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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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感謝と許し


 さすがにファーラス男爵と馬車に同乗する前から、武器は道具袋インベントリに片付けている。ただ、紅蓮の魔術師(ペルソナ)からはこっそりと「いつでも出せるように道具袋インベントリウィンドウを開けておけ」という指示は受けていて、タッチすれば即装備可能状態である。

 ユーナの傍には変わらず地狼アルタクスが付き従っており、ふたりが武器を持つ時間は余裕で稼いでくれそうだった。


 ――何が起こるかわからないからな。


 そう、紅蓮の魔術師は繰り返していた。

 大神殿だけではなく、王城までもを敵に回す可能性を示唆することばに、怖さよりも胸が高鳴るのを感じたほどだった。


 それでも。

 それでも、取り戻したいのだと。


 静かな声音の語らない意図が、ユーナの心にも重なっていた。

 覚悟が伝わってきたからこそ、心に落ち着きが生まれたのかもしれない。

 絶対に倒すというものではなく、絶対に取り戻すという違いこそあれ。

 それはもう、難関な敵に立ち向かう前の楽しさと言い換えてもいいものだった。



 サーディクからの伝言を受け、扉を守る騎士のひとりが奥へ急ぐ。王城の騎士を通じて、ファーラス男爵アルテアの来訪は王子にまで即座に伝えられる、というのは本当のようだ。

 先導の騎士にユーナたちを含む男爵一行が案内された場所は、大扉にほど近い待合室だった。貴族位によって使用できる部屋が定められているそうだが、初見のユーナにはよくわからない。通された部屋はどこもかしこもきらびやかで、自分の服装が非常に場違いであることを痛感させた。白を基調に作られた短衣はエスタトゥーア謹製のもので、ところどころに瞳に合わせた紫の刺繍が施されている。見るからに旅行者プレイヤー然としており、ファーラス男爵がいなければ門前払い間違いなしだろう。


「おまえたちは立ったままでいろ。それから、ファーラス男爵から許可が出るまで、話すな」


 キョロキョロと調度品やらシャンデリアやらを眺めていると、優雅にソファへ腰を下ろした男爵の傍から、サーディクが注意を飛ばした。言われずとも、男爵どころか王子様と席を同じくする根性などないユーナである。

 ユーナと違い、待合室の扉を見つめたまま、仮面の魔術師は沈黙を保っていた。

 扉が、叩かれる。


「レインです。交易商シャンレン殿をお連れしました」

「入れ」


 側近たるレインがまず姿を見せ、次いで、派手な赤のベストを纏ったシャンレンが入ってくる。そのベスト以外の服装が、いつもと違うことにユーナは目を瞠った。

 真新しいシャツはたっぷりとした白の布地で作られているようで、襟元と袖口がひらひらしている。ベストと同色の帽子を被り、脚衣にはまるで貴族仕様のように赤の刺繍が施されていた。

 彼は優雅に交易商としての礼をし、ファーラス男爵へ向き直る。


「遅くなりまして、たいへん失礼いたしました」

「貴様も一角獣アインホルンなのか……よくこれだけの人材を揃えたものだ」

「お褒めに預かり光栄です」


 全速力で駆けつけたはずだが、彼はその疲労をまったく表に出さなかった。ファーラス男爵は、交易商シャンレンのことも覚えていたようだ。マールトのクエストの折だろうか。

 ぴくり、とシャンレンの身体が震える。そして彼が扉へと視線を流した瞬間、それは叩かれた。レインがすかさず扉を開き、応対に出る。


「ステファノス王子の護衛騎士を務める、アルマリクと申します。

 ファーラス男爵はこちらに?」


 王子の先触れである。

 ファーラス男爵の言う通り、「すぐ」やってくるという旨を伝えに来たようだ。護衛騎士は室内に入り、アルテアへ挨拶を述べた後、一通りユーナたちを検分して開いたままの扉の傍に立った。そのまなざしは監視を物語っている。


『驚きましたね。本当に、これほど早く王子との謁見が叶うとは……』

『とっても仲良しなんですね』

『だといいがな』


 PTチャットでの会話は、彼らには聞こえない。

 営業スマイルを崩さずに、シャンレンは音もなくユーナたちへと並ぶ。興奮気味のユーナに対して、仮面の魔術師は淡々と応えた。

 足音が聞こえる。室内には絨毯が敷かれているが、廊下はその限りではない。複数の足音は急ぎ足でこちらに近づいていた。ユーナは身体を固くして、扉からそのひとが現れるのを待った。ファーラス男爵もまた、起立している。


「アルテア! 闘技場ドゥジオンの勇士を連れて参ったというのはまことか!?」


 ステファノス王子は、扉をくぐりながらファーラス男爵へと詰問してきた。呆気に取られて、ユーナはファーラス男爵を見る。口元をにやりとゆがめる様子に、意図的なものを察した。

 続けて、アルテアは丁寧に一礼し、あいさつを述べる。


「急な来訪にも関わらず、お目に掛かる栄誉を賜り恐悦至極に存じます。殿下」

「よい。非公式故、形にはこだわらぬ。

 それよりも、今まで一度たりとも王城の訓練への参加を認めなかったものを、どういう風の吹き回し……そちらは、『命の神の祝福を受けし者』ではないか?」


 アルテアの口上を受けながら、王子の期待の視線がユーナたちへと向く。シャンレンはいつもの礼を、ユーナは皇海学園で教わった通りの敬礼をし、頭を下げた。紅蓮の魔術師は立ったまま変わらず、その視線を受け流している。そのまなざしが、ユーナと、従魔アルタクスのところで止まった。


「偽りは申しませぬ。闘技場ドゥジオンにおいて敗北を知らぬ勇士と、闇に落とされていたはずのマイウスに神の祝福を呼んだ我が騎士はここにおりますれば。

 なれど、殿下もお気づきの通り、此度の来訪は『命の神の祝福を受けし者』……王家の霊廟における生き証人の声を、是非お届けしたく馳せ参じました」

「――王家の霊廟の件か。そなたたちが我が願いを叶え、祖霊を鎮めたことは聞き及んでいる。熱病の再発には驚いたが、その対策まで準備していたと。いや、まずは……」


 王子は困惑を見せながら、それでもユーナのほうへと歩み寄った。そして、ひたと視線を合わせ、頷く。


「感謝している。そなたたちの活躍により、我ら王族も、王都の民も救われたのだからな」


 ――Congratulations on quest clear!!


 視界に広がる幻界文字ウェンズ・ラーイ。PTチャット越しに聞こえた呟きは、恐らく王家の霊廟を共に乗り越えた者達のものだ。アシュアにも、見えているのかもしれない。思い出せば、口からすぐに詰問が飛び出してしまいそうになり、ユーナは口元を引き結んだ。

 ステファノス王子の髪の色は、不死王ソレアードを思い出させるような色合いだった。予告編トレーラーで先に見たのは彼のほうなのに、ユーナは死闘を演じた相手のほうが身近に感じているようだ。その瞳は、確かに感謝を浮かべた灰褐色に見えた。それが、ユーナの表情の歪みを捉える。


「どうした?」


 問いかけに対して、ユーナは困った。返事をしていいのかすらも、よくわからない。縋るようにアルテアを見ると、彼もまた頷いてくれた。


「殿下のお尋ねだ。答えよ」


 アルテアから、発言の許しが出た。

 明らかに自分でもわかるほど、息を吸い込み。

 震える手を胸に抱いて。

 それからようやく、ユーナは自身の願いを口にした。


「アシュアさんを、返して下さい……っ」


 自分でも、悲鳴のように聞こえた声音に、ステファノス王子は視線を泳がせた。そして、アルテアに確認する。


「アシュア、なる者は……神官だったように思うが」

「然り」

「返せという意味がわからぬ。その者は王城にいるのか?」

「いえ、大聖堂に囲われているとの由にございます」

「囲うだと? 何故なにゆえに……」


 アルテアは答えなかった。

 代わりに、交易商シャンレンへ視線を向け、話を促す。彼は交易商として礼を行ない、発言の許可を求めた。


「尊き方々に、恐れながら、申し上げたき儀がございます。私は商会の端くれに名を連ねております、交易商シャンレン……発言をお許しいただけますか」

「許す」


 王子の側近らしき者が一歩前に踏み出したが、それを右手で軽く押しとどめ、ステファノス王子はシャンレンへ許可を出した。室内には側近と、王子の護衛騎士が三名控えている。扉の向こうに二名、人影が見えているのも護衛の者だろう。対して男爵の護衛はレインとサーディクのみだった。『命の神の祝福を受けし者』でなくとも、手練れだと想像がつく。

 こちらは丸腰である。シャンレンも、未だに予備ではあるがいつもは戦斧を持ち歩いていた。それも道具袋インベントリに片付けているのだろう。許しを得られて心から光栄であると告げるように、彼は営業スマイルを見せた。


「寛大なお心に、深く感謝を捧げます。殿下。

 我らは青の神官アシュアの属する、クラン一角獣(アインホルン)の者です。

 先日の一件を過分に評価していただいたようで、我が同胞アシュアは大神殿のご意向により、現在、『聖女』への階段を示されております」

「――『聖女』だと? 『聖なる炎の御使い』を差し置いてか?」


 怪訝そうに繰り返す王子の様子は、大神殿の状況を知らないと物語っていた。居並ぶ者のうち、側近もまた、護衛騎士と目配せをしている。護衛騎士の一人が外を示したが、側近はかぶりを小さく横に振っていた。


「お怒りはごもっともかと。

 大神殿のご意向もまた、『聖なる炎の御使い』を差し置いてまで青の神官アシュアを『聖女』としたいわけではなく、あくまでその後継という形で望まれておいでです、が……」


 シャンレンの笑みが消える。とても悲しそうに、彼は目を細めて視線を落とした。そして、若葉色のまなざしを、王子へと戻し、切実に訴える。


「私どもは『命の神の祝福を受けし者』――故に、この幻界ヴェルト・ラーイを旅し、その心のままに歩むことを望んでおります。

 南の始まりの町(アンファング)に端を発した旅路ですが、その道中は、穏やかならざるものばかりでした。ようやく王都までまいりましたが、今もまた王都の東門周辺に魔物が押し寄せ、『命の神の祝福を受けし者』も王都の防衛に一役を買っている模様です。ですが、その数は増すばかり、このままでは魔物の暴走スタンピートも起きかねないという状況だと聞きます。

 非才なる身ではありますが、私ども一角獣アインホルンの面々も、その暴走スタンピートを止めるべく駆けつけたい――ですが、あいにくと肝心の回復役たる青の神官アシュアが大聖堂から帰還することを許されません。彼女の力がなければ、私どもだけでなく、王都にも多くの犠牲者が出てしまうかもしれません。

 青の神官の奇跡の御業は、他ならぬ王城も大神殿もご存じのはず。どうか、今一度、私どもに彼女を……青の神官アシュアをお返し下さい。

 彼女の祈りは、他者のためのもの。

 常に誰かの癒しとなり、守りとなり、青の神官アシュアは己の利を顧みることなく多くの者を救ってまいりました。

 改めて大神殿が望まれずとも、既に彼女は、私どもにとって『聖女』なのです」


 惑わす森で。

 エネロの別荘で。

 アンファングの森で。

 マールトで。

 マイウスで。

 ユヌヤで。

 王都までの旅路で。


 ユーナの脳裏に次々と浮かぶ、奇跡。

 幾つもの度重なる苦難の中で、青の神官(アシュア)はいつもいつも、誰かを守ってきた。

 誰かのために、その奇跡を起こしてきたのだ。


 切々と語られたことばが途切れ、どうか、とシャンレンは跪き、頭を下げた。

 無言で緋色の術衣が沈む。膝をついた紅蓮の魔術師の背中を見て、慌ててユーナも続いた。

 ファーラス男爵アルテア、レイン、サーディクもまた、その場に跪くのが、視界の端に見えた。


 沈黙が、下りた。


 そのさなか、先ほどのように靴音が近づいてくる。今回は、一人のようだ。

 誰何の声が扉の前から上がり、その者は所属と名を叫んだ。伝令役の騎士である。王子の側近が話を聞くべく、退室した。しかし、扉は開いたままである。大声で伝えられたその内容は、室内にまで届いた。


「申し上げます! 本日五の鐘の頃より、王都東門周辺に魔物の群れを確認!

 聖騎士隊も出撃し、応戦しているようですが、相当数の模様。大神殿は王軍の派遣を願い出ております。

 先ほど、陛下より臨時軍議の参集が行なわれました。よって、ステファノス王子にも軍議への参加をお願いいたします。すぐ、謁見の間までおいで下さい」

「――確かに、承った」


 側近は僅かに息を呑み……そして、承諾を返した。

 振り返った側近の視線を受け、王子も頷く。

 だが、ステファノス王子はそのまま部屋を出ることなく、改めて跪くシャンレンたちへと向き直った。


「フェリーシュ王国第一王位継承者ステファノスの名において、そなたたちに依頼する。

 至急、青の神官アシュアを伴い、王都の防衛に当たってもらいたい」


 そして、腰に佩いた短剣を外す。側近はすかさずそれを受け取り、シャンレンへと手渡す。王家の紋章の刻まれたそれは、ユーナにとって見覚えのあるものだった。


「それを預けよう。今は神に乙女を捧げている場合ではない。これ以上の犠牲など、我らは求めておらぬ。

 そなたたちの『聖女』を解き放つがいい。

 ――期待している」


 そのことばを最後に、王子ステファノスは身を翻した。

 シャンレンは短剣を握りしめ、もう一度深く、頭を下げた。

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