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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
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先客

 アシュアは星明かりに手を掲げ、くるりと翻した。すると、星明かりもまた応えるように、手の動きと同じようにくるりと円を描く。すると、相手のほうの明かりも同じように、円を描いた。


「これは暗いところで他のPTを見かけた時、こちらは敵意がありませんよっていうアピール。まあ、挨拶みたいなものね」


 星明かりでなくても、手に持っているランタンの明かりでも良い。この合図に反応しない場合は何らかの光源を持つ魔物か、もしくは動くことができない要救助者、こちらに気付いていないという可能性があるので、注意して進むか下がるかを判断する必要がある。

 他のPTに出会うことが初めてなので、ユーナはドキドキした。そっと水鉄砲は道具袋インベントリに隠す。その様子に笑みを零し、アシュアは促した。


「とりあえず行きましょうか」


 近づくと、あちらのPTの様相がはっきりわかった。

 六人のPTで、軽装の剣士が二人、重装備の戦士、弓手、神官職、魔術師という構成であるように見える。いずれも男性で、女性はいない。こちらは星明かりではなく、ランタンを使っていたようだ。全員が立ち上がっていて、武器を構えてはいないものの、警戒されているのが見て取れた。対照的に、軽装の剣士のひとりが愛想よく「こんにちは」と声を掛けてくる。


「こんにちは。ああ、エネロでお会いしましたね」


 完璧な営業スマイルのシャンレンが前に出て、声を掛ける。ユーナは改めて軽装の剣士を見たが、まるで見覚えがない。


「宿にいました。その時は二人だけでしたが、タイミングが気になりますので、油断しないで下さい」


 PTチャットでの囁きに、気を引き締める。浮かれている場合ではなさそうだ。そして、違和感なくオープンチャットとPTチャットを切り替えて話すシャンレンのコミュニケーション能力を、見習いたいと思った。彼の注意に、アシュアが隣に出る。さりげなく立ち位置を変え、剣士からユーナに直接手が出ないようにという配慮が見て取れた。


「あら、それは奇遇ねー。そちらもリプレイかしら?」

「いえ、俺達は初めてで……まさかここで青の神官様にお会いできるとは思いませんでした」


 思ったよりも有名なのか、アシュアも自分の別名に複雑な心境のようで、笑顔での応対がややシャンレンじみて見える。要するに、営業スマイルっぽく。愛想の良い応対に、剣士も少し口調を崩した。


「青の神官様なら大丈夫かな。よかったら、なんですが……」


 実は、彼もまた商人で、カードルの印章での昇格を志していた。ある程度PTのレベルが上がったので、聖水と術石を準備してこの別荘に入り、ボス戦に挑んだものの、残念ながら力及ばず……扉を開けたままにしていたので、逃げたところだったらしい。もし、リプレイでカードルの印章を得られたら、買い取らせてもらえないだろうかという話だった。

 もちろん、アシュアはあっさりとこの話を蹴る。


「ごめんなさいね、私もちょっと必要で……あ、人数分よりもドロップしたら、お譲りしても大丈夫なんだけど」

「やっぱりそうですよね……無理言ってすみませんでした。そんなにいっぱいドロップした時には、よろしくお願いします」


 宝くじを買って当たったら的比喩にでも縋りたいのか、商人は頭を下げて頼む。話の流れで相手PTの警戒は失せたようだが、ユーナは彼らに違和感を覚えていた。


「ふふ、そもそもこの人数だし、このふたりは初見なのよ。勝てるかどうか怪しいじゃない? そこでなんだけど、扉は開けっ放しにしておきたいの。かまわないかしら?」


 アシュアの提案に、シャンレンの表情が一瞬驚愕に歪む。

 逆に相手の商人の表情は輝き、大きく頷いた。


「わかります。初見だと危ないですからね。もしもの時は助太刀しましょうか?」

「いえ、ダメだったら逃げるからいいのいいの」


 明るくパタパタと手を振るアシュアはいつも通りに見える。シャンレンも既に営業スマイルに戻っていて、大きく頷いて彼女に同意を示していた。危なかったら逃げる、なんて話し合っていただろうか。むしろガンガン行く話しかしなかったような。ユーナはここまでの道筋を思い返しつつ、不思議そうにふたりを見ていた。


「俺達はもう少し休憩してから、エネロに戻ります。ご武運を」


 相手PTは礼儀正しく、道を譲るべく扉とは反対側の壁際に全員で移動してくれた。ボス部屋の扉の前は小ホール並みに広くなっており、このような状況を予測している作りになっている。

 扉の前に立ち、改めて三人は装備を確認すべく、円陣を組んだ。


「怪しいですね」

「怪しいわね」


 PTチャットで揃って言い放つふたりに、ユーナもまた自分の違和感が正しかったことを知る。

 曰く、一度ボスに挑んで敗れた見た目ではない、とのこと。

 敗北感が漂っていない、HPが削れているようには見えないし疲れていない、ボス戦直後の割には空気に警戒感ありすぎ、等々。


「扉開けっ放しで喜んでたから、ハイエナでもしたいのかしら」

「ここ、レイドボスではありませんよね……」

「横殴りしたい人は雑魚でもするわよ」


 相手PTにはガン見されているので、あくまでそちらは見ない。道具袋からすぐ使えるように術石の袋をベルトに着けたり、滑り止めの手袋をはめ直したりと、ふたりとも会話の内容と準備が見事に両立している。

 どうせ見られるんだし、とユーナもあきらめて水鉄砲と水袋を準備した。あ、笑われてる……。


「ユーナちゃん、水筒から聖水飲んでおいてね」


 既に出している水袋からではなく水筒から、という指示を受けてその通りにする。その手の重要な情報を与えるつもりはないようだ。できる限りの確認を済ませているように見せかけて、やや時間を稼いだ。やはり、あのPTは動く気がないようだった。座り込んでこちらを見ている。

 ウィンドウを開いてスキルチェックをしているのか、ふたり揃って画面を操作しているので、ユーナもまたそれっぽくウィンドウを開いてみた。幻界ヴェルト・ラーイ時間で夕食時である。おやつをたくさん食べたせいか、空腹度はそれほど減っていないが。ちなみに、アクティブスキルウィンドウには何もない。


「お待たせ。行きましょうか」


 法杖を軽く振り、アシュアが微笑んでユーナに鍵を差し出す。アズムの遺した鍵である。


「ふふ、どうぞ?」


 こういった扉を開けたことがないだろう、ユーナへの配慮である。そのことを悟り、ユーナは気合いが入りまくった表情を綻ばせ、ありがたく鍵を受け取った。

 玄関の扉ほどではないが、両開きの重厚な木製の扉である。豪奢な真鍮製の取っ手の下に、鍵穴が見えた。現実と全く変わらない感覚で、鍵穴に鍵を入れ、回す。思ったよりも軽い解錠音が場に響いた途端、鍵が手の中で砕け散った。当たり前だが、一度きりしか使えないことを思い知る。

 自動扉ではないようで、シャンレンが左側の扉に手を掛けた。反対側をユーナとアシュアが押し、重苦しい音を立てながら、扉はゆっくりと内側へと開かれていく。


 そこは、闇に包まれていた。

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