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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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閑話 人形遣いと双子姫 ~人形師マリオーン~


 ギルド案内所までは、舞姫メーアが先導することになった。

 王家の霊廟の一件で、ユーナやフィニア・フィニスたちが熱病を発症し、アシュアによって看護されているあいだ、一方でログインがやや遅かったメーアは王都の様子を見て回っていたのだ。ひとりであちこちを見て回ったり、歌と踊りで稼いだりしていたらしい。景気も良いようで、おひねりに小銀貨や銀が混ざるようになったとユーナに大量の貨幣を見せてくれたほどである。

 アップデート当日、仕事があるメンバーは夕方以降のログインとなるため、ログイン後はアシュアに連絡を入れることになっていた。結盟(クラン)結成のため、現実時間リアルタイムで夜九時を目途にクランメンバー全員がログインする旨は、アップデート前に打合せ済みである。それでも、アップデート当日ということもあって、皆、予定よりも早い時間帯にログインしてきているようだった。

 結名ユーナも、夕方に食事もお風呂も済ませ、「おやすみなさい」と両親にあいさつ済みである。どっぷり幻界ヴェルト・ラーイに浸かる娘は、一応、アップデート当日=新しいゲームを購入した日と理解してと言い置いている。よほどのことがなければ、邪魔は入らないはずだ。

 売主のマールテイトの厚意により、シャンレンは本契約より早く建物を自由に使っていいと許可を得ていた。ありがたく、一行はマールテイトの旧店舗である食堂兼宿に居を移し、節約生活を開始したところである。今までPT名であった「一角獣アインホルン」はそのまま結盟クラン名となり、本契約後の店の名も一角獣の酒場(バール・アインホルン)となるらしい。アシュアはシリウスの腕の件もあり、看護と案内がてら、一角獣の酒場(バール・アインホルン)に残っている。フィニア・フィニスは王家の霊廟での戦いで消耗した爆矢を補充するため、火薬を仕入れに行くとのことだった。当然、セルウスはフィニア・フィニスのお付きである。

 そして留守番をアシュアに任せ、エスタトゥーアたちはギルド街へと繰り出した。


「ホント、いいとこ見つけたよね」

「その分、お値段も大変良いですけれどね」


 一角獣の酒場(バール・アインホルン)の裏手の扉から、ギルド通りまで直行できる。その便利さに、舞姫メーアは表情を綻ばせた。相槌を打つクランマスター(エスタトゥーア)は苦笑いである。ははは……と乾いた笑いを漏らすのは、シャンレンだった。その若葉色のまなざしが、ユーナのとなりに向く。


「どう見ても、お貴族様のお忍び、ですね」


 シャンレンから借りた地味な色合いの外套マントを羽織り、不死伯爵アークエルドは銀色の髪を揺らして小首を傾げた。


「目立つか?」

「ある意味、目立ちますが……ここは、ちょっと特殊ですから大丈夫でしょう」


 ギルド通りは南北にギルド関連施設が続き、そのギルドメンバーを目当てに宿や食堂なども軒を連ねている。そして、ゲームの性質上、旅行者プレイヤーが多く行き来する場所になっている。ユヌヤで足止めを受けた関係で、旅行者プレイヤーのあいだではデザイン性の高いアルカロット産の装備が多く流通している。生産職が脚光を浴び始めた今後は変容していくだろうが、今はまだ少数であった。中には悪目立ちする旅行者プレイヤーもいるため、それに比べると、彼はまだおとなしいほうだった。

 そもそも、不死伯爵(カードル伯)はクエストボスとしてもよく知られた存在である。ホルドルディール戦によって、彼が従魔シムレースとなったことは各所の掲示板でも書き散らかされていたが、容姿としてはエネロの別荘の暗がりで、しかも戦闘を繰り広げたということもあってはっきりと記憶している者は少ないだろう。

 まして今は、赤い目が月色に、そして名前が「アークエルド」に、さらに印象的な銀糸の外套を覆い隠していることもあって、単なるお忍び貴族で済んでいると思われた。


「アークにも、そういう外套を買っておくほうがいいでしょうか?」

「それでよろしければさしあげますよ?」

「ダメです!」


 病み上がりのユーナも、自動人形オートマートスや双子姫が気にかかるということもあり、同行していた。建前的には、自動人形オートマートスの実物を見たことがあるカードル伯(アークエルド)がいたほうがいいのでは、ということで、今回は特別に擬装フェルリトゥルしたまま彼を伴っている。明るい場所でも一緒に歩けるなんてうれしい、とはしゃいでいたユーナが、ふと交易商シャンレンに尋ねると……相変わらず、商売っけのない提案を受けたので即却下である。


「必要ならば、今度用意しておこう」


 いつのまにか稼いで、自分の財布を豊かにしている不死伯爵アークエルドである。彼のワードローブが潤沢になる日は近い。

 人通りが多い場所を呑気に歩く主を横目に、地狼アルタクスは警戒を解かない。その漆黒の尾が時折彼女の腕をくすぐり、こちらを見ていない集団を避けさせる……など、なかなか器用な気の利かせ方をしていた。




 ギルド案内所は、好立地にあった。東西に通じる大通りと、ギルド通りの交差するあたりである。その建物も大きく、しかも「?」マークが看板に描かれていて、案内所であることが一目でわかった。大きく開け放たれた扉をくぐり、まず目に飛び込んできたのは喧噪である。玄関ホールにはまるでデパートの案内所のように正面には横長のカウンターがあり、そこへ受付嬢らしきNPCが複数立っていた。日本人らしく並ぶ者が殆どだが、並んでいないPTのあいだでどのギルドへ行くのかを揉めている者もいる。そちらを横目に、シャンレンは通路を歩くNPCを捕まえて、何事か尋ねていた。


「私は先に、結盟晶クラン・クリスタルを購入してきますね」

「お願いします。わたくしはさっそく、人形遣いギルドを……」

「エスタ、ほら、建前忘れてるってば」


 結盟晶を販売している場所は、この受付とは別の部屋だそうだ。シャンレンの申し出に、エスタトゥーアは遠慮なく乗る。思わずその白い術衣を引き、舞姫メーアは注意を飛ばした。だが、交易商シャンレン自身がかぶりを振る。


「いえ、そのほうがいいでしょう。この混雑ぶりですから、一応PTを飛ばしておきますね」


 その指先が宙を舞う。

 次々とPTMに名が増えていく中、彼はPTチャットで念を押した。


『夕刻には戻らなければなりませんから、次の鐘までにマリオーンの自動人形オートマートスについてわからなければ、また日を改めて、ということでお願いします』


 しっかりとエスタトゥーアが頷いたのを確認して、苦労性の交易商は微笑み、「ではのちほど」と踵を返した。


 案内カウンターの列は、まるで大規模なアパレル店舗のレジ前のように作られていた。客たる旅行者プレイヤーを長い一列に並ばせ、縄で作った道に沿って蛇行させる。空いている受付に、次の客を呼ぶ……。

 ユーナの視線が案内カウンターから、その後ろの壁へと移る。そこにはありとあらゆるギルドの宣伝文が羊皮紙に描かれていた。文章で書かれているものから、イラスト付きのもの、地図のあるもの、さまざまである。

 ふと、案内カウンターから、誰かが離れていく。その視線が宙を見て、壁際に向かう。何となく目で追いかけていると、そこには建物の案内板があった。


『では、わたくしは少し並んで案内を受けてみますね』

『おっけー。じゃあ、私は適当に話を聞いてくるね』

『あの……』


 そそくさと列へ向かおうとするエスタトゥーアと、ひらひらと手を泳がせるメーアへと声をかけ、ユーナは幻界文字ウェンズ・ラーイで書かれた案内板を指さした。


『人形遣いギルド、術師総合案内のほうらしい、です、よ?』


 アンファングで案内板を読まなかった教訓は、生きていた。



 術師総合案内は、建物の奥まったところにあった。魔術師や精霊術師、召喚術師、薬術師、占術師……このように比較的大きなギルドを有する職業の場合、個別の担当受付窓口がある。しかし、人形遣いを始めとする幾つかのマイナーなギルドに関しては、その限りではない。そもそもギルドごとに人を出せるほどの余裕もない、ということで、金銭を出し合って人を雇い、術師総合案内でまとめて案内を受け持つという。

 と。

 その、当の術師総合案内担当のNPCから説明を受けたユーナたちであった。


「そういうわけで、あんまり詳しくないんですけど、どうぞご容赦くださいね」


 たれ目の気弱そうな女性は、分厚い手製の古びた案内冊子を手元に広げたまま、自信がなさそうに言った。

 エスタトゥーアはその冊子へと視線を落とし、それからNPCへと視線を戻した。


「いえ、それは仕方がないと思いますので……わたくしが伺いたいのは、マリオーンという自動人形オートマートスの製作者について、なのですが」

自動人形オートマートス? そんなギルドあったっけ……」


 幻界文字ウェンズ・ラーイで「お」と書かれた部分の札を引っ張り、彼女は案内冊子をめくり始める。それを眺めつつ、エスタトゥーアはことばを添えた。


「人形遣いギルドの方ならご存知かと」

「あー……人形遣いギルドって、王都では子どもたちに人形劇を見せるひとたちなんですよね。よく孤児院とか、学院を巡っていますよ。人形をいろんな方法で操るんですけどね。錬金術でゴーレム作る方とか、念術師の方もいますけど、あれは自動人形オートマートスじゃないかなあ」


 今度は「に」の項目へと飛ぶ。そこから目を走らせつつ、数ページめくり……彼女の手が止まった。表情を輝かせて、冊子をエスタトゥーアへと向ける。


「ああ、これですね! 人形師ギルド、代表マリオーン!」


 その名の上には赤く二重線が引かれ、廃業という文字が続いていた。


「いやー、残念ですね。もうやってらっしゃらないようで」

「ちょっと待ってよ。他にも人形師っていないの?」

「普通、人形遣いさんってご自身で人形を作りますからねー。だから廃業されちゃったんでは? まあ、お亡くなりになったのかもしれませんけど」


 早く案内が終わってよかったと言わんばかりの「残念」な言い草に、慌ててメーアが尋ねる。愛想よく、受付担当のNPCは答えた。余計な予想まで入れなくてもいい、と舞姫の目が細くなる。エスタトゥーアの頭上からその冊子を覗き込んでいた不死伯爵アークエルドが、PTチャットで呟いた。


『住所が記載されている。行ってみるか?』

『え、どこ?』

『名前の隣に』


 ユーナの目には、数字と記号が書かれているようにしか見えない。これが王都イウリオスでの住所というのであれば、たいていの旅行者プレイヤーは意味不明だろう。エスタトゥーアの「場所、わかりますか?」の問いにもしっかり頷くアークエルドの頼もしさに、ユーナは目を輝かせた。


「ありがとうございました。では失礼いたします」


 エスタトゥーアはにっこりと愛想笑いでカウンターから離れる。彼女の視界には、王都イウリオスの地図マップが表示されている。そこにはアークエルドによって、かつて人形師マリオーンがいたという住所――ギルド街の一本裏通りではあるが、街壁に近い場所に、赤い丸がつけられていた。 




 街壁に近ければ近いほど、町の中央からは離れる。

 徐々に人通りが少なくなるのを感じながら、エスタトゥーアはさらに足を速めていた。その様子に、シャンレンは口元を緩ませる。


「早々とマリオーンの情報が得られたんですから、運がよかったと思いますよ。廃業していても、近くにお住まいの方が何かを覚えていらっしゃるでしょう。問題は……」


 彼が言い淀んだ内容を悟り、舞姫メーアはあっさりと口にする。


「カードル伯が生きてたのって、二十年以上前だよねえ。例の熱病で関係者が全滅してないといいんだけど」


 冷静な判断である。アークエルドも特に気を悪くすることもなく、頷いた。最もその可能性が高いからだ。まして、その街壁近くには……墓地まであるのだから。地図マップに表示された内容を見て、ユーナもまた気落ちする。

 だが、その予想をも大きく裏切り、アークエルドの示した場所にはきちんと家があった。看板は出ていないが、色褪せた人形が窓際にディスプレイされていたのである。ユーナもテレビで見たことがあるような、西洋人形だった。しかも特に入り口が封じられているということもなく、人形の向こう側からは明かりが漏れていたのである。


 エスタトゥーアの繊手が、拳を握った。

 ユーナは、息を呑んだ。


「こんにちは! こちらは人形師マリオーンさんのお宅でしょうか!? わたくし、人形遣いのエスタトゥーアと申します!!」


 ドアノブを握り、景気よく扉を叩く。普段の優雅で美しいエスタトゥーア像がガラガラと音を立てて崩れ去っていく……。

 返事を待たず、さらに彼女は叫んだ。


「ちょっとあなた、窓のところの子がどうなっているのかご存知ですか!? かわいそうに、早くおうちの中へ入れてあげてください! あなたの愛はその程度のものですか!」


 彼女がこれほど興奮している理由が、ようやくわかった。

 あの色褪せた人形を見て、怒っているのだ。

 ふと、エスタトゥーアの動きが止まる。彼女のドアノブを握る手が、離れた。


「うるさい! ワシの愛はいつだってガラシアに捧げられている! この愛を疑うことは、神でも許さんぞ!」


 一気に開かれた扉から、白っぽい灰がかった髪も髭も伸び放題の男が現れた。

 ひっ、とユーナの口から小さな悲鳴が漏れる。彼女の視線の先、男の後ろには……無数の人形が、あった。

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