先客
アシュアは星明かりに手を掲げ、くるりと翻した。すると、星明かりもまた応えるように、手の動きと同じようにくるりと円を描く。すると、相手のほうの明かりも同じように、円を描いた。
「これは暗いところで他のPTを見かけた時、こちらは敵意がありませんよっていうアピール。まあ、挨拶みたいなものね」
星明かりでなくても、手に持っているランタンの明かりでも良い。この合図に反応しない場合は何らかの光源を持つ魔物か、もしくは動くことができない要救助者、こちらに気付いていないという可能性があるので、注意して進むか下がるかを判断する必要がある。
他のPTに出会うことが初めてなので、ユーナはドキドキした。そっと水鉄砲は道具袋に隠す。その様子に笑みを零し、アシュアは促した。
「とりあえず行きましょうか」
近づくと、あちらのPTの様相がはっきりわかった。
六人のPTで、軽装の剣士が二人、重装備の戦士、弓手、神官職、魔術師という構成であるように見える。いずれも男性で、女性はいない。こちらは星明かりではなく、ランタンを使っていたようだ。全員が立ち上がっていて、武器を構えてはいないものの、警戒されているのが見て取れた。対照的に、軽装の剣士のひとりが愛想よく「こんにちは」と声を掛けてくる。
「こんにちは。ああ、村でお会いしましたね」
完璧な営業スマイルのシャンレンが前に出て、声を掛ける。ユーナは改めて軽装の剣士を見たが、まるで見覚えがない。
「宿にいました。その時は二人だけでしたが、タイミングが気になりますので、油断しないで下さい」
PTチャットでの囁きに、気を引き締める。浮かれている場合ではなさそうだ。そして、違和感なくオープンチャットとPTチャットを切り替えて話すシャンレンのコミュニケーション能力を、見習いたいと思った。彼の注意に、アシュアが隣に出る。さりげなく立ち位置を変え、剣士からユーナに直接手が出ないようにという配慮が見て取れた。
「あら、それは奇遇ねー。そちらもリプレイかしら?」
「いえ、俺達は初めてで……まさかここで青の神官様にお会いできるとは思いませんでした」
思ったよりも有名なのか、アシュアも自分の別名に複雑な心境のようで、笑顔での応対がややシャンレンじみて見える。要するに、営業スマイルっぽく。愛想の良い応対に、剣士も少し口調を崩した。
「青の神官様なら大丈夫かな。よかったら、なんですが……」
実は、彼もまた商人で、カードルの印章での昇格を志していた。ある程度PTのレベルが上がったので、聖水と術石を準備してこの別荘に入り、ボス戦に挑んだものの、残念ながら力及ばず……扉を開けたままにしていたので、逃げたところだったらしい。もし、リプレイでカードルの印章を得られたら、買い取らせてもらえないだろうかという話だった。
もちろん、アシュアはあっさりとこの話を蹴る。
「ごめんなさいね、私もちょっと必要で……あ、人数分よりもドロップしたら、お譲りしても大丈夫なんだけど」
「やっぱりそうですよね……無理言ってすみませんでした。そんなにいっぱいドロップした時には、よろしくお願いします」
宝くじを買って当たったら的比喩にでも縋りたいのか、商人は頭を下げて頼む。話の流れで相手PTの警戒は失せたようだが、ユーナは彼らに違和感を覚えていた。
「ふふ、そもそもこの人数だし、このふたりは初見なのよ。勝てるかどうか怪しいじゃない? そこでなんだけど、扉は開けっ放しにしておきたいの。かまわないかしら?」
アシュアの提案に、シャンレンの表情が一瞬驚愕に歪む。
逆に相手の商人の表情は輝き、大きく頷いた。
「わかります。初見だと危ないですからね。もしもの時は助太刀しましょうか?」
「いえ、ダメだったら逃げるからいいのいいの」
明るくパタパタと手を振るアシュアはいつも通りに見える。シャンレンも既に営業スマイルに戻っていて、大きく頷いて彼女に同意を示していた。危なかったら逃げる、なんて話し合っていただろうか。むしろガンガン行く話しかしなかったような。ユーナはここまでの道筋を思い返しつつ、不思議そうにふたりを見ていた。
「俺達はもう少し休憩してから、村に戻ります。ご武運を」
相手PTは礼儀正しく、道を譲るべく扉とは反対側の壁際に全員で移動してくれた。ボス部屋の扉の前は小ホール並みに広くなっており、このような状況を予測している作りになっている。
扉の前に立ち、改めて三人は装備を確認すべく、円陣を組んだ。
「怪しいですね」
「怪しいわね」
PTチャットで揃って言い放つふたりに、ユーナもまた自分の違和感が正しかったことを知る。
曰く、一度ボスに挑んで敗れた見た目ではない、とのこと。
敗北感が漂っていない、HPが削れているようには見えないし疲れていない、ボス戦直後の割には空気に警戒感ありすぎ、等々。
「扉開けっ放しで喜んでたから、ハイエナでもしたいのかしら」
「ここ、レイドボスではありませんよね……」
「横殴りしたい人は雑魚でもするわよ」
相手PTにはガン見されているので、あくまでそちらは見ない。道具袋からすぐ使えるように術石の袋をベルトに着けたり、滑り止めの手袋をはめ直したりと、ふたりとも会話の内容と準備が見事に両立している。
どうせ見られるんだし、とユーナもあきらめて水鉄砲と水袋を準備した。あ、笑われてる……。
「ユーナちゃん、水筒から聖水飲んでおいてね」
既に出している水袋からではなく水筒から、という指示を受けてその通りにする。その手の重要な情報を与えるつもりはないようだ。できる限りの確認を済ませているように見せかけて、やや時間を稼いだ。やはり、あのPTは動く気がないようだった。座り込んでこちらを見ている。
ウィンドウを開いてスキルチェックをしているのか、ふたり揃って画面を操作しているので、ユーナもまたそれっぽくウィンドウを開いてみた。幻界時間で夕食時である。おやつをたくさん食べたせいか、空腹度はそれほど減っていないが。ちなみに、アクティブスキルウィンドウには何もない。
「お待たせ。行きましょうか」
法杖を軽く振り、アシュアが微笑んでユーナに鍵を差し出す。アズムの遺した鍵である。
「ふふ、どうぞ?」
こういった扉を開けたことがないだろう、ユーナへの配慮である。そのことを悟り、ユーナは気合いが入りまくった表情を綻ばせ、ありがたく鍵を受け取った。
玄関の扉ほどではないが、両開きの重厚な木製の扉である。豪奢な真鍮製の取っ手の下に、鍵穴が見えた。現実と全く変わらない感覚で、鍵穴に鍵を入れ、回す。思ったよりも軽い解錠音が場に響いた途端、鍵が手の中で砕け散った。当たり前だが、一度きりしか使えないことを思い知る。
自動扉ではないようで、シャンレンが左側の扉に手を掛けた。反対側をユーナとアシュアが押し、重苦しい音を立てながら、扉はゆっくりと内側へと開かれていく。
そこは、闇に包まれていた。




