戦況を読め
実は、昨日付で序章を改稿しております。
ざっくり削って移動して、としていますが、内容は変わっておりませんので、
既にここまでご覧になられている読者の皆さんはお気になさらず!
なお、本日更新予定のもう一作品「幻界のクロスオーバーβ」のほうは、
本日中更新予定ということでよろしくお願いします。(←。
がんばって書いておりますー!
街壁近くに、赤茶けた集団が固まっている。ところどころに魔獣系も混ざっており、依頼を受けて駆けつけた旅行者や聖騎士隊は、どちらかというと魔獣系に飛びついていた。
――とんでもないのはその雑魚だと、何故わからない?
徐々に増えていく地小鬼の数を、当初、東門近くの精鋭たちは感じていなかった。ひょっとしなくても、今も感じていないのかもしれない。新たに到着した、我らが一角獣のクランマスターたちは、赤茶色の集団を選んで相対しているようだが、その数の減らし方も焼け石に水である。
黄金の狩人は新たなる赤茶色の群れへと、爆矢をまたひとつ撃ち込んだ。腰を落とし、十字弓をしっかり押さえつけていてもなお、身体ごと吹き飛びそうになる。
「もうひっぱってないよな?」
「眠る現実も戻っているようなので、おそらくは」
同じPTではないため、直接その姿を探さなくてはならない。ひとつ南側の灌木の傍にラスティンの鎧を見出し、盾士は同意を示した。その際、盾で一体、地小鬼を打ち倒す。それほど個体としては強くないため、盾による打撃であっても倒せてしまうのだ。問題は数だった。前衛として盾士がいても、後衛である黄金の狩人の獲物は十字弓である。火力は大きいが手数が少ないため、ラスティンは気を利かせて前衛を回してくれていた。シリウスとはまた異なる系統の片手剣と盾を使う戦士は、フィニア・フィニスの爆矢によってこちらをターゲットとみなし襲い掛かってくる地小鬼を、着実に一体ずつ仕留めている。
正直、体躯の大きい地犀や地蜥蜴よりも、よほどこちらのほうが手に余る。数の暴力とはまさにこのことだ。ラスティン率いる「眠る現実」の一部が調子に乗って呼びすぎたことが主な原因なので、自分で蒔いた種であることは棚上げして、フィニア・フィニスは文句を言った。
「この辺のフィールドの敵、全部引っ張ってるんじゃないか!?」
「いくらなんでもまだおるやろ。ついでに全滅させとこか?」
「もういらないから!」
戦士は声を張り上げて笑う。その笑い声が波及して、少し離れた「眠る現実」の連中も笑った。
余裕、と言えば余裕である。
目の前の敵を落とすことに問題はない。数を倒したことにより、フィニア・フィニスもセルウスもレベルが上がったほどのおいしさだ。
だが、今もなお、地小鬼は増えている。魔物列車をやめても、未だに。
体力の丸薬を惜しげもなく使うにしても、クールタイムがある。そして、薬とて無限にあるわけではない。午後過ぎから開始したこのお祭り騒動に、フィニア・フィニスやセルウスも大量の薬や丸薬を預かっていたが、もう半分以上使っていた。
そしてもうひとつ。
幻界は、今、秋を迎えている。閉門の鐘よりも日暮れが早くなる今、もうすぐ陽が落ちる。
夜になれば――光を目印に、闇に慣れた者が挑んでくるのだ。
また一発、フィニア・フィニスは爆矢を撃ち込む。ひとつの群れがだいたい十から十五程度の個体数だ。そのうちの半数近くを爆風や爆矢の直撃で倒し、無傷で残る者はなく、すべて手傷を負う。青の神官が戻らなくなってから作り溜めた爆矢を、引きを辞めた時から使い込んでいる。まさに、今日は大盤振る舞いである。
にもかかわらず、また新たなる群れがやってくるのだ。減らしているはずなのに増えている事実に、フィニア・フィニスは焦りを感じていた。
舞い降りる不死鳥幼生に、そっと手を伸ばす。
朱金の翼をもう一度軽く羽ばたかせて、それから彼女はユーナの腕に爪を掛けた。袖が長くてよかったと思いつつ、ユーナは意外な軽さに目を瞠る。
「キゥ」
一声鳴いて、不死鳥幼生は、己の主へと頭を擦りつける。その愛らしさに、ユーナは悶絶しそうになり、アシュアとソルシエールははしゃいだ。
「くっ、かわいい……っ」
「やーもー、何コレ、ちょっと触っていい?」
「あたしもあたしも!」
戦場のすぐそばである。
手放しに可愛がられる不死鳥幼生へと、地狼が尋ねた。敢えて空気は読まない。
【戦えるのか?】
「キゥ!」
【それでもいいよ】
従魔同士の会話にも関わらず、ユーナには話の中身がわからなかった。不死鳥幼生に対しては、共鳴が効いていないようだ。先ほどのPTチャットはきちんと聞こえたのに、と、いろいろ残念に思っていたら、腕から地狼の背へと不死鳥幼生が飛び移った。そして、彼女の影が揺らめく。瞬く間にその姿は幼子へと変貌した。
「ほほ、なかなかの座り心地じゃの。
さて、主よ。空から見たがの、さまざまな魔獣もまざっておるが、もっとも気がかりなのは地小鬼じゃ。東門へと押し寄せておる。
このまま日が暮れれば、東門の前には聖騎士たちの遺骸が転がることとなろう」
地狼に乗り、幼女は金のまなざしをユーナに向けた。
その言に、剣士が問う。
「小鬼って、仲間呼びしてるんじゃないのか!?」
「さよう」
「数が多いなら、一気に燃やすのか?」
「ほほ」
術杖を片手に本気で言う紅蓮の魔術師へ、幼女は雅に笑ってみせた。口元を覆う指先は丸く、手はふくふくしている。
「混戦を極めておる戦場に、炎の絨毯でも敷くつもりか? 魔術師よ。
『命の神の祝福を受けし者』にもいろいろおるのぅ」
もちろん、朱殷のまなざしと交錯する金のまなざしは、少しも笑っていない。
言い返すことはせず、紅蓮の魔術師は睨み返す。
「何やってんのよ、大人げない」
「なっ」
今もなおおばあちゃん呼びのアシュアが、肩を竦める。あんまりな言われように、仮面の魔術師は口をぱくぱくさせた。
「早く合流して、少しでも数を減らしましょう。できるだけ後方のほうがいいかも」
「うむ。そちらの娘御の言う通りじゃが、後方に向かうのは我らだけでよい。そなたらは街壁を頼む。
さあ、主よ。参ろうぞ」
「えっ?」
先ほどユーナがしたように、小さな手が伸ばされる。
「地狼に乗れ。よもや、落とすまいな?」
【アデライールは落としても、ユーナは落とさないよ】
「アデラも落としちゃダメだってば!」
鼻を鳴らす地狼に叫ぶと、その首が伸びた。問答無用に咥えられ、背に放られる。「ぐぬぅ」という微妙な呻きが胸の下から聞こえた。慌てて両手を背につく。幼女がその隙間から頭を上げた。
「主よ。もっと食べなければ大きくならんぞ」
「う」
振り向きざま、ぺたり、と胸に手を当てられ、みるみるうちにユーナの頬が紅潮していく。
「今はそうでもないんだけどなぁ」
「アンタどこ見てんのよ!?」
今どころか幼少時より見ている剣士の中のひとである。アシュアに注意を受け、そっと彼は視線を逸らした。頬を指先で掻いている。
「地小鬼については我らに任せるがいい。あれは御しやすいのでな」
くるりと地狼の頭のほうへ姿勢を戻し、凛々しく幼女は言い放つ。その足が地狼の背を打った。
【馬じゃないから】
文句を言いながらも、地狼は駆け出す。
幻界では結構食べてるんだけどなぁ、とユーナは心で涙しながら、幼女が落ちないように彼女の身体を支える形で手を添え、地狼の毛並みを握ったのだった。




