光あれ
――Congratulations, you defeated the boss.
The MVP is given honor.
Bless to all.
砕け散ったソレアードの光が広がる。その光の柱は、融合召喚を解かれた従魔使いの上に立った。そして、彼女の前に、一振りの黒剣が降りる。それは先ほどまで不死王ソレアードが手にしていたものと同じであるにも関わらず、きちんと鞘に収められていた。
カードル伯の剣、ローレアニムス。攻撃力五十五、耐久度百/百、とんでもない攻撃力を持つ魔剣であることくらいしか、ユーナにはわからなかった。彼女はその剣に手を伸ばしたが、剣の柄に触れた時、あまりの痛みに手を離してしまう。受け取ったとシステムは判断したようで、それは宙から床へと落ちた。一度気づいてしまうと、やけにじんじんと痛む。指先のない手袋をはめているにも関わらず、見えている部分の指先だけではなく、てのひらまで痛みを感じる。爪でそっと手袋を持ち上げてみると、まるで火傷の水ぶくれが潰れてそのまま放置したかのように、てのひらの部分まで爛れていた。大きな手が、支えるようにユーナの手を包む。触れた部分の冷たさが、心地よい。少し熱を持っているようだ。
「――すまない」
融合召喚解除後のダメージ配分について思いが至らなかったアークエルドは、自分の身体には当初の裂傷以外残っていないことに気付いて唇を噛んだ。ユーナはかぶりを振り、逆に、アークエルドの手を見て微笑んだ。同じように怪我をしているわけではなさそうだ。
剣が落ちる甲高い音に、アシュアが駆けつけた。ユーナの手元を見て、すぐ彼女の唇が祈りを象る。白銀の法杖は神官に応え、癒しの奇跡を起こした。HPが回復するのに合わせて、傷が塞がっていく。爛れていることに変わりはないが、だいぶ薄れた痛みにユーナは息を吐く。アークエルドの手から離れ、自身の手を握って、開いてを繰り返した。大して痛まない。
「ありがとうございます」
「ううん。傷、残っちゃったわね」
「殆ど手袋で見えませんから」
ぱたぱたと手を振って見せ、そのまま黒剣を拾う。
「――はい、どうぞ。アークのだったんだね」
大切そうにユーナの両手で差し出された剣は……すでに色が変わり果てていたが、確かに自身の剣であった。MVPアイテムと思えば受け取るのに躊躇うが、呪われたように黒い剣は今の自分に相応しいだろう。アークエルドは恭しく受け取った。
そして、各々に希少な戦利品の光が降る。従魔だけでなく、眷属である骸骨執事も報酬の対象外になるようで、その光は降りてこなかった。彼らの努力がすべてユーナへの評価になっていることに、複雑な心境になる。前回のホルドルディール戦でも、ユーナ自身が努力した結果ではなく、地狼や不死伯爵、今回は骸骨執事までもが奮戦した結果だった。なのに、あの時も、今回も、自分ばかりがMVPになっている……。
「おめでとう」
長剣での貫通ダメージや、ラストアタックを決めたシリウス。
彼の祝福のことばに、ユーナはうまく反応を返せなかった。曖昧に頷くユーナの表情が陰っていることに気付き、シリウスは片手剣を鞘に戻し、右手で頭を撫でる。ぐしゃぐしゃになるほど、雑に。
「誇ってやれよ。ユーナの従魔だろう?」
「……そうだけど、わたし……」
「ラスト、邪魔してたな」
ちゃんと気づいていたと言わんばかりに、彼はニヤリと笑う。ユーナは図星に視線を逸らした。
「美味しくラストアタックいただいてやったよ。そうしてほしかったんだろう? ああなっても、アークエルドの元、主だし」
頭を撫でていた手が、ぽん、と叩いて離れていく。
「いつもの剣だったら、きっとアルタクスが持っていってたよ。腕一本失くした甲斐があったかもな」
そんなふうにおどけてことばを続け、失われた左腕の、二の腕のみになってしまったところを動かしてみせる。
フン、と地狼が鼻を鳴らした。間に合わなくて面白くなかったようだ。しっぽがぱたぱたとユーナの足を撫でているように見えるが、これはもう、どちらかというと叩いているレベルである。
その口にはマルドギールがあり、ユーナはありがたく受け取った。あれほどの炎を放った宝珠の色合いは、今、やや赤みを深めているように見える。指先で宝珠に触れても、何も起こらない。
「すまぬのぅ、闇の眷属よ」
「いえ、こちらにも至らぬ点が多かったように思えます。ご無礼を、お許し下さい」
しわがれた声が、しゃれこうべへと詫びを入れている。
ユーナが振り向くと、骸骨執事は老女……「聖なる炎の御使い」を床に下ろしたところだった。ユーナは老女と視線を合わせるように、身を屈めた。そして、そのまま頭を下げる。
「おばあちゃん……ありがとうございました」
たくさん聞きたいことはあった。それでも、まずは礼を言いたかった。ソレアードは眠りについたが、皆、生きている。最期の時、彼の攻撃を妨げることができたのは、老女のことばだった。
「聖なる炎の御使い」はしわしわの顔のまま、何度も頷いた。その表情は皺に隠れて、わからない。
「つーかさ、ばあちゃんしゃべれたのかよ」
「ひ、姫!?」
「いや、しゃべれていいんだけどさ。何で黙ってたのかなあって。気になるだろ、ふつー」
「――勇ましき娘御よ、この婆ほど永く生きてしまうとな……語れぬことが増えてしまうのじゃよ……」
フィニア・フィニスの問いかけに、老女は口を開いた。だが、そのさなかに咳き込む。ただでさえしわがれている声が、更に掠れて重苦しく聞こえた。アシュアがその背をさすり、水筒を出す。そして、老女の身体を支えるように跪き、手を添えて水を飲ませた。ほんの一口で、老女はその手で水筒を外す。
「おばばさま、無理されぬほうが……」
不死伯爵の声に、老女はかぶりを振った。
「ソレアード王と……約束したからの。婆は嘘はつかぬ。
まず、フォルティス王よ。そなたの息子は立派な王であられた。そして、不死王となってもなお、フェリーシュの王たらんとして戦ったのじゃ。その眠りを……父として、見守ってやってほしい」
いつのまにか、老女の近くにまで姿を移していたフォルティス王は、無言のまま石棺のそばに歩いていく。そして、大きく頷いた。その姿はかなり薄まっていて、今にも消えてしまいそうだった。
ユーナたちを守るために、本体から離れた影でありながら全力で息子を止めようとしてくれたのだ。かなりの力を使い果たしてしまったのだろう。ことばが聞けないことは残念だったが、ユーナは感謝のままにもう一度、王へと頭を下げた。再び王を見た時には、その姿はもうなかった。
「やっぱり……熱病は、遺体からも空気感染するの?」
アシュアの弱弱しい問いかけに、ユーナは息を呑んだ。
今の老女のことばが、アシュアの予想を裏付けた。そして、老女の小さな頷きが、確定させる。
「聡明な神官よ、その通りじゃ。
フェリーシュの王都イウリオスを席巻し、幾千もの命を平らげた熱病は……この場に息づいておる」
熱病を発症し、当初埋葬された者たちは、すぐに不死者となって蘇った。王都の夜を闊歩する不死者の群れに、熱病は更に広がっていく。当時、既に熱病に掛かり、床についていたフォルティス王には知らされなかった内容だった。王城も大神殿も不死者狩りを開始したが、熱病による死者は増えていく一方だった。取り急ぎ、大神殿は熱病による亡骸はすべて荼毘に付すことで、不死者と熱病の増加を防ごうとした。そのためには大量の燃料が必要となる。王都周辺に豊かな森がないこと、そして、特に南側に荒れ果てた地が続く理由はそれだった。当時、炎を扱う術者も協力していたが、焼け石に水だった。
大神殿側から、「聖なる炎の御使い」へ訴えが出たのも同じ理由である。これ以上、森を奪えば、未来の水場まで失うことになる。
次代の王として、第一王子ソレアードは苦悩していた。「聖なる炎の御使い」は、もう長く生きられないと知っていたからである。「聖なる炎の御使い」は、若き王子の支えとなるべく、王城を出る決意をした。
「この婆も、フェリーシュを守るために力を貸そう。じゃが、これが最後となろう……その時は、どうか逝かせてほしい……」
こうして、熱病を発症し命を落とした者の遺骸は「聖なる炎の御使い」の力によって荼毘に付された。一方で、フォルティス王が亡くなった際や、双子姫が熱病で揃って命を落としたあとにも、聖水などで清めは行われたという。だが、第一王位継承者であるソレアードの反対を受け、火葬は行なわれなかった。
自身もまた熱病に侵されていると知った時、ソレアード王は「聖なる炎の御使い」と再会した。皮肉なことに、彼女は熱病にかからない者のひとりだった。王城を出た「聖なる炎の御使い」は熱病による死だけではなく、熱病に侵された者も見ていた。「聖なる炎の御使い」からソレアード王への、率直な報告は……特効薬がない、という悲惨な現実だった。熱病に侵されてもなお、回復する者も数は少なかったがいた。そのいずれもが体力がある大人ばかりで、子どもはひとたまりもなかった。王城にいたころよりもやせ細り、しわがれた声の老女を、ソレアード王は労った。それが、今生の別れとなった。
彼は死の間際、自身の葬儀の後、王家の霊廟を封鎖するようにと時の神官長に告げ、息を引き取った。不死者として蘇る可能性を示唆され、実際に帰らぬ神官や聖騎士を出してようやく、そのことばが現実になったことを大神殿は知ったのだった……。
そして、彼が亡くなった後、弟王子が即位するまでの間に、特効薬が作り出され……王都における熱病は終焉したのである。その特効薬は既に不死者となった者には効かないが、熱病に倒れたばかりの者であれば効果があった。
途切れ途切れに、ゆっくりと語られた「聖なる炎の御使い」の話を聞き終え、ユーナは深く溜息をついた。皆それぞれ床に座り、暗い表情でその話に聞き入っていた。ユーナ同様に、重い溜息をついたアシュアは、それでも老女に必要なことを尋ねた。
「――特効薬は、今もあるの?」
「王都すべての薬術師が、その作り方と共に在庫を抱えておるはずじゃ。今も熱病となれば、まずその薬を飲ませるからの」
その返答に、すぐさま彼女はメールを打ち始める。相手は――シャンレンである。彼ならば、必要な分を薬術師に処方させ、この場まで持ってきてくれるはずだ。
「それ、最初からソレアードに言ってやればよかったんじゃないか? 戦わずに済んだんじゃ……」
「不死者には効かないけど、特効薬あるから帰っても大丈夫だよ、って?」
「――無理か」
フィニア・フィニスの問いかけに、ユーナがツッコミを入れると、すぐ小さな狩人は頭を抱えた。結局、熱病の原因をここから出すことが問題なのである。たとえ特効薬があろうとも、それを知らないうちにばらまくことで犠牲者が出てしまう可能性は否定しきれない。
「もう一つ……おばばさまがそうおっしゃったとしても、殿下は信じなかったかもしれぬ」
アークエルドの言に、シリウスは頷いた。
「だから、ばあさん黙って隠れてたのか? 攻撃されたら、ソレアードごとオレたちを燃やしかねないから……?」
怒り狂ったソレアードなら、やりかねない。
老女はふたりのことばに何も応えなかった。ただ、アシュアにもたれかかったままだ。
ユーナは老女の気持ちがわかったような……気がした。
「――また、会いたいんだよね? ソレアード王に」
「聖なる炎の御使い」に灼かれれば、不死王ソレアードは滅ぶかもしれない。
ソレアードを眠りにつかせ、ユーナたちを助けてくれるために、「おばばさま」は動いた。その事実だけでじゅうぶん、フォルティス王や不死伯爵と同じように、彼女がソレアード王のことを大切に思っているのだと……そう察することができた。
もう何も語らなくなった老女を骸骨執事が、アシュアから引き取る。目覚めているのか眠っているのかわからない老女は、身じろぎひとつせず、再び骸骨執事の腕に抱きかかえられたのだった。
翌朝、開門の鐘と同時に、交易商は王都を北へと向かう。
王家の霊廟の扉が再び開かれるまで、まだ僅かに時を要した……。
 




