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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
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祈りの行方


 アシュアに割り振られた大聖堂の部屋は、高貴なる者を対象としたものだった。その部屋は寝室だけでなく、食事などもとれる居間、そして浴室までも備えていたのだ。聖女候補とはよく言ったもので、その点においてアシュアも特に不満はなかった。よくできた鳥籠である。

 しかも、世話係として配された女神官は、どう見ても神に仕えるよりも人に仕える人のようだった。まるで貴人のように着替えや入浴を手伝おうとするので、最初はうんざりしたものだ。当然、監視役でもある。寝室から出てしまえば聖騎士マリスの出番となるので、彼女とだけ顔を合わせている時間はそれほど長くなかった。正直、彼女の目は不満を訴えることが多く、付き合わせるのが申し訳なかった。見下す目?というか。

 ああ、あれは……とアシュアは思い出した。

 見覚えがあるはずだ。かつて、柊子へと向けられていた視線に、それは似ていた。


 ――相応しくない、と言外に告げる目。


 皇海学園ここに。

 あのひとに。

 その地位に。


 あらゆる意味で訴えかけてくる複数の目や、自身に向けて叩きつけるような大きな独り言は無視したくてもできないほど多かった。関わらない、同じ舞台には上がらないと叫ぶように、普段は男性物のシャツを身につけた。遠い故郷にいる、友が選んでくれた服。高校時代に買ったシャツは何枚かあって、「体のラインがわからない」からおススメだと言ってくれた。思い出すだけでも、気持ちがあたたかくなる服だ。アイロンをかけるのも面倒で、洗いざらしでいつも着ている……。

 あの友人ほど似合わないけれど、結名は初めて、褒めてくれたのだ。


 ふふ、と思わず声が出てしまった。

 部屋の隅で、アシュアが食事を終えるのを待ちわびている世話係が震えたのがわかる。

 それまで寝まくっていた聖女候補がいきなり目覚めて口パクしたかと思ったら、食事を要求し、一人食べながらほくそ笑んでいるのだ。確かに、怖いかも。

 

 出された食事をきちんと食べ終えてもなお、聖騎士マリスは戻らなかった。どこまで了解を得に行ったのやらと思いながら、外の様子を窺う。

 南向きの窓から、大聖堂と大神殿の境目辺りが見えた。驚くことに透明なガラスになっているのだ。但し、はめごろしなので開かない。風を通すための窓は小さく、人は通れない。妙な小細工ばかりしている部屋である。

 中庭や宿舎の周辺を、多くの聖騎士が行き交っていた。これまでにない騒々しさである。声は聞こえないが、装備が優美さよりも戦闘を匂わせるものだったので、まさかもう殴り込んだんじゃないわよね、と正直心配になったほどだ。


「騒がしいわね」

「東門周辺に多数の魔物が出たと伺っております。聖騎士から何名か先遣隊を出したあと、討伐本隊が出陣するでしょう」


 いつのまにやら情報を得ていたようで、食後のお茶をテーブルに準備しながら、女神官(彼女)はあっさりと答えてくれた。大神殿のすぐ近くの門だからこそ、王城よりも早く大神殿に依頼が舞い込んだのだろう。イベントとして、旅行者プレイヤーにも声がかかっているかもしれない。王都の周辺は、ホルドルディール戦後に歩いたっきりである。どのような類のものが出るのか、アシュアも気になった。もっとも、気になったところですぐに駆けつけられるはずもないが。

 東門の戦いでは、一角獣の面々(アインホルン)は不参加になる。申し訳なさが募り、じっと座っていられなくなったので、大聖堂の中を歩くことにした。待ってなどいられない。もう、誰もが動き出しているのだ。


「祭壇に、行きたいんだけど」

「かしこまりました。ご一緒いたします」

「――あなたが?」


 普段、室外に向かう時には、聖騎士マリスが付き従う(監視する)。聖騎士マリスがいなければ、代わりの聖騎士が交代で扉の外に立っているのだ。女神官は頷いて、東門の魔物襲来の対応のため、大神殿には最低限の聖騎士しか残されていないと語った。余程の事態、と見ていいだろう。今なら強行突破で脱出することも……と考えてながら、アシュアは彼女を伴って部屋を出る。


 目指すは――祭壇である。


 ステンドグラスだらけの空間は、幻界ヴェルト・ラーイの造形美の中でも最もアシュアの気に入っている場所だった。何といっても青がいい。中央にある赤い鳥が、やけに某放火魔を思い出させるのが問題ではあったが。

 「祈りを捧げる」と言えば、誰もアシュアを止めない。この状況であってもなので、信仰とは大したものである。

 聖女候補らしいと勝手に認められていそうだが、本人としては「ボーっとしていてもヒマなので、熟練度上げをしておこう」という、たいへん実益を追い求めた結果の行為だった。

 神術のスキルマスタリーの熟練度は、神術を使うことで上昇する。神術は祈りによって発動する。祈りが神へ通じることで神術が発動する、というほうが正しいかもしれない。よって、実は「祈り」にもスキルマスタリーが存在している。これはただ祈るだけで、MPを消費することなく、熟練度を上げていくことが可能だ。要するに、自分の祈りを迅速に神へと届けることができるようになる。この「祈り」のスキルマスタリーによって神術の発動速度も変わる、と言えば、その重要性がよくわかる。

 別段、どこででも祈ることはできるので、祭壇へまで行く必要性はないのだが、どこに情報が転がっているのかもしれない状況だ。部屋に閉じこもっているよりも、建設的なほうへ進むほうがいい。

 大聖堂への出入りが制限されている関係か、アシュアがよく祈りに訪れるせいか、大聖堂内の祭壇への出入口は開放されたままだ。女神官はその出入口に残るという。一緒に祈ればいいのにと思うが、どうやらNPC(幻界の住人)にとって、「祈り」とは「ちょっと祈ってくる」というレベルのものではないらしい。思い至って、アシュアも「私くらいかも」と自嘲する。

 扉をくぐり、すぐ。

 アシュアは、立ち止まった。

 普段は無人の祭壇に、今日は誰かがいる。

 大神殿側からとは異なり、大聖堂の内側に通じる扉はごく普通の大きさだが、装飾過多と言わざるを得ないほど、その周辺が扉とはわからないような彫刻にあふれている。そのため、大神殿側から見ればその入口から中へと入る存在はよく見えるのだが、大聖堂の奥に通じる出入口は、奥まった祭壇からはやや死角になっていた。だから、彼らは気づけなかったようだ。


「――何故、必要ないと?」


 聞こえた声高な問いかけは、聖騎士マリスのものだった。


「あなたは、神官アシュアの『聖なる炎の御使い』と意思疎通できるという希少性を、聖女たるに相応しい条件に挙げていたが……」

「それはもちろん。ですが、既に『聖なる炎の御使い』は塔にお戻りになられた。聖女候補にご足労いただくのは申し訳ないかと」

「その本人の希望だが」


 塔。

 大聖堂にある三本の尖塔が、すぐに思い浮かぶ。以前、階段を上がり、展望できるような部屋にまで辿り着いたが、ところどころにある小部屋にまでは入らなかった。その中のひとつだろうか。


「あの方は今回の出来事で、相当弱ってしまわれたようだ。聖女候補の面会とて、ご負担になるだろう」

「なればこそ、残りの時間を聖女候補として『聖なる炎の御使い』と過ごされることも肝要では」


 つい先日、一緒に食卓を囲った時には、以前と同じくきちんと食事を摂っていたが……弱っているのだろうか。幹部神官の発言に対して、聖騎士マリスもなかなか正論で返していると思った。

 むしろ、おばあちゃん、こんなとこにずっとひとりでいて、寂しかったんじゃ……?

 何もしなければボケてしまいそうなくらい、この大聖堂内は何も変わらない。刺激らしい刺激もなく、ただひたすら祈りと共に、穏やかな日々が続くだけだ。


 さて。

 どのタイミングで口を挟もうか。


 ツッコミどころ満載な会話が繰り広げられているが、なかなか口を挟みにくい。

 アシュアが迷っているのと同じように、幹部神官のほうも口ごもっていた。小さな溜息に続き、それはやや小声で続けられた。


「聖騎士マリス、あなたはご存じだろう。我らはあの方と聖女候補の会話を窺い知れぬ。これ以上、あの方の意志が本来のそれかどうかもわからぬまま、聖女候補の口から伝えられては」

「――『聖なる炎の御使い』の意志は、何者よりも優先される」

「その通りです。王家の霊廟ではそれが吉と出たようですが、未来はわかりません。そう……誰にも。

 『命の神の祝福を受けし者』は、かつて度重なる災厄を祓うため、その身を捧げ、我らに力を貸して下さいました。彼女もまた、己の信仰に殉じて下さるでしょう」


 アシュアは身を翻した。

 超マズイ内容まで聞いてしまった。これはダメだ。

 何故、聖女になるようにとちやほやされるのか。要らないと言ってもなお、引きとめられ続けるのか。その理由がはっきりした。

 真逆だ。

 王家の霊廟の一件が、ある意味落ち着いた今……『聖なる炎の御使い』がおとなしく大聖堂に身を寄せる理由として、アシュアが選ばれた。

 『命の神の祝福を受けし者』であり、しかも、彼女の声を聞いたほどの神官アシュアならば――その死を盾に、『聖なる炎の御使い』は動くだろう。そして、大神殿は、『命の神の祝福を受けし者』の命など、神の名の許に旅立たせたところで痛くも痒くもないのである。実際に、彼らは過去、『命の神の祝福を受けし者』を『尊い犠牲』と使い潰しているのだから。


 術衣の端で法杖を包み、音を立てないように、出入口をくぐる。

 が、思ったよりも早く出てきたアシュアを見て、女神官は声を低めることもなく尋ねた。


「もう、お戻りですか?」


 その澄んだ声音は、静かな廊下と……開かれたままの出入口を通じて、祭壇までも響いたと思われた。


 ――バレた!


 咄嗟に、アシュアはにっこりと微笑む。そして、彼女へと改めて強請った。


「陽が沈む前に、空にも祈りを捧げたいの。塔にも付き合っていただけるかしら?」


 だから急げ、と暗に告げ、女神官と連れ立って「塔」へと向かう。

 この出入口は、祭壇からはぐるりと回らなければならない。あの彫刻類をぶち壊してでも速攻追う、ということはないだろう。

 三分の一の確率ですら、ないかもしれない。それでも、チャレンジする価値はある。外れていても、あと二本のうち、どちらかになるのだから。


 ちゃんと、訊けばよかった。

 ただ、いつか訪れる「死」だけを待つなんて、そんな生き方を……あのおばあちゃんが望むはずがない。

 むしろ、そう望むしかなかっただけではないのか。

 それなら、連れて帰ればよかった。あの、うるさいくらい賑やかな場所へ。肩書が何の役にも立たない場所へ。こんな寂しいところで祈るだけより、ずっとずっと、誰かが傍にいてくれる、あたたかいところへ。

 『聖なる炎の御使い』なんて肩書よりも、おばばさまと呼ばれるほうがあのひとは好きなのだから、きっと気に入るはずだ。


 ピコン、と小さな音を立てて、視界にメールアイコンが点灯する。

 指先で触れると、それは広がり――彼のことばを映し出した。アシュアは即、返事を出した。自身を容易に見つけられる彼なら、きっと。


 ――おばあちゃんを、探して。

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