表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
230/375

閑話 人形遣いと双子姫 ~新たなる娘たち~


 テーブルの上に置かれた半球状の宝珠が二つ。

 その見事な切り口を合わせれば真球となる従魔の宝珠を眺め、人形遣い(エスタトゥーア)は感嘆の溜息を吐いた。


コア、ですね」

「コア?」


 おうむ返しに問う黄金の狩人(フィニア・フィニス)に深紅のまなざしを向け、エスタトゥーアは腰に手を伸ばした。テーブルの上に戻ってきた手には、布人形がふたつ――ルーキスとオルトゥス、である。


「ええ、わたくしの布人形(この子たち)にも組み込んでいますが……質は段違いです。しかも、こちらには『とある姫が封じられている』とまで但し書きがついています」

「エスタトゥーアさんは、スキルに『鑑定』がおありで?」

「――一応、『鑑定』と名のつくスキルはありますよ。わたくしの場合、鍛冶師の『鉱物鑑定』や薬術師の『素材鑑定』がありますので、どちらが反応しているのかまではわかりませんが……」


 交易商シャンレンが身を乗り出す様子に、彼女は期待されているのがわかってことばを濁した。エスタトゥーアにとって、素材が何たるかはさほど重要ではない。その素材をどう使えるかが重要なのだ。もちろん、価値という面に重点を置くシャンレンにとっても、その素材の使い道はもちろん重要なはずだが、彼の場合はそのアイテムが市場にどれほど出回っているか、相場はいくらか、これからその相場はどう動くのかのほうが先に来る。どちらにせよ、現時点ではクラン一角獣アインホルンにとって必要か否かがものさしのひとつになっていることは間違いない。

 熱心にエスタトゥーアの話を聞き、なるほどと頷きを返してから、シャンレンは口を開いた。


「私にもその但し書きが見えますが、これは以前、この従魔の宝珠を鑑定した時にはなかった表記ですね」


 そして、片眼鏡モノクルを光らせて、改めて情報を提示した。文章という形で見せるべく、あえてフレンドチャットでメール化する芸の細かさは相変わらずである。


 ヴェールの宝珠

  森熊フォレスト・ベア従魔シムレースが結晶化したもの

  MVPのスーパー・レア・ドロップ

  分割済み 二分の一個(素材ランク☆☆☆)

  地属性

  とある姫が封じられている核


 ユーナはその鑑定結果を見て、王家の霊廟での彼女たちの姿を思い出した。

 たった三つで儚くなったセピア色の姫君たち。

 二十年もの時間を闇の中で過ごし、それでも色褪せなかった命の煌き。

 父王フォルティスの切なる願い。


 紫水晶が宝珠の内なる存在を思い、影を落とす。その感情の揺らぎに触れ、足元に横たわる地狼がぴくりと身じろぎした。隣に座る不死伯爵アークエルドもまた、主の感じたものと同じ感情を胸に過らせ、それでも彼は、かつての主君の思いを伝える。


「『どのような形でも構わぬ。従魔シムレースとなり誰かに膝を折ろうとも、心を失い絡繰り人形に封じられようともよい』……彼女たちの父、フォルティス王の言葉だ」

従魔シムレースですか? それならユーナさんが」


 シャンレンの言に合わせて、視線が従魔使いへと集まる。だが、ユーナは慌ててかぶりを振った。


「いえ、その……あの子たちを従わせるとか、そういうのはちょっと」


 いとけない幼子を、従魔シムレースになんてできない。

 そういったニュアンスを隠した言葉尻に、不死伯爵アークエルドのほうをちらりと見る。いつまでも「従魔シムレースは何をおいても主の意志を優先する」という事実を理解しない様子に、アークエルドは口元を歪めた。苦笑である。


「私に遠慮はいらぬ。陛下は姫君を闇に閉じ込めたくないという一心で、我々に託されたのだ。その核をどのように宿らせようとも、不満などない」

「そうは言っても、ねぇ?」


 どのようにに扱ってもいいという旨の言質を取ったところで、無下に扱えるはずがない。

 青の神官(アシュア)が同意を求めた先は、白髪の親友であった。エスタトゥーアはふんわりと表情筋で微笑んだ。但し、その真紅のまなざしが笑っていない。


「わたくしの娘にもなるわけですから、そのあたりの土くれに宿すわけにはまいりません」

「だよねぇ……」


 この人形遣い(クランマスター)が、「愛し子」と言いながらシャンレンを操った記憶はまだ新しい。

 その時の首飾りは、既にエスタトゥーアの胸に戻されている。舞姫メーアは、新しく生まれてくるだろう人形(彼女の娘たち)のことを思い、しみじみ頷く。


「じゃあ、その布人形……には入らないから、やっぱりでっかいぬいぐるみでも縫って、中に詰めるの?」

「――シュールですね、姫……」


 かつてのヴェールを思い出し、それが愛らしいクマのぬいぐるみへとデフォルメされ、半球が納められるところまで想像してしまってげんなりした盾士セルウスである。

 ふふ、とエスタトゥーアは声を出して笑った。


自動人形オートマートスなる機械仕掛けの人形が、王都にはあると聞いたことがあります。それを作る人形遣いがいるはず……少し調べてみましょう」

「え」


 オートマートス、の単語に、ユーナが声を上げる。その紫の視線が、となりに向く。月色がそれと絡み、強く頷いた。


「知っている。王城への献上品として贈られたものを、陛下が姫君たちの元へお持ちになっておられた。確か、銘が……マリオーン、と」


 王子ソレアードは、時折姫君を見舞っていた。その時もおばばさまから姫君らが寝台から起き上がっているという話を聞いて、そのまま足を運んだはずだ。毛足の長い絨毯の上で、双子姫はフォルティス王から下賜された人形を取り合っていた。はらはらしている侍女たちを横目に、王子はなんと、その人形を取り上げたのだ。そして、こともあろうに人形の衣服をしたから覗き込み……その衣服の裏側に、刺繍が施されているのを見つけた。「名はマリオーンか?」という問いかけに、姫君たちは揃って異を唱えていた。口々に何事か名を叫んでいたが、ことばがあやふやで聞き取れなかったのをおぼえている。

 自動人形オートマートスですよ、という侍女のことばと、実演がなければ、そのことばは記憶に残らなかったかもしれない。

 「ごきげんよう」と服の裾をつまみ、上品に頭を下げる女の子の人形。一連の動作を見れば、精巧な細工物であるとわかる。姫君たちの手に戻れば、ただの人形にすぎなかったが……。


 マリオーン、と口の中で繰り返し、シャンレンは情報収集を引き受けようとした。


「こういうことにかけては、ギルド案内所が一番情報通でしょう。ちょうど結盟晶クラン・クリスタルを買いにいくところですし、訊いてきますね」

「いえ、わたくしもまいります。……結盟クランに関することですから、ね」


 どう見ても「自動人形オートマートスの情報を仕入れたらその足で人形遣いのところまで向かいます」というエスタトゥーアの姿勢に、舞姫は突っ込んだ。


「エスタ、目の色変わってるよ……」


 ほほほ、とごまかすように笑うクランマスターを一瞥し、アシュアはフィニア・フィニスに向き直る。完全にエスタトゥーアは浮かれているのだが、双子姫が人形に生まれ変わること自体は誰も異を唱えない。問題は、その対価である。エスタトゥーアの娘ともなれば、それは所有権が彼女に移る。中身がたとえ姫君になろうとも、従魔ヴェールの宝珠はもともと、れっきとしたMVPアイテムだ。今ならいろいろふっかけても、エスタトゥーアの借金が増えるだけである。情け容赦なく、むしり取ることも可能なのだが。


「ねえ、ホントに対価、いらないの? フィニアちゃん」

「うーん、まあ、もともとアシュアさんに法杖の対価って渡したかったモノだから、いーよ。仲間が増えるんだったら大歓迎だしさ。

 でも、さ。その代わり……ちゃんと可愛い、双子姫にしてあげてよ、ね」


 あっけらかんと了承する黄金の狩人(フィニア・フィニス)が、最後に迷うようにことばをためらい、少し頬を染め、次いで上目遣いで照れたように希望を述べる様子に――盾士セルウスが悶絶したところまで、見事にお約束だった。

 鉄板の光景に、当人たち以外の口元が緩む。

 エスタトゥーアは断言した。


「もちろん、わたくしの娘ですから。この子たち同様、慈しみますとも」


 その両手に、布人形を抱きしめて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ