表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十章 聖女のクロスオーバー
215/375

正攻法


 時間は限られている。アシュアの声が初めて聞くほど震えていて、最後に付け加えられた「また、あとでね」がどれほど自分たちを信頼して呟かれたものなのか、嫌になるほどわかった。それほどまでに、追いつめられているのだ。

 おとなしく待つんじゃなかった。

 後悔先立たず、である。

 大神殿の前で、交易商シャンレン弓手セルヴァと別れた。彼は大聖堂のどこに彼女がいるのか、把握するために動く。

 おそらく無駄足になる上に、警戒を抱かせるだけだとわかっていても、まずは正攻法から行くしかない。未だに、大神殿の大扉は開かれている。今なら、まだ入れる。


「こちらに、我がクラン一角獣(アインホルン)の神官アシュアがお世話になっているようなのですが、呼んでいただけますか?」


 挨拶と共に大神殿の門衛である聖騎士に尋ねると、間髪入れずに「その者は大神殿にはいない」と返された。


「失礼いたしました。大聖堂のほうかと思われますが、ご確認願えますか?」

「大聖堂は今、精進潔斎中だ。特別な許可がない場合の出入りは一切禁じられている」


 嘘は一つもなかった。

 確かに、アシュアは精進料理と祈りの日々を過ごし、今も大聖堂の退出を禁止されているのだ。にべもなく、聖騎士から取次を拒否され、交易商シャンレンはあっさりと退く。そして、PTチャットで呟いた。


『正面からはダメでした』

『わかった。ちょっと行ってくる』


 その瞬間、仮面の魔術師(ペルソナ)はユーナとメーアを連れて、転送門ポータルでマールトへと飛んだ。

 地図マップから彼らの光点アイコンが消えると、シャンレンもまたマールテイトのもとへと急ぐ。今はひたすら、情報が欲しかった。大聖堂周辺の監視はセルヴァに任せる。


 クエストであるなら、必ずクリア方法はある。

 それを信じて、今はただ、答えを探すだけだった。




 ファーラス男爵に、正面きって謁見を申し込む。

 約束アポイントもなしに、即叶うとは当然思っていなかった。なので、必殺技である。


『まあ、私の魅力でならイチコロだよねえ』


 シャラララン♪と鈴の音を響かせる舞姫メーアに、ユーナは深く頷いた。両手の拳を握りしめ、力を込める。


『メーアならいけるよ! わたし、犬臭いとか言われたし!』

【結構、根に持ってたんだ】

『いや、それよりもほら、別のほう気にしよう?』


 地狼と舞姫、揃って突っ込まれ、ユーナはぷーっと頬を膨らませた。

 それを横目に、仮面の魔術師(ペルソナ)は領主の館の門番へ声を掛ける。

 彼は闘技場ドゥジオンで負けなしという実力と、『貴族の承認』クエストのために更に勝星を増やしたことにより、マールトにおいてはある程度顔が利くらしい。

 実際、面会の希望と三人の名前を聞くと、すぐさま伝令がひとり、奥向きへ走り出した。さすが紅蓮の魔術師と思いつつ、それを見送る。門番は「しばし待たれよ」と告げたが、僅かも待たされずに伝令は戻り、何と、領主の館へと先導された。

 城門をくぐると、右手に懐かしき闘技場ドゥジオンが見える。自分が出たいとはもう思わないが。

 かつて見上げた領主の部屋のバルコニーの下を通り、玄関の扉を抜けて階段を上がる。待合室どころか、そのまま領主の部屋の前に……辿り着いてしまった。ぴしっと起立した先導役の兵が声を張り上げる。


「紅蓮の魔術師ペルソナ殿、狼の従魔使い(テイマー)ユーナ殿、舞姫メーア殿をお連れしました!」


 ユーナにとっては、初耳な呼び名である。だが、犬と言われなかったので、彼女は驚きの中でも喜んでいた。さりげに地狼は鼻を鳴らしている。

 扉はすぐに開かれた。見覚えのある薄い金髪の騎士が、ユーナたちを一瞥する。


「――入れ」


 口上を述べる間も与えず、男爵の側近レインは三人を中へと促した。

 前衛として、まず舞姫メーアが鈴の音を鳴らしながら部屋に足を踏み入れる。

 と。


「って、あんた、何で!?」


 目を瞠り、大声を出すメーアの指先。

 それは、濃紺の髪の……無精ひげの男に、向けられていた。肩を竦めるサーディクは、服装だけはやけに立派で、まるで騎士のような出で立ちだった。そこで、ユーナは気づく。彼も、自分たちも、武器を佩いたままだと。しかも、地狼すらもそのまま連れて来ている。


「マールトだけではなくマイウスでまで活躍したそうだな、命の神の祝福を受けし者よ」


 窓際の執務机に、ファーラス男爵アルテアはいた。朽葉色の髪を揺らし、くくっと笑う。こちらの驚愕を面白がっている様子に、マイウスでの一連の事情はすべて把握されていると知れた。


「おまえたちの名は、サーディクからも報告を受けている。一角獣(アインホルン)か、言い得て妙だな」


 入れ、と短く側近から再度促される。三人は素直に室内へ進み、執務机の前に立った。地狼はユーナの後ろに座り込み、警戒を抑える。


「これも、命の神のお導きとやらだろう。挨拶(前置き)は要らぬ。用件を話せ」


 ファーラス男爵の楽しげな声音に、ユーナは逆に口元を引き結んだ。

 これは、明らかにクエストが進んだことを示している。正しい道を選んだという実感が、彼女たちを一瞬、躊躇わせた。


 あのひとを取り戻すためにどんな手段でも選ぶと覚悟して、ここまで来たのだ。

 そう。

 ――失敗は許されない。


 紅蓮の魔術師が口を開こうとしたその時。


「随分、話のわかる男になったようだな。アルテア殿」


 ふわりと、銀糸の外套が風に揺れた。

 唐突に出現した、彼の姿に――ファーラス男爵アルテアは、今度は逆に、目を瞠る。サーディクとレインが抜剣する中、まるで子どものように、今にも泣きそうに表情を崩して、ファーラス男爵はその名を呼んだ。


「カードル伯、ヴァルハイト殿……!」


 正面からアシュアを取り戻せなかった場合。

 大聖堂へ足を踏み入れるために、王城の協力が必要になる。大神殿よりも権力を有するものが王城である以上、その選択肢は自然と出てきた。そして、ユーナたちにとって唯一面識のある相手が王子であるため、彼に話を聞くのが最も早い。何故なら、王家の霊廟の一件は、彼の依頼でもあるからだ。その結果、アシュアが大聖堂に閉じ込められていると知れば、何らかの手助け、もしくは情報を与えてくれるだろう。だが、王子に面会するためには、当然、貴族の紹介がなければならない――交易商シャンレンの考えた、複数のアプローチの中で、最も難易度の高いものがこれだった。

 貴族の中で、誰の紹介なら得られるのか。

 紅蓮の魔術師は、最も手近な存在としてファーラス男爵を挙げた。マールトにおいて「紅蓮の魔術師」の名が売れている、という理由もある。そして、さすがに、今は亡きカードル伯の印章が今もなお王城で通用するとは思えない――とカードル伯(アークエルド)の前で話した時、ふと、アークエルド自身が首を傾げたのだ。あの印章を何に使ったのか、と。多くの者が追い求めた代物である。それなりの価値が見出されていたことは彼も理解していた。だが、用途までは誰も話したことがなかったのだ。それも当然である。まさかクエストボスの希少な戦利品(レア・ドロップ)について、当のクエストボスに語る者などいない。

 そして、判明した事実があった。

 すべては、マールトに通じていた。マールトにある商人ギルドでも、『貴族の承認』クエストでも、カードル伯の印章が認められる、その理由。

 既に滅んだ伯爵家でありながら効果が認められるのは、他ならぬ領主自身がカードル伯を認めていることを示していた。


 懐かしそうに目を細め、カードル伯(アークエルド)は口を開く。


「よく私のことを覚えていたな。まだ、きみは幼かったのに」

「――転送門を使わない貴族なんて、貴方くらいでしたよ。だから、最後にお会いできた……そう思っていました」


 せっかく旅をするのなら、国を見たい。王城に戻った時、地方がどのように治められているのかを王子ソレアードに語るため、カードル伯は敢えて転送門を使用しなかった。そして、彼が南下するにあたって、当然マールトにも宿を求めた。その際、次代の男爵は出迎えたのだ。


「どんな形であれ、貴方が……いるんだと、届けられる印章が告げていた。不死者(アンデッド)となったとしても、貴方が不用意にこのようなものを渡すとは思えなかった。貴方ほどの腕前を持つ勇士を、倒せるのならと、だから、私は――!」


 それはもう、叫びだった。

 武勇を尊ぶファーラス男爵家である。護衛騎士まで務め、当時王子の右腕であったカードル伯の来訪を、どれだけ喜んだことだろう。そして、その死を、どれだけ嘆き悲しんだことだろう……。

 ユーナは、ファーラス男爵の「強さ」を求める姿勢を、『命の神の祝福を受けし者』への恨みを、少しもわかっていなかったのだと悟った。すべては、彼から始まっていたのだ。

 カードル伯の、死から。


 主の頬を、雫が伝う。それを見て、サーディクも、レインも、動けなかった。それはまた、ユーナたちも同様だった。

 アークエルドは、静かに今の気持ちを口にした。


「……感謝する、アルテア殿。このような身になってもなお、きみに会えて光栄に思う」


 そのことばに、音が出るほどファーラス男爵は、歯ぎしりした。

 顔を背け、頬を袖で拭う。未だに潤んだ目をこちらに向け、彼はユーナを睨んだ。


「用件は何だ!?」


 それもまた、叫びのように聞こえる……ファーラス男爵アルテアの、心からの協力の姿勢だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ