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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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ようやく手が届く


「師匠!?」


 少女(アルタクス)の細腕に支えられた身体は力が抜け、くたりともたれかかっていたが、自称弟子の声掛けによって僅かに身じろぎした。軽く頭を振る仮面の魔術師を、少女が足先から下ろす。

 ふぅっと息を吐き、彼は室内を見回した。そして、ようやく見つける。

 青の髪、青の術衣、白銀の法杖。

 朱殷の瞳が、緩む。


「――アーシュ」


 耳に届いた声音を、その場にいた一角獣アインホルンの誰もが、信じられない気持ちで受け止めていた。

 これほどまでに優しく誰かを呼ぶのかと。

 本人ですら、その事実に驚いて、口元に手を当てている始末である。仮面に覆われた表情は、わからない。

 むしろ、目の前で泣きそうに顔を歪めるソルシエールを見て、アシュアは彼女の下から即、怒鳴った。


「アンタまで何しにきてんのよ!?」


 仮面が、完全に明後日の方向を向く。

 そして、アシュアの視界に仮面の魔術師からPT要請ウィンドウが開いた。「はい」へと拳を叩きつける。

 PTのステータスがずらりと並ぶ。その数に、彼女は息を呑んだ。


『ああ、合流できたんですね』


 耳元から聞こえたのは、交易商シャンレンの声だった。次いで、人形遣い(エスタトゥーア)がふふ、と笑う。


『では、こちらも始めましょう』

『おっけー! ルーキス、オルトゥス、いっくよー!』

『はい』

『かしこまりました』


 舞姫メーアの掛け声に合わせて、どこか聞き覚えのある声音が返事をする。が、ルーキスとオルトゥスは……人形遣い(エスタトゥーア)の双子の()人形、のはずだが。

 アシュアの疑問を無視して、弦の旋律が流れ始める。それは、割れた窓の下から、大聖堂の前から届けられていた。舞姫メーアの鈴の音が、重なる歌声が、聞こえる。


――祈りを捧げよう

  命の神よ あなたに感謝の祈りを

  あの日の旅立ちに いつかの出逢いに

  そして伸ばした手が 今 届く


『大神殿と大聖堂の間は、参拝者で埋め尽くされてるよ。これで、大聖堂まで聖騎士は移動できない!』


 弓手セルヴァが楽しげに状況を語る。

 彼の目の前では、歌い手と弾き手が、新たなる(身体)を得た双子姫が、ゆるゆると命の神への感謝を歌い、舞い、奏でている。奉納される楽はその演目上、大神殿側は阻止できない。


『こっちも頑張ってるよー。街壁には影響出ない程度に、眠る現実(ドルミーレス)の新人さんたちと聖騎士隊が東門死守してる感じ? まあ、次から次へと魔物列車モンスタートレイン、到着してるけど』

『姫も釣るの、お上手ですね!』

『ま、魅力ってやつかな』


 魔物列車モンスタートレイン

 MPKモンスタープレイヤーキラーという、魔物を何らかの手段でアクティブ化させ、自身にターゲッティングさせたまま他者にそのターゲッティングをなすりつけることによってプレイヤーを殺害する行為の手段のひとつとしても使われる。

 本来、アクティブモンスターばかりいるフィールドにおいて、自分の対峙しているモンスターを倒しきれず、次々と増えていく敵対象から逃れるため、走っている様子……を客観視したものだ。ターゲッティングしてくるモンスターたちからプレイヤーが逃げる様子は、複数の魔物を引き連れて走っているので「列車トレイン」と呼称されるのである。


 フィニア・フィニスとセルウスの名は、PTリストのほうではグレーダウンしているにも関わらず、アシュアの耳にまでその声が届いていた。

 不可思議な状況に首を傾げていると、コミュニケーションウィンドウが開く。クランのタブの点灯に、アシュアは悟った。

 PTチャットとクランチャットを併用し、同一PTMだけにクランチャットを届ける。

 この仕組みによって、フィールドを越えてもフレンドチャットのように会話が可能となっているのだ。


「何……東門……?」


 呆然と神官の口元から漏れたことばに、ソルシエールは頷く。アシュアの上から身体を離し、膝を立てて屈んだ彼女は、苦笑を洩らした。


「あの交易商、ホント腹黒ですね。アシュアさんを助けるために、理由を作ったんですよ」

「シャンレンだからなあ」


 シリウスも『聖なる炎の御使い』の上から離れ、自身の身体を少しゆすった。ガラス片が残っていれば、老女に害を及ぼすかもしれない。窓から距離があったおかげで、特に落ちていく破片は見えなかった。


 東門に増加しつつある魔物は、旅行者プレイヤーによる魔物列車モンスタートレインが原因。

 釣っているのはフィニア・フィニスやセルウスだけではなく……眠る現実(ドルミーレス)のメインメンバーたち!?


 その会話の中身を理解し、アシュアは身を起こして頭を抱える。


『ラスティンに何言ったのよ……』

『うちの聖女を取り返したいので手伝って下さい、と』

『どこの聖女よ!?』


 腹黒交易商シャンレンに詰問する一角獣アインホルンの聖女の会話に口元を緩めつつ、ソルシエールは立ち上がり、少女(アルタクス)へ手を差し出す。


「無茶するんだから……ほら、解除前にMP補給しとかないと、意識吹き飛ぶかも。丸薬ピルラは足りなかった時用に、とっときなさいよ」


 既に、黄色から濃いオレンジにまで、ユーナのMPバーは変わりつつあった。融合召喚ウィンクルムをしたまま、大規模な地霊術を実行したためである。この後の戦闘を見越したニュアンスは、アルタクスの中のユーナにはきちんと理解できたようだ。それは少女(アルタクス)の行動として表れる。心底嫌そうな顔をしながらも、ソルシエールの手を取ったのである。

 彼女ユーナ自身がこのような表情をすることはまずないので、珍しいものを見た気持ちで巫女ソルシエールはMP譲渡の術句ヴェルブムを口にした。雷撃を全身に受けながらも、獣人化した従魔使い(ユーナ)は耐えきり……直後、融合召喚ウィンクルムは解除された。紫光の召還陣がひとりをふたつへ分けていく。


 MP回復促進のスキルマスタリーを持つ上、前衛としての特性も持つ巫女ソルシエールならではの判断に、紅蓮の魔術師は口を挟むことなく聖騎士マリスへと向き直る。聖騎士マリスは目の前の異様すぎる光景に、息を呑んでいた。その頭上の名が緑であることを確認し、一振りの短剣を差し出す。

 王家の紋章を視界に入れ、聖騎士マリスは目を瞠る。


「青の神官アシュアを取り戻し、王都の防衛へ急げとステファノス王子から依頼を受けた。これ以上の邪魔立てをするなら、王城と先に喧嘩しろ」

「邪魔など……」


 聖騎士マリスは、思わず弱腰に言葉を発した。大神殿の、高司祭ヴェーレンの意を汲み、アシュアを大聖堂に縛りつけたのは事実である。だがそれもすべて、本来は聖女としての役割を期待してのものだったはずだ。それは邪魔ということばで片づけられることではない。

 が、一角獣(この連中)にとってはすべて、閉じ込めた理由などどうでもいいことなのだと、聖騎士マリスは今頃ようやく理解していた。王城までも味方につけ、大聖堂の奥深くにまで入り込み……それらの行動は、ただ、ひたすら彼女を取り戻す意図しか示していない。


 聖騎士マリスが敵対しないことを確認し、仮面の魔術師はPTチャットで今後の動向を問う。


目的地()に着いたが、どうする?』

『命の聖印を探して下さい』


 すかさず、交易商シャンレンが説明を続ける。


『マールテイトに確認しましたが、大聖堂の三つの塔からは特殊な脱出路へ向かうことが可能だそうです。その部屋に、聖印はありますか?』

『マールテイトさんが? 命の聖印? 何でそんなこと知ってるの?』

『元聖騎士ですからね、あのひと。開扉神術によって、扉は開くそうですよ』


 アシュアの問いに、あっさりと交易商シャンレンは料理人の来歴を告げる。PTチャットが静まり返った。

 オープンチャットで、ぼそりとユーナが呟く。


「道理ですっごく怖いと思った……」

【ユーナ、あのばあちゃんのほうが怖くない?】


 従魔使い(ユーナ)が、調理の基本を叩きこまれる時のマールテイトの声音を思い出して震え上がる。しかし、地狼は『聖なる炎の御使い(老女)』のほうへ鼻先を示した。この部屋に入った時から、そのまなざしは一度たりともユーナから逸らされることなく――今もなお、感じる。白濁とした瞳に、何が映っているのかはわからないが、興味は伝わってくるのだ。


「おばあちゃん? だいじょうぶ?」

「窓から離れてたからな」


 ユーナは促されるままに老女を見たが、しわしわの顔からは何も読み取れなかった。すぐそばにいた聖騎士めいたシリウスが、ニッと笑う。その様子に無事とわかり、安堵した。


「そっか、よかったー。

 あ、おばあちゃん、命の聖印ってこのお部屋のどこかにあったりする?」


 破顔したユーナの問いかけに、老女はすぐ、顔を背けた。

 否。

 『聖なる炎の御使い』の向く先に……命の聖印を象る聖旗が、壁に刻み込まれていたのである。


 アシュアが聖旗へと触れる。


「これが、扉?」


 仕組みは、王家の霊廟に似ているようだ。

 すると、背後から聖騎士マリスの声が上がった。


「まずは、『聖なる炎の御使い』の意思を確認してほしい。

 今更、神官アシュアをこれ以上拘束しようとは思わないが、『聖なる炎の御使い』を連れ出すというのであれば話は別だ。彼の方の意思は何者よりも尊重される。これは、建国以来の理だからな」


 ユーナは身を屈めた。

 ソファに座る老女へ、視線を合わせる。その手を取ると、やさしく握り返された。


「おばあちゃん……」


 しわだらけで、ふにゃふにゃの手。少しひんやりした感触が、もう懐かしく思うほどだった。

 王家の霊廟では、ろくにお別れも言えなかった。何となく、また大神殿へ行けば、変わらず受け入れてくれるような気がしたくらいで。高貴な存在だとわかっていても、不死伯爵(アークエルド)やソレアードに向けられた気持ちが、ユーナにとってはせつないほどに近しく感じられていた。


 白い、部屋で。

 ただひとりいたのかと思えば、寂しくなる。


「おばあちゃんも、一緒に行こ?」


 白髪の老女は、皺の間から白濁とした瞳を見せた。

 何かを見ようとする素振りは、どこか驚いている様子でもある。

 そして彼女は、幼子の駄々を許すように、ゆっくりとひとつ、頷いたのだった。

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