった。


 ――誰からも祝福されて、生まれてきてほしい。


 まだ見ぬ娘を思いながら、エスタトゥーアは立ち止まり、気鬱なままの従魔使い(テイマー)へ微笑んだ。


『ですから、少し視点を変えて攻めてみましょう。

 ……ユーナさんが心配するようなことは何も起こりません。ご安心下さいな』


 他に選択肢がないのかもしれない。

 ユーナのことばにできない恐れはそこにあると、エスタトゥーアはすぐに見抜いていた。だからこそ、選択肢を思案していたのだ。いくつかの手はある。あとは、ひとつずつ確かめていけばいい。

 エスタトゥーアの自信のあふれた微笑みに、ユーナはようやく表情を綻ばせた。毛並みを握りしめられていた地狼は、少し力の抜けた身体をそっと尻尾で撫でる。力を入れすぎていたとようやく気付いて、ユーナはあわてて離し、その毛皮についた手の跡を「う……ごめんね」と謝りながら撫でつけたのだった。







 結盟の館(クラン・ハウス)の購入、結盟クランの結成、一角獣の酒場(バール・アインホルン)の部屋割りや改装の希望の確認……サブマスターであるシャンレンの手助けを受けながらも、エスタトゥーアは立て続けにクラン・マスターとしての仕事に追われた。業者たる大工たちに要確認、という段になってようやく、一角獣の酒場(バール・アインホルン)の打合せは二日酔いのシャンレンに押し付けられたのだ。

 その日、エスタトゥーアは人形師マリオーンの希望に応えられる手段を模索すべく、特別依頼について調べるついでに自身の所属するギルドを巡ろうと考えていた。まずは場所を確認するため、再度ギルド案内所を訪れたのだが……そこには相変わらず、たれ目で気弱げな女性が受付に立っていた。


「あ、あなた、マリオーン探してたひとですよね!?」


 白髪の赤眼、しかも長身の白術衣、腰には二体の布人形。

 相手はNPCなので、おそらくエスタトゥーアの外見的特徴から把握したわけではないとは思うが、エスタトゥーアはかなり目立つ。そして、それほど探す者のない人形師について尋ねたこともあり、覚えられていたのだろう。

 おっとりと頬に手を当てて、柔らかくエスタトゥーアは頷いた。


「はい、確かにわたくしですが……何か?」

「あの時、私、廃業ってそのまま言っちゃったと思うんですけど……実は人形師ギルド、つぶれてなかったんですよー! ホントごめんなさい!」


 いえ、もう人形師マリオーンには会いましたから、お気遣いなく。

 平謝りする案内所の女性に、エスタトゥーアはそう言って微笑むつもりでいた。その表情が強張る。


 人形師ギルド。

 代表者が変わったとしても存在しているのであれば、ガラシアについての情報が得られるのではないか。


 そして、あの時。

 自分たちが訪れた時には、「人形師ギルド、代表マリオーンは廃業した」と言っていたことは、クエストの展開上の流れなのでは?


 エスタトゥーアの赤いまなざしが、その唇がゆるりと笑みを象った。

 従魔使い(テイマー)であるユーナの、従魔に関するクエストが開始されたユヌヤ以降、特に王都にたどり着いてからは旅行者プレイヤーに対して特別クエストが勃発しているという話だ。

 これも、そのひとつだろう。


「そうですか。できればその、人形師ギルドの方とお話したいのですが……」

「だいじょうぶですよ! そのひとはちゃんと開業されていますからね! 今の人形師ギルドの代表はダロスという方でして……」


 穏やかなエスタトゥーアの申し出に、受付のNPCは懇切丁寧に人形師ギルドの場所を説明し始めた。王都の地図を眺めつつ、エスタトゥーアはその場所に赤い丸を入れる。その場所は、マリオーンの店とは対極、ギルド街の南側に位置していた。感謝を述べ、彼女は身を翻す。


 また一歩、ガラシアへ。

 娘たちの未来へ近づくために、エスタトゥーアは足を速めた。

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